第26話【引越】3/4
凱がありさの部屋の鍵を開ける。
まだ慣れないアンナブレイザーの力では、鍵をねじ切る危険もあるからだ。
「お邪魔しまー……うっわ」
ドアを開けた凱の目に飛び込んできたのは、とても女の子の部屋とは思えないほどに散らかりまくった、無残な“一人暮らし”の光景だった。
「ブレイザー! せっかくあんなに掃除したのに、もうこんなに?!」
プシュー、と湯気を吹きながら、アンナローグが“あの時の”表情になる。
さすがにヤバイと思ったのか、アンナブレイザーは頭を掻きながら陳謝した。
「ご、ごめ~ん……つい。アハハハ……」
「どうしよっか、まずお掃除からするぅ?」
腰に手を当ててちょっと困った顔をするアンナミスティックに、アンナパラディンが応える。
「待ってミスティック。
ひとまずゴミ袋は脇に避けて、動線を作りましょう」
「うん、わかったー」
「ウィザードは、部屋の中で小物をまとめてちょうだい。
そうすれば……見られないでしょ?」
「は、はい! わかりました!」
アンナパラディンの提案に、思わず笑顔で元気に応えてしまったウィザードは、ミスティックに口を押さえられた。
アンナセイヴァーの五人は、全員「フォトンドライブ」という反重力浮遊装置により、ごく僅かながら浮かんでいる状態にある。
これの影響で、それぞれ2~3トンもある重量は実質ゼロになり、床を踏み抜くことはない。
アンナブレイザーの指示を受け、アンナローグはテーブルやテレビなどの家具を運び出す。
それを、部屋の外で待っているミスティックが受け、階下で待機する凱とパラディンに渡す。
二人は、それを次々にトラックに乗せていくという、所謂バケツリレー方式だ。
アンナウィザードは、食器棚や本棚、ワードローブから内容物を取り出し、それを丁寧に梱包し、ダンボールに詰めていく。
その様子を見て、アンナブレイザーは口笛を吹いた。
「何かありましたか?」
「いやぁ、なんか、凄く似合ってるなあと思って」
「似合ってる、ですか?」
「なんつーのかな、そのお皿片付けてる仕草が綺麗っちゅうか、色っぽいっちゅうか。
いいとこの若奥様って雰囲気出ててさー」
「わ、若奥様!」
ボンっ! と音がして、ウィザードの顔が瞬時に赤熱化した。
「舞衣って、いい奥さんになれそうだよねー」
「そ、そそそ、そんな!
あ、ありがとう……ございます……」
真紅に染まったアンナウィザードの手が、完全に止まってしまう。
本棚に押し込まれていた漫画本をまとめながら、アンナブレイザーはそんな彼女をニヤニヤしながら眺めていた。
「あれ? この本、3巻が抜けてる」
「どうされたのですか?」
「いんやぁ、この本、てっきり全巻揃えてたつもりだったんだけど、買い忘れてたのかなあって」
「これ、“二人はブルジョワ”の単行本じゃないですか!
ブレイザー、お好きなんですか? “ブルジョワ”シリーズ」
アンナウィザードが、突然、目をキラキラさせながら飛びついて来た。
「おっ、もしかしてあんたも?」
「はい、私はテレビから入って、後から原作を知ったのですが」
「そうなんだ! これ面白いよねー。
あたしはね、これと、続編の“二人はブルジョワ・ナックルパート”と、“スプラッタ・ホラー”が好きでさー」
「ああ、判ります!
あんまり人気ないって言われてますけど、面白いですよねスプラッタ・ホラー!」
「そうそう! あたしさ、主人公達が別なタイプのブルジョワになるのがツボでさー!」
「同感です!
あと私は、その後の“Yes!ブルジョワ皆無”も好きでして」
「ブルジョワ皆無! いいよねアレ!
5人編成ってのが、親近感湧くしね。
続編の“Yes!ブルジョワ皆無同様”のせいで、忘れられがちになってるけどさ」
「そうですよね! そうですよね!
後のブルジョワ大集合シリーズでも、もっとこう、しっかり触れて欲しいんですが――」
「お姉ちゃん達、何やってるのー?」
弾む会話は、突然のアンナミスティックの乱入で遮られた。
アンナブレイザーとアンナウィザードが、新しい本やDVD、ブルーレイを見つけ出す度に、趣味の話で盛り上がるため、遅々として進まない梱包も、痺れを切らしたアンナローグとアンナミスティックの補助で、何とか終わりが見えてきた。
本や衣類、食器や雑貨はあらかたダンボールに詰め込まれ、一旦アパートの庭に置かれた。
ごみ出しも終了し、掃除機がけは明日以降に持ち越しとし、いよいよ大型家具運搬の段取りとなった。
時刻は既に22時を過ぎており、ローグ、ウィザード、ミスティックはあくびが出始めている。
それを見た凱は、「アンナユニット実装してても、あくびで涙出るんだ……」と、衝撃の事実に驚愕していた。
「ねーねー、結構頑張ったし、そろそろ一旦休憩しなーい?」
アンナブレイザーが、あくび混じりで提案してきた。
「何言ってるのよ、ただでさえこんなに遅くなってるのに」
「そうですよ、アンナユニット実装してても、してなくても、大して変わりなかった感じですよ?」
異論を唱えるアンナパラディンとアンナローグに、ブレイザーは笑顔が硬直する。
「あ、あはは……でもさ、お腹空いてこない? こんな時間になると」
「え、ええまあ、言われてみれば確かに」
「何言ってるのよ! 午後8時以降に食事なんて、考えられないわ」
「はいはい、なかなか成功しない努力家のダイエットオタクは、ちょっと黙っててね~」
「ぬぐっ」
自分の身体と、スマートなブレイザーの体格を見比べて、アンナパラディンは歯軋りして悔しがる。
それを見つめていたアンナローグは、不思議そうにウィザードに尋ねた。
「あの、未来さんて、最近その、キャラクターが変わって来ていませんか?」
「実は、私もそう思い始めていたんです」
「ありさちゃんが仲間になってから、ちょっと吹っ切れた感じになったよね」
「個人的には、昔の未来にちょっと戻った感じかなあ」
いつの間にか横に並んだアンナミスティックと凱が、コメントを差し挟む。
四人は、腕を組んで揃ってウンウンと頷いた。
「つーわけで、ラーメン食いに行こうよみんな!
この近くに、美味しいラーメン屋さんが」
話の脈絡をぶった切り、アンナブレイザーがとんでもない提案をする。
「ヒィッ! ら、ラーメン怖いですぅ!!」
「えっ?! ラーメンですか?」
「わぁーい! 行きたい行きた~い☆」
怯えるローグに、意外と食い付いてくるウィザードとミスティック。
そして、それを見て頭を抱える育ての兄。
「あ、あのさ、ちょっと」
「そんなに遠くないとこだからさ、このまま行っちゃう?」
「え? こ、この格好のままでですか?!」
「そ、それはちょっと……恥ずかしいです……」
「私は全然いいけどぉ、アンナユニットって、そのままご飯食べられるの?」
「あ、そうか! あたしら重機に乗ってるようなもんだったっけ。
あんまり軽いから、すっかり忘れてたよ」
オレンジ色の約一名を除き、四人のカラフルメイド達は、なんだかんだで話に花を咲かせ始める。
だがその中に入らないアンナパラディンは、黙々と大物家具の運び出しに精を出していた。
「あ、未来! 俺も手伝うよ!」
「お構いなく、凱さん。
全然重くありませんから」
「あ、そか。そうだよね……」
普通なら、大の男が二人がかりでようやく運べそうな木製の洋服ダンスを、軽々と持ち運ぶ。
しかし足元が見えないので、階段はホバー移動で飛び降りた。
着地した途端、アパートの入り口の辺りで、奇声が上がった。




