第20話【策略】2/3
リビングルームへ移動した四人を出迎えるように、もう一人の少女が駆け寄ってきた。
「お帰りなさい、愛美さん!」
「舞衣さん! この度は――」
「いいんですよ、お気になさらないでくださいね」
舞衣の、優しい声がかかる。
その言葉に安堵する愛美に対し、ありさは、またも目をまん丸くしていた。
「うわ、もう一人巨乳が現れた……。
なんてとこなんだ、ここは」
「初めまして。
私、相模舞衣と申します。ようこそおいでくださいました」
「あ、ああ、どうも」
「メグの双子のお姉ちゃんなんだよー♪」
「お、おう、そうなんだ。
凄いな、ダブルですごいな……バインバインやんか」
ありさは、自分の胸と相模姉妹の胸を交互に見つめて、背後に縦線引いて落ち込んだ。
「あ、ありささん、元気出してください!」
動揺するありさをなだめ、愛美が一礼して室内に入ると、そこには蛭田勇次も待機していた。
鋭い眼光が、愛美とありさを貫く。
「来たか」
「どうも、この度はご迷惑をおかけして――」
「それはどうでもいい。
とにかく、俺からも話がある。
座れ、二人とも」
いつもの口調で呼びかける勇次に、ありさは眉をピクリと動かした。
「おいちょっと待てやオッサン」
「お、おっさん?!」
開口一番、睨みを利かせて勇次に食って掛かる。
「初対面の相手にガン垂れた上に、座れだと?!
何えらそうな口叩いてんだオイ?!」
ありさの言葉に、場の空気が一瞬で凍りついた。
当の勇次も、想定していなかった反応に戸惑い、目をぱちくりさせている。
「あたしはな、ただの付添い人だ、部外者だよ。
あんたらの集まりが何だかは知らねぇが、あたしは関係ねえ。
じゃあ、愛美はちゃんと帰したからな、あたしは戻る」
そう言いながら、踵を返す。
ありさの強くドスの利いた声の迫力に、その場の全員が言葉を失ったままだ。
「あ、あの、ありささん」
「悪りぃ、愛美。
あたしさ、こういう金持ち連中の集まりってのは性に合わねぇんだわ。
まあ楽しかったよ、あんたと居られて。
じゃあな、また縁があったらどっかで逢おうぜ」
「そ、そんな、待ってください!」
「えー! せっかく来たのにぃ~」
「えっと、あの、その……」
「……」
愛美も相模姉妹も、そして勇次も、完全に戸惑っており、上手く言葉が紡げない。
玄関に向かって歩き出そうとするありさに向かってようやく声をかけたのは、今川だった。
「ねぇ、ありさちゃん」
「馴れ馴れしく呼ぶな」
「あ~、それはゴメン!
でもさ、ちょっと待ってよ。
――このままだと、君、ここから出られないよ?」
「えっ?」
思わぬ言葉に、ありさの足が止まる。
「さっき、君達ここに入れなかっただろ?
それは、ここの利用者が全員携帯している、個別認識装置がなかったからなんだ。
そして今、君はそれを持っていない」
「あっ!」
振り返るありさに、今川は自分の着けているネックレスを再び指し示した。
だが愛美は、「あれ? そうでしたっけ?」と首を傾げた。
「なんてめんどくさいシステムなんだよココ!」
「そこで、コレ」
そう言いながら、今川はポケットから何かを取り出した。
それは、ブレスレット。
金属製の四角く小さい箱のようなものが付いている、腕時計とは明らかに異なる形状のもの。
今川は、それをありさに投げ渡した。
「とりあえず、それを左手首に着けてくれないかな?
あと、帰るのはあと三十分だけ待って欲しいんだよね」
「なんでさ?」
「三十分間で、そのブレスレットが、君の身体状態を測定するんだ。
ブレスレットが君の情報を登録して、これをマンションのシステムと連携させる。
そうすれば、この部屋に居た君が不審者や侵入者じゃないと認識されて、晴れて外に出られるようになるって寸法さ」
「それ、どうしても必要なのかよ?」
「だね」
「ったく……わかったよ」
舌打ちをして、ありさは再びリビングに戻っていく。
その様子を見て、勇次が血相を変えてソファーから飛び上がった。
「おい! 今川、そのサークレットは!!」
「あ~、目つきと話し方が悪いリーダーは、しばらく口を挟まないでくださいねー!」
「バカ言うな! だってそれは――むぐっ?!」
「はいはい~、これあげますから、静かにしててくださいね~♪」
今川は、先程持っていた紙袋から取り出したハンバーガーを一つ、勇次の口に突っ込む。
目を白黒させながらも、勇次は黙ってもんぎゅもんぎゅと、それを食べ始めた。
「あ、あの! 私、お茶を淹れて参ります!」
「お姉ちゃん、メグもお手伝いするね」
姉妹がキッチンに移動したのと同時に、残りの四人がソファーに座る。
ありさは、座った瞬間「うわ、ふわっふわ」と、小声で呟いた。
「さて、勇次さん」
「なんだ」
「まずは、ありさちゃんと愛美ちゃんに、謝って頂きましょうか」
「何故だ?! 俺は何も――」
「まず、いきなりありささんを不快にさせたこと。
前の話ですけど、愛美ちゃんに唐突にメンバー入りを強要したこと。
愛美ちゃんが悩んでここを出て行ったのに、自分からフォローに動こうとしなかったこと!
えーと、もっと挙げましょうか? ん?」
「く……っ!」
今川の無駄に明るい、しかして的を射た指摘が、勇次を沈黙させる。
完全に言葉でねじ伏せた今川の話術に、愛美とありさは、少しだけ感心した。
「す、すまなかった。
私が色々いたらなかったことは認めている。
どうか、水に流して欲しい」
「そ、そんな! こちらこそ失礼を――」
「あと、オレもごめんね。
特にありさちゃん、急に連れて来ちゃって、その上こんなんで、ホントにゴメンね!」
「いや、その……あ、あたしも悪かったよ。
ちょっとイラついてた、ゴメン」
「ありがとう! あっと、そうそう。
愛美ちゃんに、コレ」
今川は、愛美にあのペンダントを返却した。
「改めて、きっちり説明するね。
それは正式名称“サークレット”と言って、愛美ちゃんをアンナローグに実装させるために必要なものになるんだ」
「えっ? パーソナルユニットではないのですか?」
「パーソナルユニットも兼ねてるんだよ。
オレ達もパーソナルユニットを持ってはいるけど、実装する機能はないんだ。
つまり、アンナユニットを実装出来る搭乗者だけが持っているものだけを、サークレットって呼ぶのさ」
「な、なるほど……。
あ、あと、パーソナルユニットがなくても出」
「その話は、後でじっくり説明するからねー!」
愛美の発言を、大慌てで今川が遮る。
先の今川の説明に、ちょっと興味を抱いたのか、意外にもありさが反応した。
「あのさ、その“実装”っていうのは、もしかしてあのロボットみたいな――」
「そうか、ありさちゃんも見ていたんだよね、アンナパラディンのこと!」
と、突然、今川の目の色が変わった。
なんだか、いくつも星がキラキラしているように見える。
「実はアレはね、オレ達が開発して造り出したものでさ」
「マジでっ?! あれ、すっげぇカッコ良かったよ!」
「おお! ありさちゃん分かってくれるんだ! アレはね、実は――」
唐突に、今川とありさの会話が弾み出す。
残された勇次と愛美は、何とも言い難い複雑な表情を浮かべ、見つめ合った。
「外の世界は、どうだったのだ?」
「はい、こちらのありささんから色々なことを教わりまして――」
「うむ」
こちらはこちらで、穏やかな会話がスタートする。
「あれぇ? どうなってるのぉ?」
「何があったのでしょう?」
コーヒーとお茶菓子を用意して戻って来た相模姉妹は、いつの間にか会話が盛り上がっている四人を見て、軽く困惑した。




