第24話【炎雷】3/3
アンナパラディンの横に並ぶと、ANX-05B“アンナブレイザー”は、ドヤ顔で相棒を見つめた。
「へぇ、なんだ。
思ってたより、全然あっさりじゃん」
「油断しないで、ブレイザー。
“核”を見つけて破壊しない限り、XENOは死なないわ」
「えぇ~、頭狙っても意味ねぇってかよ!
最初に言ってくれって、そういうの」
「そんな暇、なかったじゃない」
「あんたが要領悪いだけだろ?」
「じゃあ明日、講習会を開いてあげるわ。
ノート持参で参加しなさい」
「へっ、あたしは実践で覚えるから、いらねーよ!」
ドン! と凄まじい音を立て、アンナブレイザーは右拳を左手に叩きつける。
まるでそれを合図にしたかのように、頭を失ったワーベアは起き上がった。
立ち上がったのとほぼ同時に、胴体の中から黒い塊がせり上がり、あっという間に頭部を復元してしまった。
「うわぁ、なんだコイツ、グロいなあ」
素直な感想が述べられる。
ワーベアは、まだ視点の定まらない眼をぎらつかせながら、尚も猛烈な勢いでダッシュしてきた。
それを寸前でかわした二人は、ホバーで後方に移動し、更に距離を取る。
アンナパラディンは、腰から伸びている三本のリボンの一つを手に取り、外した。
「ホイール・ブレードっ!」
掛け声と共に、リボンが光を放ち変形する。
黒鉄色の柄と、刃渡り150センチはあろうかという二枚の刀身。
そして、それを繋ぐ位置にある、直径10センチ程の特徴的なホイール。
その中心部が赤く発光するのと同時に、ホイールが高速回転を始めた。
二枚の刃が微振動を起こし、ぼんやりと光を放ち始める。
それを頭上で大きく振り回すと、アンナパラディンは、姿勢をやや落とし、ワーベアへと突き進んだ。
大剣が振り下ろされる!
「とぉっ!」
アンナパラディンの剣は、ワーベアの巨大な左手に、あっさり受け止められた。
しかし、その途端刃の振動が、爪ごと手を粉々に破砕する。
刃は、そのまま前腕、上腕を切り裂いていった。
ホイールブレードは、ワーベアの左腕を付け根まで一瞬で粉砕する。
そのまま剣を再度振り上げると、アンナパラディンは再度、左肩から袈裟懸けに斬りつける。
「たっ!」
唸りを上げるホイールの振動により、刃に触れた肉体の部分が、連爆を起こすように爆ぜていった。
「おおっ、すげぇ!」
後ろで、アンナブレイザーが感想を漏らす。
だが、大剣の動きは途中で不自然に止まった。
「!」
呻き声を上げながらも、姿勢を戻すワーベア。
なんと、剣が斬り進んでいく端から治癒が進み、肩の傷を塞いでしまったのだ。
更には左腕まで復元し、アンナパラディンは、武器をワーベアの身体に押さえ込まれた形となった。
「未来!」
状況に気付いたアンナブレイザーが、援護に入る。
その時、構えた右手の方から、何かがカチリと嵌る音が聞こえた。
アンナブレイザーの右拳から、真っ赤な炎が噴き上がる。
「でやぁっ!」
気合と共に、真っ直ぐ撃ち込まれるパンチは、まるで火球の如き迫力だ。
しかし、ワーベアは反応することなく、その攻撃を背中で受け止める。
拳は僅かにめり込みはしたものの、周囲の剛毛を焦がすだけで、大したダメージは与えていないようだ。
次の瞬間、横殴りに飛んできた右手と爪が、アンナブレイザーに炸裂した。
「ぐあっ?!」
金属の塊に高速で鉄球をぶつけたような音が響き、アンナブレイザーが吹っ飛ばされる。
「ありさ?!」
思わず声を上げるアンナパラディンにも、同じく右の爪が襲い掛かった。
だが――
「プリズマティック・イージス!」
叫びと共に、アンナパラディンの左前腕のガントレットが光り輝く。
と同時に、七色の光を放つ円形の「盾」が現れ、ワーベアの爪を弾き返した。
怯んだ隙に、アンナパラディンはホイールブレードのグリップを握り直す。
すると、剣は再びリボンに戻り、ワーベアの胴からするりと引き抜かれた。
「風よ!」
アンナパラディンが、気合の声を放つ。
すると、猛烈な突風が彼女の背後から吹き始め、ワーベアの巨体を軽々と吹き飛ばしてしまった。
「無事? ブレイザー」
『ああ、なんとかな!』
通信に即答が返り、ふっと頬が緩む。
しばらく後、前方の森の中から、一本の火柱が立ち上った。
「うりゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」
激しい叫び声が響き、続けて重い打撃の連打音が聞こえてくる。
暗闇の向こうから、再びワーベアが吹っ飛んできた。
体中の至る所に火が点いており、それが徐々に燃え広がる。
よろよろと立ち上がった巨体に向かって、彼方から、ジェット機のような音と共に、赤色の塊が飛んで来た。
「でやあっ!」
炎の軌跡を描きながら、キックやパンチの連撃が襲い掛かる。
滞空したままで、四回の打撃!
締めの回転蹴りで、ワーベアの巨体はきりもみ状態で宙に舞い上がった。
「なんだコイツ、やっぱりみかけ倒しじゃねぇか」
「最後まで油断しちゃだめよ。
このまま一気に畳み掛けるわ」
「オッケー了解!
んでさ、必殺技って、どうやって出すん?」
飄々とした態度で尋ねるアンナブレイザーに、アンナパラディンは目を丸くした。
「今日初めて起動したばかりのユニットのことなんか、いくらなんでもわからないわよ」
「んだよ、だっせーな!
そーいうのは、あらかじめ調べといて教えてくんないとさー」
「だったら、あなたのユニットのAIに尋ね――」
そこまで言った時、メキメキという激しい音と共に、ワーベアが再び立ち上がった。
しかし、なんだか様子が変だ。
なにやら、しきりに身体を震わせている。
やがて、その震えは明らかに異常なレベルに達し、遂には身体のあちらこちらがぼこぼこと、不気味に膨らみ始めた。
「な、なんだコイツ?!」
「凱さん! 危険です、離脱してください!」
「お、おう!」
アンナパラディンの呼びかけに応じ、今まで静かに状況を観察していた凱は、急いでコクピットに戻った。
浮上するナイトウィングの真下では、全身が奇妙に膨れ上がり、先ほどまでの二、三倍程に膨張したワーベアの姿があった。
その形状は、既に原型を留めてはいない。
まるで、真っ黒な風船を無理やり押し固めたような、不定形な物体になっている。
ぼこぼこ、ごぼごぼという耳障りな音が、益々大きくなっていく。
「どど、どうすりゃいいんだ?!
なんか、めっちゃ気持ち悪いんだけど?!」
「迂闊な攻撃は禁物ね。
――蛭田博士、聞こえますか? 何か分析できそうですか?」
アンナパラディンは、即座に地下迷宮に通信を繋ぐ。
待ってましたとばかりに、間髪入れずに勇次の声が返ってきた。
『もしかしたら、XENOの体細胞がまだ固定化していないのかもしれん。
だとしたら、用心しろ!
そのXENOは、お前達の攻撃に備えて、更に変態する可能性がある!』
「なんですって……」
「おおいぃ! どんどんでかくなってるじゃん!」
アンナブレイザーの言葉通り、ワーベアはどんどん膨張を続け、遂には十メートルほどの高さにまで大きくなった。
それと同時に、不気味な膨らみは収縮を始め、形状が先程の体格に近づいてくる。
呆然と見つめる二人の眼前で、ワーベアは、完全に元の体型を取り戻した。
――先程までの、三倍以上の高さだが。
ゴオオオオォォォォォ!!
大気を劈くような、激しい怒号。
巨大化したワーベアは、両腕を振り上げて威嚇すると、その巨体に見合わないスピードで一気に距離を詰めてきた。
反応が遅れた二人に、先程の十倍以上はあると思われる巨爪が、高速で叩きつけられた。
「うわぁっ?!」
「くっ!」
咄嗟に後方にジャンプし、衝撃を軽減させるブレイザーに、先程発生させた光のシールドでなんとか防ぎ切るパラディン。
再びホイールブレードを取り出すと、アンナパラディンは足元に光をまとい、ホバー移動でワーベアに突進した。
それを追うように、アンナブレイザーも木を蹴り飛ばして反転、攻撃に移る。
その連携ぶりは、まるで初めて共闘するとは思えない程だ。
「てりゃあっ!」
「とぉっ!」
二人の攻撃が、巨大ワーベアの腹部に命中する。
だが、相当強力な打撃にも関わらず、何のダメージにもなっていないようで、簡単にあしらわれる。
その直後、下方向から、猛烈な勢いで蹴りが飛んで来た。
「ぐっ?!」
その攻撃をまともに食らったアンナブレイザーは、そのまま真上に打ち上げられてしまった。
「ブレイザー!!」
パラディンの声が、空しく響く。
舞い散る木の葉のようにくるくると回転しながら、アンナブレイザーは放物線を描き、彼方へ飛ばされた。
「参ったわね……まさかこんなことになるなんて」
胸元に垂れるカールされた髪を手で払いながら、アンナパラディンは尚も巨大ワーベアと対峙する。
ホイールブレードのグリップを強く握ると、ふぅとため息を吐いた。
『大丈夫か、ありさちゃん?!』
今川の声に、一瞬途切れた意識が回復する。
アンナブレイザーは、何本もの木をなぎ倒し、地面に大穴を開けて倒れていた。
「あたた……な、なんとか大丈夫。
ひええ、えらい攻撃食らったはずなのに、あんまりダメージないみたい!
すごい!」
自分の腕や脚を見て、全く問題がないことに歓喜する。
しかし、今川の声にはかなりの焦りが感じられた。
『あのさ、ありさちゃん。
君のそのアンナブレイザーはさ、実はまだ調整が完全に済んでないんだ』
「えっ! 何それ?!」
『まあ聞いてよ!
調整は完了してないし、君のパーソナルデータとも関連付けを行ってない』
「今更そういうこと言う?!」
『だけど、ここまでの君の動きは驚異的だ!
他の誰よりも、アンナユニットを上手く操っていると言っても間違いじゃないね!』
「え~? えへへ、それほどでも~♪」
誰も居ない夜の森で、不気味に身体をくねらせる。
そんなアンナブレイザーに、今川の声は、更に説明を続けた。
『そんな君なら、オレが作ったばっかりのプログラム、使いこなせるような気がするんだ。
待ってて、今インストールするから』
いきり立つ今川の様子に異様さを感じたブレイザーは、慌てて制止する。
「ちょ、ちょちょちょ!
ちょっと待ってよ、あっきー!」
『君までその呼び方!』
「その、プログラムって何さ?!
あたしが、いきなりそんな訳わからないの、使いこなせるわけが――」
戸惑うアンナブレイザーの言葉を遮り、今川は、明らかにドヤ顔で唱えただろう元気な声を差し挟んだ。
『“Annihilation attack training program”。
手っ取り早く言えば―― 必 殺 技 エ デ ィ タ だ!』
「よっしゃ来いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
アンナブレイザーの士気が、100ポイント上がった。




