第22話【監禁】3/3
「ありささんが?」
「たたた、大変だよ!
お姉ちゃん、すぐ実装して向かわなきゃ!」
「お兄様、私達はすぐに向かいます! 後から来てください」
凱の報告を受け、SVアークプレイスの寝室で休んでいた相模姉妹は、すぐに準備を始めた。
ベランダに出て、二人同時に叫ぶ。
「「 コード・シフト!
クロス・チャージング!! 」」
叫ぶが早いか、二人はそのまま揃ってベランダジャンプする。
空中で光の竜巻を起こし、落下するよりも早く実装を終え青と緑のコスチューム姿になると、アンナウィザードとアンナミスティックは、凄まじいスピードで夜空の彼方へと飛び去っていった。
それを別室のベランダから見守った凱は、愛美と未来にも連絡した。
同じ頃、東京湾・第二海堡の一角から、漆黒の飛行物体が離陸した。
「ええっ?! ありささんが?」
「ありさが? それは本当ですか?!」
凱からの通信を受けた愛美と未来は、それぞれ別の場所で同じ連絡を受けていた。
『間違いない。
なんでそんな遠くに居るのかは分からないが、起動コードが唱えられたということは、XENOに襲撃を受けているか、それに近い深刻な事態に巻き込まれてる可能性が高い。
愛美ちゃん、未来、行ってくれるか?』
「はい、わかりました! 何処へ行けばいいか、教えてください!」
「すぐに、実装して向かいます」
愛美は即答し、ペンダント(サークレット)を握り締めると、すぐに部屋を飛び出した。
一瞬躊躇う気持ちも生じたが、今はそれどころではない。
未来も、パジャマもそのままに部屋を出て、屋上へ向かう。
彼女も愛美同様にSVアークプレイス内に住んでおり、不意の出動にも対応できるよう、部屋も最上階に位置している。
愛美も、ほぼ同時に駆けつけた。
お互いの目が合う。
「愛美。
あなた、XENOとの闘いを辞めたいって言ってた筈よね。
それなのに、どうして?」
未来の質問に、愛美は、自分でもびっくりするくらいの速さで即答した。
「自分でも、まだ良くわかっていません。
でも、今は! ありささんを助けたいんです!
その気持ちだけなんです!」
「――わかった。
一緒に行きましょう」
「は、はい!」
未来はサークレットで屋上の鍵を開け、愛美と共に屋上へ出た。
二人で、同時に夜空を見上げる。
愛美はサークレットを両手で包み、未来は、眼鏡のブリッジに指を添えた。
「「 コード・シフト!! 」」
相模姉妹のように、二人の声が綺麗に重なる。
愛美のサークレットの宝石内に、光のラインが生じ模様を描き出す。
そして未来のサークレットは、フードが開き内部のメカに光が灯った。
再び、二人の声が重なる。
「「 チャージ・アーップ!! 」」
“Switch the system to fully release the original specifications.
Each part functions normally, and the support AI system is all green.
Reboot the system.
ANX-06R ANNA-ROGUE, READY.”
光のつむじ風を巻き上げ、愛美は一瞬にしてアンナローグの姿になった。
だが――
“Only one voice key and pilot coordinates can be authenticated.
Please perform code authentication with two members.
INNER-FRAME cannot be formed.
Aborts the transfer and implementation mode of ANNA-UNIT.”
「えっ?!」
未来の周囲に一瞬形成されかけた光の竜巻は途中で消え、サークレットのフードは自動的に閉じてしまった。
実装が、行われない。
アンナユニットが転送されることはなく、未来がただ一人佇んでいるだけだ。
「どういうこと?! 実装出来ない?」
予想外の事態は、未来の冷静な思考すらも奪い取ってしまう。
「未来さん?! どうなさったのですか?」
「わからないけど、何故か実装出来なくなってるらしいわ。
よりによって、こんな時に」
冷静な口調ではあったが、驚愕と悔しさの入り交じった、複雑な表情を浮かべる。
だが、未来は頭を振ると、無理矢理いつもの思考に切り替えた。
「ひとまず、私のことはいいわ。
それより、あなたは一刻も早く現場に向かって」
「はい! それでは、お先に失礼いたします!」
そう返答すると、愛美はまるでミサイルのような勢いで、夜空の彼方へと飛んでいった。
「なぜ、一度は成功した実装が出来なかったの? どうして……」
思わず左手首のサークレットを見つめるが、今はそれどころではないという気持ちが、先んじる。
未来は、すぐに凱に連絡した。
「凱さん、アンナパラディンの実装に失敗しました。
愛美は向かいましたが、このままでは、私は現場に行けません。
どうすればいいでしょう?」
サークレット越しに呼びかける。
しばらくの間を置き、返答が来た。
『ナイトウィングで、マンションの屋上に向かうから、お前も乗り込め。
勇次のヤツに、状況を確認してもらう』
「わかりました。
――あ、それじゃあ」
未来は、踵を返してマンションの中へ戻る。
移動しながら、更に話しかけた。
「着替えますので、数分だけ時間をください」
廃墟の二階。
階段を上って来た者が、いよいよその姿を現した。
「う……っ」
上がって来たのは、二人の男。
一人は山高で、もう一人は先程彼を落としてしまった者。
二人とも血の気のない顔で、身体中から血のようなものを流しつつ歩いている。
その姿は、さながらゾンビそのものだ。
声も出さず、動きも緩慢。
だが、その後ろから更に何者かが上がってくる気配を感じる。
ありさは、この状態で反撃する手段が何かないか、必死で思考を巡らせていた。
二人の男は、窓際にいるありさを捕捉したようだ。
まるで猛獣のような唸り声を上げながら、突然――四つんばいになった。
「え?! って、えええええぇぇぇぇぇぇ?!?!」
バリ、バリ、という耳障りな音を立て、山高の背中から、何かが生えてきた。
それはとても人間の身体に収まっていたとは思えない、昆虫の脚のようなものだ。
それが六本、棘のようなものが生え、しかも黒光りしている。
一方の後から上がって来た男は、突然首が外れ、胴体から脊髄のようなものがずるずると伸びて来た。
そして、そこから無数の脚が生え始める。
「あ、あ、あ、あ……」
人間だったものが、目の前で異形の生物に変化していく恐怖。
さすがのありさも、あまりの恐怖に、声を上げることすら出来なかった。
(こ、これが、これが、XENO?!
こ、こんなのから、どうやって逃げればいいってんだよ!)
二人の男は――否、もはや男ではなく、巨大な黒い昆虫と胴長の節足動物に成り果てた「異形」は、先程までのスローモーな動きから一転。
予想を覆す高速で、一気に距離を詰めて来た。
カサカサカサ……という、硬いもので床を撫で回すような不快な音が木霊する。
もう、一刻の猶予もない。
「くそぉっ!」
一か八か。
ありさは、全身のありったけの力を脚に集中させてジャンプする。
そのまま身をよじり、なんと、窓ガラスを突き破って、そのまま下へ落下した。
キラキラ舞い散るガラスの破片。
それに包まれるように、ありさは頭から地面に向かって落ちていった。
受身は、取れない。
(ああ……やっぱダメだったか)
地面に叩きつけられるまでの、ほんの僅かな時間。
ありさは、自らの死を覚悟した。
「ありささぁぁぁぁぁぁんっ!!」
何処からともなく、まばゆい光の球が飛来する。
それは物凄いスピードで、地面に激突する寸前だったありさを救い上げた。
「な、ま、愛美……?」
「はい、良かった、ご無事で!」
全身に光の粒子をまとわせ、ありさを受け止めたのは、アンナローグだった。




