●第18話【拉麺】1/3
今回は、ギャグ回です。
休憩感覚でどうぞ。
結局、未来との話は中途半端に終わってしまった。
本当であれば、再度連絡して次に機会に、とするべきなのだが。
その日、愛美もありさも、これ以上あの話を続ける気持ちになれなかった。
目の前でロボット戦を見て興奮していたありさも、ある程度時間が経ったら、急に大人しくなった。
そして愛美は、再度XENOを見た衝撃よりも、未来が言っていた言葉の意味を思い返していた。
『だけど、愛美には、そのことが充分に伝えられていなかった。
この子が戸惑うのも、至極当然だと思うわ』
『でも愛美は、実際にそれと同じことをされて、今ここに居るのよ』
(未来さんは、あの後、何を言いたかったんだろう?
どうしてあの時、あんな言い方になったんだろう?)
初めて会話した時の印象とは異なる、どこか温かみと思いやりを感じる言葉。
その意味が上手く繋がらず、愛美は混乱していた。
ありさのアパートへ帰る途中。
愛美は、夕暮れがかった空を見上げ、ずっとそんな事を考えていた。
「ねえ、愛美さぁ」
「はい? なんでしょうか」
「あのネズミみたいなバケモノが、この東京中に潜んでいるって、マジなん?」
「はい、本当です。
ネズミの姿は初めて見ましたが、他にも蜘蛛とか、豚とか」
「そいつら、人を殺すんだよね? 食うって」
「そうです、だからこそアンナユニ……」
そこまで話していて、ふと言葉を止める。
自分は、それを嫌がっていたのではなかったか?
それなのに何故、今こうして、ありさに冷静に説明しているのだろうか?
(私、いったい、何をどうしたいんだろう?)
益々混乱する頭を抱え、愛美は、ありさの方を見――ようとして、見失った。
「あれれ? ありささーん? ありささーん?」
「あー! 愛美ぃ、こっちこっち!」
良く見ると、ありさはとある店の前に立っていた。
だがそこには、結構な行列が並んでいる。
「ありささん、どうしたんですか?」
「ねえねえ、愛美ってばさ、お腹空いてない?」
「え? そうですね、言われてみれば」
「奢るからさ、ね、ラーメン食べていかない?」
「ラー……メン?」
美神戦隊アンナセイヴァー
第18話 【拉麺】
「あのさ、まさかとは思うけど、ラーメンも知らないってことはないよね?」
「いえ! さすがに知っております!
私の先輩の夢乃さんと言う方がとても大好きなので、よく作っておりましたから」
「おお、だったら話は早いじゃん!
ね、ね、ここ並ぼ、並ぼ♪」
「わ、わかりました!」
そこは、中目黒川に沿って延びる、都道317線。
白く細長いマンションの真横に建つ、黄色くて正方形に近い看板が目立つ店だった。
店はかなり小さいようだが、その前には目測で20人程度の人々が並んでいた。
いずれも男性ばかりで、世代も愛美達よりずっと上のようだ。
そんな中に、女性二人だけが並ぶというのは、いささか目立つ感がある。
しかしありさは、臆することなくその列の最後尾についた。
「実は私、知ってはいるんですけど、ラーメン自体食べるのは初めてなんです」
「そっかあ、ここはお勧めだから、是非堪能していってよ!」
もはや、ありさは驚こうともしない。
「本当にありがとうございます。
このご恩は、決して忘れません!
いつか必ず、お返しをさせて頂きますね」
「ははは、いいっていいって!
愛美には美味しいご飯作ってもらってるし、掃除もしてもらったんだから、これくらい――」
そんな事を話していると、前に並んでいる男達が振り返り、愛美達を睨みつけて舌打ちをしてくる。
どうやら声が大きすぎたようだ。
慌てて詫びようとするよりも早く、ありさが真っ向から睨み返していた。
「何ガンつけてんだお前? 文句あんのかよ」
「……」
「あ、ありささん!」
「いいのいいの、こういうのしょっちゅうだから」
「……彼氏つきかよ」
前に並んでいた男が、ぼそりと呟く。
ぷちっ、と何かが千切れた音がした。
「あんだとてめぇ! もういっぺん言ってみろやオラァ!」
「ちょ、あ、ありささん! 止めてください! 止めてくださいってばあ!」
その後、騒動を聞きつけた店員が駆けつけたりと多少の悶着はあったものの、愛美の平謝りでなんとかその場は治まった。
順調に列は進み、意外にも十数分程度の待ち時間で、二人はようやく店内に入ることが出来た。
ありさに教わり、食券を買い、テーブルに就く。
この店は、小ラーメンの他に大ラーメンなどがあるようで、他にも「豚」なるものを入れることが出来るらしい。
一瞬あのオークのことを思い出したが、愛美はありさの教えを忠実に守り、小ラーメンを選ぶことにした。
赤い塗装が施されたカウンター席と、その各所に置かれた割り箸と胡椒の缶、そして謎の黒い調味料が入ったボトル。
一番奥に置かれた招き猫が、なんだかとっても癒しに思える。
カウンターのの一角にありさと並んで座った愛美は、無言で座る男達の様子を見て、だんだん緊張してきた。
「いい愛美?
ニンニク入れますか? って店員さんが聞いてきたら、要るか要らないかだけ答えるんだよ。
それ以外、余計なことは言わなくていいからね」
「余計なこと? どういう意味ですか?」
「もうじき分かるって。でも、本当にそれ以外言わない方がいいよ」
「は、はあ」
ありさはそう言うと、カウンターの角にある冷水機からお冷を取りに行った。
しばらくすると、店員がカウンター越しに客に「ニンニク入れますか?」と尋ね始めた。
愛美は「これのことか!」と緊張する。
だが――
「ニンニク、野菜カラメ!」
「野菜マシマシ、アブラカラメ」
「?!」
「麺固め、ニンニクカラメアブラマシマシ」
「?!?!」
会話が、成立していない。
客達は、店員の質問に素直に回答することはなく、まるで呪文のような言葉を吐いている。
愛美は、何がなんだかわからず、困惑し始めた。
左隣の席の客が
「アブラカラメ野菜全部マシマシマシ!」
と、元気良くコールする。
その客は、先程ありさに胸倉を捕まれた男だった。
愛美達の方を向き、男は何故か勝ち誇ったような薄い笑みを浮かべる。
続いて、
「ニンニク、入れますか?」
と、愛美に質問が回ってきた。
「え、あ、その、え~と……」
答えに詰まった愛美は、先程のありさの忠告など、完全に頭から飛ばしてしまっていた。
既に回答を終えた客達の、冷たい視線が集中する。
隣でありさが何か言っているが、それすらも耳に入らない。
困り果てた愛美は、目をクルクル回しながら、
「お、同じものを……」
と、言った。
言ってしまった。
「な、バ……!!」
「大丈夫ですかお客さん?
物凄く沢山盛り付けることになるんですが、食べ切れますか?」
真っ青な顔でこちらを見つめるありさと、心配そうに尋ねてくる店員。
そして、その横で明らかにこちらを嘲笑っている男。
三方向からの圧力を受け、愛美はパニくる頭で精一杯考えた。
(え~と、ど、どうしよう?
でも、ラーメンは「小」だし、少しくらい量が増えても……
それに、よく考えたら、私結構お腹空いてきている気もするから……)
「ま、愛美! 取り消して!」
「だ、大丈夫です!」
目をくるくるさせながら、愛美は、店員に答えた。
これで、運命が決まった。
「にんにく、入れますか?」
「……にんにく抜き、麺半分で」
「畏まりました!」
青ざめたありさは、考えた。
よりによって、最悪最凶のサービスを頼んでしまった愛美。
当然、それを完食――いやや、ここは「完飲」と呼ぶべきか。
それを成し遂げることなど、明らかに不可能だろう。
なれば、お店のサービスを無駄にしないためにも、挫折するだろう愛美の分を一手に引き受ける為、あえて自分の注文分の量を減らす!
ありさが選択したのは、この作戦だった。
――が。
「麺半分……ブゲラw」
先程胸倉を掴み上げた男が、ありさの方を見て、わざと聞こえるように呟いた。
その瞬間、ありさの湯沸かし器が一気に沸騰した。
「店員さん! 訂正ぃ!!
――アブラカラメ野菜全部マシマシマシぃ!!」
「あ、ありささん?!」
「プ、無理しやがってw」
「うっせぇ! こうなったら勝負だこのブタ野郎!」
「ひ、ひえぇぇ?!」
短気極まりないありさも、悪魔の選択を自ら選んでしまった。




