第35話【食欲】3/3
「店長~、いいんですかあ?
あんな事やらせちゃってえ」
「バカねぇあんた。
いい? イベント開催初日に、いきなりあんな見せ場が出来れば、あいつら以外にも沢山のエキストラが集まるし、日が過ぎても話題が生き続けるわ」
「そ、そのために、あの女の子達が肉奴隷にまでなっちゃうんですか?!」
「それは彼女達のがんばり方次第よね。
――でも、一番問題なのは、アレが訪れた時よ」
「アレ?」
「そう――チャンプ」
「ああ! チャンプ!!」
「あれは、必ずこのイベントの話を聞きつけてここにやってくるわ。
そうしたら、多分あの六人の対決など……」
「私、なんかゾクゾクしてきましたよ店長~」
「OK! なんとしても、明日は盛り上げるわヨ!!
一号ナベから十号ナベまでスタンバイ!
ゲンコツ部隊、昨日からのスープの仕込みをチェック!!
チャーシュー部隊と飲茶特殊工作隊は、材料切れなんてみっともない真似しないように、厳重に事に当たって!
陣頭指揮はあたし自らが執るわぁっ!!」
「というわけで、明日もありささんや未来さんと、お出かけしてきますね♪」
なぜか全身からはりきりオーラを出しまくっている愛美が、嬉しそうに宣言する。
その晩、凱と相模姉妹は愛美を交えた四人で夕食を摂っていたのだが、妙なテンションの彼女に、皆は少々面食らっていた。
「愛美ちゃんが自分から続けて外出するようになるなんて、珍しいなぁ」
「ありさちゃんが、よく引っ張り回しているからじゃないかなぁ?」
「あのお二人がいらっしゃるから大丈夫だとは思いますが、前みたいな事にはならないよう、お気をつけくださいね」
心配性の舞衣が、不安げな表情で付け加える。
だが当の本人は、大丈夫といわんがばかりの笑顔を向け、こっくり頷いた。
「明日は、世紀の大勝負なんですよ」
「大勝負?!」
「はい、私とありささんと未来さんで力を合わせて、正義のために戦うんです☆」
「せ、正義?!」
なんか妙に高揚する愛美の態度は、異様な不安を駆り立てる。
凱は、「一体何があった?」と舞衣達に目線で呼びかけるが、二人はただ首を横に振るだけだ。
「XENOとの戦いの事じゃ、ないよね?」
「違いますよー」
「愛美さんに限ってそんな事はないと思いますが、何か喧嘩のような事では」
「アハッ、それも違いますよっ♪
だいじょーぶです、なんとかなりますよ。
後でご報告しますねっ」
「え? あ、ああ」
なんとなく毒気を抜かれて、それ以上突っ込む気力がなくなってしまう。
まあ、いずれにしても未来が一緒だというならそんなまずい事にはならないだろう。
三人は、そう判断して会話を打ち切ることにした。
「ごちそうさまでした」
「あれ、愛美ちゃんもういいの? ご飯のおかわりは?」
「いえ、結構です。
食べ過ぎると明日に響きますので。
あ、舞衣さん、お願いですから洗い物のお手伝いさせてください。
身体を動かしたいので」
「え? は、はい」
舞衣の気のない返事を聞くと、愛美は笑顔で会釈し、とっとと自分の食器を片づけに行く。
「お片づけの前に、ちょっと運動して参りますね♪」
「運動? ど、どーしたの愛美ちゃん?」
「はい、食べた後に身体を少し動かしておく方がいいんだそうです。
ありささんがおっしゃっておられました」
「ありさちゃんが?
い、いったい何をするつもりなのかな~?」
「えへへへ、秘密ですー」
軽くステップを踏みながら、愛美は、簡単な挨拶だけ済ませるとすぐに自分の部屋へと戻っていってしまう。
残された三人は、呆然とそれを見送るだけだった。
「なんか、やっぱり嫌な予感がする」
「うん、メグも」
「愛美さんが何かを楽しみにされるというのは、喜ばしい事なのですが」
翌日――
対決の時が迫る大黒屋には、二大勢力の熱き闘志が渦巻いていた。
筋肉の塊の三人衆と、それに対抗する三人の少女。
ただ愛美だけが、妙にうきうきとした笑顔を浮かべている。事態の深刻さが全然わかっていないようだが、誰もそれに突っ込もうとはしない。
「ぐへへっ、よく恐れもしないで来たものだ、ぜえいっ。
そんなに俺達の肉奴隷になりてぇのかぁっ?!」
「下品な」
未来の眼鏡の奥から、理知的な視線が突き刺さる。
だが当の本人は、そんな事これっぽっちも気にする様子はなく、さらに下品で欲望にまみれた笑みを浮かべる。
「へっ、あんた達の方こそ、後で泣き入れたって遅いからねっ!」
「ふははは、心配するな。
挿れるのは別な物だからなっ」
「げっ」
次男の、さらに輪をかけたセクハラ発言に言葉が途切れる。
だが、ありさがふと目線を下ろした瞬間、男達三人の下半身前部がギンギンに膨らんでいる事にも気付いてしまった。
背筋に、今まで味わった事のない程の悪寒が駆け巡る。
「よし、俺はあのちっこいのをもらうとしようか」
「俺は、あのぺったんこな奴がいい、ぜぇぃっ!」
「ぺったんこ?!」
その言葉で、一瞬のうちにありさの頭に血が上る。
だが、一番後ろにいた三男の言葉で、それは一気に収まってしまった。
「拙者は、あの背の高いのが良い」
「ほう、相変わらずマニアだな、マンナッカー」
「巨乳に眼鏡。
それだけで拙者のマイハートはアウェイクニングでエクシードチャージ状態でござる」
「ぐえ!」
その言葉に、今度は未来が退く。
だがありさは、不謹慎と思いつつも心の片隅で“よし、今度これをネタにからかってやろう”と考えていた。
「はーい、じゃあそろそろ始めようかしら。
みんな、ルールの方は大丈夫ね?」
湯気の向こうから姿を現した店長・瞳の呼びかけに、六人全員が無言で頷く。
「じゃあ、席についてね。みんなの健闘を祈るわよっ」
と言うと同時に、瞳は、どこから取り出したのか小型のドラを掲げる。
「あ~れ、きゅいじぃ~~ぬっ!」
ぐわおわおわおわ~~~ん!
ドラが鳴り響き、場の空気が瞬時に引き締まる。
だがその時、六人とも「それ、何か違う」と心の中でツッコミを入れていた。
この瞬間だけ、六人全員が同じ気持ちで固く結ばれた。




