第15話【邂逅】2/3
時間は、もう21時をとっくに回っていた。
時間感覚が麻痺するような店を出て、愛美は青年に抱き寄せられたまま、いくつかの路地を巡って人通りの少ない通りに出た。
辺りには無数の看板と、似たような建物が乱立する。
いずれも入り口付近に背の高い壁があり、中の様子は見えない。
愛美は、以前舞衣や恵と来た場所にも、似たようなところがあったことを思い出す。
「よーし、ここでいいか」
青年は、その壁に掛けられた価格表のようなものを物色し、呟いた。
「いいんじゃねえの? ここにしようぜ」
「おいおい、お前らまで一緒に来るのかよ?」
「何言ってんだ、その子それでOKしたんだろ?」
「あー、そういうことかよ!
いいねえー、全員でマワすってのも♪」
男達の意味不明な会話に、益々恐怖感が高まっていく。
「あ、あの……どうしても、行かなきゃだめですか?」
恐る恐る尋ねるが、青年は睨みつけるような怖い顔を向けて来た。
(……えっ? また、誰か?)
遠くから、こつこつと誰かが迫っている足音が聞こえたような気がした。
だがそれに注意を向けるよりも早く、愛美は青年に抱きこまれるように、壁の裏側へと連れ込まれた。
「あっ、痛っ! ら、乱暴にしないでください!」
「悪い悪い! な、ここでいいだろ? いいよな? な?」
執拗な誘惑者にもはや観念した愛美は、力無く青年に身を任せるしかない。
軽く舌なめずりをし、青年と男達は、自動ドアへ進もうとした。
「ねー、ちょっとお」
その時、突然、背後から聞き覚えのない声が響いた。
男達の動きが、止まる。
「さっきから見てんだけどさぁ。
その子、めっちゃ嫌がってない?」
声は、女性だ。
それも、かなり若い。
驚いて振り返ると、それより先に男達が声に反応していた。
「あぁ? なんだてめぇ?」
「いやあ、ただの通りすがりだけどね。
あんたら、大勢で女の子引っ張ってってるからさ、すっげー目立ってたよ?
気付かんかった?」
「うるせぇな、消えろや」
そう言いながら、男の一人が声の主に向かって、右腕を振るい上げた。
だが――
「おっと」
「ぬぇっ?!」
どすん! という激突音と共に、男は空中で一回転して倒れた。
一瞬、何が起きたのか分からず、全員の動きが止まった。
「あれれ? 大丈夫~?」
「こ、このやろぉ!」
続けて、もう一人の男が挑みかかる。
だが、ズン! という鈍い音が響いた途端、その場で崩れ落ちた。
もはや何がどうなっているのか、愛美には全く理解が及ばない。
声の主の姿が、ようやくはっきり見える。
それは、髪の短い少年だった。
赤色のTシャツを着て、下はデニム。
スレンダーな体格で、一見した限りでは、とてもこの男達と対峙出来る様には思えない。
「あらよっと!」
少年は、見たこともない体さばきで残る三人の許へ飛び込むと、肘打ち・裏拳と連発で打ち込み、更に反対の手で掌底突きを繰り出す。
トドメとばかりに、最後に腹部に重い膝蹴りを叩き込む。
人間を叩いて出るとは思えないような、重く響く音を鳴らし、男達は声もなく地面に倒れた。
残っているのは、愛美と彼女の肩を掴んでいる青年だけだ。
「な、な、何だよ、お前?!」
「はいはい、そこまでね~!」
あっさりと腕を捻られ、青年は愛美から引き剥がされる。
「い、いてーっ! いてててて?!」
「ちょっと折っとこか? この悪い腕?」
「ちょ、や、やめ……!!」
「だったら、最初からやるんじゃねえよ」
手を離した次の瞬間、青年の鳩尾に、容赦ない正拳突きが叩きこまれる。
「ぐ……ほっ!!」
何の抵抗も出来ず、青年は白目を剥いてその場に倒れた。
まさに、一瞬の出来事。
五人の男達は、全身を痙攣させながら呻き声を上げている。
「何ぼぅっとしてんだ! 行くよ!」
「え? あ、きゃあっ?!」
愛美の腕を掴むと、少年は強引に外へ連れ出した。
「あんた、ああいう連中に簡単に付いて行っちゃ駄目だよ。気をつけな」
「え?」
少年の声は、女性だった。
否、正しくは、少年と思っていたが自分とだいたい同じくらいの年頃の女の子だったのだ。
それが、男達五人をたった数撃で仕留めた。
愛美は、もう何度目か分からない驚きを感じていた。
「あ、あの、ありがとうございました!」
秒間四回のフルスピードで、お辞儀を繰り返す。
そんな愛美の様子に、髪の短い少女は、クスクスと笑い出した。
「あんた、あいつらにナンパされたんでしょ?」
「な……灘波?」
「ナ・ン・パ!
だってさ、こういう所に来るつもりじゃなかったんでしょ?」
「は、はい!
でも、泊まれる場所を教えてくれると仰っておられたので」
「ったく、いまどきそんなミエミエな手口に乗らないでよね、頼むから」
少女は心底呆れた声を上げる。
「アンタ、今夜はうち泊まりなよ」
「えっ?」
「うちもここのすぐ近くだからさ。
もう時間も遅いし、歩き回るのはまずいよ」
思わぬ申し出に、愛美は目を丸くする。
だが、同時に、これ以上宛もなくうろつき回る気力がないのも、事実だ。
さっきのトラブルの事もあり、愛美は、素直に申し出に従うことにした。
「も、申し訳ありません、ありがとうございます!
何のお礼も出来ませんが――」
そこまで言った途端、ぐぅ~……と、腹の虫が鳴る。
思わず、愛美と少女は互いの顔を見合わせた。
「い、今のは! あ、あの!」
「今さ、ハモらなかった?」
「え?」
「お腹の鳴る音がハモるの、初めて聞いた!」
「えっ? じゃあ、もしかして」
「はは! 二人とも腹ぺこってことじゃん!」
そう言うと、少女は豪快に笑い出した。
愛美も、そんな彼女につられて、つい笑ってしまった。
久しぶりに、笑えた気がした。




