2話:異世界転移
「ありがとうございましたぁ~」
20時の閉店間際に来たおば・・・お姉さんは、30分悩んでサクラソウの小さな鉢を買って行った。
「勘弁してくれよ、30分も残業だ・・・」
俺の名前は田中信夫15歳。小学生の時からアーチェリーを始め、中学の大会で全国3位になった。
勉強はまったく出来なかったが、スポーツ特待生で地方にある高校に進学することができた。
近くに親戚もいないド田舎だったので、親元を離れ一人暮らしをすることになった。最初は順調な高校生活で親のいない一人暮らしを満喫していたが、1学期の終わりにつまらないことで腕を怪我して選手生命を絶たれた。
普段の生活に支障はなかったので、勉強を頑張ればよかったのだがそんな気力もなく、居心地が悪くなり学校を中退した。
親には中退したことを話していない。そのため今は女子大前にある小さな花屋でバイトして、なんとか食いつないでいる。
花屋でバイトしている理由?そんなのキレイなお姉さんに会えるからに決まってるじゃないか!でも・・・女子大生ってあんまり花とか買わないのな・・・
閉店作業の最後に今日入荷した植物を店内に入れる。
「お、こいつ実がなってるじゃないか。オレンジか?」
いくつか入荷した中に果物の木もあった。まだ小さな木だがいっちょ前に一つ実がついていた。
「L'arancia・・・ららんしあ?ラランチアかな?」
女子大前の花屋で果物の木って売れるんだろうか?
「やべえ、急いでたから店のエプロン外し忘れてたな・・・」
花屋で使うエプロンには剪定鋏が入れっぱなしで結構重い。今から店に戻ってると更に遅くなるし、めんどくさいのでそのまま帰ることにした。
懐中電灯片手に走って家に向かっていると、家と家の間にある小道が目に入った。
「こんな道あったっけ?」
毎日通っている道だけど引っ越して来てまだ5ヶ月だ。今まで気づかなかっただけかな?
「ここを通った方が早そうだな」
そう思って小道に入った。道は狭いが自分の家の方向に続いているしすぐ抜けられるだろう。
表の通りとは違い道は真っ暗で、懐中電灯で照らす明るい円形の部分だけが世界のすべてのようで、他に何も見えない。
夜に通るんじゃなかったと後悔し始めた頃、急に朱色の柱が世界に現れた。
「なんだこれ?・・・鳥居?」
こんな所に神社があったのか、と思って正面を照らすと鳥居の後ろにもう一つ鳥居が現れた。そしてその先にも、そのまた先にも。
「うわ、鳥居いくつあるんだ・・・」
なんだっけ?確か・・・千本鳥居って言うんだっけ?なんだってこんなとこに・・・
普段見ない異質な世界になんだか引き込まれ、無意識に一歩を踏み出していた。
一歩、また一歩、さらに一歩。
どれだけ歩いても鳥居が続いていく。本当に千本あるわけじゃないよな?そんな風に思って歩いていると先に明かりが見えてきた。家があるのか?いや、神社か?
その灯りを目指して歩いていくと光の下にたどり着いた。光っていたのは最後の鳥居だった。
「なんでこの鳥居だけ光ってんだ?蛍光塗料でも塗られて・・・」
独り言を呟きながら鳥居をくぐると急に周りが明るくなった。
「うわっ!」
明るさに目を閉じてしばらくじっとした後、ゆっくりと目を開けた。
チチチチ・・・
鳥の声が聞こえる。そこは森の中だった。しかも真昼間の!!
「なんだこれっ!?どうなってるんだ、なんで急に昼に・・・」
森の中は薄暗かったのだが、さすがに真っ暗な夜中から昼間の薄暗い森では目が眩む。
ココハ、ドコナンダ?・・・頭がパニックになる・・・
なんで夜から昼に・・・しかもあれだけあった鳥居はどこにいったんだ・・・わけがわかんねえ・・・
「わけがわからんが、ここでじっとしてても仕方ないし」
とりあえず森を抜けよう。まさかマンガみたいに異世界に転移したとかあるわけねえし。町にいたらいつの間にか森にいて、遭難しましたじゃ笑い話にもならねえ。
「太陽は見えないし、どちらに行けば・・・」
サー・・・
ん?何か聞こえる。これは水の音か?音のする方に歩いていくと小さな小川が見えた。小川の周辺には水生植物が繁茂しており、白い小さな花が咲き乱れている。水は澄みきった透明でこのまま飲めそうな気もする。
「俺の住んでるとこも田舎で自然豊かだと思ったけど、ここは別世界だな」
水面を覗き込むとメダカみたいな小さな魚が逃げていき、七色の種が流れてくる。
・・・七色の種!?なんだコレ!?
「コレって本当に種か!?誰かがいたずらで色でも塗ったのか?」
種を拾ってじっと見てみるが色の境が自然で塗り分けた様子がない・・・ホンモノ?
オレンジに水色に黄色、紫に白と赤、いや薄紅色だな。そして黒・・・か。世の中にはこんな奇天烈な種があるんだな。そう思った時、
ガサッ
!?
今、後ろの茂みから音がした!?何かいるのかっ!!俺は咄嗟に種をポケットに入れ振り返る。
まさか本当に異世界に転移して、ゴブリンとかが現れたとしたら・・・
ははは、そんなことあるわけねえだろきっとクマかなんかで・・・って、クマの方がやばくねえかっ!?
ガササ!・・・ガサッ!!
更に茂みから聞こえる音が大きくなった。本当にクマなのか!?・・・1匹じゃない!?2匹、いや3匹か!?
ゴクリ・・・
茂みをかき分け現れたのは・・・ゴブリンだった。
「ふ~なんだゴブリンかよ脅かしやがって、クマだったらどうしようか・・・と・・・ゴブリンでたあああああっ!!」
「うわっ!!なんだコイツ!?」
ゴブリンも驚いている。ゴブリンって人間の言葉話せるんだっけ!?
いきなり生きるか死ぬかかよ!!ここって本当に異世界なのかっ!?
こんなとこで死んでたまるか!やってやる!やってやるぞ!!
俺はエプロンのポケットに入っていた剪定鋏を手に持って構えた。
「くるならきやがれっ!」
するとそのゴブリンは、
ピピーッ!!
口に笛を咥えて棍棒を突き出した。
「あーキミキミ、それをすぐにしまいなさい!銃刀法違反だよ!」
「は?・・・」
俺は緑の肌をして白いカッターシャツを着た人たちに囲まれた。揃いのズボンに揃いの帽子、そして揃いの杖。
棍棒と思ったのは杖だった。
ゴブリンの一人が杖を構えて何やら魔法のような呪文を唱え、ここにいない人(?)と会話をしている。
「森に迷い込んだ「ニンゲン」を発見。密入国者と思われる。刃渡り5cmのハサミを所持。これより連行する」
『了解。ニンゲンは蛮族だが手荒なことはしないように、以上通信終わり』
俺は鋏を没収され、手錠をかけられて連行されて行った。
「それで、キミの名前は?」
「田中・・・信夫です・・・」
俺は四角い窓一つない部屋に連行され、テーブルを挟んだ向かいに座るゴブリンに尋問されている・・・
「キミねえ、ニンゲンに苗字なんかあるわけないだろ?王族じゃあるまいし、どっちが名前なんだ?」
「名前・・・信夫・・・です」
なんだろうこの屈辱感は。ゴブリンなら腰ミノ一つで棍棒構えて「ヒャッハーッ!」すればいいじゃないか!!なんだこの理知的なゴブリンはっ!!
「最初から素直に答えれば悪いようにはしないから。な?それで、職業は?」
「学せ・・・いえ、アルバイトです・・・」
「へ~ニンゲンをアルバイトに雇うなんてもの好きもいるもんだね~。あ、いやニンゲンの村で働いているのか」
ゴブリンに上から目線で尋問され、素直に答える俺・・・
「警部補、ニンゲンへの侮辱も「侮辱罪」が適用されますよ」
俺の後ろで会話を記録していたゴブリンがぼそっと呟いた。
「んんっ!言葉が過ぎたようだすまないニンゲン。謝罪しよう。記録からは削除するように」
「削除します」
「それで、なんで密入国なんかしたんだ?」
「いえ、その・・・森で迷子になってしまって・・・」
その後ゴブリンの警察所で簡易裁判が行われ、「密入国」は迷子で不問となり、「銃刀法違反」は刃渡り6cm以下で不問とされ、国外退去で決着するのだった。