第28話【廃墟】3/4
―――二時間後。
恐怖心と戦い、各階の部屋を一つずつ覗き、色々と不思議な残留物やアンナローグの不気味な言葉に翻弄されつつ、一行は、なんとか二階までたどり着いた。
居住空間はここから始まっているので、この階を見れば、マンション全体をほぼすべて見回った事になる。
アンナパラディン、ウィザード、ミスティック、ブレイザーの四人は、いつもの戦闘などとは違う事で神経をすり減らしたため、既に疲労していた。
だがローグだけは、なぜか終始ウキウキとはしゃぎ回り、まったく疲れを見せていない。
「あ、あと少し~」
「短いようで長く、長いようで長い探索でしたね」
「でも、さっきのローグの変な発言以来、おかしな事はなかったからいいでしょう。
ここまで来ると、XENOもいないみたいだし」
「えーと、あの」
「頼むから、ローグは黙っててくれ!」
「え? は、はい、そうおっしゃるなら」
何かを言いかけたローグを無理矢理押さえつけ、アンナブレイザーが、気合を振り絞って二階の廊下を凝視する。
フェアリーライトの光は徐々に弱まっており、今では、廊下の奥に暗がりが出来るようになってしまっている。
その暗闇に近づこうとした途端、
キィ……
何かが軋むような音が、響いてきた。
「!」
「ひえっ?!」
思わず飛びのき、四人でがっしり抱き合う。
「な、なななな、なんだ、今の音は?!」
「と、と、と、扉が、き、きききき軋んでますね」
「誰かが向こうの部屋から出て来ただけではないでしょうか?」
「だからーっ!! その“誰か”って誰だよーっ!!」
うっかり飛び出たアンナローグの一言に、思い切り肝を冷やしたアンナブレイザーだったが、やがて自分の顔を数回パンパンと叩くと、あらためて廊下の奥に向き直る。
「よっしゃ。もうだいじょび。あたしが正体見定めてやる」
「ゆ、勇気あるわね、さすがブレイザー」
「ほら、パラディン行くよ!」
「え゛?!」
反論する隙も与えず、アンナパラディンの手をガッシと掴んで、ずるずると引きずっていく。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってーっ!
なんでわたしが道連れになるのーっ?!」
「じゃかぁしい!
文句言うと、直に胸揉みしだくぞおんどりゃ!」
「な、な、なんですってー?!?!」
一瞬で随分にぎやかになった二人が、訳のわからない姿勢のままどんどん奥へ進んでいく。
その場に残された四人は、ただ呆然と、その光景を眺めているしかなかった。
「なんか、探索なのか肝試しなのか、よくわからなくなってきましたね」
「うん、ブレイザーも結構臆病なんだね」
「でも、とっても楽しそうじゃないですか?」
「そう見えますか? ロー……」
そう呟きながら振り返ったアンナウィザードの右肩に、何かがあった。
不自然なほどに真っ青で、縦に長い、顔。
アンナローグは右側の後ろではなく、左側後方にいた。
「……」
「……」
「……ぁ」
「え、え~と」
「 う ぉ お お あ ぁ ぁ あ あ ぉ お あ あ あ あ 」
突然、不気味な声が耳元に響いた。
「顔」は、ウィザードの肩部分に浮いているだけで、首から下がない。
それが突然、苦悶の表情を浮かべて呻き出したのだ。
「キャアアアァアアァァァァァァアアアッッッッッッッ!!!!」
廊下に、ウィザードとミスティックの鋭い叫び声が轟いた!
「な、なんだぁ?!」
「で、で、で、で、で、で、で、で、で、で、出た出た出た出た遂に出た――――っっっ!!!」
「か、肩に、私の肩に、長くて顔い青白がっ!」
「え、何よそれ、まさか」
「あ、あわわわわ、わわわわ、ここ、まずいよ、本当にまずいよ!
帰ろうよ、ねえ帰ろうよ!!」
「ち、ちょっと……ホントになんか出たの?!」
「い、い、い、今! え、え、映像を送りまs」
「だからー! 送らなくていいからぁ!!」
廊下の奥で、新たな恐怖に打ち震える四人に向かって、何かが滑るように接近して来た。
足下が僅かに輝いているのは、フォトンドライブのためだろうか。
「ろ、ローグ! さっきそこに居――――」
アンナミスティックの声が、途中で詰まる。
廊下を滑って接近して来たものは、そのまま四人の脇を通り過ぎ、廊下の奥へと進んで、消えた。
それは、アンナローグでは、なかった。
「私、何も見ていません」
「あ、わ、わ、私も……見てない、何も見てない!」
「わ、わ、私も…見てない見てない、見てないわっ!!
滑るお爺さんなんか、見てないわ!」
「言うな―――っ!!!」
三人が、同時にツッコミを入れたところで、ようやく向こうから本物のローグが接近してきた。
「皆さん、ひどいです。私一人置いてけぼりにするなんて」
「って、ローグ、あんたさっきの見てないの?」
「えっ? 何かおかしなものでもありましたか?」
「いえ……み、見てないならいいんですけど」
完全に腰が抜けてしまっている四人を順番に立たせると、アンナローグは、呆れたため息を漏らして、今まで座り込んでいた部屋の扉を凝視した。
「ああ、ここの事でしたか」
「何の事?」
「ええ、先ほどお逢いした方からお聞きしたんですが。
以前こちらのおうちにお住まいだったんだそうです。
お孫様が遊びにいらっしゃるのが、とても楽しみだったと申されていて」
にこやか語るローグの言葉に、四人の顔は更に青ざめていく。
「だ、だだだ、誰に、聞いたの?」
「ですから、ここにお住まいの……えーと、仲木さんと申される方で」
「仲木さんって、あっ」
扉の横に貼り付けられている汚れたプラスチックの板には、黒い文字で“仲木”と書かれている。
だが、それは表面の汚れを拭き取ってはじめてわかるもので、先に見て話を合わせたようにはとても思えない。
四人の足が、ガクガク震え始めていた。
「一番奥のお隣は、空き部屋だったそうです。
一応、こちらから調べてみてはとアドバイスをいただいたので……って、皆さん、どうされたんですか?!」
「か、帰りましょう……
もうこうなったら、決定的に帰りましょう!!」
「か、帰ろうよ、ウン」
「も、もうイヤぁ~! お兄ちゃあ~ん! メグ、怖いよぉ~!!!」
「カエラナイデ」
すっかり意気を失った四人は、完全な逃げ腰になってしまっている。
もう、扉を開けるどころの騒ぎではないようだ。
「本当に、皆さんどうなさったんですか?
仕方ありませんね、では皆さんは、お外でお休みください」
「あ、あんたは、どうすんの? ローグ」
「残りは、私が見回って来ますよ」
「な、なんであんたはそんなに平気なんだよぉ?!」
こうなった以上、もはや一番元気者のアンナローグの言いなりになるしかない。
四人は、とてもアンナユニットを身にまとっているとは思えないほどのへっぴり腰で、のたのたとマンションを抜け出した。




