19話:ラランチアと屋敷
「は~い。いらっしゃいませ。お部屋をお探しですか?」
出てきた20代前半くらいのお姉さんは俺とラランチアを交互に見つめ、ちょっとニヤッとした笑顔を浮かべた。なんだよその目は・・・。確かにまだ高校生くらいの男女で部屋を探しに来たんだ、変な勘繰りをされても仕方がないけど。
「どうぞお掛けください。どのような物件をお探しで?」
俺とラランチアは並んでソファーに座り、向かいの席にお姉さんが座る。花屋でバイトしていた時に見た女子大生と比較しても、トップクラスに入れそうな美人で胸も大きい。しかし今の俺はラランチア以外目に入らないのだ。
「村はずれ辺りで静かな一軒家を探してるんだけど」
「一軒家ですか~確かに村はずれなら少しはお安くなりますけど、それでも一軒家はそれなりにお家賃も高いですよ?村の裏通りならお安いアパートもありますけど?」
そう言っていくつかの手書きの図面を取り出した。紙は薄茶色で木の繊維が見えている荒い物だった。A4ほどの紙にびっしりと書き込まれており、そのことが紙が貴重品だと教えてくれる。
「二人なら~こちらのアパートなら月当たり銀貨3枚。こちらが銀貨3枚と銅貨20枚ですね。狭くてもいいなら銀貨2枚台の物件もありますけど?」
銀貨は1万円相当だから3万とか2万台のアパートか。
「一軒家の相場はいくらくらいなんだ?」
「一軒家ですと、村の中心街なら銀貨8枚。村はずれですと銀貨6枚が相場ですね」
ああ、家賃で計算しているのか。
「そうじゃなくて一軒家を買いたいんだ」
「購入ですかっ!?ええっと・・・一応お伺いしますけど、ご予算はいかほど?」
俺はポケットに入っている金貨を机の上に置いた。服屋のゴブリンさんとの契約で金貨80枚を手に入れる予定だけど、手持ちの金貨は19枚と銀貨が95枚だ。銀貨はかさばるのでとりあえず金貨19枚だけを無造作に出した。
「これで足りるかな?」
日本円で1900万円。庭付き物件でも日本なら中古でなんとか買える値段だけど、こちらの世界でもいけるのかな?
「えっ!?金貨がこんなに!!」
この驚きようは足りるっぽいかな?お姉さんが再び金貨と俺を交互に見てくる。
「ご主人様、あまり金貨を無造作に出すべきではありませんよ」
え?ご主人様?いつもは「信夫様」なのに急にどうして?ラランチアは涼やかな顔で俺に頭を下げながらそう言った。
「ご、ご主人様!?・・・も、申し訳ありません!貴族の方がこんな裏さびれた店に来るとは思わず、失礼な態度を取ってしまいました!お許しください!」
お姉さんは急に椅子から立ち上がり地面に土下座して謝って来た!
「い、いや!気にしてないから土下座はやめてくれ!」
ラランチアも止めてく・・・れ?そう思って横を向くと、ラランチアは今まで見たこともない冷ややかな目でお姉さんを見下ろしていた。その目が言外にこう語っていた。
『信夫様を馬鹿にすると許しませんよ』と・・・
「と、とりあえず村はずれで二人で暮らせる家「別荘!」を見繕ってくれますか?」
ラランチアが「家」の部分に「別荘」と被せてきた。いくらお金を持ってるからと言って貴族が村はずれに家を買うのは不自然か・・・貴族じゃないけど・・・
「か、畏まりました!少々お待ちください!」
そう言ってお姉さんは奥に引っ込み、上等な紙に描かれた物件をいくつか持ってきてくれた。
「こちらの物件ですと金貨8枚と銀貨50枚。こちらが金貨12枚。一番お高いのがこの物件で金貨15枚になります」
意外に安かった!図面を見ると屋敷のようだけどなんでこんなに安いんだ?建物だけでもこれくらいいきそうだけど・・・そうか、土地か。こちらの世界は元の世界と違って土地が有り余っている。ゴブリンさんの国からこの村に来るのだって3時間歩いても手つかずの荒野だった。ほとんど土地に価値がないんだな。
「どう思う?」
金額的にはどれも問題はない。二人で暮らすにはどれも大きすぎて掃除が行き届きそうにない。あとは立地や使いやすさだけど。
「こちらは別荘にはやや大きすぎるようですし、こちらは井戸が遠いです。この金貨12枚の物件がよろしいかと」
そうだな。これなら中庭に井戸があるし小高い丘の上で見晴らしもいい。近くに家はないからラランチアが少しくらい大きな声を出しても・・・げほっ!げほっ!
「そうだな。この物件が良さそうだ。見せてもらえるか?」
「畏まりました。ご案内します。馬車を手配しますので少々お待ちください」
歩いていけそうな気もするが貴族だと思われているようだし断るのは不自然か。それからしばらくして馬車に乗り屋敷を見学した。少し庭が荒れているけど中は綺麗に清掃されており、最低限の家具も揃っているので今すぐにでも住めそうだった。部屋数が10を超えているのは少し多い気もするが、子供がたくさん生まれるかもしれないしな!うん!
「のぶ・・・ご主人様、こちらを見てください。大きな湯殿がありますよ!」
「おお、ほんとだ!」
この世界で風呂場を見たのは初めてだ。ペオーニアさんでも湯あみらしいし一般庶民で風呂場がある家は珍しいんだろう。これだけ大きな屋敷だし、本当に貴族が住んでいたのかな?10人は入れそうな風呂場だしラランチアと一緒に入ることだって・・・いかんいかん!ラランチアに嫌われたら生きていけない!自重しろ俺!!それから中庭に出てみた。井戸を覗き込むと遥か下に水面が見えた。周りが苔むしているけど普通に飲んで大丈夫なのかな?桶はついていたけどロープが朽ちていて滑車が錆びついているのでこれは交換するしかないか。中庭には花壇もあり、いくつか花も咲いていた。無秩序に咲いているところを見ると種が落ちて勝手に生えてるっぽいな。パンジーに似たカラフルな花とノースポールっぽい白い花も見える。さすがに同じ花ではないようだけど。屋敷の裏手に回ると目の前は森だった。屋敷を囲う柵が壊れ地面を掘り返したような跡がある。
「これはイノシシでしょうか?」
「イノシシがいるのか」
柵は早めに直した方がいいな。都会にイノシシが現れて大けがしたってニュースを見た気がする。意外に危険な獣なのだ。弓が撃てれば狩ることもできるのだが、今の俺では弓を引くことが出来ない。森からは小さな小川が流れてきており敷地内を横切っている。
「お!川だ。何か魚はいないかな?」
少しわくわくしながら川を覗き込んでいるとラランチアがすっと近づいてきて耳打ちする。
「信夫様、あまりはしゃいでいると怪しまれますよ」
耳元でささやくラランチアの声に腰が砕けそうになった。なんて耳心地いい声なんだ!膝がカクカクするのをなんとか堪え真っすぐ立つと、「次に行こうか」と何事もなかったかのようにその場を離れるのだった。
最後に正面の庭に回ると柵の向こうに丘の下の景色が一望出来た。川に沿って発展した細長い村がすべて見渡せ、その先に鬱蒼とした森があり、さらにその先に海のような巨大な水たまりが見える。平面の地表らしいから海はないのかな?あったら水が全部零れ落ちて悪魔界が水浸しになりそうだ。
「いかがでしょうか?」
お姉さんが一通り案内した後にそう聞いて来る。ラランチアを見ると静かに頭を下げてきたのでOKのようだ。
「よし、買うよ」
こうして金貨12枚で俺たちの新居を手に入れたのだった。




