21話:ラランチアとガチムチ兄貴
「いえ、なんとなく頭に浮かんだフレーズを歌っただけなんですけど、わたし何て歌ってましたか?」
おい!魔使、天使!どういうことだ!!
魔使「不思議だね~僕たちの姿は見えないはずなんだけど」
天使「天使様と魔使様に導かれし稀人この地に降り立ち世界を救う、か。まるで信夫君のことみたいですね」
二人にも分からないのか。ただの偶然か?それにしても。
「ラランチアは魔使とか天使とか知ってるのか?」
「え?なんですかそれ?」
歌っていたのに存在を知らない。やはりおかしい。天使はともかく魔使なんて俺も本人から聞いて初めて知ったくらいだし、偶然に出てくる名前じゃない。俺が別世界からの転移者であることも言ってない。誰かがラランチアに歌わせた?一体誰が?神か悪魔か?何の目的で?分からないことばかりだ。分からないことは考えてもしょうがない。朝まではまだ時間もあるみたいだし、ひざ枕をしてくれてたラランチアは寝ていない。部屋で寝直すことにしよう。ラランチアとは部屋が別だけど・・・
「ふぅ・・・部屋が別なら耐えられるな。やっぱりあの香りが原因か」
ベットに横になり天井を見上げる。昨日までと違い部屋は24畳ほどもあり納屋とは雲泥の差だ。ベットはふかふかで天井も高く複雑な模様が描かれている。こんなにいい環境なのにあまりうれしくない。たった3畳ほどの部屋にラランチアと二人いた方が楽しかった気がするな。横を見るとはるか遠くに壁があり、その向こうでラランチアが寝ている。昨日までと違う距離が寂しいな。
「ラランチア・・・」
〈信夫様・・・〉
ん?今微かにラランチアの声が聞こえたような?ベットから降りてラランチアの部屋の方に近づく。テーブルの上にあるコップが目についた。確か盗み聞きでこういうの使ってるのを見たことあるな。ゴクリ・・・俺はコップを手に取ると壁に付けてコップの底に耳を付ける。
〈あっ、あっ・・・の、信夫さまぁ・・・〉
ブフゥッ!!
こ、この声は!?いかん!鼻血が出てきた!ま、まさかラランチアがあんなことをっ!?ヤバイ!ヤバイ!血が下に下がって行く!抑えきれない!!俺はベットに舞い戻ると頭から毛布をかぶって冷静になれる呪文を唱えた!
「ガチムチ兄貴が一人!ガチムチ兄貴が二人!ガチムチ兄貴が・・・」
「ガチムチ兄貴が・・・5637人・・・ガチムチ兄貴が・・・朝か・・・」
チチチチチ・・・
結局一睡もできなかった。窓を見るとガラスの向こうに2羽の綺麗な色の小鳥が止まっている。カップルなのかな?鳥は幸せそうでいいな・・・ふと横を見ると扉が開いていてラランチアが立ち尽くしていた。
「あれ?いつのまに・・・おはようララ・・・」
「な、何も聞いてませんからっ!わたしは何も聞いてませんよ!ガチムチ兄貴とか・・・聞こえてませんから!」
それだけ言うとラランチアは部屋を飛び出して行った。
あああああああああああああっ!!盗み聞きしてたバチが当たったのか!?ラランチア!さっきのは忘れてください!!
天使「ぶっひゃっひゃっひゃ!あ~おかしい!」
魔使「笑ってやるなよ。ラランチアちゃんのあ、あ、あんな痴態を聞いちゃったら、しょ、しょうがないだろ?」
天使は腹を抱えて大笑いし、魔使は鼻にティッシュを詰めて狼狽えている。おいっ魔使!てめえも聞いてんじゃねえか!!やっぱりあの声はそういう事なのか。お、女の子にも、性欲ってあるんだな・・・そしてその相手は・・・
「うあああああああっ!考えるな!考えるな!俺!!」
今日もラランチアと出かける予定なんだ!誤解を解かないと!!
誤解を解く方法を考えてください・・・
天使「あの状況からどうやって誤解だって言うのですか?バカなんですか?もう死んだ方がいいんじゃありません?」
魔使「すまん・・・諦めろ」
役に立たねえっ!!
「あ、あの、信夫様?」
「は、はいぃっ!!」
ラランチアと一緒に今日は執事組合に向かっている。執事組合と言っても貴族に仕える執事から家政婦さんまで幅広い人材の派遣組合だ。
「信夫様は・・・女の子が・・・好き、なんですよね?」
この言い方は完全に誤解している!!ガチムチ兄貴はそんなつもりで言ったことじゃないんだ!これはストレートに言うしかない!!
「女の子じゃない!俺が好きなのはラランチアだ!」
「信夫様!?そ、そそそそんな大声で!?」
そうだった。ここは村の中の表通り。ざっと見ただけで通行人は30人はいる。
「ひゅ~ひゅ~お熱いねお二人さん」
「やだぁ、こんな往来で」
「若いわね~ひょっひょっひょ」
「ママ~あのお兄ちゃんの言った事っていつもパパが言ってることだよね~」
「か、帰りますよ!見ちゃいけません!」
ややおかしい反応もあるが表通りが騒然としてしまった。ど、どしよ・・・
「の、信夫様、こちらに!」
ラランチアは俺の手を引いて裏通りに入った。しばらく走って建物の影に隠れる。
「はぁはぁ・・・ラランチア、俺は本当にラランチアが!」
「わ、わかりましたから!あまり大きな声は出さないでください!はぁはぁ・・・」
ラランチアは呼吸を整えながら額の汗をハンカチで拭っている。
「それではなぜあんな言葉をその、繰り返して呼んでいたのですか?・・・」
こっちの世界には羊が一匹はないんだろうか?それとも羊じゃないのかな?
「その・・・興奮を鎮めようと思って・・・興奮できないことを考えていたんだ」
「え?・・・何かその、興奮するようなことが・・・あったのですか?」
ありましたとも!あったけど・・・ラランチアには言えないよなぁ。
「そのうち、そのうち話すから。とりあえずは俺を信じて!」
ラランチアの両肩に手を置いて目を見て告げる。これは卑怯な言い方だけど今はこう言うしかない。
「わ、わかりました・・・」
ラランチアはそっと視線をずらしてそう言った。信じては、ないかな?少し気まづくなったが今日の目的を果たさないと。今日の目的は家政婦さんを雇うことだ。屋敷を手に入れたはいいけど二人じゃとても手がまわらない!あの規模の家だと何人雇えばいいのか、いくらくらいが相場なのかさっぱりわからないので執事組合に行くことにしたのだ。執事組合は思ったより遠くて歩いて1時間半もかかった。これなら乗合馬車にでも乗れば良かった。ほぼ村の反対側だ。それもそのはず。村の反対側はかなり発展していた。これなら町と呼んでもいいんじゃないだろうか?対岸が割と大きな町で渡し船がひっきりなしに行き交っている。そのためこちらの村も結構発展しているみたいだ。
「信夫様、執事組合はあの建物だそうです」
「あれか」
俺の働いている酒場は丸太を組み合わせた大きな小屋という感じだが、執事組合の建物は3階建てのビルだった。さすがに素材は木の板だけど。
中に入ると大きなロビーになっており受付がいくつも並んでいた。こんなに需要があるんだろうか?おれたちはそのうちの一つに近づき声をかけた。
「すいません。家政婦さんを雇いたいんですがここでいいんですか?」
「執事組合の受付は左の奥になります」
「あ、そうなんですか。すいません」
全部が執事組合ってわけじゃないのか?受付の上に何か文字が書いてあるな。なんて書いてあるんだろう?あとでラランチアに聞いてみるか。俺は言われた通り左の奥にある受付に向かう。ラランチアはキョロキョロしながら俺についてくる。
「すいません。家政婦さんを雇うにはどうしたらいいですか?」
「いらっしゃいませ。こちらにお住いの住所、部屋数、ご希望の家政婦ランクと希望人数をお書きください」




