第26話【引越】4/4
着地した途端、アパートの入り口の辺りで、奇声が上がった。
「ひぇっ?!」
「え、誰?」
このアパートの住人だろうか。
四十代後半くらいのサラリーマン風の男が、大口を開けて驚いている。
どうやら、今のトンデモ運搬を目の当たりにしてしまったようだ。
「あ、あれ? なんで?
さっきまで誰もいなかったのに……」
「やべぇ、見られた!」
「見られた以上は仕方ねぇな、消すか」
「ちょ! 待ってくださいよブレイザー!」
「冗談だよ冗談!
ありゃあ、隣に住んでる高梨さんだ。ばわー!」
高梨と呼ばれた男は、酔っ払っているのか、赤い顔を手でごしごし擦ると、目の前の光景を再度見直した。
「あ~、ありさちゃん?
どうしたの、こんな夜中に」ヒック
「いやあ、実は急に引越しすることになっちゃいまして~」
「えぇ、そうなの? 夜逃げ?」ヒック
「んなわけないじゃないっすか~! 埋めてやりましょうか?」
「ははは、メンゴメンゴ。
でも引越しかぁ、寂しくなるなぁ~……って何なのそのカッコ? 風俗?」
「何言ってんですかもお~!
頭ふっ飛ばしますよ!」
「あはは! でもさ、なんか向こうにも、コスプレキャバ嬢みたいの娘がいっぱい居るしさぁ」ヒック
「キャバ嬢?!」
高梨の心無い発言に、凱はあんぐり口を開け、思わず妹達を見た。
「そ、それって、私も含めて?!」
タンスを抱えたまま、アンナパラディンが硬直する。
「ええ~……普通の高校生なのにぃ」
「そ、そんな風に見えているのですか?! 私達って……」
「い、いや舞衣、そんな事はないぞぉ」
(つか、派手なのは認めるけど、どう見てもキャバ嬢っぽくはねぇだろ! 何言ってんだあのオヤジ?!)
ショックを受ける妹達に、兄は必死でフォローする。
その傍ら、一人だけ意味がわかっていない新人は、小首を傾げていた。
(キャバ嬢って何でしょう? ――あ、AIさんご回答ありがとうございます)
アンナブレイザーは、酔っ払いセクハラ発言親父をなんとか言いくるめ、自室へ帰っていくのを見守った。
「気にしないでね! あのセクハラ親父、普段からあんなんだから」
「どうしようもないヤツだな……」
「ごめんね凱さん、アイツ、いつか山に埋めてくるわ」
「それはいいけど、このままじゃ目立つし、ご近所にも迷惑だから、早く済ませましょう」
「いいの? 埋めちゃっていいの?!」
アンナローグは、この世のモラルの在り方に疑念を抱いた。
23時を回った頃。
ようやく、トラックに荷物を載せ終えた。
結局、家具の運搬はパラディンとローグ、ミスティックと凱が行い、残る二人は殆ど役立たずだった。
「二人も居れば充分だったね、アンナユニット」
「一番働いてない、あんたがそれ言うの」
「まーまー、今度ラーメンおごるから、許してよw」
「それ、絶対皮肉で言ってるでしょ!」
「そんなに怒るなってば。
だってさー、埋め合わせったら何かおごるってのがセオリーじゃない?」
「そ、そうかもしれないけど、あんた、カロリー高いものばっか好きだから……その」
ブレイザーとパラディンのコントめいた会話を眺めていたアンナローグは、パラディンの態度に、ちょっとだけ“カワイイ♪”と感じた。
「よっしゃ、みんな実装解除して、それぞれ車に乗ってくれ。撤収だ」
「「「「 はーい! 」」」」
少女達の元気な声が返ってくる。
凱は、「もうちょっと声を抑えてくれないかなあ?」と思った。
実装を解除した五人は、それぞれナイトシェイドとトラックに分乗して、SVアークプレイスに帰還した。
トラックからの積み下ろしと運搬は明日本格的に行うことにして、今夜は駐車場に置いておくことになった。
車を降りた愛美は、ふと疑問を覚えた。
「さっきの引越しの時、アパートの傍を結構人が通ってたみたいですけど、良かったんでしょうか?」
愛美の言う通り、作業中、アパートの前の道路を結構な人が行き来しており、車やバイクも通過した。
明らかに、アパートの敷地内を見て行った人もいた筈だ。
「あ、それあたしも気になってたんだ。大丈夫なの?」
「今更それ言う?」
呆れ顔で反応する凱に補足するように、ようやく私服に戻れて余裕が出たのか、舞衣が得意げに話し出した。
「その点なら、ご心配なく」
「何か対策をされたのですか?」
「はい、科学魔法です」
「えっ?」
アンナウィザードの科学魔法の中に、「ハルシネーション」というものがある。
これは、任意の場所に光学スクリーンを展開し、そこにアンナウィザードのAIが作成した擬似映像を投射することで、実際にはない光景を他者に見えることが出来る。
アンナウィザードは、現場に到着する寸前にこれを始動し、アパートの周囲から敷地内を覗いても、自分達の姿が見えないように細工していたのだ。
「えへへ、少しはお役に立てましたでしょうか?」
ぺろっと舌を出しておどける舞衣に、愛美は感動し、ありさ達は感嘆の声を漏らした。
「素晴らしいです! さすがはアンナウィザード!」
「すっげぇ! そんなことしてたんだ!」
「舞衣が事前に考案してたんだよ。舞衣、良くやった。えらいぞ」
「お兄様……♪」
凱に頭を撫でられた舞衣は、またも顔を紅潮させて、思わず彼の胸に顔を埋めた。
胸板に頬ずりしながら、うっとりした表情を浮かべて陶酔する。
二人の背景には、でっかなハートマークがぷかぷか浮かんでいた。
「もぉ、お姉ちゃん! わきまえなさいっ」
恵が頬をパンパンに膨らませて怒る。
その後ろでは、ようやく肩の荷が下りたといった表情で、未来が呆然と佇んでいた。
「じゃあ、私はこれで……」
手を軽く上げて帰宅しようとする未来を、誰かが呼び止める。
「何言ってんの未来! あんたも行くの!」
「……へ?」
力なく振り返る未来に、いまだに元気が衰える兆しのないありさが、ニヤリと微笑んでいた。
「打ち上げだよ、打ち上げ!
ラーメン行くぞラーメン!」
「えええっ?! さっきの話、冗談じゃなかったの?!」
「ひえええ! 本当に行く気なんですかぁ?!」
「わぁーい♪ ラーメンやったぁ!」
「ラーメンは久しぶりなので、とても楽しみです♪」
のけぞる未来と愛美をよそに、相模姉妹とありさは妙な盛り上がりを見せ、凱は呆けている。
「明日も手伝ってもらうんだから、今のうちに力つけておいてもらわないとねっ!」
「明日もこき使う気満々やんか……」
変な盛り上がりを見せ始めた面々をよそに、凱は、頭を抱えた。
『マスター、最寄のオススメのラーメン店十選のデータをまとめましたので、転送します』
「ちょっと待て、誰もそんなの頼んでないぞ?!」
突然のナイトシェイドの報告に、凱は慌てて返答した。
だが――
『いえ、先程帰り道の最中に、舞衣様から指示を頂きまして』
「マイ――っ?!」
夜のSVアークプレイスの駐車場。
凱の、気の抜けた驚きの声が響き渡る。
結局、未来と愛美は「団体行動」という謎の束縛に巻き込まれ、ナイトシェイドに揺られて高カロリーの夜食に付き合わされる羽目となった。




