第4話【探索】2/3
「さて、家捜しと参りますか」
パンと両手を叩くと、凱はゴーグルとマスクを装着する。
もう一人も同様に装着し、身に着けた各種装備も簡単にチェックする。
凱は、長さ4センチほどの菱形のアクセサリーのようなものを取り出す。
空中に放り投げると、菱形の物はフワリと浮かび上がり、まるで意思を持っているように音もなく飛んで行った。
「今の、何?」
「新開発のドローン。
うちらは"ウィザードアイ"って呼んでる」
「今川っちが作ったの?」
「そうそう。アイツ、こういうの作るの得意だからな」
菱形のドローンは侵入路を見つけたようで、どんどん奥へ飛んで行ってしまう。
しばらく沈黙を置き、夢乃は、少し潤んだ瞳で凱を見つめた。
「ごめん凱、私、タイムリミットあと一時間」
「あの例の集会? ブッチしちゃえよ」
「そうも行かないわ。
なんか、怪しいのよアイツら」
「何かしでかしそうってことか?」
「そうね、ここ多分、私達がずっと探してた、あの研究所じゃないかな。
だったら、井村依子も上の二人のメイド達も、絶対ここに絡んでるわけじゃない」
「そうだな。
なんであいつらが、ここの存在を何年も隠蔽してたんだって話になるからな」
腕組みをしながら、凱は真っ白な天井を見上げる。
そんな彼の背に自分の背中を合わせると、夢乃は肩越しに囁いた。
「多分、これが私のここでの仕事の納め時になる気がするの。
だから――」
「そうか、わかった」
「もし、私に何かあっても、凱は自分の任務を優先してね。
絶対、私を助けようと無理をしたりしないでよ」
「厳しいことを言うなあ」
ふと、夢乃の手が凱の手の甲に触れる。
二人は、まだ動かない。
「とにかく、ここをざっと調べたら別行動ね。
凱、最後まで気を抜かないで」
「OK、お前の方こそ――」
そこまで呟いた時、突然、廊下の奥から大きな音が聞こえてきた。
(奥様、申し訳ありません!
もうすぐ馘首される身ではありますが、せめて最後に、少しでもお役に立てれば!)
ここは、館内の各所にある部屋のマスターキーなどが保管されている「管理室」。
室内は三畳程度の極端に狭い空間で、何に使うのかわからない机と椅子、そして壁全体に設置されたキーボックスがあるだけだ。
相当以前に一度だけ入ったことがあるが、それっきり随分とご無沙汰だった。
机の隅に、どこからか持ち込まれた漫画本が一冊置いてある。
誰が持ち込んだかすぐに見当が付いたが、今はそれを眺める時間も惜しい。
キーボックスを次々に開き、愛美は、東棟への扉を開ける鍵を探した。
「あった、これだ!」
幸いにも、数分で鍵は見つかった。
少し躊躇して鍵を掴むと、急いで管理室を飛び出す。
今や愛美は、使命感だけに突き動かされていた。
理沙に告げられた辛く悲しい言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
しかし、だからといって婦人に対する忠誠心も、責任感も薄まったわけではない。
ただ、解雇されるという現実が、普段ではありえないほど大胆な行動と選択を、愛美に行わせているのは事実だった。
もう、これ以上怒られることも、罵られることも怖くない。
ただとにかく、奥様が大事な何かをされるという時に、問題が起きることだけは食い止めねば――
東棟に通じる大きなドアの鍵を開けると、愛美は迷わず中に飛び込んだ。
だがその後を追うように、誰かが走ってくる足音も聞こえる。
「何やってんの、愛美!!」
「も、もえぎさん?!」
「あんた、この鍵……って、ちょ、なんで泣いてるの?」
愛美は、先程理沙から告げられた事を、もえぎに話した。
「アイツ! なんてことを!!
どうして愛美がクビになるんだよ!」
「も、もえぎさん?!」
「ああそうか、アンタもしかして、辞めるならって……」
もえぎの言葉に、力なく頷く。
「わかった、あたしも行くよ」
「でも! それじゃあもえぎさんまで!」
「いいよ、あたしも辞めるの、今決めたから」
「ええっ?!」
「そうと決まったら、とっとと行こう!
時間ないんだから!」
「は、はい!」
まさかの増援に、愛美の心が少しだけ癒される。
二人は急いで東棟に向かい、南棟と繋がる扉を開けた。
途端に、黴臭い匂いが漂ってくる。
ずらりと並ぶドアの群れに呆気に取られていると、奥の方が妙に騒がしいことに気付く。
よく目を凝らすと、奥で何か光が漏れているようだ。
そして、誰かの声が聞こえてくる。
「――凱さん! それに、ゆ、夢乃さん?!」
「えっ? な、なんでわかるの?!」
「だって、お二人の声、聞こえるじゃないですか!」
「あ、いや、小さすぎて誰のかは……
アンタ、前から思ってたけど、すごい地獄耳だよね」
「とにかく、なんだか様子がおかしいです!
急ぎましょう!!」
「お、おう!」
だが、駆け出そうとした二人の脚は、すぐに止まる。
今度は、銃声のような音まで聞こえてきたからだ。
「な、な、何? け、拳銃? なんで?!」
「叫び声まで聞こえます!
早く行かないと!」
「や、ヤバイよ!
一旦戻ろう! 戻って奥様に――って! あっ! 愛美い!!」
戸惑うもえぎをよそに、愛美は北へ向かって走り出した。
先程からの音は、さらに強まっている。
「ど、ど、ど、どうしよ……」
取り残されたもえぎは、右往左往した後、南棟へ引き返していった。