第17話【衝突】2/4
約束の時間ぴったりで、向ヶ丘未来は公園に姿を現した。
緊張する愛美をかばうように、ありさが前に出る。
その表情は、いささか……否、かなり険しい。
待ち受けるありさと愛美を見つけた未来は、少し面倒くさそうな表情を浮かべながら、覚悟を決めたように歩み寄った。
「しばらくじゃん、ミキ」
「“あの場所”なんて曖昧な情報から、ここだと気付くのに苦労したわよ」
「ちゃんとわかってんじゃん」
「まあ――そうね、良く来た場所だし。
それで、何の用?」
ため息交じりに、未来が呟く。
二人が対峙しただけで、早くも場の空気が重くなり始める。
ありさは未来の、そして未来はありさの瞳を真正面から見つめ続け、互いに愛美の存在を意識から外しているかのようだ。
「みんな愛美ちゃんから聞いたよ。
あんた、随分この子に酷い当たり方してたらしいじゃん」
「……」
「どういうつもりさ?
ゼノ、だっけ? なんかわかんない変なバケモノがいるとか、それと闘うとか何とか。
一体何考えてんのかわかんないけどさ、そういう意味不明なことに、いきなりこんな大人しい子を巻き込むなんて、どういうつもりだ?」
いきなり本題に入る。
ありさは、愛美から聞いた話を羅列し、主に未来によるパワハラ問題を重点的に責め立てた。
だがそんな切り出しも、未来にとっては凪のようなものらしい。
話の途中、未来は何度か、愛美を睨みつけてきた。
「ありさには関わりないことよね、それは」
「あ~、確かにそうだね。
だが、あたしはこの子に関わったし、助けた。
もう無関係じゃあないさ」
「愛美が、何をどういう風に伝えたのかは知らないけど。
事情を知らない部外者に首を突っ込まれるのは、迷惑よ」
「なんだよ、その言い草は?」
「まさか、本当にそんなつまらない事で呼び出したというの?」
「あ、あわわ、お、お二人とも……」
二人の険悪さは、近くを通り過ぎる人々すら思わず振り返るくらいに濃密となっている。
その場でやりとりを聞いている愛美も、思わず数歩後ずさってしまうくらいだ。
とてもじゃないが、仲裁に入れるような雰囲気ではない。
ありさは完全に頭に血が上り、未来も一見平静さを保ってはいるが、よく見ると眉間がぴくぴくとうずいている。
「ミキ! あんた、自分が悪いとはこれっぽっちも思っていないって事か?!」
ありさは、今にも未来に掴みかからんほどの怒り様だが、まだ何とか踏みとどまっている。
一方の未来は、ただ鼻で笑うだけだ。
「要は、貴方の前で私が愛美に頭でも下げればいいって事?
そうならそうだって、最初から言えばいいんじゃない」
その言葉に、ありさがブチ切れた事は容易に判断できた。
顔を真っ赤にして、怒りの握り拳を振り上げ、今にも足を踏み出してしまいそうな勢いだ。
だが、視界の端に心配そうに状況を見守っている愛美を見止め、無理やりその衝動を押し留める。
意味もなく地面をバンバンと数回踏みつけ、強引に怒りを外へ逃がした。
「あ、ありささん?!」
心配そうに呼びかける愛美に、ありさは黙って掌を向ける。
「ふぃ~、あやうくこいつの挑発に乗ってブチかます所だった。
危ない危ない」
しばらくの荒い深呼吸の後、突然、奇妙に冷静な表情に変化したありさの声が響く。
「あのさ、ミキ。
あんた、どこまで本気で言ってんだよ?」
「何のこと?」
「いつから、そんな事言う奴になったんだよ?
あんなに優しくて、面倒見が良かったあんたは、どこ行っちまったんだい」
「え?」
未来の顔に、初めて動揺の色が浮かぶ。
怒りを乗り越えたありさの言葉には、今までの険悪さを洗い流すかのような、静かな迫力を秘めている。
愛美は、突然変わった二人の雰囲気に、益々戸惑うばかりだ。
(未来さんが……優しくて、面倒見がいい? そ、そうなの?!)
先輩メイド・赤坂梓のどこか近寄りがたい雰囲気と、青山理沙の無駄に厳しいイメージを重ね合わせていた愛美にとって、ありさの言葉は意外でしかない。
全くイメージが繋がらない話だが、自分も未来のことを良く知っているわけではない事に気付き、あえて呑み込んだ。
「あんた、本当は、そんな事これっぽっちも思ってないだろ。
だけど、何か理由があって、愛美に――」
「そうやって、勝手な思い込みで話を進めてしまう癖は相変わらずね、ありさ」
今度は、未来が攻勢に出る。
「愛美から聞いてると思うけど、確かに私達は、XENOというバケモノを排除する目的で活動しているわ。
今は一般には公開されていない情報だけど、そう遠くないうちに、貴方を含めた多くの人達が知ることになると思う」
「……」
「私達は、今まであらゆるものを犠牲にして、XENO排除の準備に努めて来たわ。
その集大成が、千葉愛美――あなたの後ろにいるその子を、私達の仲間に加えることだったの」
「な、何を言ってるんだ?」
(未来さん、いったい、何を言いたいの? 何故、ここで私のことを?)
ありさも愛美も、未来の言葉にただ混乱するだけだ。
だが、そんな二人の態度を見越していたかのように、未来は目を閉じで少し頷いて見せた。
「そうよね、いきなりこんな事言っても、意味なんかわからないと思うわ。
でもね、それが現実なの。
――だけど、愛美には、そのことが充分に伝えられていなかった。
この子が戸惑うのも、至極当然だと思うわ」
「未来さん……」
その未来の言葉に、愛美は何故か、少しだけ温かみを感じた気がした。
「経緯はどうあれ、だから私は、愛美を仲間に加えることに反対だった」
「どうしてさ?」
未来は、手近にあるベンチに腰掛け、二人を見る。
その眼差しは、先程までの険しさが消え、どこか優しい光を宿している。
少なくとも、愛美にはそんな風に思えた。
「例えば、ありさ。
もし貴方が無理矢理遠いどこかに連れて行かれて、今まで見たこともないような人食い猛獣を駆除しろって言われて銃や爆薬を手渡されたら、どうする?」
「そ、そりゃあ……冗談じゃねぇ、って拒否って逃げ出すわ」
「でしょ? 当たり前のことよね。
――でも愛美は、実際にそれと同じことをされて、今ここに居るのよ」
「!」
「……!」
愛美とありさは、思わず顔を見合わせた。
未来の言葉は、愛美にとって意外過ぎた。
てっきり、勇次や凱と同じように、自分が“SAVE.”に入って当然と考えているのだろうと思っていたのだが。
「どういうことなんですか?! 未来さんは、私に――」
愛美がそう言いかけた瞬間、どこか遠くから、人の叫び声のようなものが聞こえてきた。
「な、なんだ?!」
ありさは、声のする方向まで小走りで見に行った。
残された愛美と未来は、一瞬目を合わせはしたが、すぐに視線を逸らす。
しばらくすると、
「な、何か変なのがこっちに来てるみたいだ!」
何を見たのか、ありさが血相を変えて戻って来た。




