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16話:ラランチアと後悔

 おかしい。

 いくらラランチアがかわいいからと言って四六時中ラランチアのことばかり考えている。歩く姿に目を奪われる。振り向いた笑顔に心臓が止まりそうになる。ラランチアと会話をしているペオーニアさんにも嫉妬してしまう。ラランチアに触れようとする客を殺したくなる。ラランチアが華麗に避けているのが唯一の救いだ。これって、魅了の魔法か何かにかかってるんじゃないのか?


 パリン!


「信夫!何やってやがる!何枚皿割れば気が済むんだっ!!」

「す、すいません!」


 皿洗いに集中できないせいでまたマスターの怒声が飛んでくる。

 ついつい目がラランチアを探し、その動きを追ってしまう。これが好きってことなのか?今までだってクラスのかわいい子を好きになったことはあるけど、こんな事にはならなかった。ラランチアが群を抜いてかわいいからなのか?それにしても・・・


「信夫様?大丈夫ですか?」


 ドキン!!


「う!あ、ああ・・・」


 心配したラランチアがカウンター越しに声をかけてくれた。うれしい!うれしすぎるが、のどから声がでない!?声をかけられただけで顔に血が昇る。真っ赤になった顔を見られるのが恥ずかしくて俯いて皿洗いを続ける。


「痛っ!?」


 割れた皿を洗ってしまい指が切れてしまった。俺は何をしているんだ。日に日に悪化しているな・・・


「信夫様!?指から血が!」


 カウンターの中に入って来たラランチアが俺の手を掴み、俺の目を覗き込んだ後おもむろに口に咥えた!


「「「「「「あああああああああああああっ!!」」」」」」


 店内にいる客から怒号が響き渡る。しかし俺には何も聞こえない。只々ラランチアに咥えられた指に全神経が集中した。柔らかい唇に咥えられた指の暖かさ。滑らかな舌が指を這いまわり傷口を癒してくれる。


「ん」


 目の前から聞こえるラランチアの吐息が脳を蕩けさせる。あ~もう死んでもいいかも。そう思っていると、ラランチアが唇を離しマスターに向き直った。なんでそっちを?こっちを向いてくれ!ラランチア!


「マスター様、信夫様の治療をしてきますのでしばらくお願いします」

「え!?あ、ラランチアちゃん!?」


 そう言うとラランチアが俺の手を引いて店の奥に向かった。





 な、なななな!ラランチアさん、なんて大胆なのっ!?今、確かに信夫さんの指を・・・カウンターの隅で会計をしていたわたしも、お金を払おうとしていた人も、店内で立ち上がってラランチアさんを見るお客さんたちも、すべての人たちの動きが止まってしまった。ラランチアさんと信夫さんの姿が店の奥に消えてしばらく経っても誰一人として動かない。まるでメデューサに石化されてしまったかのように。


「やっぱりラランチアちゃんの好きな男って・・・」


 一人のお客さんがやっと言葉を発しました。するとあちらこちらからそれに答える声が続きます。


「「「言うな!一緒に歩いてるとこを見て分かってたことだろ!」」」

「手つないで歩いてたもんな・・・」

「「「なんてうらやましいっ!!」」」

「あんな男に取られるのはくやしいが・・・ラランチアちゃんの選んだ男だ!認めてやろうじゃねえか!」

「「「「「おおうっ!!」」」」」


 潔いのか情けないのか、お客さんたちは全員ラランチアさんの見守り隊になってしまったようです。それにしても、今日はやたらと失敗が多かったですけど信夫さん、どうしたのかしら?





「信夫様、痛みますか?」

「い、いや・・・大丈夫だ・・・」


 椅子に座った俺の前に膝まづいて俺の手を取るラランチアがいる。下から上目遣いで覗き込んでくるラランチアのかわいさに頭がクラクラしてきた。桜色の唇から漏れる声で脳が麻痺してくる。


「あ、あの・・・ララン・・・チア」

「はい、信夫様?」


 まっすぐな目をむけられて思わず視線を逸らしてしまう。ラランチアは俺の心配をしてくれてるのに、俺は不埒な事を考えてしまっている。情けなくなってきた。いっそ俺が女だったらこんな感情に左右されないだろうに・・・なんでこんなに可愛く思えてしまうんだろう。ラランチアは人間じゃない。それは分かっている。でも、こんなに人間らしく誰よりもかわいいと思う。男と何が違うんだろう?俺と同じで目が二つあり鼻がひとつで口も一つだ。目はぱっちりと大きくまつ毛も長い二重だが、男にだって二重の奴はいるしまつ毛が長いやつだっている。それなのにその目を見ると吸い込まれそうで、ラランチアから目が離せなくなって少し恐ろしくもある。それでも俺の視線はラランチアの唇に吸い寄せられる。ゴクリ・・・


「ラランチアは・・・サキュバスとか・・・なのかい?」

「え?・・・いえ、たぶん違うと思いますけど?」


 違うのか。いっそラランチアがサキュバスで魅了されているのならそれでもいいかと思ったのに。


「どうかなさったのですか、信夫様?」

「お、俺は、ラランチアの・・・ご、ご主人様なんだよな?」


 喉がカラカラで声がうまく出てこない。どれだけ緊張してるんだ俺は!?


「は、はい!信夫様がわたしの、ご主人様です」


 ああ、なんていい響きなんだ!理性が爆死しそうだ!魔使!今こそ後押ししてくれっ!


「そ、それじゃ・・・キ・・・キスしてくれって、言ったら・・・」

「えっ!?・・・」


 ぐあっ!ラランチアが少し引いてしまった!?やっぱり言うんじゃなかった言うんじゃなかった!?ご主人様と言ってもビジネスライクな関係で、こんなセクハラしたらラランチアだってキレちゃうかもしれない!


『は?何をおっしゃってるんですか?馬鹿なんですか?死ぬのですか?病院で診てもらった方がよろしいのでは?』


 こんな事を言われてしまうんじゃ!?口調がなぜか天使みたいになってるのは、アイツの言ってることに密かにダメージを受けてるからだろうかっ!?


 天使「もう死んだらいいのです。こんなムードもへったくれもない求愛があってたまりますか!?」

 魔使「いくらなんでもコレはないと思うわ~・・・」


 二人からもダメ出しが来た!俺もそう思います!!ラランチアだって!


「ん」


 魔使:天使「「え?・・・」」


 え?・・・


「い、今はこれが精一杯です!なので・・・さ、先にお仕事に戻りますね!!」


 そう言ってラランチアは走ってホールに戻って行った・・・


 い、いまの・・・ほっぺに感じたやわらかい感触って・・・


 顔にかかったラランチアの髪が、甘い香りで俺の嗅覚を刺激した。


 ビジネスライクな関係じゃないのか・・・


 本当に本当の、ご主人様なのか・・・


 天使「ラランチアちゃん、マジなんだ・・・」

 魔使「え~・・・」


 俺がラランチアのご主人様なんだっ!!


 それから俺も仕事に戻った・・・んだと思う。ラランチアの事で頭がいっぱいで何も覚えていない。とにかく早く仕事が終われと、がむしゃらに皿を洗っていた気がする。マスターがラランチアに両手を合わせて何か頼みごとをしている。一体何事だろう?ラランチアが笑顔で了承しているので変な事ではないようだ。そして気づいたら仕事が終わり、マスターとペオーニアさんへの挨拶もそこそこにラランチアの手を取り納屋に急いだ!


「の、信夫様!?どうなさったのです!?」


 どうなさった?どうもなってないよ。ラランチアも同じ気持ちなら、もう迷う事なんてないじゃないか!!納屋に入ると有無を言わせずラランチアを抱きしめてベットに押し倒した。ラランチアから漂う香りに俺の理性は崩壊した。


「ラランチア!ラランチア!」

「信夫様!?ま、待ってください!!」


 待つ?何を待つんだ?もう我慢する必要なんて!!


 パンッ!


 あ、あれ?・・・


 俺の顔が横を向いている?今の今までラランチアを見てたはずなのに?あれ?頬を叩かれた?


 ゆっくりと視線を元に戻すと、ベットに押し付けているラランチアの目に涙が溢れていた。


「あ・・・」


 お、俺は何をしてるんだっ!!ラランチアが大切なのに!誰よりも大切なのに!性欲に我を忘れてしまった!?


 急に恐怖が押し寄せてきた。ラランチアを泣かせてしまった。ラランチアに嫌われてしまう。ラランチアの心が俺から離れてしまう。


 俺はバカだっ!!


「ご、ごめん!ラランチア!!」

「信夫様!!」


 俺は納屋から飛び出し夜の村を疾走した。

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