●第26話【引越】1/4
今回はギャグ編です。
美神戦隊アンナセイヴァー
第26話 【引越】
向ヶ丘未来は、私立神明第三高等学校に通う三年生。
もうすぐ初夏を迎える頃、通常の学生であれば、模擬試験や進学の準備で忙しくなり、中には学校外活動に注力し登校しないこともある。
高名な進学校であるこの神明第三高校でも、この季節は例外なく、高三の生徒達は慌しい日々を送ることになる。
しかし未来は、そんな中、意外にものんびりした生活を営んでいた。
「ねえ未来、あんた、試験の準備とかいいの?」
「もしかして、もう余裕ブッチだから、準備要らないとか言う?」
同級生が、心配なのか冷やかしなのかよくわからない質問を、何度も投げかけてくる。
だがその度、未来はこう答えていた。
「私、進学はしないのよ。
就職先決まっているから」
その返答に、ある者は納得して羨ましがり、ある者は妬みの言葉を吐き、またある者は何処の企業かを問いかける。
だが未来は、そんな者達に、いつも笑顔でこう返していた。
「そうね、卒業したら教えてあげるわ。
その時まで、私に興味があったなら、ね」
XENOとの戦闘後は、非常に多くの資料が発生し、またそれの分析に多大な時間を要する事になる。
実働班「アンナセイヴァー」のリーダーである未来には、戦闘終了後にやらなければならない仕事がある。
アンナユニットは、戦闘時にそれぞれの機体が映像記録を残す。
そして、それが全てアンナパラディンに自動転送されるのだ。
リーダー機であるANX-04Pは、膨大なデータを蓄積管理するための大容量サーバ機能を持ち、更に現場からの情報送信を一括で管理する統合通信システムを司っている。
これは他の機体にはない性能であり、未来にしか扱い切れないだろう事を配慮した上で組み込まれたものだ。
戦闘だけでなく、データと通信システムを管理する性質上、他のユニットの数倍の防御性能を付加されているくらいだ。
そして、それを実際に操縦する未来は、自ら蓄積された膨大な戦闘データの分析を駆って出ている。
無論、完全に全てのデータをチェックすることは不可能で、他スタッフやAIの協力も必要だが、出来る限り自分自身で情報を把握したいという欲求が先立っている。
その為、未来は自身の持てる時間の殆どを、“SAVE.”の活動に費やしていた。
試験勉強や受験対策などよりも、重要であると判断した上で――
東京都あきるの市・秋川渓谷。
先日、ここで発生したXENO三体との戦闘は、それまで“SAVE.”が全く想定していない戦闘となり、重要なデータが沢山徴収出来た。
XENOは、人間態から他生物態へと変態する。
上同・戦闘中に身体構成を変更し、分裂や巨大化を行うことが出来る。
分裂した者は、核がなくても単独で活動が可能となる。
罠を仕掛けたり、逃亡行為を行うなど、高い知能を備えている可能性が高い。
他にも。巣である雑居ビルへの進入者を捕獲し、保存食として備蓄していたジャイアントスパイダーという例もあった。
更に、明らかに言語を操る個体も居た。
――XENOという生命体が、“SAVE.”の認識を遥かに超えた“進化”を遂げていることは、明白だ。
XENOがこれ以上の急速進化を果たした場合、戦局はどのように変貌していくのか、全く予測が付かない。
現在の、未来の最大の心配事はそれだった。
だが同時に、未来はこうも思っていた。
(あの娘達に、余計な不安を与えたくない。
士気にも影響するかもしれない……大きな問題と課題は、私の中だけに納めておかなければ)
XENOは、自分の両親の命を奪った「仇」であり、人類を救う為にどうしても排除しなければならない存在。
だが、その為に人生の全てを犠牲にするのは、自分が最後でいい。
千葉愛美。
石川ありさ。
未来の願いに反して、“SAVE.”は、新たなメンバーを二人加えてしまった。
彼女達が加わったおかげで、アンナセイヴァーは劇的な発展を遂げ、想定以上のパワーアップを遂げた。
それはいいのだが……
一度は“SAVE.”を拒絶した筈の愛美は、ありさと出会い、また彼女を救うことで、逆にアンナセイヴァーとして闘う理由を見つけたようだ。
そしてありさは、自分との絆を再び繋いだことで、自ら戦局へ飛び込んできた。
本当は、嬉しかった。
同じ目標に向かって進む仲間が増えた事は素直に心強く、何より精神的負担の軽減にも繋がる。
だがそれは同時に、二人の少女の人生を犠牲にする事を意味し、その上で得られる「安堵」なのだ。
(そんなことで、本当にいいのかしら?)
愛美の顔を初めて見た瞬間、その想いが、自らの意思に反して顔と態度に出てしまった。
ありさが地下迷宮に居るのを見て、本当は、抱きしめて感謝の気持ちを伝えたかった。
だが、出来なかった。
してはいけない、としか思えなかった。
恐らく自分は、愛美には厳しく冷たい態度の人間と映り、ありさには頑固者と感じられたことだろう。
だけど――
「……疲れた」
自室に篭り、端末と向かい合いながら、色々なことを考えていた未来は、そう呟くと背後のベッドにどっかと横になった。
ここは、SVアークプレイス。
“SAVE.”が所有し、関係者が居住する大型マンションの体を装った宿舎施設。
このマンションに住む住人は、全て何かしらの形で“SAVE.”に関わりを持つ者達であり、最近では千葉愛美もここへ正式に越して来た。
アンナセイヴァーは、謎のアップデートプログラムの影響により、様々な変化を起こした。
外観の変貌に加え、機体性能のありえないレベルでのパワーアップ。
それに加え、「実装」の手段も。
千葉愛美だけは単独でアンナローグに実装出来るが、アップデートにより、相模舞衣・恵の姉妹と未来・ありさの各ペアは、二人揃わないと実装が行えない仕様となった。
舞衣と恵は姉妹なので自宅に居ても問題はないが、残りのメンバーは、有事の際にすぐ出動できるよう、出来るだけ近しい位置に居なければならなくなる。
と、いうことは――
ゴンゴン
遠く離れている自室でも聞こえるほどの、ごついノック音。
未来は、反射的に青筋を立ててベッドから飛び起きる。
インターホンで呼びかけても答えがないことから、誰が来たのかおおよその予想は付いていた。
「よっす!」
開けたドアの向こうでは、屈託のない笑顔を浮かべてピースをしている、ショートカットの少女が立っていた。
「間に合ってますので」
そう呟いてドアを閉めようとすると、少女は慌てて食い下がってきた。
「ちょちょちょ! ちょっと待ってよ、未来~!」
「ごめんね、私、凄く眠いから」
「もう11時じゃないかぁ~! なんだよ、冷たいなぁ」
「あら、新しく入られた方かしら?
よろしくお願いしますね」
「なんでいきなり他人行儀になるんだぁ!
もう人生の半分以上の付き合いだろ?」
「……何の用よ」
思いっ切り不機嫌そうに、かつ特盛の無愛想で応える。
しかし、相手の心情など全く詠む気がない少女は、鼻の下を指でこすりながら、またも満面の笑顔を向けて来た。
「手伝って! 引越し!」
「イヤ」
「0.5秒で即答?!」
「なんで私が、あなたの引越しの手伝いをしなきゃならないのよ?」
「いやーそのさー、ここって、“SAVE.”の関係者しか入れないだろ?
だからさー、引越し業者にも頼めないしー」
「管理人に一括引取りでもしてもらえば大丈夫よ。
って、なんでそれと、私が引越しを手伝うことが繋がるのよ?」
心底嫌そうに返す未来に、少女は、少し困った表情を浮かべる。
「いやさ、だって、ホラ――」
「おはようございます! 未来さん!」
突然、少女の背後から、ピンク色の髪とメイド服をまとったもう一人の少女……否、アンナユニットが姿を現した。
「?!」
さすがの未来も、壮絶にずっこけた。
「な、ま、ま、愛美?!」
「あ、実装中ですので、アンナローグでお願いしまーす!」
「つーわけだ!」
笑顔の少女・ありさは、何故かアンナローグを肩を組んで、楽しそうに笑いかける。
「何が“つーわけだ”なのよ?!
それに、まn……ローグ! どうしたの?! またXENOが出現したの?」
ようやく事態を察した……つもりになった未来は、慌てて着替えに戻ろうとする。
「いえ、違うんです!
普段から実装しておいて、少しでもアンナユニットに慣れておきたいと思いまして。
自主訓練のようなものです。
勇次さんの許可も取っております」
「な、なるほど……それならいいけど」
「愛美に頼んだらさ、二つ返事でOKしてくれたんだぜぇ~」
「ん? な、何の話なの?」
廊下に戻ろうとして足を止めた未来は、自分でも間抜けと思えるようなポーズで振り返る。
いつの間にか玄関まで入り込んでいたありさとアンナローグは、揃って同じ動きで、小首を傾げた。
「だからー引越しの話ー」
「そうですー。これから、ありささんのアパートから荷物を運ぶんです」
「ち、ちょっと待ちなさい。
あなた達、私に、いったい何を手伝わせるつもりなの?」
頭の上に大きな疑問符を浮かべている未来に、ありさは、アンナローグの肩を叩きながら応える。
コン! と、鋼鉄の板を叩くような軽い音が響いた。
「つまりさ、いっちょ、あんたとあたしでクロスチャージングしてさぁ」
「いきなり何を言い出すのよ! 正気なの?!」
くわっ! と般若のような表情で食ってかかる未来に対し、アンナローグは怯え、ありさは愉快そうにケラケラ笑い出した。
「あ~よかった、ようやくあんたらしくなってきたね」
「え? 未来さん……らしく?」
「今のは聞かなかったことにして、ローグ」
秋川渓谷でのXENO討伐に次ぐ、アンナセイヴァーの仕事。
それは、中目黒のアパートから恵比寿にあるSVアークプレイスまで、ありさの荷物を運ぶこと。
未来は、本当にそれでいいのか、と自問自答した。




