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美神戦隊アンナセイヴァー  作者: 敷金
INTERMISSION-03
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 第32話【追求】2/2


 その夜、愛美は再びアンナローグとなって、ちづるの家を目指した。



 ちづると、もう一度楽しい会話をしたかった。

 交換日記を交わし、日々の想いを伝え合いたかった。

 そして何より、病魔と闘う彼女を勇気付け、少しでも救ってあげたかった。


(お願い……お願いだから、そこにいて、ちづるさん!)


 何度も何度も、心の中で念じる。

 もはやそれ以外、頭に浮かんで来るものはない。

 ステルスモードをONにする事をも、忘れさせるほどに。



 見慣れた住宅街の上空に辿り着き、いつもの家を探す。

 向坂家の二階は、相変わらず雨戸が閉じられていたが、何故か一室だけ開かれていた。

 ちづるの部屋だ。


「ちづるさん!」


ローグは、何の躊躇もなく、その窓の中を覗きこんだ。


「お姉ちゃん!」


 懐かしい声が聞こえてきた。

 暗い部屋の中で、見慣れたパジャマ姿のちづるが佇んでいる。

 まるでアンナローグがやってくるのがわかっていたかのように、あらかじめ窓の方に視線を向けていた。

 その声を聞き、愛美の心に、温かなものが広がっていく。


「ああ、ちづるさん!

 良かった!! もう、お会いできないかと思っていました」


「ご、ごめんなさい!」


「いいえ、いいんです!

 ちづるさんがいらっしゃれば、それだけで」


「どうしたの? なんだか、とっても悲しそうな顔してるよ?」


「いえ、そんなことは」


 そう言いながらも、アンナローグは、今にも泣き出しそうな表情だ。


「ご、ごめんね?

 身体の具合が悪くて、しばらく会えなかったから、怒っちゃった?」


 不安げな表情を浮かべ、すがるように尋ねるちづるに、アンナローグはただ、首を横に振るのが精一杯だった。


「今日のお昼に、こちらにお邪魔しました」


「えっ」


 その言葉に、ちづるの表情が変わる。


「お母様にお会いしました。

 それで、ちづるさんの事を……伺いました」


 言葉が詰まりそうになるが、なんとか言い切る。

 

「ほ、本当に、来たの?

 私、眠ってたから気付かなかったよ!

 やだなあ、ママ、起こしてくれれば良かったのに……」


 懸命に明るくおどけようとするちづるの声が、だんだんか細くなっていく。

 俯くその仕草に、アンナローグは、更に言葉を詰まらせた。


「ちづるさん、一つだけ、答えて頂けますか?」


「う、うん、なぁに?」


「ちづるさんは、人を――襲ったことが、おありですか?」


「!」


 アンナローグの、常軌を逸した質問。

 普通であるならば、唐突にそんな事を尋ねられたら、困惑するか苦笑いを浮かべるか、或いは逆に尋ね返すだろう。

 「何故、そんなことを聞くのか?」と。

 それらの反応は、尋ねた本人が一番期待しているリアクションだ。

 だが、千鶴の反応は、そのどれでもなかった。


 言葉を失い、表情が強張る。


(ちづるさん、貴方は、やはり……)


 昼間に未来達が行ったミーティングの内容は、夕方になり、愛美にも伝えられている。

 未来が推測したことは、皮肉にも的中してしまったようだ。


「ちづるさん」


「う、うん?」


「貴方は、私にとって、本当のお友達です。

 私が、初めて自分だけの力で作れたお友達……大切な人でした」


「ど、どうしたの、お姉ちゃん?

 私も、そうだよ? お姉ちゃんが――」


「でも私は、お友達だから。

 お友達だからこそ、これ以上……貴方のことを知りたくない」


「お姉ちゃん?」


 アンナローグの言葉が、二人の間の空気を大きく変える。

 驚愕の表情で後ずさるちづるに、ただ無言で立ち尽くすしかない。

 それが、今の彼女にできる精一杯の反応だった。


「ママが言った事、本気にした?

 ママね、いつもあんななの。

 気に入らない人には、いつも適当なことを言っちゃうんだもん、困っちゃうよ」


 身振り手振りを加え、懸命にフォローを入れる。


「ホントだよ、私、ちゃんと生きてここにいるもん!

 ママには、私からちゃんと言っておくから!」


 千鶴のその言葉が、決定打だった。

 熱い涙が流れる。

 もう、止められなかった。


「貴方が亡くなられているとお母様から伺ったお話を、私、まだ……していません」


「あ」


 会話が、そこで途切れる。

 その瞬間、千鶴の雰囲気が、あからさまに豹変した。

 だがそれでも、アンナローグは恐怖と悲しみを振り切って、懸命に話しかけた。


「ちづるさんが、たとえ何であったとしても、私は……ずっと、貴方の友達です」


「待って」


「でも、出来ることなら、もっと早く、お逢いしたかったです」


「待ってよぅ」



「貴方がまだ生きている時に、逢いたかった」



それだけ言い残すと、アンナローグは、そのまま上空へ飛び去った。

 






「待って! 待って、千鶴!!」


ガシャ――ン!


 衝撃で、食器棚のガラスが割れる。

 おそらく中の食器も、何枚か割れてしまっただろう。


「どうして、お姉ちゃんにあんな事を言ったの?」


「千鶴……お前は、もう、もう人と会う事はできないのよ!

 そんな身体になってしまったのだから!!」


「わかってるよ。

 だから、夜に会ってたのに。

 お姉ちゃんが来るの、楽しみにしてたのに」


 うろたえる母親を追い詰め、千鶴は、益々殺気を漲らせる。


「千鶴、お願いだから聞いて頂戴!

 あなたはね、もう、普通の人じゃないんだから。

 誰かにに怪しまれたら、もうここで生活できなくなるのよ?!」


 その言葉に反応して、千鶴の右手が、突然倍の長さに伸びる。

 ムチのようにしなった腕が、母親の顔面を強く弾いた。


 バキィッ!!


「きゃあっ!!」


 もんどり打って倒れた母親は、千鶴の発する殺気に無理矢理意識を向かされ、一瞬のうちに激しい恐怖に支配された。


「あんなコと、言わなけレバ ヨカタ のに」


「ゆ、許して……ゆるして、ち、千鶴」


 どちゃっ! という鈍い音と共に、千鶴の右腕が更に倍に伸びる。


「お姉ちゃんがおうちのナカに来れば、ヨカったのに」


「千鶴……千鶴、わかったわ、わかったから。

 ごめんなさい、もう、二度とこんなことはしないから! ゆ、許して頂戴……」


「もう、ママ。

 食べちゃウ」


「や、やめて……止めて!

 ママまで、ママまで食べちゃったら、あんた、この先どうやって生きていくの?!」


 完全に腰が抜け、もう立てなくなってしまった母親は、それでも必死の想いで呼びかけた。


 だが――


「それは大丈夫だよ。

 あたし達が、なんとかしてあげるから♪」


 明かりの消えた廊下の方から、もう一人“別な少女の声”が聞こえてきた。


「お母さん?

 千鶴ちゃんはね、もう人間じゃないのよぉ?

 人間を、越えちゃったの♪

 だから、もう人間社会では、生きて行けないの☆

 あたし達みたいに、ね!」


 声の主は、この場にそぐわない異様な明るさで呼びかけてくる。

 その、あまりに場違いな態度が、逆に言い知れぬ程の不気味さを、母親に感じさせた。


 廊下から居間に入り込んできたのは、黒いパーカーをまとった少女だった。

 すっぽり被ったフードのせいで、目元はよくわからないが、この状況下で明らかに笑っている。


 少女は、親しげに千鶴の肩に手を置き、寄り添いながら話しかける。


「ねえお母さん?

 お父さんが持ってきたカプセル、見つかったぁ?」


 その質問に、母親は、震える手でキッチンのテーブルを指差した。

 そこには、蓋の開いた半透明の円筒型のケースが置かれている。

 それを見た少女の目が、フードの奥で赤く煌いた。


「よかったぁ、これこれ!

 ありがとうね、お母さん♪

 お礼に、命だけは助けてあげるよ。

 ――このまま、ずっと誰にも言わないでいたら、だけどね」


 最後の一言に、強い殺気を込めて威嚇する。

 もはや、母親は完全に怯え切り、何も言えなくなってしまった。

 そんな母親を、既に人間とは思えないような獰猛な目で睨みつけると、千鶴は黒いパーカーの少女の方を向いた。


「ねえ、千鶴?

 あんたが入ってたコレ、見つかったから!

 もう、この家に居る必要、なくなったねぇ~」


「そ、そんな……」


 恐怖に震えながらも、母親は、少女の言葉を否定しようとする。

 だが、当の本人は、



「お姉ちゃんが来れば……お姉ちゃんが、来てクレたら。

 おいシク 食べラレタのニイィィィいぃぃぃいいイイ!!!!」



 千鶴の声は、もはや、彼女のものではなくなっていた。

 野獣の咆哮にも似た、おぞましい怪物のそれと化している。

 その雄たけびを聞いていた黒いパーカーの少女は、満足そうに頷くと、携帯電話を取り出した。




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