第21話【意志】2/3
「どういうことですか、これは?!」
一同に緊張感を漲らせる、鋭い一喝。
気付くと、いつの間にか戻っていた向ヶ丘未来が、憤怒の表情でありさ達を睨みつけていた。
「蛭田博士、今川さん!
どうして、ありさがここに居るんです?! 説明してください!」
珍しく、未来が激昂する。
両肩をわなわな震わせ、顔中を真っ赤にして。
「いや、未来ちゃん、これはね」
「それに、そのサークレット!
今川さん、あなた、まさか、ありさまで?!」
「待って、落ち着いて聞いてよ」
「これが、落ち着いてなんて居られますか!」
地下迷宮中に響くような大きな声で、未来は今川を怒鳴りつけた。
物静かで冷静沈着なイメージの強い未来が、ここまで感情を露にするのは、この場の全員が初めて見た。
(ど、どうしよう? 未来さん、凄く怒ってらっしゃる。
これじゃあ、お話をするどころの騒ぎじゃないじゃないですか)
おろおろする愛美と、舞衣、恵。
そして、言葉を失い立ち尽くす今川と勇次。
そんな彼らに、未来はため息を一つ吐き、更に言葉を続けた。
「貴方がたは、満足出来ないのですか?」
「何?」
「XENOとの闘いで人生を犠牲にするのは、私達三人だけで止められないのですか!」
「み、未来さん……」
「本当のことを言えば、私は、舞衣も恵もXENOとの闘いに巻き込みたくなんかないんです。
愛美も含めて、この子達は、XENOとの闘いに全てを犠牲にする理由も、義務もないはずです!
それなのに、今度はありさまで……それは、あまりに酷すぎませんか?!」
「未来ちゃん」
「むう」
良く見れば、未来は怒りの形相ではあるものの、その瞳はうっすらと潤んでいるようにも見える。
愛美は、未来の言葉に、彼女の本心が少しだけ覗けた気がした。
先日の、未来の言葉を思い出す。
何かが、繋がった気がした。
(未来さんは、私をこの闘いに巻き込みたくないと思って、それであんな態度を――?)
「お願いです、もう、これ以上アンナユニットの搭乗者を増やさないでください!
ANX-05Bは、何かあった際の予備機でいいじゃないですか!
人数が足りなくて対応が間に合わないなら、その分私が数をこなします!
だから、もう犠牲者を増やすような真似は――」
「それがあんたの本音かよ、未来」
黙っていたありさが、未来の前に出ながら呟く。
先程までのおどけた雰囲気は消え失せており、その目は真剣そのものだ。
感情を剥き出しにした未来を真正面から見据え、言葉を止めさせる。
他の四人は、思わず息を呑み、二人の様子を窺った。
やがて、遅れてやってきた凱がエレベーターから姿を現すが、異様な場の雰囲気をすぐに察し、その場で立ち止まった。
「何が、言いたいのよ、ありさ」
「あれから思い出したんだ。
未来、アンタが昔、急に変わっちまった時のことをさ」
「何のことかしら?」
「ご両親のこと」
ありさのその言葉に、未来の顔が強張る。
(ご両親? 未来さんのご家族に、いったい何が?)
愛美は、ありさの言葉に注意を向ける。
無理に会話に割り込むよりも、今はそうした方がいいと察したのだ。
「もしかして、あんたのご両親は、XENOの――」
「……」
「図星っぽいな。
なるほど、それでこんなことを始めたってわけか」
「前にも言ったけど。
あなたには関係ない話でしょう」
「いいや、もう関係あるさ」
「どういう意味よ?」
眉を潜める未来をよそに、ありさは振り返り、今川に突然話しかけた。
「ねえ今川さん! さっき言ってたあのアンナブレイザーさ。
マジであたしが乗るわ」
「えっ?!」
「なんですって?!」
「ええっ?! ありささん?」
「な……」
「えーっ! ありさちゃん!?」
「……」
ありさの言葉に、全員が驚愕する。
やがて、凱も近付いて来た。
その場に集まっている全員に宣言するように、ありさは皆を見回して続けた。
「コイツはさ、昔っからそうなんだ。
一人で問題抱えると、誰にも言わずに全部一人で片付けようとする。
それでどんなに悲しい目に遭っても、絶対に他人に頼ろうとしない。
どんだけ不器用なんだよって話でさ。
そのたびに、あたしがフォローしてたってわけでー」
「ありさ! ふざけるのもいい加減にして!」
「おいおい、ふざけてんのはどっちだよ?
そんな過酷な闘いを、たった一人だけでやりこなそうなんて、どんだけおめでたい頭してんだ」
「いい加減にしないと……怒るわよ」
「ああ、勝手に怒れ怒れ。
あたしから言わせれば、今のアンタは、とてもじゃないけど見てらんないわ。
こんな危なっかしいヤツ、ほっとけるかって――」
パンッ!
短い音が、鳴り響く。
未来の右手が、ありさの頬を打った音。
いきなりの展開に、愛美達は目を剥いた。
「何も知らない出しゃばりの癖に、知ったかぶるのは止めてちょうだい!
あなたに、XENOとの闘いの何がわかるのよ!
あなたが思ってるほど、この闘いは楽なものじゃないのよ!」
涙目で、訴える。
未来の言葉に、頬を押えたありさは、沈黙した。
「ここで見たこと、聞いたことは、誰にも言わないで。
忘れなさい。
下手なことに巻き込まれてしまう危険もあるのよ。
あなたの為にも――」
「へえぇぇぇえ、そいつぁいい事を聞いたぜ」
だが、未来の心遣いの言葉を、あろうことか煽るような口調で跳ね返す。
ありさは、未来を見下すような視線で、更に語調を強めた。
「でしゃばり上等、危険上等、いいじゃないいいじゃない!
だったら、あたしみたいなの荒事好きが益々必要ってことじゃないか」
「ありさ……」
再び怒りの形相になる未来をよそに、ありさはその場でくるりと身を翻すと。
上段蹴り、回転蹴り、正拳突き、肘打ちなどの演武を、目を見張るようなスピードで繰り出した。
その技の華麗さ、速度、そして風を切る音。
只者ではない腕前であることを、一目で理解させうる動作。
愛美をはじめ、相模姉妹も今川も、そして勇次と凱も、そのあまりの見事さに言葉を失った。
「あたしの腕前は、よくわかってんだろ、未来」
「そうね、あの時よりも磨きがかかっているようね。
だけど――」
「ああそうさ。
あたしの空手を、そのXENOって奴らに叩き込んでやるさ。
あのロボットに乗って、だけどな。
いたるところに火を点けてやるぜ!」
「――勝手にするがいいわ」
全く悪びれない態度のありさに、未来は呆れ果てた態度で、エレベーターへ戻ろうとする。
だが、そこに
「あ、あの! 未来さん!」
愛美が声をかけた。
「……」
「あの、私、すみません!
どうしても、未来さんとお話がしたくて、その」
「それで、ありさをここに連れて来たというの?」
「いえ、あ、でも……はい、結果的にはそうです」
「……」
愛美から視線を逸らすと、未来は、そのまま無言でエレベーターへ向かって歩き出した。
誰も、彼女をもう呼び止めようとしない。
すれ違う時、彼女の顔を見た凱すらも、思わず声をかけそびれる程だった。
「うっわぁ。
あいつ、ガチで怒ってるじゃねぇか」
頭を掻きながら皆の所へやって来た凱は、その場に居る全員を見回す。
愛美だけが、ペコリと頭を下げた。
凱を一瞥すると、ありさは彼の背後に視線を投げながら呟いた。
「へっ、相変わらずの意地っ張り」
「あの、ありささん、あれはちょっと……どうかと」
心配そうに愛美が呼びかけるが、ありさは何故か、満面の笑みを反して来る。
「大丈夫だって。
アイツとは、いつもこんな感じだから」
「そ、そうは仰いますが」
「あのね、ありさちゃん」
「ん?」
突然、心細そうな口調で、恵が尋ねてくる。
「ありさちゃんと未来ちゃんは、仲が悪いの?」
確信を突くような質問に、一瞬場が凍りつく。
だが、ありさはフッと笑い、何事もないかのような態度で答えた。
「アイツは、あたしの敵、宿敵。
いつかは倒さなきゃならない、因縁の相手なんだよ」




