第34話【千鶴】2/4
ネコマタと対峙するアンナブレイザーの許に、アンナパラディンとローグが到着する。
だがパラディンは、アンナローグに遠ざかるよう指示を出した。
「ここは私達が引き受けるから、あなたは、二人の方へ!」
「は、はい!」
ピンク色の閃光を残し、アンナローグが遠ざかる。
それを横目に、アンナパラディンはグラウンドに着陸した。
「大丈夫? ブレイザー」
「ち、ちょっと頭クラクラしたけど、なんとか大丈夫」
グラウンドのほぼ中央でこちら睨みつける巨大な白猫。
その姿を見たアンナパラディンは、ハッとして目を剥いた。
「あの猫、まさか……」
アンナパラディン・未来の脳裏に、あの日の映像が浮かび上がる。
『向坂さんの所の千鶴ちゃんでしょ?
そりゃあんた、あの子はもう、ここにはいないよ』
『あの子ね、先月、亡くなったんだよ』
『急だったもんねえ、本当に可愛そうにさぁ』
あの時、向かいの夫婦が抱いていた猫。
その記憶映像が、脳裏にはっきりと浮かび上がった。
「なるほど、あの街灯から一番近い家は、向坂家だけじゃなかったわね」
「ど、どういうことだ?!」
「あの街灯で獲物を狙っていたのは、このXENOが擬態した“飼い猫”だったみたいね」
「なにぃ……マジかよ!」
「人様のペットの姿を借りて、安全圏から獲物を狙い続けてたのよ。
とんだずるがしこさね」
「許せねぇな、そんな奴は。
きっついお仕置き食らわせてやろうぜ」
「それがいいわね」
アンナブレイザーは鼻を親指で弾き、にやりと微笑む。
そしてアンナパラディンは、アンナローグが飛び去った方向を眺め、ふぅと息を吐いた。
「ホイール・ブレード」
ジャキッ! という鋭い音と共に、アンナパラディンの手に大型の剣が現れた。
「一分で片をつけるわ」
「あいよぉ!」
ガシャッ、という音が鳴り、アンナブレイザーの両拳に、手首に装着した武器“ファイヤーナックル”が被さる。
ボンっ、という爆発音と共に、真紅の炎が吹き上がる。
二人の闘志に満ちた視線が、ネコマタを捕らえた。
アンナローグが戦闘エリアに辿りついた頃、状況は凄惨たるものになっていた。
すでにXENOは、最初の変態から二倍程の体積に膨らんでいる。
カマキリのような外観だったものが、今では巨大な木を想像させる様相に変わっていた。
大振りの枝の代わりに長い腕と刃、そして根の様に長く伸びた脚……元々は、あばらだったもの。
その一番上に、かろうじて人間の形を保った“頭”が乗っかっている。
完全に生気の失われた、否、もはや人間ではなくなった者の姿。
これが元・千鶴だったなどと、いったい誰が想像できるだろうか。
――だが、誰よりもこの状況を受け入れ難かったのは、他ならぬアンナローグだった。
(ち……づ…る、さん?
あ、あれが、ちづるさん?!)
短い悲鳴を上げて、手で顔を覆い隠す。
ほんの少しの間を置いて、激しい激突音と、おぞましいXENOの悲鳴が聞こえた。
『……痛……いっ』
「?!」
突然、ローグの耳に、誰かの弱々しい声が聞こえてきた。
『痛い……痛いよ、お姉ちゃん』
「ちづ……る、さん?!」
どういう事か、理屈はわからない。
だが、アンナローグの耳には、しっかりと捉えられる。
XENOの叫び声・うめき声に混じって、千鶴の悲しそうな、辛そうな声が聞こえてくる。
「まだ、ちづるさんの意識が?」
もう、何も考えるゆとりはない。
出せる限りの最高速度で、アンナローグはバトルフィールドに飛び込んだ。
アンナウィザードが、胸元から緑のカートリッジを取り出し、左上腕の腕輪に嵌め込む。
全身の色が蒼から緑に変化し、凄まじい突風が巻き起った。
“Windy-cartridge has been connected to the MAGIC-POD.
Execute science magic number M-015 "Spindle-lance" from UNIT-LIBRARY.”
「スピンドル・ランス!」
詠唱と共に、まるで巨大な槍のような横向きの竜巻が発生し、高速でXENOへと伸びていく。
だが――
「きゃあぁぁっ!!」
耳をつんざくような、凄まじい激突音と破壊音が、無人の住宅街に鳴り響く。
「えっ?!」
「ローグ? ど、どうして?!」
科学魔法は、XENOに激突する前に、立ち塞がったアンナローグによって受け止められた。
集中攻撃を背中に受けたため、アンナローグは、背面から腰にかけて激しく損傷した。
所々、火花が散っている。
だがそれでも、アンナローグはたじろかず、必死でXENOの前に立ち尽くした。
「ローグっ、何をするの?!」
アンナミスティックが、大声で呼びかける。
一方のアンナウィザードは、信じられないといった表情で凍りついていた。
「ちづるさんの声が、聞こえるんです」
「な、何を言ってるの?」
両腕を大きく開き、アンナローグは、ウィザードとミスティックの前に尚も立ち塞がる。
その表情は、今まで見た事もないほどに悲痛で、真剣だった。
「ちづるさんが、悲鳴を上げているんです!
皆さんの攻撃を受けるたびに、辛そうに、悲しそうにっ!!」
「待ってよ、ローグ!
それはもう、XENOなんだよ!
もう、生きている人間じゃないの!」
「そ、そうですよ、ローグ」
自身に科学魔法・キュアフラッシュをかけながら、アンナミスティックが一歩前に出る。
彼女の表情も、初めて見る真剣なものだ。
「悲しいけど、これは仕方ない事だよ」
だが、その言葉にアンナローグは、首を振った。
「それでも私は、ちづるさんを、助けたいんです!
ちづるさんの心は、まだ生きています!
私は……わたしは、お友達のちづるさんを救わなければならないんです!
だから……」
そう言いかけた途端、何かが、アンナローグを背後から掴み上げた。
「きゃあぁぁっ!」
「し、しまった!」
グボボオォォォォッッッッ!!!
先程よりも大きな声で、XENOが唸る。
まるで歓喜するかのように全身をくねらせ、のたうち回る。
アンナローグを掴み上げた“それ”は、XENOの身体からデタラメに生えた触手状の器官だった。
両腕、両足を絡めとリ、胴体にも厳重に巻きつけている。
やがて何本かは首にも巻きつき、強烈に締めつけ始めた。
グホボボボボ――ッッ!
「ぐ、うぅっ……」
おぞましい歓喜の声と、苦悶の呻きが交差する。
そしてその中に、またも千鶴の声が混じっていた。
だが、
『大好きな、お姉ちゃん! やっと食べラレルネ』
『ずっと、お姉チャんを食べたかッタんだよ』
『お姉ちゃんを見テルト、私達、とっても食べたくなっチャウンダもん』
「……!!」
アンナローグの表情が、強張った。
『誰にもあげないよ、お姉ちゃんは、私が食ベルンダモンネ――!!』
「だから言ったのにぃ!」
アンナミスティックがマジカルロッドを構え、攻撃の体勢に入る。
アンナウィザードも、やむなく右手を前方にかざし、科学魔法詠唱の体勢に入った。
『痛いよ……痛いよ、お姉ちゃん』
『助けて……もう、痛いのやだよ』
『お姉ちゃんを食べさせて』
『お姉ちゃんを……タベタイヨオォォ』
悪魔のようなおぞましい囁きが、アンナローグの耳に響く。
薄暗い闇の中から伝わるような、悪意。
千鶴の声を借りた、XENOの聲。
それが、アンナローグに、次の行動を選択させた。
「――たぁっ!」
頭から伸びるリボン「エンジェルライナー」を剣のような形にして、XENOの器官を強引に切り裂く。
と同時に、腰のヴォルシューターを噴射させて、一気に上昇した。
だが、それと同時に、腰が破裂してリボンが吹き飛んだ。
「うあっ?!」
一瞬体勢が崩れるが、アンナローグは、両肩の後ろからも推進剤のような光の粒子を噴射し、体勢を整え直した。
「ローグっ!」
「大丈夫ですか、ローグ?」
心配そうな姉妹の声が、足元から響く。
だが、それはアンナローグの耳に届いていなかった。
何故なら、彼女の耳には、全く別の声が届いていたからだ。
『――コロシテ』




