●第22話【監禁】1/3
不自然な肌寒さを感じ、ありさは目を覚ました。
暗く、空気の流れが感じられない静かな場所。
それなのに、肌にピリピリ来る寒さ――否、冷たさが気になる。
どうやらここは、どこかの建物の中らしい。
壊れた照明具、埃が降り積もりごみが散らばっている床から、ここが普通の場所ではない事を察した。
後頭部に、鈍く激しい痛みが残っているが、それ以外にも、なんだか意識が朦朧とする。
だがかろうじて、先程までの記憶だけは辿ることが出来た。
「……っ?!」
フラフラする頭を無理矢理振って意識をはっきりさせ、状態確認を試みたありさは、愕然とした。
両手が後ろに固定されていて全く動かせない。
足で姿勢を整えようとするが、こちらも同様に動かす事が出来ないようだ。
自分を殴り倒した者によって、拉致されただろう事は容易に想像がつく。
しかし、彼女の武器である四肢が振るえないとなると、状況はかなり深刻だ。
チッと短い舌打ちをして、ありさは辺りの様子を念入りに窺う。
少しでも今の状況を把握できるようにと、あらゆるものに気を配った。
「くそっ、アイツらぁ、こんな事しやがってぇ~!」
怒りを独り言にして呟いてはみるが、ありさの心中には、怒りよりもむしろ不安が渦巻いていた。
あれから、どれくらいの時間が経ったのか?
ありさは、自分の足に巻かれているものが何なのかを確かめるため、そっと目を閉じ、30数えて再び目を開けた。
暗闇に慣れた目が、薄暗がりの中のそれを映し出す。
(ウソだろ、おい)
足に巻かれているのは、コンピューターの配線などをまとめるプラスチック製の帯。
俗に「結束バンド」や「インシュロック」と呼ばれるものだった。
それの長いものが、3本ほど巻きつけられている。
ナイロン製のこれは、人間の力で引き千切ることは出来ない。
見かけ以上の強度を発揮するシロモノであることは、ありさもよく知っていた。
両手を拘束しているのも、恐らくこれだろう。
両親指の根元が、がっしり固定されていることを理解した。
(こ、このままじゃ、やばい!
どうすりゃいいんだ?!)
縛られ方から、空手を封じる前提なのが分かる。
自分を拉致した者は、この後“制裁”を加えるつもりなのだろう。
(くっそ、卑怯な手を使いやがって!)
痛む身体を無理やり動かし、全身のバネを利用して、何度かの失敗の後、なんとか壁にもたれつつ立ち上がることが出来た。
バランスを気にしつつ、恐らく出口だろうと思われる方向に、壁づたいにぴょんぴょんと飛び跳ねていく。
ある程度近づくと、外から僅かな光が漏れている事に気付く。
そして同時に、ここが完全な廃墟なのだという事も理解する。
顔の高さから覗く曇ったガラスの外には、付近に人がまったく通らない事を示す、不気味な暗闇が続いていた。
(……あれ? でも、待てよ?)
ここに至り、ありさは、ふとある疑問を抱いた。
(わざわざ拘束までしたのに、なんで放置してるんだろう?)
そう、この部屋の中には、先程から全く人の気配がないのだ。
相手は、最低でも四人は居る筈だ。
そして動き出して気付いたが、穿いていた短パンの前が開かれており、脱がされかけたと思しき痕跡まである。
気付いた瞬間怖気が走ったが、彼等が行おうとしていた行為がもし想像通りのものなら、益々ここに誰もいない理由がわからない。
(なんか、おかしいな)
絶望的な心境の中、ありさは力を振り絞って、出口を捜す為に動き出した。
美神戦隊アンナセイヴァー
第22話 【監禁】
遡ること、一時間前。
「おいコイツ、死んでねぇよな?!」
「大丈夫だよ、息してんじゃん」
「くっそ、俺、もう一人の女の方が良かったんだけどなぁ」
「そっちは別な機会だ。
とりあえず、今回はコイツだな」
「いいんですかね、こんなことして?!
は、犯罪じゃないっすか、もしかしたら……」
「もうとっくに犯罪だからな、コレ」
「なんだ昌司、てめ今更ビビってんのかぁ?!」
運転していた少年を含めた四人の男達は、遠く離れた「廃墟」に到着すると、後部座席に放り込まれたありさを運び出した。
「目、覚まさねぇかな?」
「心配すんなって大陸。縛ってんだから安心だろ」
「あと、田代サンがやべぇ薬嗅がしてたから心配ねぇってよ」
「あの人、やる時はホントえげつねぇのな」
人が寄り付かない郊外にある、民家の廃墟。
その脇に車を停めた男達は、ここでありさに対する「報復」を、心行くまで実践しようと企んでいた。
首謀者の山高は、ここが過去田代が何度も犯罪行為に利用した場所であることを知っており、同時に、大きな声を出されても気付かれないという利点がある事も聞いてはいた。
だが、実際にそこに関わるのは初めてだ。
予想以上に大事になり始めている状況に、彼は徐々に怯え始めていた。
「おう、早く運べ。
二階に転がして、服も脱がしとけよ」
「は、はい」
立派な体格の持ち主の上格闘技経験者で、本物のやくざともやり合える程の度胸と実力を持ち、更には犯罪を全く躊躇せずに行える性質。
そんな田代を恐れ、皆が彼の言いなりになるのは、当然のことだった。
「二階に置いたら、殴るなり蹴るなり犯すなり好きにしろ。
死んじまったら、そこらの山にでも埋めてくりゃあいい」
「た、田代さん……」
「何ブルってんだ山高? お前がやりたいっつったんだろうが」
そう言いながら、山高の頬を張る。
一同は、田代に見守られながら、昏倒しているありさを廃墟の中に運び入れた。
「おぅ山高。
カネ渡せ」
「え、あ、はぁ」
「もう持ってんだろ? 何処だ。
隠してたらどうなっか、わかってんだろうな? お前も埋めるぞ」
「ま、待ってください! 今、持って来ますから」
「30マンだぞ30マン!
まあ、代わりに最初の一発はお前にヤラしてやるからよ」
ケタケタ笑う田代を尻目に、山高は車に戻り、紙袋を探った。
横倒しになっている袋から封筒を取り出し、札束が入っていることを確認すると、それを手に戻ろうとする。
だがその時、一緒に入っている箱に気付き、興味を引かれた。
「オイ何やってんだ?」
「ええ、これ、何だろと思いまして」
「あぁ?」
田代が、山高の肩越しに中を覗き込む。
紙袋の中に入っていた箱には、ほぼ常温に戻った保冷剤に包まれた、三つの白いカプセルが入れられていた。
「何だコレ?」
「これを、どこかに置いてくるってバイトだったんですよ」
「訳わかんねえな、だったら、それこの家の中に捨ててくりゃいいじゃんか」
「そうですね、そうしようかな」
田代に封筒を渡し、山高は白いカプセルを三つ、自分のポケットの中に押し込んだ。
二階にありさを転がした三人の男達は、彼女の短パンを脱がそうとしたが、足首を拘束しているため上手くいかない。
かといって、先に何かを始めるのも、田代が居る都合まずいと考えていた。
一旦一階に降りることにして、先に景気付け用に買って来た酒を開けることになった。
田代と山高が戻って来たところで、事情を話す。
笑いながら手渡された酒を開けた田代は、山高から聞いたバイトの話を振った。
「こんなカプセル捨てるだけで30マンだってよ。
すげぇバイトだよな! お前らもやってこいや」
「え、マジですか?」
「おう、んでそれ俺んとこ全部持って来い」
「え?!」
「ったりめぇだろ? お前らもう犯罪に関わってんだぞ。
俺に口止め料くらい払わなきゃ、後でマズイ事になんじゃねぇのか?」
田代の脅迫にも、皆は何も言い返せない。
そのあまりの傍若無人ぶりに、もはや彼らは、ありさに対する報復などどうでも良くなり始めていた。
持ち込んだ酒が殆どなくなった頃、田代は遂に動き出した。
だが、その時――
「あっ、痛てぇ?!」
突然、山高が叫んだ。
「なんだぁ、どうした?」
「いや、な、なんか急に脚が――ああああああぁぁぁぁぁああ!!!!」
立ち上がろうとした山高が、突然、その場に倒れこんだ。
右腰の辺りを手で押えながら、脂汗を掻いてのた打ち回る。
叫び声が、止まらない。
「おい、しっかりしろ! どうしちまったんだ?!」
「山高? 大丈夫か?」
心配する仲間達をよそに、田代は舌打ちをすると、転げる山高の腹部を力任せに蹴り上げた。
「ぐぼっ?!」
「なんだよこれからって時に、盛り下げやがって」
入り口近くまで転がった山高を、まるでゴミのように見下す。
その卑劣かつ冷酷な態度に、仲間達はドン引きしていた。
「おい、ソイツ車の中に置いて来い」
「……」
田代の命令で、三人の男達は、泣き叫ぶ山高を抱きかかえると、廃墟を出ようとした。
だが、その時。
「ぅあ痛てぇっ?!」
山高の右脚を持っていた一人が、叫び声を上げて手を離した。
バランスを崩し、山高の身体が床に落ちる。
「おい! 何やって――」
「い、痛てぇ! 痛てぇよ! な、何だコレぇ?!」
「う、うわあぁぁ!?」
山高の身体を落とした男の右手に、何かがへばりついている。
それは、半透明な粘りのある液体状の物体で、しかも大きな眼球のようなものがある。
粘液のようなものはじゅるじゅると音を立てて蠢いており、しかも眼球状の物体も、まるで意志を持っているかのようにぎょろぎょろとせわしなく動き回っている。
「は、剥がして! 取ってくれぇ!」
「な、何だよそれ! 気持ち悪い!」
「ぎゃあああああ!!」
「ひ、ひぃっ?! に、逃げろ!」
山高を落とした男も、彼同様床に転げ回ってしまう。
右腕は肩まで謎の粘液体に包まれ、当の山高は、いつの間にか下半身全体が同様の物体に覆われている。
それを見た男達は、慌てて廃墟から逃げ出そうとする。
だがそこに、二階に行きかけていた田代が現れた。
「おい! うるせぇぞ何やっt――」
もう、山高は声すら上げていない。
弱々しく、片手を宙空に漂わせながら、何かを呟いている。
右手を包まれた方の男は、断末魔とも思えるような悲鳴を上げ続けているが、それもやがてか細くなる。
それぞれ、下半身と上半身を不気味な物体で包まれ、やがて動くのを止めた。
その様子を、二人の男と田代は、言葉を失いつつ見つめていた。
「ば……バケモノ……ひぃ!」
一人は叫んで、玄関へと逃亡しようとする。
だがその脚に何かが絡みつき、前のめりに倒れた。
「う、うわぁっ?!」
山高の下半身を覆っていた粘液が、男を捕らえたのだ。
凄まじい力で、ずるずると中へ引き戻されていく。
その一連の動きで逃げ場を奪われたもう一人の男に、今度は、上半身を覆われた方の男が迫る。
―-そう、粘液がではなく、男そのものが、不自然な姿勢でずるずると床を這い出したのだ。
明らかに人間の動きでは、ない。
「う、うわぁあぁぁぁ!!」
「な、なんだこれ?!
オイお前ら、何ふざけてんだ?!」
突然激昂した田代は、事態が飲み込めないのか、それとも泥酔のせいか、無謀にも彼らの中へ割り込んで行った。
だが、山高の身体から更に抜け出してきた半透明の粘液体が、信じられないような高速で、田代の足首にまとわり付いた。
悲鳴を上げる間もなく、粘液は彼の身体を駆け上り、口内へと侵入した。
数秒後、田代の眼球が、ボトリと落下した。
「ひ、い、い……た、助け……っ」
最後に残った男の目に映ったのは、山高ともう一人の男が起き上がる姿だった。




