●第13話【迷宮】1/2
ここは、“地下迷宮”。
東京都内のとある場所の地下深くに存在する、高さ最大100メートルにも及ぶ巨大な人工洞穴要塞。
向ヶ丘未来と今川義元は、その中の「開発班ブロック」と呼ばれるエリアでミーティングを行っていた。
「アンナウィザードとミスティックのデータも、やはりアンナローグとほぼ同じ上がり幅ですね」
「そうだねぇ。
調べてみたんだけど、やっぱり実装の際にOSのアップデートが行われたことになってたよ」
「と言うことは、予想通りブラックボックスが直接干渉を?」
「それでほぼ結論だねぇ。
何だよ、結局、アンナローグからコピーとか考える必要すらなかったってことかよ!
まったく、これじゃオレ達の出る幕ないじゃんかって話だよ?」
「そんな事ないですよ。
今川さんの分析がなかったら、今何が起きているのかも、わからなかったんですから」
「ううっ、ありがとう、未来ちゃん!
その優しさが、身に染みるぅ!」
「まあまあ。
それにしても、あのブラックボックスって、いったい何なのでしょう?」
「さあ。
こればっかりは、オレ達凡人にはわかりっこないわ。
なんせ、 あ の 仙川博士が特別に作ったもんらしいからなあ」
美神戦隊アンナセイヴァー
第13話 【迷宮】
先日、渋谷ランプリングストリートで発生した、XENOによる大規模殺害事件。
三名のアンナユニット搭乗者の活躍により、その恐るべき全貌が判明した。
あの後、現場となった雑居ビルとその周辺は警察に封鎖され、数日間に及ぶ調査が行われたという。
しかし、一週間が経った今も尚、その事件を取り扱ったニュースは一切報じられていない。
一部、インターネット上で「とある有名政治家の息子がビル内で連続殺人をした」やら、「ビルを不法占拠していた外国人犯罪者達が殺し合った」などというデマ情報が拡散されたりもしたが、どれも噂話の粋を出ず、真相に迫ったものがないのは幸いだった。
もしこれが、数年前まで続いたSNSブームの真っ只中だったら、もっと真相に迫る考察や憶測、はたまた噂話が拡散されていたことだろう。
被害者規模で考えた場合、日本史上屈指の大事件になるのは間違いない程だが、それでも世の中は
何事もないかのような、偽りの平静さを装っている。
そしてこれは、今回が初めてのことではない。
XENOが絡む事件は、明らかに緘口令が敷かれ、隠蔽されようとしている事が証明されている。
だがそれは、“SAVE.”のメンバーにとっては周知の事実であり、同時に「都合の良い」ことでもあった。
「ざっくり調べた感じだと、SNS上には、アンナユニットの存在を言及するような書き込みは特にないねえ。
まあ、現場の監視カメラまではわからないけど」
「運が良かった、ということでしょうね。
あの二人、建物の前で実装してたから、よもやと思ったのですが」
「まあ、あの二人も愛美ちゃんのピンチに焦っていたんだろうし、結果オーライでいいじゃん!」
「そうかもしれませんが、今後は充分対策を講じた上での実装をしていかなければ」
「ホント、どこまでも真面目だよなあ、未来ちゃんは」
「……」
ふう、と息をつき、未来は遥か彼方の天井を見上げた。
いったい、どのようにして、いつ造られたのかもわからないこの巨大な空間。
その一角で、様々な事案を検討し、訓練を繰り返した来た。
次は、いよいよ自分も出陣しなければならないだろう。
そう考えると、気合が入るのだが……
未来は、自分の胸を見下ろした。
「ところで、今川さん」
「ん?」
「あの、新しいアンナユニットの外観についてなんですが」
「ああ、あの際ど……か、可愛らしいメイド服?」
「ギロッ」
「ね、ねえ、最近そういうの口に出して言うの、流行ってるの?」
「あの外観、ANX-04Pだけ従来の形で、と言うわけにはいかないんですか?」
眼鏡のブリッジを指で摘みながら、上目遣いで尋ねる。
対して今川は、「ああ、やっぱし」といった表情を返す。
「それは、わかんないよ。
なんせ勝手に、しかも瞬時に書き換えられるみたいだから、こっちじゃ予見や対応のしようがないし」
「そうですよね……困った」
「確かに、未来ちゃんがあの格好になったら、かなり迫力ある気がするもんなあ」
「ギロッ」
「だ、だからぁ~」
175センチの長身に、100センチを超える大きな胸、そしてそれに釣り合う体格。
今川の言う通り、未来はちょっとした外人女性クラスのボディを持ち合わせている。
同時に、それが本人にとってのコンプレックスでもあるのだが。
普段から身体の線や肌が出にくい服を着ていることもあり、いざこの姿になれと云われたら、かなりの抵抗があるのは当然だろう。
それが分かっているから、彼女の周囲のスタッフは、この事にあえて触れずにいたのだが。
「と、と、とりあえず、性能向上だけ貰って見た目は元のままでいけないものか、出来る限り検討はしてみるよ。
でも、確約は出来ないから、その時はごめんな!」
「わかりました」
それだけ答えると、未来は立ち上がり、手すりの向こう側に広がる暗黒空間を見つめた。
「アンナパラディンの本格稼動が適ったら、次は“ANX-05B”の問題だね」
横に並び、今川も同じ方向を見つめる。
五体のアンナユニットが並ぶドック。
その一番端にストックされている、黒地に赤のラインが入った機体「ANX-05B」に、二人の視線が集中する。
「まだ、候補者は見つからないんですか?」
未来の呟きに、今川は力なく頷く。
「諜報班が――凱さんが頑張ってくれてはいるんだけどね。
でも、何もとっかかりがないから、手の出しようがないってボヤいてたよ」
「ですよね。
でも、早くしないと、訓練も必要になるし」
「オレは、むしろ四人までよく集められたと思ってるくらいよ」
「……」
ANX-05B……五体目のアンナユニットの搭乗者は、まだいない。
つまり、彼女達の対XENO戦力は、まだ揃い切ってはいないのだ。
未来の胸中に、不安がよぎる。
「ところで、今日は蛭田博士は?」
ふと思い出し、辺りを見回しながら今川に尋ねる。
「今日は、凱さんと一緒にアークプレイスに行ってるってさ」
「珍しいですね。
蛭田博士、あのマンションあまり行きたくないって仰ってたような」
小首を傾げる未来に、今川はやれやれといったジェスチュアをしながら応える。
「あの人、ビンボー生活長かったからなあ。
ああいうお金持ち御用達みたいなとこ、雰囲気が苦手なんだって。
でも、ホラ、今回は彼女の」
「ああ」
その言葉に全てを察し、未来は眉間に皺を寄せた。
「み、未来ちゃん?
もしかして、なんか怒ってる?」
「どうしてですか?」
「いやさ、最近時々、凄く怖い顔するようになったからさ」
「そうですか? 気のせいですよ」
それだけ返すと、未来は開発班エリアを離れる。
日課である、アンナユニットの訓練をこなすために。
今川に背を向けた後、未来は、自分の眉間を指でなぞった。
事件から、一週間。
その間、愛美はマンションから出ずに生活していた。
ジャイアントスパイダー事件で受けた精神的衝撃が未だ抜けず、部屋に引き篭もっている状態が続いている。
その間、この広いマンションの掃除を何度もしたり、先日購入した物を配置したりと、家のことはかろうじてやっていたが。
人に逢うのが、怖かった。
渋谷の雑居ビルの中に散らばる無惨な死体が、フラッシュバックすることがある。
それが、出会う人と重なり、言い知れない程の恐怖感に繋がってしまうのだ。
あの後、舞衣と恵、そして凱はこのマンションに泊まっていったようで、翌朝は精一杯元気に振舞っていた。
しかし、相模姉妹の顔色はやはり悪く、相当無理をして自分を元気付けているだろう事が窺い知れた。
それがとても申し訳なく、また辛い。
それ以降、たまに舞衣と恵が交代で様子を見に来てくれたが、それに対応するも正直厳しかった。
(でも、いい加減、なんとかしなくっちゃ)
そう自分に言い聞かせ、今日はまず洗濯から始めようと思い立つ。
そんな矢先、突然、チャイムが鳴った。
玄関に姿を現したのは、北条凱と、もう一人の男性。
凱より少しふけ顔で、目つきがやたら鋭い。
だが愛美は、この男の顔に見覚えがあった。
「やぁおはよう、愛美ちゃん」
「お、おはようございます。
あ、あの、初めてお目にかかります! 私は――」
「挨拶などいい。
通信で何度かやりとりしているからな」
「ああ、やはり、あの時の!」
ようやく、記憶が繋がる。
初めてアンナローグになった時、通信でアンナユニットの使い方を教えてくれた男性だ。
二回目の時も、実装のコードを連絡してくれたおかげで、死なずに済んだ。
いわば、彼は命の恩人ともいえる存在だと、愛美は即認識した。
「その節は、何度も助けて頂きまして、本当にありがとうございました」
「う、うむ……」
目つきの鋭い男は、愛美の挨拶に一瞬表情を緩めるが、すぐにまた元に戻った。
それを横目に、凱は少しだけ微笑む。
「愛美ちゃん、今日はとても大事な話があって来たんだ。
悪いけど、あっちの部屋で、ちょっといいかな」
「い、今からですか?」
「そうだ」
有無を言わさぬ迫力で、男が真正面から睨みつける。
愛美は、つい気圧されて頷いてしまった。
本当は、まだ誰とも逢いたくなかったのだが――




