第14話【前兆】2/3
休憩室の奥には、仮眠室が設けられている。
そこへ運ばれた愛美は、ベッドに横たえられた。
休憩室に戻った凱は、ため息を吐き出すと、勇次を睨んだ。
「だから、もう少し時間を置けって言ったんだ。
PTSDになってるかもしれねえってのに」
「う、うむ……」
「前からそうだが、お前、もう少し相手を労われや。
あんな死体の山いきなり見せられたら、誰だってああなるってわかるだろうが。
舞衣やメグだって、ああ見えて相当無理してんだぞ?」
「そ、それはそうだが」
「お前の、その“時間の無駄”って奴な。
それ、普通の人間には全然無駄じゃねぇんだよ。いい加減分かれ」
「ぬ、ぐぅ……」
珍しく凱の責めに追い込まれた勇次は、額に脂汗を掻きながら、助けを求めるように未来を見た。
「お言葉ですが、凱さん」
「ん?」
「もし本当にPTSDだったら、彼女はメンバーから外すべきです」
「おい……」
感情のこもらない声で、未来はきっぱりと言い放つ。
「たった二度の戦闘でそうなってしまうようなら、今後XENOとの闘いを続けていくことは不可能です。
考えてもみてください。
もし今後、XENOが増殖していった場合、私達の出動頻度も増えます。
もしかしたら、一日に何度も、あの事件と同じかそれ以上の酷い状況を目の当たりにするかもしれないんですよ」
「それは、お前らだって同じじゃないか」
首の後ろをぽりぽり掻きながら、伏せ目がちに凱が呟く。
だが未来は、怯むことなく更に続けた。
「私には、XENOに対する復讐心があります。
舞衣とメグは、XENOへの怒りと、被害者への悲しみの気持ちを原動力にしています。
ですが――彼女には、そういったものはないでしょう」
「そりゃあ、そうだろうな」
「その原動力がなければ、XENOとの闘いに耐えることは出来ないと、私は考えています」
「……」
「どんな異常な事態に置かれても、決して心を折らない、普通の人が抱く感情もねじ伏せるくらいの、強い原動力が」
未来の言葉の説得力に、凱は口を紡ぐ。
自分より一回り以上も年下の少女に、論破される。
だがしかし、それは反論のしようのない、完璧な意向だ。
「だが、そうだからといって、あの子を井村の館に帰すわけには行かないんだぞ?
って勇次! お前もなんか言え!」
「う、うむ」
頭をボリボリ掻き毟りながら、勇次が唸るように反応する。
彼も未来に反論出来ないのか、言葉が出て来ない。
そんな彼に、凱は露骨に舌打ちした。
ふう、と一息つくと、未来は普段通りの口調で呟いた。
「とりあえず、彼女に会うことが出来た。
今日はそれだけで充分収穫でした。
――蛭田博士、ANX-04Pの訓練をしたいので、起動をお願いします」
「今日はもうやったんじゃないのか?」
「このまま帰ったのでは、時間を無駄にしたことになりますので」
「む……」
それだけ呟くと、未来は素早く休憩室を出て行った。
後ろ姿を目で追いかけ、凱は、今日何度目かのため息を吐いた。
「なんで、今日はあんなに当たりきついの? アイツ」
「わからんな」
「それにしても……まあ、未来の言うことも、もっともだ。
どうかな、せめて別のポジションに入ってもらうように頼むってのは」
「それは出来ない」
凱の提案を、あっさりと拒む。
その態度に、さすがの凱もむっとした。
「お前も頑固だなぁ。
ブラックボックスが起動させられれば、ひとまずそれでいいんだろ?
だったら、別のチームに所属してもらってもいいじゃないか」
「だから、そうはいかんと言っている」
「あのなぁ」
「聞け、凱!」
急に、勇次が声を荒げる。
「な、なんだよ?」
「千葉愛美という存在が必要なのは、何もブラックボックス起動の為だけじゃない」
「はぁ? じゃあ一体何があるってんだよ?」
「アンナユニットは、五体全てが連動するシステムになっていることは、前に話したな?」
「ああ、色々な性能を五体に分散させて、更にそれを連携させることで、各々の機体とパイロットへの負荷を分散軽減する、だったか?」
「正解だ。
だがその為には、その流れを統括出来るシステム管理者が、あのメンバーの中に居なければならない」
「道理だな。
だが、未来が入るんだから、そこは問題ないだろ?」
壁にもたれかかりながら、尋ねる。
しかし勇次は、そんな凱に対し、首を横に振った。
「違う。未来ではない」
「え? なんでだよ?
だって未来のユニットは、総合情報ターミナルみたいなもんだって……」
「機体性能はな。
だが未来には、そもそもシステムそのものを稼動させる権限が与えられてない」
「だったら与えろよ」
「それが出来たら、とっくにやってる」
「ちょっと待て。
もしかして、その管理者ってのは――」
思わず前に出る凱に、勇次ははっきりと頷きを返した。
「そうだ。
ANNA-SYSTEM上には、“千葉愛美”が実名で指定されているのだ」
「な……」
しばらく沈黙した後、
「その話、未来も知ってるのか?」
声を潜めるように尋ねる。
勇次は、またも首を横に振った。
「そうか。
じゃあ、彼女がああ言うのも無理はないわけか」
やれやれ、という態度で、凱は勇次の肩を叩いた。
「ま、そろそろ行ってやれや。
待ってるぜ、未来」
「うむ」
ゆっくり腰を上げると、勇次は心配そうな表情で、仮眠室のドアを見つめた。
ある事に気付き、目を剥いたが――何も言わず、凱と共にそのまま休憩室を後にした。
(なんで……なんで私なの?
私、ただ、お屋敷で働いていただけなのに?
それなのに、どうして……色々なことを、どんどん勝手に決められてしまうの?!)
ベッドに横になりながら、愛美は、薄暗い部屋の天井を見つめていた。
彼らの話は、全部そのまま聞こえていた。
仮眠室のドアが閉じ切っておらず、少しだけ隙間が開いていたのだ。
それから一時間ほどして、愛美はマンションに帰された。
あの後、少し気分が回復した彼女は、凱に連れられて地下迷宮の各所を見学した。
勇次と未来の、同行はなかった。
研究班、メカニック班、開発班、そして諜報班。
様々なセクションがあること、そして思っていた以上に大勢の人々が“SAVE.”に加入し、働いていること、そしてそれらが全てアンナユニットを実装して闘う者達の為に機能しているのだという背景は理解出来た。
だが――
(無理、ムリ! 私、こんなこと、とても出来ない!
私なんかより、もっとアンナユニットのパイロットに向いている人がいると思う!)
そんな気持ちが、終始愛美の心から消えなかった。
かつて自分の上に立ち、何かある毎に目の敵にしていた先輩メイド・青山理沙と、向ヶ丘未来のイメージが重なる。
『当然でしょう? シンデレラにでも、なったつもりでいたの?』
『彼女はメンバーから外すべきです』
『今夜限りで、あんたはここのメイドじゃなくなるの。短い付き合いだったわね』
未来の台詞と、あの晩理沙に言われた言葉が、幾度もリフレインする。
いつしか愛美は、頭を抱えて叫び出したい衝動を、必死で押さえ込んでいた。
(どうして?! どうしていつも、私は責められるの?!
どうして、普通に、お仕事をさせてもらえないの?!
私、闘うことなんて出来ないのに!
闘いたくなんかないのに!
いくら人を殺す生き物が相手だからって、私には闘いなんて出来ない!
怖い! 恐ろしい! 絶対に、無理ぃっ!!)
何かから隠れるように、シーツを頭から被る。
そのまま三十分程経った後、愛美は、ゆっくりとベッドから立ち上がった。
ふと、首から下がっているペンダントに目が行く。
しばらく考えた後、愛美は、そっとペンダントの鎖を外した。




