第13話【迷宮】2/2
この「SVアークプレイス」なるマンション群は、全て“SAVE.”なる組織が所有・管理しているという。
この部屋は、そのごく一部にあたり、“SAVE.”にとっては備品の一部に過ぎないようなものらしい。
その為、愛美はこの物件を自由に使って良いという許可を得ているのだが、実はこの他にも、愛美がある程度自由に行き来出来る部屋が存在する。
それは、“SAVE.”メンバーのミーティングルームとして使用される物件。
愛美の部屋の隣にあたり、ここは、メンバーであれば誰でも自由に出入りが出来るようになっている。
施錠も各人のパーソナルユニットで行われる為、住人であっても特定の者しか出入り出来ない仕組みだ。
凱が愛美を誘ったのは、この部屋のことだ。
愛美は手早く身支度を整え、二人と共に隣の部屋へ向かう。
ここに入るのは、あの事件の三日後に入って以来二度目だった。
愛美の部屋と全く同じ構成だが、ミーティングルームのメインであるリビングには、大型のテーブルとそれを取り囲む椅子が十脚も並んでいる。
天井には大型のプロジェクタースクリーンが施され、それ以外は大きなソファーがあるくらいで、かなり殺風景だ。
凱と勇次はそれぞれテーブルの奥で向かい合うように座り、愛美を手招きした。
「あ、あの、今お茶を」
「構わん」
「ああ、愛美ちゃん。
本当にいいから、手っ取り早く済ませちゃおう」
「は、はい……」
言われるがままにテーブルの手前に座った愛美は、恐る恐る勇次の方を見た。
「先週は、本当にお疲れ様。
急にあんな出来事に巻き込まれて、本当に災難だったね」
凱が、優しい口調で話し出す。
まだ最初に出会った頃の、YOUTUVERを自称していた時の無駄に明るいイメージが残っているせいか、愛美はそんな彼の態度に、大きな違和感を覚えていた。
「俺のことは、もういいと思うから、こいつを紹介するよ。
こいつは、蛭田勇次。
俺達が所属する“SAVE.”の、最高責任者だ」
「よろしく頼む」
「は、はい!
よ、よろしくお願いします!」
最高責任者、と聞いて、愛美は更なる緊張に見舞われる。
しかし、そんな役職の人を「こいつ」呼ばわりする凱に対して、新たな疑問も湧いた。
「それでね、今日は――」
「単刀直入に言う。
千葉愛美、お前にはこれより、我々“SAVE.”に加わってもらう」
凱の言葉を遮るように、勇次は一気に本題を切り出してきた。
「えっ?!」
「お前がこれまで二回実装したアンナローグだが。
あれは我らが、対XENO用に開発した装備だ。
あれを使いこなすためには、どうしてもお前の存在が必要となる」
「は、はあ……」
「ちょ、待てよ勇次!
お前、もうちょっと、話の段階をだな」
「黙れ。
遠回しに言っても時間の無駄だ」
「そ、それはそうだけどなあ……
ゴメン、愛美ちゃん。
こいつ、人当たりはこんなだけど、悪い奴じゃないんだよ」
「……」
眉間に皺を寄せ、相手を射抜くような鋭い視線を向けながら、拒否権を与えないかのような攻める口調。
さすがに、こんな態度から「良い人」というイメージを抱くことは、愛美には困難だった。
「あの、その前によろしいでしょうか?」
「な、なんだい? 愛美ちゃん?」
「舞衣さんや恵さんからも伺いましたが。
その“SAVE.”というのは、いったい何なのですか?」
「この男や、相模姉妹から、説明を受けていないのか?!」
「ひっ! ご、ごめんなさい!」
何故か怒るような強い口調で返され、愛美は、思わず身を縮めた。
「お前、ちょっと黙ってろ!
ごめん、愛美ちゃん。
俺から説明するから、聞いてくれるかな?」
「は、はい……」
勇次をジト目で睨みつけると、凱は静かで優しげな声で語り出した。
“SAVE.”
正式名称「Sanctitied Attainment Vow Emissary.」の略称で、とある資本を受けて極秘裏に活動している私的組織である。
東京都内をはじめ、いくつかの拠点を構えてXENOの暗躍を阻止する目的で運用されている。
この「SVアークプレイス」というマンションも彼らの設備の一つで、住人は全て“SAVE.”に何かしらの関係を持っている人々なのだという。
凱、そして勇次をはじめ、舞衣や恵も“SAVE.”の一員であり、それぞれの役割を持って活動を行っている。
凱は諜報班、勇次は研究班を司る立場で、舞衣と恵は「実働班」というグループに所属しているのだという。
――そして愛美も、その実働班に加入して欲しいというのが、二人の要望であった。
「実は、“SAVE.”の本拠地はここじゃない。
メインスタッフが詰めてる場所があるんだけど、良ければ愛美ちゃんにも一度そこに来て欲しいんだ」
「えっ、今からですか?」
「見学だけだから、そんな時間はかからないよ。
それに、今そこに君達のリーダーになる人がいる。
その人も紹介しておきたいしね」
リーダーと聞いて、愛美の脳裏に“赤坂梓”の顔が浮かぶ。
井村邸に居た頃、メイド達のリーダーとして館全体を取り仕切っていた人物だ。
人当たりが良く……否、むしろ良すぎて、逆に怖いと思うこともあったが、優秀で優しい人物だった。
そう思い返し、再びあの火事を思い出す。
「ま、愛美ちゃん、大丈夫?」
凱が、心配そうに尋ねてくる。
どうやら、気付かないうちに相当深刻な顔をしていたようだ。
しばらく考え、気分転換になるかもと思い返した愛美は、凱の申し出を受けることにした。
準備を整えた愛美は、勇次と凱に付いて外出することにした。
本日は快晴のようだ。
久しぶりに外に出て、気分が少しだけ晴れたような気がする。
「移動には、どのくらい時間がかかるのでしょう?」
愛美の素朴な質問に、勇次はぶっきらぼうに応える。
「数分だ」
「えっ? そんなに早く?」
「愛美ちゃん、今から見せるやり方、覚えておいてくれるかな?」
「え? は、はい」
三人が辿り着いたのは、愛美が住む棟の一番奥にあるエレベーターだった。
連れてこられるまで、愛美はここにエレベーターがあることに全く気付かなかった。
柱の影になるような窪んだ部分に設置されているため、ここは非常に目立たない。
エレベーターがやってきて、三人が乗り込む。
そのまま一階まで降りるが、何故か二人とも出ようとしない。
「さあ愛美ちゃん、ここからだ」
「はい?」
「まず一階まで降りるんだ。
そしたら、今から俺がやることを覚えてね」
「?」
凱はエレベーターのドアを閉じると、素早い操作で4、2、5、2、10階とボタンを続けて押した。
しかし、何故かエレベーターは微動だにしない。
ふと上を見ると、空中に何かが浮かび上がっていることに気付く。
それは、空間投影型のモニタのようだ。
“Would you like to transfer to DUNGEON?”
「これは、何ですか?」
モニタに浮かぶ英文字を見て、愛美が驚く。
凱はそれには応えず、さらに5階のボタンを押した。
「これが、この質問に対する“Yes”だ。
ノーの場合は、1階を押す」
「は、はあ」
「すると、こうなるんだ」
「え? あれ?」
ガコン、と音を立て、エレベーターが動き出す。
だが、明らかに“下に”移動しているようだ。
5階を押したはずなのに? と、愛美は大いに困惑した。
「ど、どどど、どうなってるのでしょうか?」
「静かにしろ」
「大丈夫、愛美ちゃん。
もうちょっとだけ待ってて」
「は、い……」
三十秒ほど下降した辺りで、エレベーターが停止する。
その間、奇妙な浮遊感を何度か覚えた。
「よし着いた。
ようこそ愛美ちゃん、地下迷宮へ」
「え?」
「早く出ろ」
「は、はい!
――って! えええええええええええええええ?!?!」
エレベーターを出た愛美は、予想外の光景に奇声を上げた。
そこは、薄暗い巨大な空間。
鋼鉄の壁に覆われ、窓らしきものが一切なく、様々な照明で各所がライトアップされている。
そして、それが明暗のコントラストを強調し、このなんとも形容しがたい建造物の奇妙さを、更に際立たせている。
愛美は、この光景に表現のしようがない恐怖を覚えた。
「こ、ここは、いったい何なんですか?!」
「ここは、地下迷宮。
簡単に言えば、我々の秘密基地だ」
「ひ、ひみつきち?」
「関係者以外には、絶対に存在を知られては行けない場所だ。
千葉愛美、お前をここに呼んだのは、お前がそれだけ重要な存在だからだ」
(そ、そんなこと、いきなり言われても……)
二人の案内で、エレベーターを乗り換える。
先は外壁の中にあるエレベーターだったが、今度は筒状のシースルー型エレベーターで、巨大な空間の中を直接下っていくようだ。
愛美は、透明な壁越しに見える内部の様子に、言葉を失い驚愕していた。
カプセル越しに見る地下迷宮の様子は、それまでの愛美の認識を大きく超越するものだった。
様々な機械が所々に埋め込まれた外壁、無造作に各空間に散らばるモニタ、中心に向かって壁から伸びている無数の足場と、その上を行き来している人々。
よく見れば、ミーティングルームや休憩所のようなところもあるようだ。
エレベーターが下降すればするほど、愛美の知らない不可思議なものが増えてくる。
やがてエレベーターは、最下層に辿り着いた。
もはや天井が全く見えなくなった。
愛美は、言葉を失いただ呆然と、上を眺めていた。
「大きい……こんな巨大な施設が、あのマンションの地下に?」
「いや、ここはマンションとは違うところだよ」
「えっ?
で、でも、さっきエレベーターで……」
驚く愛美に、凱は笑顔で説明する。
「ここからもしさっきのマンションに戻ろうとしたら、多分電車で一時間くらいかかるんじゃないかな?」
「ええっ?! ど、どういうことですか?!」
目をまん丸にして、愛美は更に驚愕した。
だが、その直後。
先を歩く勇次の更に向こう側にある奇妙な物体に、目が向いた。
「何か、ある?」
「ああ、そうそう。
これを見せたかったんだ」
勇次に追いついた凱が、壁際に沿って並べられた無骨な機械の群れを指差す。
そこには何やら大きな機器に搭載され、立てかけられるように配置されている、五体の人型メカがあった。
いずれも三メートル以上の高さで、肩幅も二メートル前後はありそうだ。
それぞれ、銀色に青・緑・橙・赤のラインが施され、一体だけ黒地に銀のラインが入ったものがある。
どの機体も少し大きめな自動車程度のボリュームがあり、相当な重量がありそうだ。
「どうだい愛美ちゃん」
「凄いです……この大きなお人形さんみたいな機械は、何ですか?」
「お人形……お人形かよ!
これは、アンナユニット」
「えっ?」
「これが、君達が実装している“アンナユニット”の本体さ。
ほら、その一番端にある黒い奴。
それが、愛美ちゃんが搭乗している“アンナローグ”だよ」
「――えええええええっ?!」
凱の説明に、愛美は思わず“アンナローグ”に駆け寄った。




