第23話【混戦】3/4
一方、パワージグラットで異世界に移行したアンナローグ・ウィザード・ミスティックの三人は、二体のXENOとの戦闘を始めていた。
“Completeion of pilot's glottal certification.
I confirmed that it is not XENO.
Science Magic construction is ready.MAGIC-POD status is normal.
Execute science magic number M-001 "Magical-shot" from UNIT-LIBRARY.”
「マジカルショット!」
アンナウィザードの詠唱と共に、彼女の傍に発生した光球から、無数の光の矢が射出される。
ターゲットは、巨大ゴキブリ――後に「UC-04:ジャイアントローチ」と呼称される個体。
ジャイアントローチは素早い動きでそれを回避しようとするが、光の矢は全弾自動追尾する。
連発する炸裂音に混じり、金属が激しくこすれ合うような鳴き声が響いた。
「ローグ、手を貸してっ!」
「はいっ!」
もう一方のムカデ型XENO――同じく、後に「UC-05;ジャイアントセンチピード」と呼ばれる個体は、みるみるうちに肥大化し、いつの間にか全長10メートル程の長さに膨れ上がった。
上体を持ち上げ、無数の脚を伸ばして攻撃してくるが、アンナミスティックがこれを次々に弾いていく。
マジカルロッドを巧みに操り、しかして防戦一本槍になっている状態を見て、アンナローグはアサルトダガーを構え、がら空きになった腹に思い切り飛び込んだ。
「や、やぁーっ!」
ミスティックの側面から、一気に腹部を刺し貫く。
と同時に、突き立った刃が展開し、内部から光の粒子が噴霧される。
ギャアアアァァァァ!!
鋭い悲鳴が、上方から響く。
光に包まれた胴節はみるみるうちに溶解し始めるが、次の瞬間、想像もしていなかった事態が起きた。
ぶちっ
「えっ?」
ジャイアントセンチピードの上体が、もげた。
どさり、と大きな音を立てて落下し、続けて、アンナローグが刺している胴節部分の下も、同様にポロリと外れてしまった。
いわばアンナローグは、巨大ムカデの胴節の一つだけを持った状態になっている。
「な、何これぇ?」
異様な状況に、アンナミスティックも動きを止める。
やがて、上体部分がぶるぶると大きく振るえ出し、切り口から、猛烈な勢いで「胴体」が伸び始めた。
同時に、頭を失った方の胴体からも、上体と頭部が生える。
ジャイアントセンチピードは、あっという間に、二体に分裂してしまったのだ。
じゅわじゅわ音を立てながら溶けていく胴節を持ったまま、アンナローグは、ただその様子を呆然と見ているしかなかった。
「危ない、ローグ!」
「えっ――きゃあっ?!」
ブシュッ、という気味の悪い噴射音と共に、紫色の液体が吹き掛けられた。
顔にまともにかかったため、視界が一瞬封じられる。
その直後、間髪入れずに、ジャイアントセンチピードがもたれかかってきた。
「ひえっ?!」
「ローグ!」
慌てて救出に向かうアンナミスティックの脚に、もう一体のジャイアントセンチピードの脚が絡みつく。
転倒こそしなかったが、出鼻をくじかれ、大きく体勢を崩してしまった。
「しまっ……」
次の瞬間、ジャイアントセンチピードは大きく振り回した身体を、横殴りに叩きつけてきた。
アンナミスティックは、そのまま廃墟の壁を突き破って吹っ飛ばされてしまった。
「きゃあ――っ!」
何かが破壊されていく音が、連続で聞こえてくる。
「ミスティックっ!」
ブラウスの胸元をはだけると、アンナウィザードは、胸の谷間からカートリッジを取り出した。
それを、右上腕に嵌められた腕輪の溝に、差し込む。
“Water-cartridge has been connected to the MAGIC-POD.”
アンナウィザードの青い部分が、ほんの一瞬、鮮やかな水色に染まった。
“Execute science magic number M-027 "Jet-deruge" from UNIT-LIBRARY.”
科学魔法の詠唱と共に、アンナウィザードは、右人差し指の爪にそっとキスをする。
その途端、爪の色が濃い紺色に変化した。
左手でVサインを作ると、指の間を左目で覗くように構える。
人差し指と中指の間に空間投影型のモニタが表示され、照準が作成された。
「ジェット・デルーグ!」
アンナウィザードの右人差し指の先から、レーザーのような“水流”が射出される。
一直線に空間を切り裂く超高圧水流が、ジャイアントセンチピードのボディを捕らえた。
腕の動きに合わせて動く水流は、まるでメスのように、容赦なく切断する。
ジャイアントセンチピードの頭部を捉えた水流は、そのまま縦にスライドし、真っ二つに切り裂いた。
身体の半分ほどの長さを分断された「後半」のジャイアントセンチピードは、あっという間に身体を崩壊させ始めた。
しかし、もう一体はいまだ健在だ。
「ど、どいてください!」
手の中でクルクルとダガーを回転させると、アンナローグは刃をジャイアントセンチピードの側面に突き立てた。
再び刃が展開するが、それより速く、またも上下の節で身体が千切れ、分裂してしまった。
「ええっ?! またぁ?」
覆い被さっていた巨体が退けられた形になり、ようやく起き上がれたアンナローグの背後から、何かが突然体当たりをかます。
「きゃあっ?!」
アンナローグはそのまま前のめりに倒れ、庭の石床の一部を派手にぶち割ってしまった。
「あたたた……って、アレ、痛くない」
背後から聞こえる、金属の擦れ合うような鳴き声。
なんと、マジカルショットを受けた筈のジャイアントローチは、まだ健在だった。
「ひえっ?!」
「これじゃ、きりがありませんね」
「ど、どうしましょう、ま……ウィザード?」
「ひとまず、あのゴ……から対処しましょう。
ムカデの方は、ミスティックが戻ってから」
「は、はい!」
背中合わせで、アンナローグとウィザードが構える。
ブラウスの胸元をはだけると、ウィザードは、胸の谷間から更に黄色のカートリッジを取り出した。
背中越しにその様子を見たローグは、思わず自分の胸と交互に見比べた。
「どどど、どうなっているんですか、それ?」
「実は、私もよくわかってないんです」
「えぇ?」
黄色のカートリッジを腕輪に差し込むと、また一瞬だけ、アンナウィザードが黄色に変色した。
“Thunder-cartridge has been connected to the MAGIC-POD.”
続けて、右太もものリングを外し、2メートルほどの長さの杖に変形させる。
「ウィザード・ロッド!」
アンナウィザードの呼称に反応するように、なんと杖はひとりでに滞空し、何もないところで直立、静止した。
「ひえっ?! お、お化けですか?!」
アンナローグの驚きには反応せず、アンナウィザードは科学魔法詠唱の体勢を取った。
“Execute science magic number M-031 "Plasma-ball" from UNIT-LIBRARY.”
「プラズマ・ボール!」
両腕をX字型に交差させ、手の甲の間に、青白く輝く光の玉を発生させる。
時折、バチバチと激しい音を立てる光球が、20センチくらいの大きさになると、ウィザードはそれを手で押すような動作で、そっとジャイアントローチの方に押しやった。
光球は、ゆっくりとジャイアントローチに接近していく。
「あの球は何ですか?」
「それに決して触らないでください! アンナユニットでも破壊されかねません!」
「えぇっ?!」
再び腕を交差状態に戻すと、アンナウィザードは目を閉じ、そのまま静止した。
『ローグ! 今、ウィザードは動けないから、XENOの動きに注意してね!』
「えっ?! メグさ……じゃなくてミスティック?!」
突然、アンナミスティックの通信が飛び込む。
と同時に、廃墟の方からドカンという破裂音と共に、マジカルロッドを構えたグリーンのコスチュームが見えた。
「じゃーん! アンナミスティック復活だよーっ!」
「ミスティック! 大丈夫で……すね」
「うん! これくらいじゃあびくともしないよ!」
えっへん! と胸を張るその健気な姿に、「さっき吹っ飛ばされたじゃないですか!」というローグの突っ込み台詞は、引っ込んでしまった。
二体のジャイアントセンチピードには、アンナローグとミスティックが。
そしてジャイアントローチには、アンナウィザードが対峙する。
様子を窺うように止まっていたXENOで、最初に動いたのはジャイアントローチだった。
素早い動きでアンナウィザードに襲い掛かろうとするが、そこに、側面から光の球が急接近して来た。
先ほどまでゆっくり滞空していた球が、まるで意志を持ったかのように、一気に急降下してきたのだ。
ジャイアントローチの身体に接触した瞬間、周囲が一瞬真昼になったかのような、激しいスパークと破裂音が発生する。
アンナウィザードが科学魔法で生み出したのは、「球電」と呼ばれる、現実でも存在する特殊放電現象。
球型の「雷」は常軌を逸したエネルギーを内包したまま地上を移動し、触れたものを瞬時に焼き尽くす恐るべき存在となる。
アンナウィザードは、それを遠隔操作で操っていたのだ。
「わぁっ?!」
「きゃあっ?!」
その衝撃は、ローグとミスティックも一瞬怯むほどだった。
光球は、接触した地点の半径十メートルほどを真っ黒に焼き尽くし、ジャイアントローチの身体も、五分の三ほどを焼失させてしまった。
そこに、更なる攻撃が加わる。
なんと、滞空していた杖「ウィザードロッド」の先端から、先ほどアンナウィザードが放った「マジカルショット」と同じ光弾が放たれ、残ったジャイアントローチの身体に全弾命中した。
激しい爆発音と共に、ジャイアントローチの身体は粉々に吹き飛んだ。
その場には、巨大な眼球のような部位が残留し、やがて、溶けた。
「すご……一瞬で」
「こっちも行くよ、ローグ!」
「はい!」
アンナミスティックの掛け声で、二人は一斉に飛び出した。
まだ状況が良く呑み込めていなかったが、今はとにかく、このXENOの動きを止めることに集中するしかない。
難しいことは後回しにする精神で、アンナローグは、前方に翳したアサルトダガーをぐっと握り締めた。




