●第36話【食神】1/3
美神戦隊アンナセイヴァー
第36話 【食神】
勝負のゴングは鳴った。
ここからはそれぞれの持てる力をただ信じ、ひたすらに突き進むのみだ。
甘えは一切許されない。
負けた時は、肉奴隷という生き地獄が待っている。
ありさが、無明無心の心意気でラーメンをすすり上げる。
ずべずべずべずべずべべ―――――っ
“ふっふっふっ、大食い勝負は、スタートが肝心!
満腹感を感じるよりも先に、一気にまくしたてて量を稼ぐ!
これが鉄則よっ!!”
ありさの心の中で、大食いのノウハウが何度も繰り返される。
昨日ネットで見つけた「TVキング大食い王決定戦新春スペシャル」では、この鉄則を守れなかった者から挫折していったのだ。
ありさの中では、これは確固たる『自信』の根元となっていた。
ここのルールでは、スープまで全部腹におさめなくてはならない。
ただでさえスープを飲むのに時間がかか.るため、麺や具などで戸惑っている暇はないのである。
まずは、全員二杯までこのピッチで…というのが、ありさ達の作戦だ。
さっさと麺を食べ尽くし、ぐびーとスープをすする横目で、ありさは他の二人の様子を見た。
「わあっ♪ この餃子とってもおいしいですよ☆
カリッとしていて、中にはスープがこんなに!」
「す、すごいわ、おいしいじゃない、このシュウマイ。
ちょっと感動かも。愛美、少し食べてみる?」
「あはっ、ありがとうございます♪
じゃあ私からも、餃子をお裾分け~」
心の友達は、後回しのはずの小品から手をつけ舌鼓を打ち、あまつさえシェアし合っていた。
「だ―――――っ!
何やっとんじゃあお前らわ―――――っ!!」
「だって、すっごくおいしいんですもの」
シュウマイを半分かじりかけていた手を止め、愛美が返答する。
未来は、愛美からもらった餃子の熱さに驚いてしまい、当分返事が出来そうにない。
「事の重大さがわかってるのかぁっ!!
そんなノホホンかましていて、勝機が見えるかぁっ!!」
「わ、わかりました~」
ぷぅっと顔を膨らませ、愛美は自分の担当のものに取りかかる。
ようやく口の中で高温を放っていた餃子が通り過ぎたので、未来は、焼けた舌を冷やそうと、水差しに手を伸ばした。
「ミキ―――――っ!!」
水差しに伸ばした手の平に、ありさの放ったシナチクがはりつく。
「あちっ! な、何するのよ?!」
その熱さに思わず手を引っ込めると、脇では、ありさが凄まじい形相で睨み付けていた。
「水なんか今のうちから飲むんじゃないっ!!
後で腹の中で大変な事になるっ!」
「で、でも舌が。
これじゃ、食べても味がわからないかも」
「んなもん、わからなくてもいいっ!!」
「ええっ?!」
「んな事気にしている暇があったら、とっととその腹につっこむ事だけ考えろ! 以上!!」
研究に研究を重ねたありさは、独自の“大食い”哲学を振りまわす。
必死だった。
ありさは、正直いつものXENO退治よりも真剣だった。
もはやありさの目が「殺っちまうぞおんどりゃ」状態になっている事を察し、未来も愛美も、それ以上抗議する事を諦めた。
その時、
「おーい、特製生ノリラーメン追加だ、ぜえいっ!」
「俺は、赤味噌ラーメン頼むぜ」
「拙者は、ニンニクラーメンを所望する!」
剛毛筋肉三兄弟が、同時にラーメンのお代わりを指定した。
「な、なにいっ?!
まだ五分も経ってないのにぃっ?!」
驚愕するありさは、奴等のテーブルを見てさらに驚愕した。
なんと、全員ギョーザとシュウマイ、さらには特製ピータンまで注文し、平らげている。
ピータンに至っては、すでにそれぞれ皿三枚が重ねられている状況だ。
三兄弟、それぞれ10ポイント獲得、合計30ポイント。
対して、ありさチームはやっと合計2ポイント
暗雲は、すでに彼女達の頭上に立ち込めはじめていた。
「な、な、な、な」
「おいぺっちゃん、仲間にレクチャーしている暇があったら、とっとと食べ進めた方が正解だ、ぜえぃっ!」
「ぺ、ぺっちゃんって、誰の事だぁっ!」
「ぐえへへ、安心しろ。
ぺっちゃんは“乳ならば大小問わず愛でる”俺様が、直々に可愛がりまくってやる、ぜえいっ!」
超強力セクハラ発言が、いつもの怒り反応を急激に消耗させ、士気を奪い去る。
途中まで出かけていた猛烈な怒気は行き場がなくなり、ふたたびありさの身体に戻ってきた。
「う、うおおおおおおお―――――っ!!
負けてたまっかぁっ!!」
怒号と共に、凄まじい勢いでラーメンが消化されていく。
滝のような轟音が鳴り響く中、ありさは、もはや二人に期待せず、せめて一矢報いてやるという不退転の心意気に達していた。
「すごいですありささん、叫びながらラーメンが食べられるなんて!」
「わ、私達もがんばりましょ。
イヤよ、あんなのの言いなりになるなんて」
ありさの気合いパワーに影響されたか、未来と愛美にもようやくエンジンがかかる。自分達で綿密に計算した作戦に乗っ取り、的確にノルマをこなしていく。
猫舌の未来は、早めにラーメンを注文しておいて、少しスープが冷めてから取りかかる。
麺がのびるが、これは我慢するしかない。
愛美は、比較的一皿の量が少なく、かつ自分が大好きなものを連続注文してポイントを稼ぎ、最初に注文したラーメンで中継ぎするという逆転の発想で攻めていく。
ひたすらラーメンだけで攻めるのはありさだけ。
彼女がこのチームの大黒柱なのは、言うまでもなかった。
30分後。
ありさチーム、ありさ15点・未来10点・愛美12点。合計37ポイント。
対して三兄弟、各自15点ずつ。合計45ポイント。
「これは勝負あったかしらねぇ」
店長が、戦況を見つめながらぼそりと呟く。
誰が見ても、結果ははっきりしていた。
なんとか三杯目を全部たいらげ、中つなぎとポイント稼ぎのために、予想よりも早くオプションに逃げ始めたありさだったが、すでに脂にやられて箸が伸びない。
未来はなんとかノルマのラーメン一杯をたいらげたものの、ゆっくり食べていたのが災いし、すでにグロッキーが入っている。
最初に注文したシュウマイすら、まだ残っているくらいだ。
そして愛美は、とっくに目を回していた。
「し、し、しっかりしろ~、戦いはまだ……こ、これからだぁ~」
「う、うぷっ、も、もう入らない……。
ナニよこれ、急にお腹が膨らんで……」
「だ、だから水飲むなって言ったのに!」
叱咤の声に、もはや生気がない。
ありさは未来達を気にかけながらも、せめて自分のノルマをクリアすべしと、最後の気合いをかけた。
だが、気合いで胃袋にすきまが作れれば苦労はない。
五分ほど前に来た四杯目のラーメンの湯気が、激しく拒絶感をあおる。
もはや、ありさの頭からは「食べる量で負けたら肉奴隷」という約束事すら、消えかけていた。
「げへへへ、そろそろギブアップみたいだ、ぜぇいっ!」
「所詮俺達の敵ではないという事よ」
「哀れなり。
このような醜態の果てに、肉奴隷への道を歩むとは」
好き勝手な事をほざいている三人兄弟は、それぞれ四杯目のドンブリに残ったスープを、ぐびーっと飲み干した。
「三人が一糸乱れぬペースで食べ続け、しかも緻密に計算された攻略に従い、一見粗暴な行動にはまったくの無駄がない。
――そう、そういう事だったのね」
突然、店長がギラリと目を輝かせながら呟いた。
「あんた達、何年か前、あらゆる大食いチャンピオン大会に出て連続優勝しまくっていた、ウヨッカー・サヨッカー・マンナッカーの威張田三兄弟でしょう!」
「ガハハハ、やっと気がついたか!」
「な、な、なんだってぇ?!」
驚愕するありさに向かって、三人は同時にサムズアップをしてみせる。
言われてみれば、ありさはどこかでこの三人の姿を見た記憶があった。
かなり前、そのテの番組でしょっちゅう出演していた“奇跡のフードファイター”。
今頃になってその事実に気付いてしまった事を、ありさは激しく後悔した。
「つまり、お前達が研究してきた事なぞ、我々にとってはすでに常識よ」
次男・サヨッカー威張田が、誇らしげな笑みを湛えながら、見下ろす。
「そなた達のいる場所は、既に我々が何年も前に通過した場所でござるッッッ!」
三男・マンナッカー威張田が、嘲笑する。
「つー訳だ! 我が肉奴隷共よっ!!
地獄の苦しみの後に究極の悦楽を知れい!!」
すでに勝利を確信した長男・ウヨッカー威張田が、歓喜の混じった雄叫びを上げる。
よく聞くとすごく下品な内容なのだが、それに対して嫌な顔をする元気すら起きない。
「ううっ、栄養摂取行為で、どうしてこんな苦しみを味わわなきゃいけないのよ……」
未来が、もはや身を起こす事すら出来ぬまま、苦悶の言葉を漏らす。
「光が見える。あれは天国への扉。
ありがとうありがとう」
「か、帰ってきなさい~、愛美ぃ~!」
ありさはもう、ひたすら手前のラーメンを見つめるしか術がなかった。
このままでは、“肉奴隷”!
あんなに毛深くて、筋肉ばっか発達していて、何よりも先に性欲から産まれてきたような男共に肉奴隷られるなんて、人生最大の屈辱であった。
……と考えて、
あれ、「肉奴隷」ってなんだっけ?
チャーシューって、何の植物の肉だっけ?
たまごって、どこに住んでるんだっけ?
すでに大脳皮質にまでラードが回ってしまったありさには、現実と妄想、事実と夢想がハイテンションで混雑しはじめていた。
「そ、そうです!
名案がありますっ!」
突然、愛美が立ち上がった。
「ありささん、未来さん、私達には、まだ最後の手段が残っているではありませんか!
希望を捨ててはいけません!!」
愛美の強気の言葉に、店内各所から驚きの声が上がる。
なぜかどっかと立ち上がり、テーブルの端に片足を掲げ、ガッツポーズで天を仰いでいる愛美の姿は、堂々としてはいるものの、どこか不安をかき立てる要素に満ちていた。
「さ、最後の手段?!」
「はっ、そんなもん、たかが知れてる、ぜえいっ!」
「この期に及んで、あの子何をする気?」
「あ、今パンツ見えた」
様々な動揺の言葉に包まれながら、愛美は高々と拳を掲げ、誇らしげな表情を浮かべた。
何がなんだかわからないが、その言葉に見える唯一の光明にすがろうと、ありさは、こわばった顔を向ける。
だが次の瞬間、ありさの顔のこわばりはさらに激しさを増した。
愛美の手の中に、なぜか見慣れたアイテム……サークレットが握られていた。
「チャージ・アップです!
アンナユニットを実装しましょう!」
「あ?」
「だって、あんなにパワーアップするじゃないですか!
それならきっと、お腹だってパワーアップして、このお料理も全部」
「んな訳ねーだろっっっ!!」
ラードが脳に回っているのは、ありさだけではなかった。
一方、その頃――
「うわわぁ~、すごい人だねぇ」
「た、確かにすごいですね。
何かあったんでしょうか?」
店の入り口の凄まじい客数に驚いた二人の少女は、背伸びをして店内を覗いてみようと試みる。
しかし、自分達の背ではまったく何もわからない。
久しぶりに訪れた彼女達にとって、この人ゴミはちょっとした驚異だった。
ふと見ると、大食いチャレンジの告知看板が覗いている。
くりくりとした瞳をぱちくりさせながら、ポニーテールの少女は、そこに記されたルール書きに見入った。
「ああ、これだよ! 誰か挑戦してるんじゃないかな?」
すると、近くにいた青年が話しかけてきた。
「今ね、中で大食い自慢のチーム同士で対決やってんだよ!
もう勝負は着いているみたいだけどね」
「へーっ、そうなんですか……って、チーム?!」
少女の片割れは、その言葉に、夕べの友人とのやりとりを突然思い出した。
「ね、お姉ちゃん! まさか」
「き、昨日、愛美さんが話していたのは、これの事?!」
少女達は、顔を向けて軽く頷くと、無理矢理人ごみの中へ潜り込んでいった。




