●第4話【探索】1/3
外の雨は、先程より更に強さを増している。
もはや傘は役に立たず、二人は雨合羽を羽織って臨むことにした。
美神戦隊アンナセイヴァー
第4話 【探索】
「いい? どどど、泥棒を見つけたら。
まず脚を攻撃して動きを封じて、それから頭を狙うの!
下手に躊躇うと反撃されるから、仕損じないようにね!」
「そそそ、そんな物騒なこと、しなきゃならないんですかぁ~??」
「非力なあたし達に出来ることっていったら、それしかないよ!
って、何その長ネギ?!」
「だ、だってもえぎさんが、何か持っていくから……」
「置いてきなさい! その辺に置いときゃ、勝手に伸びるわ」
「ほ、ホントですかぁ?」
お馬鹿な会話を交わしながらも、二人は完全に脚が震えていた。
それでも、勇気を振り絞って館の側面に回りこむ。
雨がレインコートを激しく叩き、だんだん歩き辛くなってくる。
しばらくすると、北東部の角の辺りで、二つの影が並んでいるのが見えた。
だが、次の瞬間。
「――えっ?!」
突然、足下が光ったと思った途端、二つの影はふわりと空中に浮かび、一気に屋根の上まで飛び上がってしまった。
ジェット噴射のようなものではない。
雨音でよくわからなかったが、特に噴射音のようなものは聞こえなかった。
予想外の事態に、二人はしばらくその場で立ち尽くしていた。
「ナニアレ。……魔法?」
「追いかけられませんね、あれでは」
「も、戻ろう!」
「ええっ?!」
「だって、中に入ったじゃん!」
「そ、そうですけど……」
「こっち、東の棟の中から回り込もう!」
「で、でで、でもこっちの棟は、梓さんや理沙さんから、立ち入り禁止って」
「そんなこと言ってる場合じゃなーい!」
「は、はいっ!!」
変に興奮状態のもえぎの勢いに圧され、愛美は小走りで館に戻った。
勝手口で濡れたレインコートを脱いだ二人は、東棟の方へ向かってまた走り出す。
少々息が切れてきた辺りで、突然、誰かが目の前に立ち塞がった。
「あんた達、何してるの?」
青山理沙。
よりによって、二人が最も苦手とする先輩だった。
背の高い理沙は、まるで蔑むような目線で二人を見下ろす。
愛美は、押し黙るもえぎをよそに、先程見た事態を理沙に説明した。
「泥棒? この館の中から? で、また中に?」
「は、はい!
ですので、東棟に行きたいのですが……」
「ダメよ。
あそこは今は使っていないところだから、入ることは絶対禁止よ」
「で、でも――」
「あんた、私の言うことが訊けないの?」
「う……」
有無を言わさぬ圧力に、二人はこれ以上言い返すことが出来ない。
フン、と鼻を鳴らすと、理沙はもえぎに命じた。
「あんた、夢乃を捜して」
「は?」
「さっきから居ないのよ。
すぐ捜しに行きなさい」
「で、でも、泥棒――」
「あんた、ここに来て結構経つのに、私の指示が最優先だって、まだわかってないの?
ぐだぐだ言わないで、とっとと行きなさい!」
「……はい」
この館では、先輩メイドの命令は絶対だ。
明確なヒエラルキーがあり、一番長の梓と二番目の理沙には、誰も逆らえない。
それが、たとえ不条理な命令であっても、だ。
悔しそうな顔で二階に向かって走っていくもえぎを一瞥すると、理沙は残された愛美に向き直った。
きょとんとする愛美の顎を、理沙はいきなり乱暴に掴み上げた。
声が、詰まる。
「アンタは、本当に使えない子だったわね」
「……っ?」
「何を教えてもちゃんと出来ない、やっても中途半端。
夢乃達のフォローに、何度助けられたかしらね」
冷ややかな口調で、突然侮辱的な言葉を吐く。
そんな理沙の表情は、嘲笑っているような、それでいて怒っているような、なんとも表現し難いものだった。
「も、申し訳ありません!
これからは、もっと充分に注意して――」
「もう、これからは、ないから」
「え?」
口元を吊り上げると、理沙は愛美の顎から手を離した。
そして耳元に口を近づけると、囁くように呟く。
「今夜限りで、あんたはここのメイドじゃなくなるの」
「!!」
「短い付き合いだったわね。バイバイ」
「……」
突然の、解雇宣告。
愛美は、あまりのショックにその場から動けなくなった。
青ざめて立ち尽くす愛美をよそに、理沙は西側に向かって歩き去っていく。
(そうか――じゃあ、この後の集まりは……私の……)
「防犯用電子ロックかよ。
――ナイトシェイド、頼む」
“了解”
カチャリと音がして、窓の鍵が解除される。
素早く窓を押し開くと、凱は素早く身体を滑り込ませる。
続いて、もう一人の影も。
「なんだこりゃ?
いつからここは、ホテルになったんだ?」
「ホテルっていうより、洒落がきつ過ぎるアパートって感じね」
「はは、違えねぇな」
二人は、廊下の向こうにずらりと並ぶドアの数を見て、呆気に取られた。
井村邸・東棟二階。
そこは夕べ凱が宿泊した客室と同じように、沢山の部屋が並んでいるようだ。
しかし、それぞれのドアの感覚が、圧倒的に狭い。
これでは、それぞれの部屋の大きさは、あの客室の半分以下しかないだろう。
よく見ると、ドアにはネームプレートの跡らしきものまである。
「この館には、相当な人数が住み着いていた……ってとこか」
「私が来るずっと前の話でしょうね。
見てよこの埃」
そう言いながら、もう一人の影は、足元を靴で払う。
「さしずめここは、宿舎ってとこか」
「問題は、“何の”ってとこね」
「ここまで来た以上、ソイツも突き止めて手土産にするか。
これからどうする? 夢乃」
「そうね、多分下の階もこんなでしょうから。
早速北棟に行きましょ」
「いい判断だ」
二人は、素早く北方面に向かう。
東棟二階の最北端は行き止まりで、共同トイレや浴室、ランドリーなどがあるだけだ。
即座に二人は、階段から下に飛び降りる。
音もなく着地すると、一階の奥を凝視した。
そこには、高さ2メートル半はある巨大な漢音開きのドアが設置されている。
木造建築の建物の中に、突然現れる金属製のドアと、その横のセキュリティキーは、異様なほどの違和感を漂わせていた。
「いよいよ、ラスボスへの回廊にたどり着いたって気分だな」
「もしかしたら、アイツらに気付かれるかも」
「だろうな。
もし俺があいつらの立場だったら、ここが開いたら気付くようにシステム構築するわ」
「いいの? それでも行く?」
「やるだけやってみよう」
凱は、再び腕時計を扉に向け、次にセキュリティキー部分に接近させる。
しばらくの沈黙の後、女性の音声が聞こえてきた。
“通報システムを偽装データで作動妨害します。
5分前後の準備時間を要します。”
「やったぁ♪
さすがはナイトシェイド!」
「じゃあ早速頼む。
さて、と」
ドアに背を凭れると、凱は、もう一人の影に話しかけた。
「お疲れ。
――四年になるか?」
「そう、丸四年。
通信も出来ない、郵送もいちいちチェックされる環境での諜報活動は、さすがにきつかったわ」
「だろうな。
しかし、まさかお前からはがきが届くとは思わなかったよ。
季節外れの、しかも二年も前の年賀状」
「仕方ないじゃん! それしか使えるものがなかったんだから。
あれ書くのだって、一週間もかかったんだからね」
「いや、でもそのおかげでここが分かったんだし、助かったよ。
そうそう、愛美のデータ、ありがとな。
あと、セキュリティコード」
「忘れて来てないでしょうね?
あれ、探し出すのにすっごく苦労したんだから、なくしたら泣く」
「あいあい、大事に使わせてもらいますよ」
そこまで言った時、腕時計から作業が完了したとの反応があった。
凱は、スマホで撮影したセキュリティコード……先程、夢乃から渡された袋に入っていたメモの写真をピックアップし、それをゆっくり入力する。
ガコン、という鈍く大きな音が鳴り響き、扉が自動的に開いていく。
その向こうに広がる光景に、凱ともう一人は思わず息を呑んだ。
そこは、もはや木造建築の館ではない。
壁の色も、廊下も、そして天井やそこからぶら下がる様々な機器・パイプ類・配線類などは、近代的な造りの研究所のようだった。
アイボリーの壁の色が、次々に点灯していく照明に照らし出される。
黴臭かった空気の匂いもいきなり変わり、まるで病院のような、消毒臭を思わせるものに変化した。
「ビンゴ、かな」
「ビンゴね」