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美神戦隊アンナセイヴァー  作者: 敷金
INTERMISSION-03
86/226

 第31話【疑問】2/2



 翌日。



「ここで間違いない?」


「はい、そうです」


 不安げな表情を浮かべ、愛美は“その家”の玄関前に立ち尽くした。


 午後二時。

 夕べの約束通り、愛美は未来と共に、ちづるの家を訪問した。


 こんな時間に訪れるちづるの家は、夜に見ていたものとはまた違った雰囲気を感じさせる。

 日中でもさほど人通りの多くないこの住宅街は、小綺麗ではあるものの、どことなく寂れたような印象が否めない。

 この家も、古い造りのせいか、あまり生気の感じられない寂しげな様子がある。

 小さな庭や塀の上には、鉢植えやプランターが並べられ、手入れも行き届いているようだ。


 「えっ」


 二階を見上げた愛美は、吃驚した。


「どうしたの?」


 心配そうに、未来が尋ねる。

 愛美は、震える手で二階を指差した。


「そ、そんな、どうして?!」


 二階の全ての窓は、分厚い雨戸で閉ざされている。

 勿論、ちづるの部屋も例外ではない。


「本当にこの家なの?

 昼間だから、間違えたんじゃないの?」


「いえ! 間違いありません!

 あの窓の手すりに、私は交換日記を置いていたんです!」


 隣に立つ未来は、まるでその光景をすべて目に焼き付けるかのように、じっくりと観察する。

 一方の愛美は、もうすぐちづるに会えるという気持ちを無理矢理に奮い立たせ、軽く頭を振った。


「とりあえず、行きましょう」


「は、はい」


 チャイムを押して、しばらく待つ。

 しばらく待つが、何のリアクションもない。

 未来が再度チャイムを押そうとした瞬間、ゆっくりと、玄関のドアが開いた。


「どなた?」


 中から出て来たのは、中年の女性だ。

 ずいぶんと生気のない顔で、まるで幽霊のような印象を覚えさせる人物だ。

 その、独特の気配に気圧されながらも、愛美は丁寧に頭を下げて挨拶した。


「突然申し訳ございません。

 私達は、こちらのお嬢様の知り合いの者なのですが」


 怪訝な表情を浮かべる女性の雰囲気を察し、未来が愛美に先んじて名乗り出る。

 だが、女性は彼女の言葉にカッと目を見開いた。


「む、娘?」


「はい、ちづるさんの。

 私は付き添いですが、この千葉愛美が、いつもお嬢様と仲良くしていただいておりまして」


「こ、こんにちは、初めまして!

 ちづるさんの、お母様でしょうか!

 わ、私、千葉愛美と申します!」


 ややこわばった表情のままで、無理矢理明るい口調で挨拶する。

 だが女性は、未来の言葉の直後から、身体をガタガタ震わせていた。

 その様子に気がつかないまま、愛美は更に続ける。


「実は、最近ちづるさんとお会い出来ないもので、心配しておりました。

 もしかして、お加減が優れないのかと思ったのですが、お見舞いにと思いましt――」


「か、帰ってください!!」


 愛美の言葉を遮るように、女性は怒鳴りつけると、バタンとドアを閉めてしまった。


「えっ?! ち、ちょっと待ってください!」


 あまりに予想外な態度に、愛美は、閉じられたドアにすがった。


「あの、夜遅くに会いに来ていた事はお詫びいたします!

 ですが、ですが、ちづるさんが心配なのは本当なんです!

 お願いですから、どうか―――」


『うちに娘などおりません! 何かの間違いです!』


 固く閉じられたドアの向こうから、異常に高ぶった女性の声が響く。

 その言葉に、二人の顔が強張った。


「そんな! 私、ずっとこちらでお会いしてたんです!

 あの窓で!」


 思わず声を荒げ、ちづるの部屋の方を見上げる。

 だが、そこは先程も確認したように、鉛色の雨戸によって完全に閉じられている。

 愛美の心の中に、焦燥と混乱、そして猛烈な悲しみの気持ちがこみ上げてきた。


「そんな事って……そんな事って!

 いったい、どうしてですか?!」


 自分でも信じられないくらいの大きな声を出しながら、愛美は、玄関のドアを両手で叩いた。

 すがるような気持ちで、必死に中の女性に呼びかけるが、もう何の反応もない。


「お願いです、ちづるさんに会わせてください!

 ちづるさんに、ちづるさんに、せめて一言伝えたい事があるんですっ!!」


「愛美、もうやめなさい」


 なおもすがろうとする愛美の両肩に、未来の手が置かれる。

 ゆっくりと、しかし力強く愛美を引き剥がすと、未来はドアの向こう側に声をかけた。


「すみません、こちらの思い違いだったようです。

 大変失礼致しました」


「未来さん!」


「いいから、ここは退きなさい」


 無理矢理外へと引っぱり出すと、未来は、小路から不思議そうに覗き込んでいる男性に一礼した。


「待って、待ってください!

 ちづるさんが、ちづるさんが!!」


 なおも食い下がろうとする愛美に向かって、近所の人と思われる初老の男性が、ぼそりと声を掛けてきた。


「あんた達、ここの千鶴ちゃんと知り合いだったの?」


「はい、そうです」


 とりあえず、取り乱している愛美に代わり、未来が返答する。

 すると、妻らしき中年女性も姿を現した。

 腕にはとても可愛らしい子猫を抱いており、やがて話に加わってくる。


「向坂さんの所の千鶴ちゃんでしょ?

 そりゃあんた、あの子はもう、ここにはいないよ」


「いないって、何処かへ行かれてるんですか?」


 未来が、平静な表情で夫婦に尋ねる。

 そんな彼女に、二人は、一瞬顔を見合わせてから語り出した。


「あの子ね、先月、亡くなったんだよ」

「急だったもんねえ、本当に可哀想にさぁ」


 女性の腕の中の子猫が目を開け、未来達をじっと見つめて「にゃーん」と鳴いた。

 





 呆然と虚空を見つめたまま、愛美は、未来に強引に手を引かれ、近くの寂れた公園までやって来ていた。

 向坂家の女性……恐らく千鶴の母親だろうが、彼女の言葉と、近所の人達が教えた事実は、確かに繋がった。

 と同時に、愛美の心には、とてつもなく大きなダメージが残った。


 ちづるが、死んだ?


 ちづるが、いない?


 しかも、一ヶ月前?


 深い悲しみがあったが、それ以前に、情報が整理出来ない。

 言葉を紡ぐ事も忘れ、愛美は、潤んだ瞳で少し曇り出した空を見つめた。



「先月に亡くなられたなんて、どういう事なの?」


 さすがの未来も、状況がうまく呑み込めないようだ。


 その後、向かいの家に住む夫婦から詳しい話を聞いた。

 向坂千鶴は、長年子供が出来なかった向坂夫婦が、やっと授かった一人娘だった。

 しかし生まれつき身体が弱く、いつも両親か母親と共に、病院に通ったり、時には入院もしていたという。

 それでも、精一杯元気で明るく振舞うため、向かいの夫婦もとても彼女を気に入っていた。

 また、夫婦の飼っている猫とも仲良しで、よく家に遊びに来ては遊んでいったらしい。


 だが先月、千鶴は急に体調を崩してしまい、そのまま――

 両親は彼女の死を大変悲しみ、その泣き声や呻き声は、夫婦の家にまで聞こえてきた程だったという。


 明らかに、愛美の話とかみ合っていない。

 しかし、向坂の母親の態度を見る限り、彼らの証言が嘘だとは到底思えなかった。



 愛美が嘘をつかない性格だという事はよくわかっているし、第一嘘をつく必要がない。

 これは、存在しない友人を作り上げての一人芝居や、虚言壁では決してない。

 それだけは、深く確信していた。

 だが少なくとも、現実と愛美の認識が大きくずれていることだけは、疑いようがない。



「ちづるさんは、間違いなく生きて……ちゃんと普通に生きていました!

 間違いありません!!」


 未来の呟きが耳に届いたのか、愛美が反論する。

 泣き声が混じり、かなり聞き取りにくいが、愛美はこれ以上ない程真剣な面持ちで、懸命に訴える。


 そう、あんなにしっかりと、はっきりと言葉を交わし、プレゼントも交換日記もしていたのだ。

 そんなちづるが、死んでいる訳がない。

 愛美の脳裏に、ちづるの姿が浮かぶ。

 にっこりと、あどけなく微笑む優しい表情を思い浮かべる彼女の姿を。


「愛美、もう少しだけ、私に付き合って」


 突然、何かを思いついたように未来が呟いた。



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