第23話【混戦】2/4
パワージグラットで戦闘空間を隔離されたため、ありさは、車内に一人だけ取り残される形となった。
辺りが突然静かになったので、恐る恐る窓から外を見る。
バケモノの姿も、アンナローグの姿も、そこにはなかった。
「あれ? 何処行ったんだろう?」
恐る恐る車から出て、廃墟の庭を見回すが、まるで何事もなかったかのように周囲は静まり返っている。
ありさは、軽くストレッチをすると、ぼんやりと暗闇の中の廃墟を見つめた。
「夢、見てたわけじゃないよなあ。
何だったんだ? さっきのは」
車から出て、廃墟の中の様子を窺おうとする。
ありさは、自分を拉致した男達の顛末をまだ知らない。
そもそも、ここで今何が起きてどうなっているのか、全くわかっていないのだ。
(異様に静かだな。
アイツら、やっぱXENOに襲われちゃったのかな?)
無意識に、廃墟の一階を覗こうと近付く。
だがその時、奥の方で、何かが動くような音がした。
(やっべ! やっぱり他の奴もまだ居るんだ?!)
ありさは、大慌てで車に戻ろうとする。
だがその時、突然巨大な何かが、近くの空き地に降り立った。
直前まで全く気づけなかったが、それは小型の飛行機のように見えた。
キャノピーを開け、中から降り立った人物は、大きな胸を震わせながらありさの許へ近づいてきた。
「うわっ!
なんだ、最近は宇宙人も巨乳なんかよ! なんて世の中だ!!」
「何バカなこと言ってんの!
ありさ、大丈夫?! 怪我はない?」
「未来にそっくりな宇宙人さんが、未来みたいな声で喋ってる」
「ずいぶん、余裕があるじゃない」
「つか、なんであんたまでここに居るんだよ!
アンナユニットはどうしたん? あの、ごっつカッコイイロボットは?」
「それが――」
そこまで話した時、バキッ、という大きな音が廃墟の中から聞こえてきた。
更に、唸り声のようなものまで。
「そうだ! まだ中になんか居るんだわ!」
「待って、アンナロ……愛美達は?」
「さっき来たけど、いきなり居なくなったんだよ。
しかも、変なコスプレしててさぁ」
「まさか……」
後部ドアが開きっ放しの車を見て、即座に事態を理解した未来は、ありさの手を掴んだ。
「逃げるわよ、こっちに来て!」
「え、え、ちょ、あんた、アンナユニットに乗らないの?」
「そんなことより、あっちへ!」
「ひぃ」
ナイトウィングの方へ走り出そうとした瞬間、遂に、唸り声の「主」が姿を現した。
暗闇のせいでおおまかなシルエットくらいしかわからないが、その身長は軽く3メートル以上はあり、体格も相当大きい。
何処かの光が反射したのか、一瞬、鋭く凶暴な眼が輝いて見えた。
「うわ、何これ?!」
「まずいわ! 早く、ナイトウィングに!」
「わわっ! 押すな!」
ありさと未来が走り出したのと同時に、巨大な影も動き出した。
その巨体からは想像も出来ないような俊敏さで、一気に距離を詰めてくる。
振りかぶった両腕が、二人に襲い掛かろうとした瞬間、爆発音が二回鳴り響いた。
「早くしろ!」
前方で、凱が銃を構えている。
続け様に、更に数発撃ち込むが、巨体は少しよろめくだけで、倒れようともしない。
銃の側面に収納されていた小型モニタが展開し、「CAULKING SHOT」と表示される。
レーザーサイトを巨体の足元に向け、凱は更に発砲した。
先ほどまでとは異なる射撃音が鳴り響き、何かが割れるような音が聞こえた。
グオォォォォォ――!
唸り声が、叫び声に変化する。
炸裂した弾丸から噴き出した特殊コーキング材が、瞬間硬化して周辺一体を石のように固める。
突然動きが止まった巨体をよそに、ありさ達はなんとか凱の許へ辿り着いた。
「パワージグラットのユーティリティで捕捉出来なかったのか」
「どうします?! 三人はたぶん、この個体の存在に気付いてないですよ」
「放置は出来んな。どうしたもんか」
「どどど、どうすんのよ?!」
メンバー輸送用の用途もあるナイトウィングのコクピットは、三名以上の搭乗が可能になっている。
三人が乗り込んだ時点で、何かが砕け散るような音が響く。
巨体の脚を拘束していたコーキング材が早くも砕かれたのだ。
再び叫び声を上げると、巨体はまたも素早い動きでナイトウィングに迫る。
「思ってた以上にパワーあるな」
急いで離陸しようとしたが、それより早く、本体側面部を掴まれてしまう。
一瞬、機体が大きく左に傾いた。
「ひえええ! アイツ、這い上がって来ようとしてる!」
「凱さん?!」
「く……!」
機内の照明で、ようやく巨体の姿が見えた。
それは「熊」――人間の身体を持った、巨大な黒い熊だった。
爛々と輝く眼は、獲物であるありさ達をしっかり捉えている。
両手は、人間の手に熊の爪を付けたような凶悪な形状であり、物凄い力でナイトウィングにしがみ付いているようだ。
アンナユニットの滞空システム「フォトンドライブ」。
一部に重力遮断効果を発生させ、対象範囲内の物体を浮遊させる効果があるが、このナイトウィングも同様のシステムで稼動している。
その為、多少重量負荷が増えても浮上は可能だが、問題はその後だ。
「近くには普通の民家もある!
こいつを振り落とすことは出来ないぞ!」
「じゃあ、いったいどうすれば?!」
「ちっ! なんだよそれ!
今日は祟られてんのか、あたし?!」
グルルルルル……
徐々に、熊型のバケモノは操縦席に迫ってくる。
対策が思い浮かばないまま、ナイトウィングは数メートルの高さでホバリングし続けるしかなかった。




