第34話【千鶴】3/4
中学校のグラウンドで展開される、ネコマタとの戦闘。
巨体に似合わず、素早い移動と空間を越えて攻めて来る攻撃に、アンナパラディンとアンナブレイザーは、決め手を放てず翻弄されていた。
ホイールブレードは宙を切り、ファイヤーナックルは虚空に炎を撒き散らす。
「ぐわぁっ?!」
突然足元をすくわれたブレイザーは、前のめりに倒れ、アンナパラディンを巻き込んだ。
女性二人が倒れたとは思えないような、重厚な激突音が夜空に響く。
「ちょ、離れてよブレイザー!」
「ま、待てって! ちょっとこの……うわわ!」
バランスを誤ったブレイザーは、ゴン! と大きな音を立てて、顔から地面に倒れ込んだ。
「痛ったぁっ!」
フニャアァァァァ――
こちらをバカにしているような鳴き声が聞こえてくる。
「動きが特異すぎるわね、どうすればいい?」
「仕方ねぇ、場所を変えよう!」
「って、何故?」
「さっき、ここに連れて来る時に思ったんだ。
地に足が着いてなきゃ、コイツは慌てるってな。
付いて来い! でやあぁぁぁ――っ!」
気合の声を上げ、アンナブレイザーは、背面のブースターを全開にしてネコマタへ突進した。
しかし、直前で急速旋回し、周りをぐるぐると回転し出す。
予想外の動きに惑わされ、、きょろきょろ見回し始めたネコマタの隙を突いて、アンナブレイザーは背後から掴みかかった。
「よっしゃあ! 捕まえたぜ!」
ギニャ?!
間髪入れず、今度は一気に上昇する。
爆発するように散らばる光の粒子の中から、真っ赤な閃光が垂直上昇していく。
それを追うように、オレンジの光も飛翔した。
上空一万メートルまで上昇したアンナブレイザーとアンナパラディンは、目配せすると、協力してネコマタを更に上空へ投げ上げた。
「うおりゃあぁ――っ!」
「せやぁ――っ!」
ギニャアァァァァ――……
アンナブレイザーは、両足首に装備したファイヤークラッシャーから、爆炎を噴き上げる。
アンナパラディンは、ホイールブレードの柄に装着されたホイールをMAXまで回転させ、刃に青白い電光をスパークさせる。
互いに上空を睨みながら、まるで地面に踏ん張るように、宙に立つ。
しばらくすると、情けない鳴き声を上げながら、ネコマタが落下して来た。
「今だ、行くぜ!」
「OK!」
掛け声を合図に、二人は垂直にジャンプし、急加速した。
途中、いきなり空間が歪み、ネコマタの凶悪な顔だけが手前に出現する。
だが、もう関係ない。
二人の攻撃は、顔を突き破って更に突進した。
「パワースライド!」
「ファイヤー、キィ――ック!!」
二人の技の掛け声が重なり、夜空に炎と雷の矢が放たれる。
一直線に天空を目指す二本の輝きに、ネコマタは顔ごと縦に斬り裂かれた。
ギャアァァァァァ……
星降る夜空に、まるで花火のような爆発が一瞬だけ煌いて、消えた。
『コロシテ――』
「えっ?」
突然、アンナローグが不自然な軌道を描き、XENOの直前で着地した。
エンジェルライナーの硬度が失せる。
「ど、どうしたの、いったい?」
「ろ、ローグ?」
状況を見守っていたアンナウィザードとミスティックは、異様な雰囲気と強烈な不安を覚える。
アンナローグは完全な無防備状態で、XENOの真正面でただ立ち尽くした。
その表情は、驚愕と動揺が入り混じっている。
『イヤ、オネエチャンヲ……コロシタクナイ』
『たべたいよぉ』
『オネエチャンヲ、コロスクライナラ……』
『早く食べさせてよぉお願いだからぁぁぁぁぁ』
『オネエチャン、ダイスキナ、オネエチャン』
『ぐぼげええええええええええええ』
声が、重なって響いている。
千鶴の声が、同じ声が二つ、それぞれ全く違う事を呟く。
まるで、善意と悪意のぶつかり合いのように。
グオォォォォ……
XENOが、身をよじって苦悶する。
何が起きているのかわからないが、すぐ目の前にいるアンナローグを再び捕らえようともしない。
(ああ、ちづるさん。
あなたは、あなたの心は……)
そして、アンナローグも、次の行動が取れずにいる。
だがその時、アンナローグの耳に、千鶴の声が届いた。
これまで以上に、更にはっきりと。
『 千 鶴 ヲ、 殺 シ テ 』
「そんな……」
がくん、と膝を折る。
アスファルトが割れ、両手を着く。
アンナローグの眼から、光が消えた。
「そんな……私は、あなたを……千鶴さんを! 救いに来たのに!
そんなこと、出来ません!!
出来るわけ、ないじゃないですか!」
アンナローグの身体から、ピンク色が消失する。
全身がグレーに染まり、まるで石になってしまったかのような、重苦しい姿に変わった。
そこに、アンナパラディンとブレイザーも駆けつける。
アンナローグを挟み、XENOとアンナセイヴァーが対峙するも、戦局は完全に停止してしまった。
「アイツ、何やってんだ!
おいローグ! 何をボヤッと――」
そこまで吼えた所で、アンナパラディンが制止する。
一瞬何か言いかけたが、彼女の横顔を見て、止めた。
「せっかく、せっかく、お友達になれたのに……
たとえあなたがXENOでも、私は、私は……本気で、あなたのことを、お友達だと信じたのに。
……どうして、どうして、こんなことになってしまうのですか?!」
大粒の涙が、砕けたアスファルトを点々と濡らして行く。
アンナローグの、身を切るような切ない慟哭に、アンナセイヴァーの誰もが動けなくなっていた。
XENOもいつしか動きを止め、アンナローグを見つめている。
しかし、やがてXENOの腕がゆっくりと動き、灰色に染まるアンナローグの首を掴み上げた。
「ローグっ!」
真っ先に身を乗り出したのは、アンナミスティックとウィザードだった。
だが、信じ難いほどの高速で、アンナパラディンが二人の進路を塞ぐ。
「パラディン! 何故――」
「ローグ! 聞きなさい!」
戸惑いのアンナローグに、アンナパラディンが呼びかける。
その声は、厳しいながらも、どこか温かみを感じさせる気がした。
「ここは、あなたがやるべき所よ」
「パラディン、私は……私は、どうしたらちづるさんを……」
装甲が軋む音が響き、メキメキという破砕音に変わっていく。
だが、そんなアンナローグを、パラディンは救おうとしない。
それどころか、真っ向から彼女を鋭い視線で射抜いている。
「ちっ、何やってんだ! このままじゃ愛美が!」
「待ってください!」
辛抱溜まらず飛び掛ろうとするアンナブレイザーを、今度はアンナウィザードが止める。
「なんでだよ! このままじゃ、アイツ死んじまうじゃねぇか!」
「ここは、お二人に任せましょう」
「二人に?」
「ご覧ください、お二人を」
XENOの握力は、徐々に強まっていく。
アンナローグの装甲が上げる悲鳴も、益々高まる。
だがそれでも、アンナパラディンは助けようとしない。
額に、頬に、大粒の汗を掻きながらも。
両足首がアスファルトにめり込み、ひび割れを広げているにも関わらず。
その様子に気付いたアンナブレイザーとミスティックは、思わず息を呑んだ。
「ローグ!」
アンナパラディンが、再び呼びかける。
「私はさっき、大切な友達なら、あなたが救ってあげなくちゃ、って言ったわね。
でも、あなたはその意味を、取り違えているわ」
「……?」
薄れかけた意識の中、パラディンの声が、何故かはっきりと聞こえてきた。
耳だけではなく、心に――
「命を救う事だけが、助ける事じゃないのよ!」
その言葉が、ローグの胸に、深く突き刺さった。




