第28話【廃墟】2/4
「じゃあ、出……発……するわよ」
アンナウィザードとミスティックのセンサーによるチェックを終え、五人は、フォトンドライブで軽やかに飛翔し、マンションへの侵入防止の柵を乗り越える。
すべるように手前の棟の入り口まで進むと、軽く呼吸を整え、中を覗いてみた。
マンションは、全六階構造。
それぞれの階層がバルコニー風構造になっており、各部屋の扉が同じ面の壁にずらっと並んでいるタイプだ。
バルコニー風の廊下の一番端に、各階をまたぐ階段がある。
当時からそうだったのか知らないが、マンションの敷地を侵食するかの如く隣接している林の木々が、上階の廊下にもたれかかっており、昼間でもあまり光は当たりそうにない。
階段への入り口付近にはちょっとした空間があり、手前に部屋の扉が一つ、奥にはエレベーターの扉がある。
手前の扉の前に立ち、プレートの掠れた文字を見てみると、どうやら“管理人室”のようだ。
扉には侵入者がスプレーで描いた不気味な模様が施されているものの、特に大きく破壊されたような跡はない。
「管理人室か。
どうする? ブレイザー」
「べ、別に物色するために来た訳じゃないんだから、どんどん先に行くよ」
「なんだー、物色しないのー?」
つまらなそうに呟くミスティックに睨みを利かせ、無理矢理沈黙させると、踊り場へと目を向ける。
上の階層からは、気のせいか、重苦しい不気味な雰囲気が降りてくるようだ。
アンナユニットを身にまとっても、全然安心感を得られないパラディンは、
「もう帰りたい」
という気持ちと必死で闘っていた。
「エレベーターがあるよぉ」
「乗るつもりですか?」
アンナウィザードの、なぜか陰にこもった言葉に、ミスティックは無言で首をブンブン振り回した。
全員の意見一致で、最上階から順々に降りて、それぞれの階を調べていく事にした。
変形可能なXENOだったら、どんな空間にでも忍び込む。
それを考えると、いちいち全ての部屋を見て回らないとならないが。
まずは階段を上り、最上階に向かう。
最初から屋上に飛ぶ手もあったのだが、階下へ繋がる扉が塞がれていたり、床面がもろくなっている可能性を考慮し、取りやめる。
結局、階段そのもののチェックもしなければならないという事で、わざわざ徒歩で上って行く事になった。
だが、最上階の廊下の端っこまで進もうとして、早速五人の足が止まる。
「な、ななな、なんか……すっげぇ嫌な雰囲気漂ってない?」
「え、え~と。
なんと言いましょうか、空気が滞留しているというか。すごく不気味な」
「こ、こんな所を進んで、しかもいちいち扉を開くの?!
やってらんない。冗談じゃないわ」
赤と青とオレンジの中の人が、それぞれの感想を漏らす。
「ね、ねえ、明かり点ける?」
アンナミスティックが、弱々しい声で提案する。
「明かり?」
「うん。ホラ、私達って暗視機能使ってるでしょ?
それでも充分だけど、明かりがあると何かと雰囲気も変わるかなーって」
「そ、そう、そう! そうよね。
きっとそうよ、うん。ミスティック、あなたいい事言うわね!」
すごくわざとらしく、大げさな口調でアンナパラディンが絶賛する。
「うーん、パラディンも怖がっているから、早速使うね」
“Completeion of pilot's glottal certification.
I confirmed that it is not XENO.
Science Magic construction is ready.MAGIC-POD status is normal.
Execute science magic number C-018 "fairy-light" from UNIT-LIBRARY.”
「フェアリーライトっ!」
科学魔法を使用し、右手の平の中に、ソフトボール大の光球を発生させる。
大きさは大した事ないが、その光量はかなりのもので、あっという間に廊下の隅々まで明かりが行き届く。
だがその瞬間、術を使用した当のミスティックの顔が、強張った。
「ど、どーしたの?! ミスティッ……」
「あ、あわわわわ、わわわわわわ」
「ど、どうした?!」
「ろ、ろ、ろ、廊下の向こうに、人が立ってる!」
「何っ?!」
慌てて、ブレイザーとウィザードが振り返る。
約一名、手で顔を隠して反対を向いているようだが、誰も気にしていない。
廊下の向こうでは、こちら側に開いた扉が一つだけある。
その陰に隠れるかのように、確かに誰かが佇んでいる。
そしてその人影は、さっと扉の中に入り込んだ。
四人の額に、冷や汗が流れる。
アンナユニットを実装している癖に。
「い、いいい、行くぞっ!」
「は、はい、わかりました! マジカル・ショッ」
「わーっ、姉さん、科学魔法はまだ早いってば!」
印を結ぼうとするアンナウィザードの手を、慌てて押さえる。
なぜか抜き足差し足状態で進む四人の先で、古い鉄製の扉が、キィ……と鈍い音を立てた。
「皆さーん、早くいらしてくださーい。
待ちくたびれちゃいましたよー」
扉の向こうから飛び出した影は、こちらが反応するよりも早く、呆れた声で呼びかけてきた。
「びえっ?! ろ、ローグ?!」
「そーですよぉ。
皆さんがあんまりゆっくりしているから、先に廊下の奥を調べていたんです」
ちょっとだけ困った顔で、ローグが皆を見つめている。
張り詰めた緊張感が一気に解けたため、四人は、思わずその場にヘナヘナと崩れ落ちた。
「お、お、脅かすなーっ!」
「え? べ、別に脅かしてなんか」
「ねーローグ、さっきから全然怖がっていないけれど、ひょっとしてこういうの平気な人?」
「私、こういう所に来た事ありませんから、とても新鮮な気持ちです。
それに、こんなに大勢いらっしゃるんですから、別に怖いなんて思いませんよ♪」
「そ、そう……なの。強いわね、あなたは。
は、はははは」
まだ気力が戻らないのか、フォトンドライブの磁場の上でぺったん座りをしたまま、四人は気の抜けた返事をする。
「それより、ここ見てください」
「どうしたの?」
「はい、一番奥の部屋には何もなかったんですけど、ここに変わったものが」
「変わったもの?」
開いた扉の向こうを指差しているアンナローグの脇に立ち、部屋の奥を覗き込んでいる。
先ほど光源が設定されたため、暗視機能がオフになったままだ。
アンナブレイザーの視界には、ただ暗い闇が広がっている。
「これがどうしたの?」
「下、ブレイザー、足元ですよ」
「?」
言われて足元を見る。
そこには、一組の子供用の靴があった。
何かのキャラクターの絵が書かれた古い子供用ズックで、それがきちんと揃えられて、玄関に並べられている。
まるで、誰かが部屋の中に戻って来ているようだ。
「なんだこりゃ?」
「忍○ハット○くんですね。
だとすると、放映時期から計算して、ここは昭和56年頃からずっとこのままなんでしょうか」
肩越しに顔を覗かせたアンナウィザードが、ぼそぼそとした口調で分析する。
「あんた、なんでこれだけでそこまでわかるんよ?! 生まれる前だろうが」
「藤子A作品ですから、基本中の基本なんですよ」
「なんだよ基本って?!」
ブレイザーとウィザードの間抜けなやりとりを尻目に、ローグやミスティック、パラディンも覗き込む。
フェアリーライトに照らされた室内は、何もない空間と思いきや、数多くの家具がそのまま残されていた。
ところどころ散らかってはいるものの、荷物の梱包などが行われた様子はない。
まるで、ついこの前まで誰かがここに住んでいたかのような印象すらある。
その生活臭の残り具合が、逆に不気味さをかもし出している。
「皆さん、引越しされた訳じゃないのねん」
「そ、そうみたいね。でも、何の気配も」
「あっ!」
突然、横で奇声が上がり、四人の身体が硬直する。
見ると、いつのまにかローグが先に上がりこんでおり、奥の居間らしき所を覗き込んでいた。
「こ、今度は何だ?!」
「いえ、何でもありません」
「なんでもないなら、変な声出すなって」
「ごめんなさい。
テレビが点きっ放しになっていたので、今スイッチを切ったんです」
一瞬、空気が凍りつく。
「……なん、だって?」
「ですから、テレビのスイッチが」
「そ、そんなわけないでしょ――――っ!!!」
「何映ってたんだよ、テレビに――っ?!」
「後で私の映像データを送信しまs」
「いい! いい! 即座に消してぇ!」
先を争うように部屋を飛び出し、四人は、階段の位置まで逃げ出した。




