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美神戦隊アンナセイヴァー  作者: 敷金
INTERMISSION-03
82/226

 第29話【少女】2/2


 ――翌日。


 もうまもなく夜の帳が降りようとしている頃、地下迷宮ダンジョンでは、先日アンナパラディンが採集した戦闘データの解析と、その簡易報告が行われていた。

 少しずつ戦闘回数も機会も増え始めてきた以上、毎回の戦闘から何かを見つけ出していかないとならない。

 そう勇次が判断したのだ。



「先日のサーベルタイガーは、どうやら猫の遺伝子情報を組みこんだXENOだったようだ」


「んきゃ~、あれ、猫ちゃんだったの~?! なんかすごくショック~!」


 パワージグラットを張る直前に飛びかかられ、あやうく噛みつかれるところだった恵が、その時の事を思い出して身震いした。

 コンクリートにすら容易に穴を開けてしまうほどの硬度と破壊力を持つ、1メートル近い大きさの牙に狙われたのだ。


 モニタには、アンナパラディンが転送したサーベルタイガーの映像が克明に映し出されている。

 こうして冷静な状態で見てみると、戦っていた時とはいくらか印象が違ってくるから不思議だ。

 愛美は、小さくベロを出しておどける恵に笑顔を返しながら、ふとそんな事を考えていた。


「しかし、妙な話だな」


 突然、間を割るように凱が口を開く。


「どうした?」


「前回のコカトリスが、鶏と蛇の特徴を併せ持った、いわば“キメラ”状態の個体だっただろ?

 その前の奴らは、人間とネズミとか、熊とか、二種類の掛け合わせみたいなのばっかだったじゃないか。

 なんで今回に限って、単独生物の発展形なのかなって不思議に思ってな」


 凱の疑問の声に、勇次が深く頷きを返す。


「ひょっとしたら、XENOの中にも複数の進化経路があるのかもな」


「複数?」


「なんとなくそう思っただけだ。根拠はない」


 二人の会話に、未来が声を差し挟む。


「人間と動物の組み合わせがあり、動物単独のタイプも居た。

 もしかしたら、人間型で単独変化したXENOも居るかもしれないわけですね」


「おいおい、さすがに悪趣味だぜそれは」


 眉を顰める凱に、珍しくありさが応える。


「でもさ、明らかに人間だったこの前の連中だって、一歩間違えばキメラにならなかったかもしれないんだろ?

 充分ありえるんじゃないかな」


「うう~、ありさちゃぁん、怖いこと言わないでよぉ~」


 半べそを掻きながら、恵が凱の腕にしがみつく。

 困り顔の凱は、ほっぺを膨らましている舞衣を見て、気まずそうな表情になった。


「人間型のXENOが居る、か」


「可能性はありえますが、出来ればそうであって欲しくはないものですね……」


 勇次の呟きに、愛美が静かに応えた。




 ミーティングが終わり、それぞれのメンバーは帰り支度を始めていた。

 珍しく研究班エリアから出ていこうとする勇次を、愛美が背後から呼びとめた。


「あの、勇次さん!」


「どうした?」


「あの、お願いがあるのですが」


「珍しいな、何だ?」


 不思議そうな表情で見下ろす勇次に、ちょっと照れ臭そうな表情を向ける。

 手の中でサークレットを弄びながら、愛美は、ひそひそ話をするように囁いた。


「あの、今夜、アンナユニットを使いたいんですけど、いいですか?」


「何故だ?」


「えーと、あの、その……ち、ちょっとユニットの力を使って、行きたい所がありまして」


「外出用に使用するというのか?」


 突然の頼み事に少しだけ難しい顔をするが、愛美の表情を窺い、特に不穏な様子は見受けられないと判断したようだ。

 勇次は、意外なほどストレートに応えた。


「判った。ただし、条件がある」


「条件、ですか?」


「これは、今準備中のシミュレーション実装の時に教えようと思ったんだが」


 シミュレーション、という聞き慣れない単語に、愛美は小首を傾げる。


「アンナローグに、“ステルスモード”をテストしてもらいたい。

 これを使って移動してみろ」


「捨て留守もーど…ですか?」


 何か微妙に勘違いしているようだが、無視して続ける。


「これが作動している間、アンナローグの姿は、あらゆる探知機器から姿を隠せるようになる」


「えっ、そうなんですか?」


「無論、直接見ている人間の目はごまかせないがな。

 それでも、普通よりは見えにくくなる筈だから、夜ならかなり効果が期待出来るだろう」


「そんな事が出来るんですかーっ。知りませんでした!」


 素直に驚いて見せる愛美は、きらきらした目でサークレットに見入った。


「使い方は、AIに指示を送ればいい。

 アンナローグはいつでもスクランブル状態にしておくが、あまり目立った行動はするなよ」


「はい、わかりました!」


「アンナユニットの存在は極秘だということだけは。決して忘れるなよ」


「は、はい」


 最後だけ、きつい視線を携えて念を押す。

 しかし、実装外出の許可を取り付けられたことで、愛美は浮き足立っていた。





「とぉ――っ」


 気の抜けた声と共に、アンナローグは軽く石床を蹴った。

 まるで重力から解放されたかのように、軽やかに宙へ舞い上がる。

 人目につかない所でチャージアップを済ませた愛美・アンナローグは、昨日の約束を果たすため、ちづるの元へ向かって飛ぶ。

 誰かに気付かれるよりも早く、アンナローグは「ステルス・モード」を発動させてみた。




「え、え――と。え、えいっ!」


 “捨て留守もーどって物になってください!”と、心の中で敬語で呟く。

 体感できる変化は特に何もないが、視界の端に小さなウインドウが展開し、“STEALTH-MODE READY.”の表示が確認出来た。

 昨日の出会いの場所を思い浮かべ、アンナローグは、闇夜に溶け込むかのように高く、高く飛翔した。


……が、すぐに戻って来た。


「いけないいけない! 忘れ物……」


 チャージアップする前に、足元に置いておいた小さな箱を取ると、アンナローグは再び飛翔した。




「お姉ちゃん、いらっしゃい!」


 夜空を漂っている姿をすぐに見止め、ちづるは、窓から手を振っている。

 遠くの音を聞くことができるという事は、すでに彼女も知っている。

 だから、離れた距離でも呼びかけてくるのだ。


「こんばんは♪」


 夕べと同じく、窓際に降り立ったアンナローグは、優しい微笑みと共に小さな白い箱をそっと差し出した。


「これはなーに?」


 小首を傾げて、ちづるは白い箱に注目する。

 彼女の両手に箱を預けると、ローグは器用にフォトンドライブ機能を調整し、窓の手摺りに片肘を掛けた。


「ちづるさんにお土産です。

 クッキーなんですけど、よかったら食べてくださいね」


 日中に手作りした、カントリーマーム風のクッキーだった。

 ちづるの年齢に合わせて、ちょっと甘味を強くしている。

 コーヒーや紅茶などと一緒に食べるとたまらない味わいだと、アンナローグは説明を付け加えた。


「こんな時間になんですけど、よかったら、明日のおやつの時間にでも召し上がってくださいね。

 沢山作ってきましたから」


 箱を手にしたちづるは、まるで宝箱をもらったかのように嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 その仕草は、なぜか少しだけ、アンナローグの胸をどきりとさせた。


「わぁーっ、ありがとう!

 開けてみていい?」


 “ありがとう”という言葉に、心が動揺するのがわかる。

 だが、それを表面には出さず、代わりに一杯の優しさを込めた笑顔で見つめ返した。


「はい、どうぞ」


 中には、湿気取りの白い紙で丁寧に包まれた、厚手のクッキーが重ねられていた。

 宝石箱を覗くように興味深そうなちづるの眼差しは、無邪気でとても愛らしく思える。

 その様子は、アンナローグの心の中に、今まで感じた事のない温かなものを覚えさせた。


 しかしちづるは、突然その箱の蓋を閉じ、なぜか悲しげな面持ちで視線を落としてしまった。


「ど、どうしたのですか?」


「う、うん。ごめんね、なんでもないの」


「ひょっとして、クッキーお嫌いでしたか?」


 不安な気持ちで尋ねるローグに、ちづるは首を横に振った。


「ううん、私、病気だから……

 これ、いつ食べられるかわからないから、ママに聞かないと」


「そ、そうなんですか。

 申し訳ありませんでした……」


 言われてみりと、どことなく病弱そうなちづるの雰囲気、部屋の空気は、病人から感じるそれと良く似ているような気がする。

 かつて屋敷にいた頃、夫人が病に倒れた時もこんな雰囲気が漂っていたものだ。


「ごめんね、お姉ちゃん。

 せっかく作ってもらったのに」


「いいえ、気になさらないでください。

 ちづるさんの事情を詳しく聞かなかった私が悪いんですから」


「そんな事ないよ!

 じゃあね、ちづる、早く病気治してクッキー食べられるようになるね!」


 そう言いつつ、ちょっとだけ無理して笑顔を作る。

 そんな健気さに、アンナローグは胸を打たれた。


「はい、では、どうか一日も早く元気になってくださいね。私、応援していますから」


「うん。お姉ちゃん、あのね?」


「はい?」


「また、遊びに来て、くれる?」


「はい、来ますよ!

 ちづるさんさえ良ければ、夜だけでなく昼間でも」


「昼間は、ダメ!」


 突然、ちづるが大きな声で言葉を遮る。

 だがすぐに、慌てて自分の口を手で塞いだ。


「ご、ごめんね。

 昼間は、誰とも会えないの。

 お部屋で静かにしてないといけないんだって」


「まあ……そうなんですね」


「学校もお休みしているから、外の人とも本当は会っちゃいけないんだって。

 お病気が治るまで」


「そうなんですか」


 だから昼間ずっと眠っていて、夜に眠れなくなってしまうのか。

 だとすると、ちづるに会うのはどうしても夜にせざるをえない。

 千葉愛美としてではなく、冷たい装甲で身を包んだ、アンナローグとしてしか……。

 そう思うと、何故かとても悲しい気持ちに苛まれてしまう。



「ちづるさん、元気出してください。

 私、貴方のお病気が治るように、いつも祈っていますからね」


「うん、ありがとう!」


 もうそろそろ、戻らなければならない時間だ。

 アンナローグは、この前と同じ軽い挨拶を交わし、夜の空に戻ろうと身を翻した。



「お姉ちゃん」


 今まさに空に舞い上がろうとした途端、ちづるが呼び止める。


「はい、なんですか?」


「私達、お友達……だよね?」


 僅かに潤んだ瞳で、何かを訴えるようなせつない眼差しを向ける。

 アンナローグ・愛美は、そんなちづるの視線を、真摯に受け止めようと思った。


「お友達…じゃないの?」


 先ほどまで見せなかった、ひどく不安そうな表情になる。

 そんなちづるに、アンナローグは、わざと大きく首を振ってみせた。


「そんなことはありません。

 お友達ですよ……そう、お友達です!」


 自分でもびっくりするくらい大きな声を出す。


「よかったぁ♪

 じゃあ今度は、お姉ちゃんの事もいっぱい教えてね!」


 無邪気なちづるの呟きに、自然に満面の笑顔が浮かぶ。


「わかりました、約束しましょうね!」


 二人は、再び“指きりげんまん”をして、その晩は別れた。


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