17話:ラランチアと夜空
俺は深夜の村を闇雲に走った。
ラランチアが好きだ。それは間違いない俺の本心だ。でも、ラランチアの側にいると俺はダメになる。理性を押さえられない。ラランチアのこと以外何も考えられなくなってしまう。
魔使「それでもいいんじゃないか?」
そうだな。それでもいいかとも思う。ラランチアを悲しませなければ。
天使「まあ、ラランチアちゃんにデレデレになっている姿なんか見たくないですけどね」
そうだな。そんな姿俺も見たくない。ラランチアにも見せられない。
俺はどうしちゃったんだろうな。ラランチアの心が欲しい俺と、ラランチアに肉欲を求める俺と、二人が同時に存在しているみたいだ。これって普通なのか?俺が異常なのか?
魔使「異常・・・ではないけどな。信夫はまだ若いけど立派に成人だしな」
そうか。こっちの世界じゃ15歳が成人なのか。そう言えば日本も戦国時代は15歳が元服とか言ってたな。
天使「でも、無理矢理は良くないですわ・・・結果妊娠でもしたら負担を負うのは女性だけですよ。まあ、ラランチアちゃんは人間ではないですけど」
そうだよな・・・さっきの俺はそんなこと考えもしなかった。ラランチアのことを考えていなかった・・・
しばらく走ると元の世界の神社のような所に出た。こっちの世界でも宗教ってあるんだな。もとはと言えばあの不思議な千本鳥居を通り抜けたらこちらの世界に来ていた。こちらの鳥居をくぐれば元の世界に戻れるのかな?いっそラランチアの前から消えていなくなってしまいたい。周りをキョロキョロと見回してみたが鳥居が見つからない。まあそうだな、いくら似た感じの神社だからって鳥居までそっくりの物があるはずないか。神社っぽい建物の階段に腰を降ろすと息を整える。
魔使「少しは落ち着いたか?」
「ああ・・・」
天使「自分の行いを恥じているのですか?それでもラランチアちゃんは信夫君のことが好きなんでしょうけどね」
そう、なのかな・・・。ラランチアに溺れすぎて怖くなったのだ。俺が俺でなくなる。
中学の時にアーチェリーで全国3位になった時はそれなりにモテたけど、怪我をしてアーチェリーが出来なくなるとみんな離れていった。アーチェリーという取り柄があったからモテたのだ。今の俺に何がある?ラランチアが好きになってくれる要素が何もない。それなのに無理やり押し倒してしまうなんて・・・
こんなことをした俺なんて、もう見限られるんじゃないのか?ラランチアを失うのが怖くて仕方がない。それなのにラランチアの前から消えてしまいたいとも思う。
「結局、俺は自分に自信がないんだな・・・」
ふと夜空を見上げてみて不思議な事に気づいた。
「あれ?星が・・・ない・・・」
夜空は真っ暗だった。同じ星がなくてもこちらの世界にだって星はあるはずだ。だって異世界だって宇宙に・・・宇宙がない!?
魔使「ホシ?ホシとはなんなんだい?」
天使「空に何かあるのですか?」
魔使も天使も星を知らない!?
「え、だって星って普通は夜空にあるだろ!?この星とは別の星が!」
魔使「太陽のことかい?それなら今の時間は充電中だから朝まで登ることはないぞ」
充電中!?こちらの世界はどうなっているんだ!太陽も星じゃないのか!?そういえば月もないのに周りが見えている。
「夜空はこんなに真っ暗なのになんで地上はこんなに明るいんだ!?」
魔使「明るくないだろう?こんなに暗いのに」
天使「頭でも打ったのですか?これが明るいだなんて」
緑の非常灯に照らされているかのような夜はこちらの世界では普通のことのようだ。今まで深夜は酒場で働いていたから夜空を見ることがなかった。
「元の世界とは違うんだな・・・」
そうだよな。ラランチアは植物の果実から産まれたんだし、空に星がないことくらいささいなことだ。
それからしばらく魔使と天使の二人に俺の世界の話をした。太陽の周りを地球が回っていて、宇宙には無数の星があることを。
天使「あなたは変な世界から来たのですね。そんなにホシと言う物があるなら、神様が何人いても足りないではないですか」
魔使「そもそもウチュウに浮いているってどうやって浮いてるんだ?下に落っこちてしまうだろ?」
これは学校の授業で聞いたことがあるな。なんだっけ地面は平らで象か何かに支えられてるって。地球平面説だっけ?こっちの世界はそもそも異世界どころか異物理法則世界なのか?・・・
「ははは・・・」
なんだか馬鹿らしくなってきた。なんだこの世界は!それじゃ世界に果てがあるって言うのか!?水はその端から落っこちてるとでも言うのか!?
「この世界の端はどうなっているんだ?」
魔使「まあ、教えてもいいのかな?世界の端の下は悪魔界だよ。僕のいる悪魔界は来る者拒まずだからね。信夫は別だけど」
天使「逆にわたしのいる天界は来るには条件がありますね。信夫君にはムリですけど」
なるほどね。少なくとも悪魔界はここと同じ世界であって地面の下にあるってことなのか。魔使や天使の存在。それにゴブリンの警官が使っていた魔法のような通信手段もこの世界の法則なんだな。魔法がある世界なのか・・・本当に異世界なんだな。元の世界に未練はないけど急に一人ぼっちになった気がしてきた。この世界にも人はいるけど、それは俺とは別世界の生き物だ。
「俺と同じニンゲンはいないんだな」
体中の力が抜け階段に座ったままで項垂れていると足音が近づいてきた。
「信夫様!!」
「ラランチア・・・」
息を切らせたラランチアが階段の下から見上げてくる。俺を追ってきたのか・・・
「の、信夫様、家に帰りましょう?ね?お願いですから・・・」
いつも綺麗でかわいいラランチアの笑顔が涙で歪んでいた。俺に向かって伸ばす手が震えている。こんな顔もするんだな・・・まるでニンゲンみたいだ。
「わたしは・・・信夫様が何に苦しんでいるのか分かりません。わたしではお役に立てないかもしれません。でも、でも!おっしゃってください!わたしは信夫様の味方です!信夫様がすべてなのです!信夫様がわたしの目の前から消えてしまった瞬間、恐怖に震えました・・・信夫様がいなくなるなんて怖くて仕方がないのです!!」
ラランチア・・・ラランチアも同じなのか。うれしいけど、今は一緒にいるのが怖い。俺は俺自身を制御できない。それはラランチアもさっき体験したはずだ。
拒否されることが怖かった。本当のことを言えばラランチアは俺を軽蔑するだろう。俺の醜い思考をラランチアに聞かせるのが怖い。でも・・・それならいっそ。
「俺はね・・・ラランチアのことをずっと不埒な目で見ていた。ラランチアを抱きしめたい!抱きしめてキスがしたい!胸に触りたい!それから!・・・」
俺は再び項垂れた。俺が求めているのは本当にラランチアの心なんだろうか?口から出てくる言葉は性欲の事ばかり。苦しんでる?確かに苦しいよ。ラランチアはこんなに美しいのに、なんで俺はこんなに醜いんだ!!
「・・・知っていました・・・信夫様がわたしのことをそういう目で見ている事は。でも、気づかない振りをしていたのです」
気づかれていた!?そ、それはそうか・・・昨日の夜は抱きしめてしまったしな。ラランチアは地面を見つめながら緩く拳を作り口元を隠している。言いにくいことを言わせてしまった。
「イヤ・・・というわけではないのです。でも、あと少し、あと3日待ってください」
3日!?3日経つとどうなるんだ?覚悟を決める時間が欲しいという事なのか?
「ですから、一緒に帰りましょう?ね?信夫様」
そう言って再び俺に手を伸ばして来た。この手を取ったら俺はもう戻れなくなる。ラランチアに溺れてしまう。
魔使:天使「「溺れればいいんじゃない?」」
お前たちならそう言うと思ったよ。神と悪魔に唯一許された女の子。大切にしたいと心から思うのに肉欲が消えない。
魔使「肉欲がなければ弱い人間なんてとうに滅びているよ。滅びないための本能を否定してどうするんだ?」
天使「神様は否定なんてしてないですよ。愛さえあればね」
愛か。俺はゆっくりと立ち上がり階段を一歩降りる。この世界は俺の知っている世界じゃない。一人で生きるには寂しすぎる。ラランチアは一緒に生きてくれるだろうか?決して俺から離れたりしないだろうか?ラランチアが求めているのがご主人様なら俺が頼りになるご主人様になればいいだけだ。そうすればきっと。
「ラランチア。俺はラランチアを愛している」
「!!わ、わたしもです。信夫様」
階段を登って来たラランチアの手を取ってそう告げると、ラランチアも笑顔を浮かべてそう言った。そして一段低い位置にいるラランチアが背伸びをして目をつむり、生まれて初めて女の子とキスをした。
ラランチアの髪から覗く葉っぱは4枚に増え、小さな蕾ができていた。




