●第31話【疑問】1/2
美神戦隊アンナセイヴァー
第31話 【疑問】
アンナパラディンとアンナローグは、西新宿・東京都庁の第一本庁舎、北側の屋上ヘリポートに降り立った。
地上243メートルの高さから見下ろす大都会の夜景は、息を呑む程に美しく、アンナローグは改めて目を奪われた。
「追いかけるのに苦労したわよ。
インフラビジョン(熱源探知)がなかったら、追いつけなかったわ」
いつものように、事務的でやや高圧的に言い放つ。
アンナパラディンの言葉は、今のアンナローグには、いつも以上にきつく感じられる。
「本当に、申し訳ありません」
「あなたにもしもの事があったら、蛭田博士、責任を感じて押しつぶされちゃうかもしれないわ」
「そ、そんな!」
「ブレイザーも、心配してさっきまで付いて来てくれてたのよ。
あなたが思っている以上に、皆に心配をかけている事を自覚しなさい」
「はい……わかりました」
「あの家に、知り合いがいるの?」
自分から何も言おうとしないローグの態度を見越してかパラディンは単刀直入に尋ねる。
アンナローグは、覚悟を決めたように、はっきりと答え始めた。
「はい。
ちづるさんといって、小学生の女の子なんです。
でもお病気なので、ここ数日はお会いしてないんです」
「そうなの」
小学生の女の子と聞いて、アンナパラディンは少しだけ頬を緩ませる。
「私達、いろんな事をお話したんです。
好きな事とか、趣味の事とか。
ちづるさんは、私に色々な事を教えてくださいました」
悲しそうに俯きながらも、真剣に想いを語る。
そう、自分にとって、ちづるはもうただの友達ではない。
これまで一度も口にした事がない「親友」という言葉。
たとえるなら、それが一番近い表現なのだろう。
そんなことを、思った。
「心配する気持ちはわかるわ。
だけど、どうしてその子に、アンナローグの姿のままで会っていたの?」
「あ、あの、それはつまり……」
「あれだけ蛭田博士に言われたのに、忘れてたの?
他の人に見られてはいけないって」
「す、すみません」
静かに、しかしはっきりと言い放たれる未来の叱咤に、返す言葉もない。
ただ押し黙るだけのローグに、アンナパラディンは、目を細めてゆっくりと語りかける。
「私達、アンナセイヴァーの存在は絶対に秘密でなければならない。
その理由が、まだ呑み込めていないようね」
「申し訳ありません」
「もう、夜に会うのは止めなさい」
「え……」
彼女にあえて視線を向けず、遠い空を眺めながら呟く。
ふぅと息を吐き出すと、アンナパラディンは、まるで独り言を呟くように話す。
「明日、一緒に行ってみましょう」
「えっ?」
「交通手段、わからないでしょ?
私が一緒に行くから、明るいうちに、堂々とお見舞いに行きましょう」
「未来さん……」
思わず、コードネームで呼ぶのを失念してしまう。
てっきり、もっと叱られると思っていたのに。
アンナローグは、思わず泣き出しそうになった。
「は、はい! ありがとう……ございます」
「何も、泣く事はないでしょう。もう」
堪えたつもりが、零れてしまったようだ。
突然の涙に少しだけ慌てたアンナパラディンは、咄嗟に、アンナローグの頭を撫でた。
「……」
「今日は、もう帰りましょう」
「は、はい!
ありがとうございます! ありがとうございます!!」
地上243メートルで行われる、秒速五回の高速お辞儀。
弱り顔のパラディンは、ポリポリと頭を掻きながら、夜空を見上げた。
「あの、パラディン」
「どうしたの?」
「この、とても綺麗な夜景なんですけど」
アンナローグは、足元に広がる無数の光を見つめながら、静かに囁く。
「この光のあるところに、それぞれ沢山の人がいるのですね?」
「そうね。
だけど、光が見えないところにも、実際は沢山の人が生活しているのよ」
そう言いながら、ローグの肩に手を置く。
アンナローグは、はっとしてアンナパラディンの顔を見上げた。
「明るいところにも、暗いところにも、それぞれ違う形で人々の生活があるわ。
私達は、その全てを知ることは出来ないけど。
それでも、こんなに広い人々の世界を、守らなきゃならないんだって、私は思う。
――アンナセイヴァーに、なった以上は」
「アンナ、セイヴァー……」
「今はまだ、ピンと来ないかもしれない。
でもね、ローグ。
自分がやるべきことが、いつかわかる日がきっと来るわ」
「……」
遥か上空から見下ろす景色は、地上に星があり、空には見えない。
かつて良く見ていた夜の景色と真逆の光景が、今の視界に広がっている。
アンナローグは、なんだか言葉では言い表せない、不思議な気持ちに包まれた。
一方その頃、アンナブレイザーは、二人が去った後の“向坂家”付近に留まっていた。
場所は、あの街灯の真下。
凱から借りたジャケットを羽織り、メイド服姿を隠しながら、静かにその場に立ち尽くしていた。
視界の端に、デジタル表示の時計が表示されている。
(そろそろ、犯行時刻か)
この時間になると、この小路周辺の人通りはほぼ皆無だ。
また周囲の家も、明かりが殆ど消えている。
まさに、この街灯だけが唯一の明かりとなり、ライトの照らし切れない所は完全な闇だ。
アンナユニットに搭乗しているとはいえ、アンナブレイザーのマーカーカメラも、街灯の方に照度が合わされているため、暗闇部分を暗視することは出来ない。
(絶好のスポットライトじゃん。
こんなところで不意に襲われたら、何の対処もできねぇよな)
と、そんな事を考えていた時。
突然、真上から何かが猛スピードで落下して来た。
「?!」
咄嗟に側転し、“何か”の強襲をかわす。
だが、左側頭部から背中にかけて、何か硬いものが掠ったのを感じた。
ガンッ! という、鈍い打撃音が鳴り響き、衝撃が身体に伝わる。
「い、いきなり来やがった?!」
反射的にかわすのが精一杯。
慌てて身を翻すも、攻撃を加えた“何か”の姿は、結局全く視認することが出来なかった。
気配も、もはや感じ取ることが出来ない。
「まさか、一瞬で逃げ切った……?!
ウソだろ?!」
あまりに素早すぎる撤退に、アンナブレイザーはただ呆然とするしかなかった。
後に判明した事だが、謎の不意打ち攻撃によるアンナブレイザーのダメージは、幸いにもほぼゼロだった。
少々外装に細かい傷が入りはしたが、簡単に修復出来るものだ。
無論、搭乗者のありさにも、何の影響も及んでいない。
だが凱のジャケットは、右肩から背中にかけて大きく裂けてしまっていた。
「……で、最後に、ここか」
モニタ上に展開した地図に赤い丸マークをつけ、凱は、ふぅとため息を漏らした。
七つの丸と何本もの線の記された地図は、豊島区目白のものだ。
凱は、注意深くそれを見つめ、再び難しそうな表情を浮かべる。
これは、前回出現したXENO“サーベルタイガー”により、被害者が出た地点を示したものだ。
一見、何の法則性もない点と線だが、凱は、何かが引っかかって仕方なかった。
「どうも、奇妙なんだよなあ」
「何がですか?」
舞衣が、顔を近づけながら尋ねる。
「この七箇所のポイントなんだけどな。
最初は、ただサーベルタイガーの行動範囲がランダムなんだとばかり思ってたんだが。
この、四箇所を見てくれ」
そう言いながら、凱はマウスを操作し、画面の一部をくるりと囲むようにカーソルを動かした。
「言われてみれば、この四箇所だけ、妙に集中していますね。
こうやって囲むと、ここだけ緩い円のようになりますし」
舞衣が手を伸ばし、凱の手ごとマウスを動かす。
重心が動いたため、凱は、咄嗟に舞衣の腰を支えた。
「あんっ」という、短い嗚咽の声が漏れる。
「一件目が、目白五丁目23番、二件目が目白四丁目23番、三件目が同じく34……。
一番離れてるのが、西池袋四丁目か。
舞衣、サーベルタイガーの元ネタは、野良猫って分析だったよな?」
「ええ、そうです」
「野良猫のおおまかな活動範囲は、だいたい500メートルから一キロ弱くらいだ。
現場地点が、目白四丁目から五丁目にかけて集中しているのは、猫の習性を見込めば、さほど違和感はない範疇だな」
そう呟きながら、凱はまたマウスを操作する。
舞衣の左腕が肩にかけられ、大きな胸の感触が、凱の右胸に押し付けられる。
薄布一枚だけを隔てて伝わるぬくもりに、凱は、平静さを保つのが聊か苦しくなり始めた。
「そうなると、この目白四丁目23番付近にだけ、四箇所も集中しているのは、違和感がありますね」
「ああそうだ。
参ったな、こうやって見直していくと、おかしな事がどんどん出てくるな」
神出鬼没で暗躍する、サーベルタイガー。
通常は普通の猫に擬態し、広範囲移動かつ狭い箇所への潜入もこなし、その上獲物を襲う瞬間にだけ正体を現すため、発見には非常に困難が伴った。
こんな厄介な存在であるサーベルタイガーに散々振り回されたため、メンバーは無意識に、この界隈の事件を全て一つに結び付けて捉えてしまっていた。
それが仇となり、発生地点のムラまでは気が回っていなかったというのが、正直なところだ。
「その上で、昨日のここか」
凱が指し示した地点を、ストリートビューで開く。
そこは、夕べ調査の為に舞衣達が出向いた、あの街灯のある場所だった。
集中している四箇所のエリア内に、しっかり含まれている。
「やっぱり、あの場所も……」
「お前の言った通り、あの場所はヤツにとって、絶好の狩場になるかもしれないな」
「どうしましょう、お兄様……」
舞衣が、凱に抱きつく。
怯える彼女の頭を優しく撫でながら、凱は、耳元でそっと囁いた。
「今夜は、未来とありさちゃんが現場検証に行ってくれている。
あの子らに任せて、今日はもう休もう。
悪かったな、こんな遅い時間までつき合わせて」
「そんな、大丈夫です。
私、もっとお兄様の手助けをしたいですから」
「ありがとな、舞衣。
でも、しっかり休むのも任務のうちだぞ」
「わかりました……」
――チュッ
凱の頬に、温かな感触が伝わる。
「あっ、こら」
「ふふ♪
お兄様、じゃあ、そろそろ」
「そうだな、じゃあ先に、ベッドに――」
そう言った瞬間、机の端に置かれた腕時計から、コール音が響いた。
文字盤には、蛭田勇次からの通信と示されている。
凱は舌打ちをすると、膝の上からそっと舞衣を下ろした。
「なんだ、こんな時間に?」
出来るだけ怒りを露にしないよう、声を抑える。
しかし、向こうはかなり焦った様子だ。
『凱、今すぐ地下迷宮に来られるか?』
「はぁ?! 俺は、これから寝かしつk」
『アンナブレイザーが、XENOの襲撃を受けた!』
「なに?!」
腕時計を掴みながら、寝室のドアの前に立つ舞衣を見つめる。
とても悲しそうな表情を浮かべる彼女に、凱は申し訳なさそうに呟いた。
「ごめん、舞衣。
ちょっと行ってくる、お前は先に休んでてくれ」
「――わかりました」
「何かあったら、お前達の協力が必要だからな。
今はとにかく、少しでも身体を休めておいてくれ」
「はい、お兄様」
白いネグリジェ姿の舞衣を抱き寄せ、額に軽くキスをすると、凱は大急ぎで部屋を飛び出していく。
取り残された舞衣は、辛そうな顔で、手近な壁をポンポンと叩いた。
地下迷宮に駆けつけた凱に伝えられたのは、アンナブレイザーの報告内容と、破損したジャケットの悲劇だった。
「うわぁ……これ、苦労して買ったのになあ」
「ご、ごめん、凱さん! 弁償するよ!」
申し訳なさそうに頭を下げるありさに、凱は慌てて首を振る。
「いや、それはいいんだ。
とにかく、無事でよかったよ」
「そのジャケット、ユニコロの特売で買った奴じゃなかったか?
しかもサイズ間違えた奴」
「良く覚えてたな、勇次!」
二人の妙な掛け合いに、ありさはつい吹き出してしまった。
アンナブレイザーの視覚映像が、早速その場に居る主要スタッフによって確認された。
しかし、回避行動によるブレが大きく、何が起きたのかは全く確認できない。
「なんか、自分の見ていたのを後から他人に見られるのって、なんかヤダなー」
ブツブツ文句を言うありさに、凱は笑顔を向ける。
「まあまあ。状況が状況なんだし、仕方ないって」
「しかし、襲撃者の方を殆ど見ないでかわしてるみたいだね。
ありさちゃん、殆ど野生の勘で避けてるじゃん、凄い!」
今川が唸りながら画面を注視する。
アンナブレイザーの装甲表面に付いた僅かなかすり傷と、凱のジャケットの裂け方、そして立ち位置を計算し、襲撃したものは、本当に真上からほぼ垂直に落下して来ただろう事が確定した。
だが――
「ちょっと待って!
あたしの頭の上、あの電灯があったよ?!」
「ありさちゃん、街灯」
「あ、それそれ。
真上からなんて、絶対無理じゃん!」
「あ」
勇次と凱、そして今川は、思わず顔を見合わせた。
街灯の高さは、4.5メートルから5メートルという設置基準があり、ここの物も当然それに準拠している。
ありさ及びアンナブレイザーの身長は160センチ。
「ってことは、XENOは、たった3メートル以内の高さから襲い掛かったってこと?!」
「うそだぁ!
だって、そんな近くに接近したんなら、いくらなんでもわかるでしょ!」
今川とありさの言葉には、勇次や凱も頷くしかない。
街灯が破損したような様子もない以上、XENOは、アンナユニットの各種センサーに反応しないまま超至近距離まで接近し、急襲したことになるが、物理的に無理があるのは自明の理だ。
「テレポートでもしたんじゃないのか? XENOは」
「もしそうなら、もはや我々には対処のしようがない。
だが――もし仮に、それ以外の可能性がないというなら、それを前提とした策を講じる必要が生じるな」
勇次の言葉は、その場の全員の総意だった。




