●第34話【千鶴】1/4
新たなXENOが、出現した。
よりによって、こんなタイミングで。
千鶴を中心とした作戦を遂行中だった“SAVE.”にとって、この報告は正に寝耳に水だった。
――ただ、全員にとってそうだったわけではない。
真っ先に状況を見極めたのは、アンナブレイザーだった。
幻覚地形で閉ざされたままの、目白四丁目の住宅街の一角。
電信柱のてっぺんに立ち監視を続けていたアンナブレイザーは、地上で起こった異変にいち早く気付き、対応していた。
先で何者かに襲われた現場のすぐ近く、アンナミスティックが修復した街灯は、丁字路の交差点にあたる。
そのため、部分的に路幅が広くなっているが、XENOはまさにここに現れたのだ。
たまたま家を出た近所の住人目がけ、上空から、大きな影が浮かび上がる。
その瞬間を、アンナブレイザーは見逃さなかった。
「くぉの野郎ぉっ!!」
ギャアオォ!!
「きゃあっ?!」
若い女性に後ろから襲い掛かろうとした瞬間、真上から飛び降りてきたアンナブレイザーによって、XENOは首を掴み上げられた。
「早く逃げろ!」
「ひ、ひぃっ?!」
突如現れた真っ赤な姿に驚いたのか、それとも、その手で捕まえている巨大な“猫”に恐れおののいたのか、或いは両方か。
若い女性は、悲鳴を上げながら逃走した。
XENOの正体は、一見するとただの白猫。
しかしその大きさは、どう贔屓目に見ても二メートル以上はあり、しかも異様に頭と爪がでかい。
その上、なんと尻尾が二本もある。
そのうち一本が、アンナブレイザーの首に巻きついて、強く締め上げ始める。
だが、ブレイザーは怯むどころか、逆にニヤリと微笑んだ。
「面白ぇ、やれるもんならやってみやがれ!」
反対の手で首に巻きついた尾をわし掴むと、アンナブレイザーはそのまま上空へ飛び立つ。
先程の女性が人を呼んできたようで、しばらくすると、下の方で何人かの人が辺りをきょろきょろと見回し始めた。
「凱さんの言った通りだ!
コイツが、事件の真犯人に違いないよ!」
『上出来だぜ、ブレイザー!
その位置から真っ直ぐ北に向かうと、中学校がある。
ちょっと悪いが、そのグラウンドを使わせてもらおう!』
「了解ぃ!!
おらぁ、おとなしくしやがれ!」
ミギャアッ!
暴れ逃れようとする巨大猫を、アンナブレイザーは力ずくで空輸し始めた。
美神戦隊アンナセイヴァー
第33話 【千鶴】
少し離れた物陰から、様子を窺っていた黒いフードの少女は、その光景にチッと舌打ちした。
「アイツが出て来なきゃ、上手く行ったってのに」
黒フードの少女は、携帯電話を取り出すと、手近な塀に寄りかかりながら通話を始める。
「あ―もしもし? うん、あたし。
速攻アイツらにバレたわ、マジ最悪。
……うん、もう一匹隠れててさ、ソイツのせいで、み~んなパーだわ。
せっかく仲間増えるチャンスだったのになあ~。
――処分? うん、どうせアイツらがやるだろうから。
あたしゃ飼い主の方の始末つけとくわ」
それだけ話すと、少女は携帯電話を閉じ、スッと暗闇に溶け込むように消えた。
『何故、もう一体のXENOの存在に気付いた?』
勇次の通信が、唐突に入る。
フン、と鼻を鳴らすと、凱は少々得意げに話し出した。
「ずっと違和感があったんだ。
向坂千鶴が獲物を狙っていたんだとしたら、別に夜に拘る必要ないだろうってな。
もっと周りが良く見える時間に、被害者を襲えばいいだけの話だ。
だが、そうしなかった。
要は、昼間は動けない事情があったのさ、XENOにはな」
『たとえば、何が考えられる?』
「正体がバレるとか」
『それだと、向坂千鶴にも当てはまるだろうが』
「勿論そうさ。
だがもし、もう一体のXENOも、普段は擬態して普通の民家に隠れ住んでいるとしたらどうだ?」
しばしの沈黙の後、勇次が声のトーンを下げてきた。
『確かに理屈は通るが、その仮定通りなら、益々特定が困難になるな』
「そうだ。
だから、ミスティックに街灯を修復させたんだ」
『どういう意味だ?』
「今回のXENOは、遠隔から獲物を狙える特殊能力を持っている。
だが今川が言ってた通り、テレポートで凄いエネルギーを消費するなら、最小限の工程で確実に狩れる手段を選ぶだろう。
手近な場所に、街灯をスポットライトに見立てられる路があれば、そこを狩り場にするのは自明の理だ」
『それをミスティックが修復して、あの路は明るくなった……』
「その通りだ。
しかも、科学魔法で更に明るさアップだ。
夜でも見通しがかなり良くなったな」
『そうなれば、明暗の差を生かした視覚外からの急襲がしにくくなるわけか』
勇次が、短く唸る。
それが理解を示す癖だと知っている凱は、更に説明を続けた。
「恐らく、以前はサーベルタイガーの暗躍に紛れて遠征していたんだろうな。
だが街灯に気付いてからは、楽に狩れる手段を選んだんじゃないかな。
だとすれば、狩場としての利点が見込めなくなった時点で、XENOはおのずと別な行動に出る筈だ」
『一方の向坂千鶴は、玄関から家を出たんだったな』
「ああ、そうだ。
しかも、ここまでの状況で、こちらはテレポートらしき能力は使ってない。
ということは、やはりこの近所にはもう一体、別なXENOが居る可能性が極めて高くなる」
『なるほど……それでアンナブレイザーを待機させたのか。
そんなギリギリの判断は、俺には出来んな』
「まあ、常に堅実な結果を求めるお前には、ちょっと無理かもな」
『だろうな――だが、よくわかった。
今回のXENOは、これよりUC-09“ネコマタ”と呼称する。
くれぐれも、逃がすな』
「今回は随分と直球なネーミングで来たな」
『あいあい了解!
どのみち、逃がすつもりはねぇけどなぁ!』
凱が指定した中学校を発見したアンナブレイザーは、ネコマタを掴んだまま、垂直に地面に落下した。
猛加速で叩きつけられたネコマタは、激しい激突音と砂埃を上げ、上体を半壊させた。
「パラディン!
早く来て、コイツの核を見つけてくれ!」
通信を送りながら、ネコマタの次の出方を伺う。
いつの間にか、更に一回りほど巨大化したネコマタは、半分ほどになった頭部を向けると、奇怪な声で威嚇し始めた。
だが次の瞬間、前面の空間がぐにゃりと歪み、ネコマタはその中に半身を突っ込んだ。
と同時に、アンナブレイザーの背後から、巨大な爪の一撃が振り下ろされる。
「なにっ?!」
金属の塊同士が、高速で激突したような音と、身体を通り抜けるような衝撃が襲う。
咄嗟に前方に転がって退避するが、今度はそこを、真横から尾が襲い掛かる。
一本は再び首に、もう一本は胴に。
「しまっ……!!」
その直後、アンナブレイザーの身体は高く持ち上げられ、凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。
砂煙が舞い上がる。
「ぐぅっ……て、てめぇ! やりやがったな!
上等だぁ!」
「ウィザード、ミスティック、状況が変わった。
現在、新しく出現したXENOと、ブレイザーが交戦中だ。
パラディンとローグも、こちらに向かっている。
一旦パワージグラットを解除してくれ。
その後、すぐに再設定だ。出来るか?」
『む、無理ぃ! お兄ちゃぁん! 動けないよぉ!!』
「えっ?!」
硬化した大量の内臓に押し潰されているアンナミスティックと、それを救おうと必死になるウィザードは、背後から幾度も叩きつけられる刃の攻撃で、かなりのダメージを負っていた。
食い下がるウィザードも、救助活動を行いながらでは、マジカルショットなどの小攻撃を繰り返してけん制し続けるしかない。
袖は破れ、上腕は深く切り裂かれ、更には胴や太ももにも裂傷が見られる。
その傷の奥には、複雑に組み合わされた機械が光っている。
「ご、ごめん、お姉ちゃん!」
「気にしないで! それより、これをなんとかしないと」
硬化した内臓は、アンナユニットの力でも引き剥がすのが難しい。
四肢と胴体を完全に固定されてしまったアンナミスティックは、路上に大の字になったまま、苦しそうな声を漏らす。
「蛭田さん! ミスティックの付着物ですが、この状態で分析出来ませんか?!」
尚も続くXENOの攻撃は、アンナウィザードの転送兵器「ウィザードロッド」が防いでいる。
科学魔法の激しい爆音に紛れながら、勇次の声が返って来た。
『――映像が不明瞭だが、恐らく、何かしらの化学反応で急速硬化した脂肪ではないかと思う。
であれば、熱で溶解させることが可能かもしれん』
「熱、ですか。
でも、それではどうやって……」
「ウィザード!
私に科学魔法をぶつけて!」
悩むアンナウィザードに、ミスティックは迷わず応える。
「そ、そんな!
そんなことをしたら、あなたが!」
「迷ってる場合じゃないよ!
急がないと、他の三人と合流出来なくなっちゃうんだから!」
「そ、それはわかるけど……」
「私なら大丈夫だから! いいから、急いで!
本当に時間がないのよ!」
「……」
真剣なアンナミスティックの表情を見て、ウィザードは無言で立ち上がると、ブラウスの胸元をはだける。
赤いカートリッジを胸の谷間から取り出すと、それを右上腕に嵌められた腕輪の溝に差し込んだ。
“Fire-cartridge has been connected to the MAGIC-POD.”
“Execute science magic number M-012 "Fire-wall" from UNIT-LIBRARY.”
「我慢してね、ミスティック……ファイヤーウォールっ!!」
右腕全体の炎を宿すと、ウィザードはそれを大きく振るった。
途端に炎の渦が巻き起こり、障壁のように辺りを取り囲む。
XENOは、炎の勢いに怯み、たじろいでいる。
そして渦の中では、直火に焼かれるアンナミスティックの姿があった。
「み、ミスティック?!」
まとわりついた内臓が、みるみる溶解していく。
アンナミスティックの身体が、徐々に動くようになってきた。
「く、う……ああぁぁぁぁぁっっ!!」
バキ、メキ、という破砕音が、炎の音に混じって聞こえてくる。
やがて、拘束していた内臓を無理やりに引き千切り、アンナミスティックが立ち上がった。
「ミスティック……メグちゃん!!」
「だ、大丈夫!
お兄ちゃん、今からパワージグラット解除するから!」
そう叫ぶと、焼け焦げた左腕を振り上げ、アンナミスティックは印を象って叫ぶ。
「ジグラット・オープン!」
即座に、アンナミスティックの目の中に、ユーティリティ画面が広がった。
“Power ziggurat, success.
Areas within a radius of 8,000 meters have been isolated in Phase-shifted dimensions.”
「パワージグラットぉ!!」
詠唱と共に、パワージグラットは、目白を中心に、新宿区・文京区・練馬区・中野区の一角までもを包み込む。
「こ、これで……なんとかなったかな」
「だ、大丈夫? ミスティック……ご、ごめんなさい!」
炎の壁の中、うろたえるアンナウィザードに、ミスティックは笑顔のピースを向けた。
「ぜぇんぜん、平気っ☆」
「ほ、ほんと? やけどしてない? どこか痛くない?
冷やさなくて大丈夫?」
そう言いながら、アンナウィザードは、慌てて胸の谷間から青いカートリッジを取り出す。
「だあああ! お、お姉ちゃん、本当に大丈夫だってばぁ!」
「そ、そう言われても……痛くなってきたら、我慢しないで、すぐに言うのよ?」
「も、もお~、過保護過ぎぃ!
アンナユニットは、そんなにヤワじゃないからぁ~」
ギャアオォォォ!!
炎の壁の向こうで、XENOの叫び声がする。
ようやく我に返った二人は、改めて戦闘体勢を整えた。




