23話:ラランチアの手絞りフルーツジュース
我が家に初の家政婦さんがやってきた。お婆さんのアメリーさんだ。
「アメリーさんはこの部屋を使ってください。狭くて申し訳ないですけど」
お屋敷には執事やメイドさん用の部屋もいくつかあった。6畳ほどの部屋でタンスやベットなど最低限の家具は最初からあった物だ。
「懐かしいお部屋ですね。家具も昔と同じ物です」
「そうなんですね。足りないものがあったら遠慮なくおっしゃってください。すぐに用意しますので」
俺は何だかうれしくなった。最初は若い女性のメイドさんばかり雇って・・・などと考えていたわけではないが、最初の一人目がお婆さんになるなんて考えもしていなかった。ところがいざアメリーさんがやってくると落ち着くと言うか、なんだかほっこりするのだ。俺がおばあちゃん子だったせいかもしれない。
「お優しいご主人様ですね」
そう言って笑顔を浮かべるアメリーさんのことがもう好きになっていた。なんなら別に働かなくてもいいとさえ思える。
「それではさっそくお仕事にかかりましょうか。ご主人様と奥様のお部屋はどちらでしょうか?」
「「お、奥様!?」」
俺とラランチアが硬直する。そうだ。ラランチアのことはどう説明しよう・・・メイドと言うわけではないし、お、おおお奥さんと言うわけでもない。キ、キスはしたんだし、恋人?でいいんだろうか?
「えっと、ラランチアは奥さんと言うわけでは・・・」
「自己紹介がまだでしたわね。妻のラランチアと申します」
つ、つつつつ妻ぁっ!!??そっとラランチアの顔を覗き見ると耳まで真っ赤に茹で上がっていた。チラッと俺に視線を向けて目が合うと慌てて顔を逸らした。ま、まあいいかな。
それから俺たちの部屋に案内し、使ってない部屋の掃除は家政婦さんが揃うまでしばらくしなくていいと言っておいた。夕方から仕事に出かけるので晩御飯は早めにしてもらい、出かけたら帰りは深夜になるので先に休むように伝えた。
「それじゃ行ってきます」
「行ってきますね。留守をお願いします」
「いってらっしゃいませ。ご主人様、奥様」
夕方の丘をラランチアと二人、手を繋いで降りていく。奥さん・・・奥さんかぁ~恋人も出来たことないのに奥さんが出来てしまった。できればロマンチックな求婚をしてみたかったけど、本人が「妻」と言ってるのに今更言っても遅いか・・・
「いい風ですね、信夫様」
海の方から吹いているそよ風がラランチアの髪を撫でていく。今夜が6日目。仕事が終わるころには6枚目の葉が増えていることだろう。そして明日の夜がラランチアの言っていた7日目。
「そ、そうだね・・・」
「?信夫様?どうかなさったのですか?」
よく考えたらラランチアと出会ってまだ6日なんだ。それなのに手を繋いで歩き、キスをして、奥さんになった。なんだこのスピード結婚は!?いや、決して嫌なわけじゃなく嬉しいんだけど、なんと言うかもっと恋人らしいことをしてから・・・
「信夫様?」
「うわっ!」
俺の視界がラランチアの顔で埋め尽くされた!ちょっと考え事をしていて目の前に迫ったラランチアに気づかなかった。
魔使「何をぼーっとしてるんだ?」
天使「こんなに近くにいるんだから「かわいいね」くらい言ってあげなさいよ」
「綺麗だ」
「え!?の、信夫様!?」
天使に言われたからってわけじゃなく本当に自然に言葉が出てきた。こんなに綺麗でかわいい子が俺なんかを好きになってくれたことが未だに理解できない。
「俺なんかのどこがいいんだろうな?ラランチアの美しさに釣り合わなくて、いつラランチアがいなくなるかと不安ばかりだよ」
突然ラランチアが手を離して数歩先に走って行き、振り返って俺を見た。
「信夫様・・・もし、わたしが、傲慢で、嫌な性格でも・・・容姿だけで好きになってくれますか?」
少し悲しそうに地面に視線をやり両手を腰の辺りで組んでもじもじしている。
「そんなことはない!もちろん容姿も好きだけど、優しくて気が利いていつも俺のことを考えてくれるラランチアの心が好きなんだ!」
「よかった。わたしも同じですよ」
パッと可憐な花が咲き乱れた。やっぱりラランチアの笑顔が最高だ。それをわざわざ曇らせてしまうなんて俺は本当にバカだな・・・
「信夫様は優しくて、知的で、頑張り屋で、いつもわたしのことを気にしてくれて、ちょっぴりエッチですけど・・・そんな信夫様が好きなんです」
ちょっと照れたように小首を傾げて笑顔を見せてくれた。俺はゆっくりラランチアの元まで歩いて行き、ラランチアの手を両手で包み込んだ。小さくて柔らかくて暖かい。守ってあげたくなる手だ。
「ラランチア」
「信夫様」
見つめ合っているとラランチアがふっと前に出てきて、ついばむようなキスをしてきた。あまり人気が無いとはいえまだ夕方の街道だ。そんなとこでラランチアがキスをしてくるだなんて!!
「ごめんなさい。これ以上は・・・わたしが我慢、できなくなるので・・・」
俺の頭が噴火した。押さえろ俺!!今日は6日目!今日は6日目!!ラランチアとの約束までまだ1日あるんだっ!!今日も俺はがむしゃらに仕事をすることになった。日に日にお客さんは増えていき店内に入らなくなってきた。そしてついにはお客さんが簡易テーブルを持ってきて路上に並べ始めた。通行の妨げになってなきゃいいんだけど・・・
「材料が切れたあああああっ!!」
マスターが厨房で崩れ落ち涙を流して地面を叩く。えっと、売り切れになるまで売れて嬉しいんだよね?
「わっはっは!俺たちの勝ちだな!それじゃ裏メニューをだしてもらおうか!!」
「そうだな!裏メニューの『ラランチアちゃんの手絞りフルーツジュース』をっ!!」
はっ!?なんだそれは!!聞いてないぞ!?
「ラランチア!どういうことなんだ!?」
「えっと、2日前にマスター様に頼まれてまして」
あ!俺が飛び出した日のことか!そう言えばマスターがラランチアに何か頼みごとをしていたな。それがコレか・・・
「ラランチアちゃん、お父さんの頼みごとなんて聞くことないのよ?」
「いえ、大丈夫です。頑張ってしぼりますね」
ペオーニアさんが止めてくれるけど、頑張り屋のラランチアが一度引き受けた仕事を投げ出すはずがない。
「んっと」
大きな果物は小さく切り、ブドウのような粒は一つづつ丁寧にもぎ取り、白い布に包んで絞っていく。
「ごめんなさい。3人分を絞るのが精一杯でした」
額に浮かんだ汗を巻くった袖で拭う。ラランチアの白い腕に絞った果汁が垂れていき肘から滴った。
「「「「「3人分!?」」」」」
お客さんが一斉に立ち上がり左右を見回す。ざっと20人はいるだろうか?
「銅貨50枚!!」
「俺は80枚出すぞ!!」
「ふざけんな!銀貨だ!銀貨1枚!!」
3杯の『ラランチアちゃんの手絞りフルーツジュース』を巡りオークションが開始された。銅貨は1枚100円相当。銀貨は1万円だ。5000円から始まったオークションは熱を帯びて行きたった一杯のジュースに万を超える値段がついていく。ラランチアのあの手で絞ったフルーツジュースがこんなオッサン連中に買い取られるなんて・・・
「銀貨1枚と銅貨30枚!!」
「ぐぬぬ・・・銀貨1枚と銅貨50枚だ!!」
おおおっ!1杯1万5000円を超えてきてホールからどよめきが起こり始めた。
「銀貨10枚!!」
「え!?信夫様!?」
エプロンを脱ぎ捨てた俺はカウンターを乗り越えテーブルに銀貨10枚を叩きつけた!ラランチアの手絞りフルーツジュースは誰にも渡さんっ!!結局残りの2杯も俺が落札し銀貨30枚が飛んで行った。しかし後悔はしていない!腰に手を当て3杯を一気飲みする。
「「「「「はぁ・・・」」」」」
それを見ていた客から一斉にため息が漏れる。お前らに渡してたまるかっ!ラランチアのすべては俺の物だ!!




