●第35話【食欲】1/3
大黒屋。
ここは、ラーメン屋激戦区環七通りに面した店である。
とんこつしょうゆ系の濃厚なラーメンを売り物として、三年前に開店した店だ。
いきなりこんな難儀な場所に店舗を構えたものの、独自の営業展開と店長の度胸、そして少数の常連達の熱心なバックアップを受け、今では“この店を知らないラーメン通はモグリ”とまで言われるほどに成長していた。
この店の売りは、ラーメンだけではない。
各種料理店で武者修行した店長は、“中華を基本とした料理”をもオプションで添える事を思いついた。
しかも、それぞれを徹底的に作りこみ、そしてバリエーションを多くかつ安くする事で、客の選択肢を増やす方向の開拓に成功した。
それでいて無駄な高級感は漂っておらず、むしろ気軽にふらっと立ち寄れる雰囲気が魅力だ。
一歩間違えれば「ただの中華料理屋」だが、そういった数々の研究と努力の果て、全国から大勢の来訪客が押しかけるまでになった。
もはや押しも押されもしない安定した人気を獲得したある頃、店長は、ふとある企画を考え出した。
店員達も猛烈に反対したが、エンターテイメント性をも重視する店長の鶴の一声で、半ば無理矢理決定されてしまった。
店長…鴇小路瞳。
彼……いや、彼女……?! は、自身のあらたな企画に、絶対成功の確信の笑みを浮かべていた。
「ホラ、さっさと準備するのヨ!
明日から忙しくなるんだからネ!」
「ふにゃ~い」
「何、気合い抜けた返事してんのよ。ダシ取るわよ」
どこかで、良いタイミングで“コケコッコ~”という、生きたアラームが鳴り響いた。
「誰よ、こんな所で鶏なんか飼っているのは?」
美神戦隊アンナセイヴァー
第35話 【食欲】
「ここ! ここ! ここが大黒屋だよ!!」
ありさは、まるで子供のようにはしゃぎながら、目の前の店舗を指差した。
【とんこつしょうゆ 大黒屋】。
ありさに引かれてやってきた愛美と未来は、思わず店内の様子を自動ドア越しに覗きこんだ。
「うわあ……ラーメンなのですね。
ラーメンなのですね」
「なんで真っ昼間から、こんなに濃厚なの食べなきゃならないのよ、ったく」
憂鬱そうな愛美と未来。
この好対照な二人の肩をパシパシと叩きながら、ありさは目を猫のように細めて、嬉しそうに呟いた。
「何言ってんのよミキ。
夜に食ったら、もっと体重の贄になっちゃうでしょうが!」
「うぐ」
「あんたさぁ、そんな事言ってうまいモン食べるチャンス失いまくりだと、人生無駄にするようなもんだよ」
「キッ! む、ムダとは何よ!
私はどーせ、あんたみたいに新陳代謝がよくないわよ!!」
そう言いながら、逆三角形の目でギロリと睨む。
またいつものいがみ合いが始まるのか……と思って身を固めて見守っていた愛美だったが、その予想に反して、ありさはまったく挑発に乗ってこない。
むしろ、そんな態度を見越していたかのようだった。
「ハハハ、まあそう言わないの。
未来、たまにはあたし達に付き合ってくれたっていいじゃない」
「そうですよ、未来さん。
ありささんがオススメしてくださる所なんですから、きっと素晴らしいですよ」
「おっ? おっ? 愛美、フォローしてくれるのか、あんがとね」
「それでは、私はこれで失礼いたします」
「おいおいおいおい、待てぇ――!!」
深々と頭を下げて撤収しようとする愛美を、慌てて捕まえる。
ありさの態度に多少の憤りを感じてはいたが、実は未来自身、ラーメンに興味がないわけではない。
その辺、微妙な葛藤があった。
「で、でも、何も開店前から並ばなくても」
「そこがいいんじゃない!
わざと自分の食欲に抑制をかけて、一気に解き放つ!
ああ、それはもうスペクタクルでファンタジーで甘露なひとときを味わえるわけよ♪」
「そうです。
スペースシャトルでファンタージェンなんです」
「はいはい、わかったわよ。
わかったから、付き合えばいいんでしょう? もう、覚悟決めたわよ」
「いよし、それでこそリーダー!」
「なんでよ」
「あれは何ですか?」
不意に、愛美が店頭に出されている小さな告知看板を指差した。
今まで客の陰になって見えなかったそれには、丸っこい文字でデカデカと
『あなたも大食いにチャレンジ!
好きなメニューを一杯選んで、豪華賞品をもらおう!』
と、書かれている。
どうやらこれはかなりの注目を浴びているらしく、他の客もそこに記されたルール説明をじっくりと読みこんでいる。
「ありさ、ねえ、あれは何?」
「あたしも知らん。
つーか、前はこんなのなかったよ」
と呟いた声に反応するかの如く、横から別な人間の話し掛ける声が響いた。
「そりゃあ当然よ。
これ、明日からやるの。
よかったら挑戦してみてね、お客さん♪」
振りかえると、そこにいたのは細身の、白い業務用エプロンをまとった男性だった。
独特のお姉言葉と、なんとなく“狙った”目線の動きが、様々な意味を込めて「普通ではない」事を物語っている。
長身の未来をも見下ろすような背の高さに、三人は、思わず揃って見上げた。
「は、はあ」
「これはなんですか? 何か特別なお料理でも?」
「っていうか、食べ放題って事?」
細身の男は、三人のナチュラルな反応に、チッチッチッと指を振る。
「明日から毎日行うイベントよ。
午後2時から午後5時までの3時間内、自己申告で、規定量以上食べられたらお代はタダ!
だけど、食べた量が多ければ多いほど、これは“賞金”“豪華賞品”へとレベルアップしていくわ」
感嘆の声が、各所から漏れる。
「挑戦してみようか」という声もささやかれ始めているようだ。
「ふえーっ、そんな豪華な企画なんですかー!」
常に自然過ぎる反応を示す愛美が、目を剥いて驚愕する。
「ふーん。で、細かいルールってどんなのです?」
ありさの問いに、細身の男は妖艶な笑顔を向けて答える。
「良く聞いてくれたわね、お客さん!
まずね…
・各メニューごとにポイントが設定されていて、注文して食べ尽くした
料理の総合ポイント数で測定。
・ラーメンは、汁も含め全部残さず食べること。
・餃子などの場合は、調味料の有無は無視。
・ドリンク・酒類・替え玉・トッピング・ミニメニューはポイント対象外。
・ラーメンは平均5ポイント、ご飯類単品は4ポイント。
・餃子などの小物系は、各種1ポイントを基準とする。
・15ポイント達成で食事代無料、25ポイント達成で賞金3万円。
・以降5ポイント上昇ごとに、賞金アップや豪華賞品。
・最高記録保持者は店内にて表彰され、名前とスナップが飾られる。
だいたいこんな所ね」
再び感嘆の声が上がる。
「なるほど! 巨大ラーメン全部食べたらナンボって奴じゃないのね!
好きなメニューでポイントを稼げるわけかぁ」
「そゆ事。しかもね、実はコレ、団体挑戦もOKなのヨ♪」
「えーっ、団体戦?!」
男の言葉を聞いた直後、ありさがゆっくりと未来と愛美を振り返る。
「団体戦は、ノルマが人数分に倍増するわ。
けれど、一人が挫折しても残りのメンバーがフォローすればOKよ。
もちろん、注文しても食べ切れなかったら、お代はドッカとやってくるから、注意してネ♪」
一年や二年では、絶対身に付きそうにないほど定着化したお姉言葉が炸裂する。
すでに他の客達はそれぞれ自分達なりの計画を相談し始めたり、ただ笑いながらも目はマジだったりと、反応は様々だ。
「明日の午後2時からだけど、事前申し込みや応援も大歓迎だからねーっ。
皆さんよろしく頼むわーっ♪」
背景に一杯の透過光を浴び、店長・瞳の満面笑顔が輝く。
なぜか客達の半分くらいは、その呼びかけに応えて「オーッ!」と掛け声を上げていた。
「ラーメン屋さんって、とっても面白そうな所なんですね。
私、こういう世界があるという事を初めて知りました!」
何かがツボったようで、愛美は、先程までの嫌そうな態度から一転、正反対の事を言い出す。
未来は額に指を当てて、この行列の中で唯一、無茶苦茶な展開に頭を悩ませていた。
「つ、ついて行けないわ。
第一、ラーメンなんて一杯食べれば、その日一日何もいらないくらいのカロリーがあるのよ。
そんなものを何杯も食べたって」
「大丈夫ですよ、未来さん!」
肩をポンと叩きながら、ものすごく上機嫌の愛美がやわらかな笑顔を向ける。
「食べた分、動けばいいんですよ。
私、ランニングだったらお付き合いしますよ」
「ら、ら、ランニングですって?!
なんで食べた後にそこまでしなくちゃいけないのよ!」
「えーっ、だって、ホラ」
そう言いながら、愛美が横を指差す。
視線をそちらの方向へスライドさせてみると、ありさが背中を丸めながら、何かをぶつぶつと呟き続けている。
近づいてみると、その恐るべき呟きの内容がだんだんはっきりと聞こえてきた。
「…で、25×3だから合計75、ラーメン一人4杯にご飯モノ各1で割り振って、後は小物3点……
これだとデカイ割にあんまり食べない未来の埋め合わせが必要になるから、まずあたしが今日の夕食を抜いてがんばって、愛美にも……」
「ちょっと!」
未来に肩をわしづかみにされて、やっと我に返る。
「ハッ?! ど、どーしたんよ未来?!」
「あんた、今、私をメンバーに含めて団体戦の戦略考えていたでしょおぉぉぉおおおお?!」
「い、いや、だから、あのね」
「わあ♪ 未来さんも出るんですかあ?」
「出ない! しかも、どーして賞金目当てで計算してんのよ!!」
頭から濃厚な湯気を立てながら、眼鏡美女が野獣と化して激怒する。
計画発案者は舌打ちしつつも、苦笑いを浮かべてごまかすしかなかった。
「あ、あはは……
ま、まあさ、とりあえず食べてみようよ。話はそれからだよ」
「ふん。まあ、普通に食べるくらいなら、ねえ」
「ありささん、私、参加してもいいですよ!」
愛美の申告に、ありさの瞳がピコーンと輝く。
「おおぅ、愛美~!!
あんたって子は、ど~してこんなに物分かりがいいのかしらねえぇぇぇぇ?
思わず抱きしめてチューしてあげたい♪」
「チュー?」
「おえっ」
開店前の退屈な筈の列並びは、三人の漫才のおかげで有意義に過ぎていった。




