第11話【魔法】3/3
グワアァァァァ――ッ!!
ジャイアントスパイダーが、遂に襲い掛かってきた。
しかし、アンナウィザードは微動だにしない。
“Science Magic construction is ready.
MAGIC-POD status is normal.
Execute science magic number M-012:Explosion-bomb from UNIT-LIBRARY.”
「エクスプロージョン・ボム!」
自動詠唱と、アンナウィザードの声が重なる。
それと同時に、左手首の魔法陣が収縮して、一部がまるで照準のように変化する。
アンナウィザードの手の中に真っ赤な火球が発生し、勢い良く撃ち出された。
火球はジャイアントスパイダーに命中。
凄まじい爆音を立て、ビルの四階全体が粉々に破壊された。
「え、えええええええええええっ?!」
アンナローグの悲鳴が、爆発音にかき消される。
雑居ビルの上層階は、アンナウィザードの“科学魔法”の爆発で、完全に破壊された。
三階から上が消し飛んだビルは、周囲に瓦礫と粉塵、鉄骨の破片やガラスを撒き散らす。
その残骸の一部は、周辺に立ち並ぶビルや周囲の道路にも被害を及ぼす。
そんな中、三人はフワリと、先程の場所に降り立った。
「あ、あ、あわわ……ビルが、ビルが、お店が?! なくなっちゃいましたよ?!」
「うん、そうだねっ☆」
「そ、そうだねって?! そんな、大変なことじゃないですかぁ!!」
慌てふためくアンナローグに、アンナミスティックはウィンクしながら答える。
「大丈夫だよ、ローグ♪
ここ、私達以外、誰もいないから!」
「……へ?」
「ここはね、私達三人と、あのXENOしかいないんだよ!」
「はい?! どどど、どういう事ですか、それは?!」
「うーん、私もよくわかんないんだけどね。
“パワージグラット”を使うと、そうなるんだよっ」
「? ? ?!」
「二人とも! まだ来ます!
油断しないで!!」
アンナウィザードの叫び声が、二人に緊張感を呼び戻す。
破壊された雑居ビルの中から、頭を破壊されたジャイアントスパイダーが、のっそりと姿を現す。
「うわっ! 頭ないのに、なんかこっち見てる!」
「あの状態で……まだ生きてるんですか?!」
アンナミスティックとローグの傍に、アンナウィザードが降り立つ。
先程までの優しい雰囲気は消え、妖艶な美しさを湛えるその横顔は、舞衣の時とは全く違うものに見える。
アンナローグは、そんな彼女の姿に、何故かぞくっとさせられた。
ドスン、という音と共に、ジャイアントスパイダーが道路に飛び降りてきた。
完全に失われた筈の頭部が、見る見るうちに復元していく。
細かな神経のようなものが集まり、筋肉のようなものが湧き、外郭が発生する。
ものの数秒で、ジャイアントスパイダーの頭部はおおまかな形状を取り戻した。
「復元……想像以上の早さですね」
「ど、どうすれば、退治出来るんですかぁ?!」
「任せて! 次は私が行くよ!」
アンナミスティックが前に出た。
右手を自分の太ももに近付ける。
右太ももに嵌っていたメタルグリーンのリングが外れ、それが閃光と共に70センチほどの棍棒型に変化した。
「マジカルロッド!
タイプII・スティック!」
鋭い気合と共に、アンナミスティックの手に握られた棍棒が変形する。
2メートルほどの長さに伸びたそれをクルクルと回すと、体勢を低くして戦闘の構えに移る。
その姿は、まるで棒術を得意とする武術家のようだ。
シャアァァァァ!!
発声器官まで復元したジャイアントスパイダーが、おぞましい鳴き声を立て、襲い掛かってきた。
だがそこに、一直線に棍棒が叩き込まれる。
「たぁっ!」
気合一閃!
アンナミスティックの棍棒・マジカルロッドの先端が、ジャイアントスパイダーの四連目の一つに突き刺さる。
そして――
「とりゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
アンナミスティックの両袖が開き、たなびくように回転を始める。
すると、ジャイアントスパイダーの巨体が軽々と浮かび上がった。
「たぁ―――っ!!」
力強く頭上に持ち上げ、猛烈な勢いで路面に叩きつける。
アスファルトが砕け散り、軽い地震のような振動と共に、轟音が反響する。
続けて、アンナウィザードが動いた。
左太ももに嵌められている大きなリングが自然に外れ、彼女の左手の中に収まる。
それは激しく輝き、2メートル程の長さの「杖」に変形した。
「ウィザード・ロッド!」
アンナウィザードの掛け声と共に、杖はひとりでに宙に浮かび上がり、停止した。
そこに、アンナウィザードが飛び乗る。
杖の上に立った状態で、彼女はそのまま真上に浮上した。
「え? え? な、何がどうなって?!」
「お姉ちゃんが――ウィザードが、トドメを刺すからね」
「えっ?!」
道路に叩きつけられたジャイアントスパイダーは、よろよろと立ち上がり、破壊された背中部分を復元する為か、動きを止めた。
“Completeion of pilot's glottal certification.
Confirmed that it is not XENO.
Science Magic construction is ready.
MAGIC-POD status is normal.
Execute science magic number C-017 "Search-scan" from UNIT-LIBRARY.”
今度は、アンナミスティックのシステムが、詠唱を開始する。
右手をジャイアントスパイダーの方向に翳すと、ゆっくりと目を閉じる。
「サーチ・スキャン!」
アンナミスティックの右手から、細く赤い光線が照射される。
それがジャイアントスパイダーの身体の表面を、撫でるように照らしていく。
「あの、いったい、何が――」
不安げに尋ねるアンナローグをよそに、目を開いたミスティックが叫ぶ。
「ウィザード!
背中の中心だよっ!」
「はい!」
アンナウィザードが、返答する。
再び詠唱が始まった。
“Science Magic construction is ready.
MAGIC-POD status is normal.
Execute science magic number M-10 "Fire-ball" from UNIT-LIBRARY.”
横にした左手の上に、また魔法陣のようなものが出現する。
それが次々に分身し、アンナウィザードの左腕に沿って四つ均等に並んだ。
魔法陣を照準にすると、アンナウィザードは魔法陣に右手を重ね、左手の甲で軽く握った。
右手の指の隙間から、炎が立ち上る。
そのまま、右手を顔の横まで一気に引っ張る。
まるで、左腕で投石器を模すように。
「ファイヤーボール!!」
右手を開くと同時に、発射された炎の塊が、アンナウィザードの左腕を走り抜ける。
重なった魔法陣を通過するごとに、炎は膨らんで行く。
四十センチ程になった炎の塊は、猛スピードでジャイアントスパイダーに襲い掛かった。
激しい爆発音と共に、ジャイアントスパイダーの背中が炎に包まれる。
ジャアァァァァ――!!
濁った悲鳴が轟き、外郭がみるみる歪み、砕け、溶けていく。
先程のような爆発ではなく、いつまでも炎が消えない。
もがき苦しむジャイアントスパイダーが、どんなにその身を道路や建物に押し付けても、炎の勢いが消えることはない。
「せ、説明していただいても、宜しいでしょうか?
何が起きているのか、私、もう付いて行けないんですが……」
何故か猫背になったアンナローグが、申し訳なさそうにアンナミスティックに尋ねる。
にっこり微笑むと、ミスティックは優しい声で応えた。
「うん、後で説明するねっ♪」
「ええええ……」
ジャイアントスパイダーの身体が、どろどろに溶解して、完全に崩れる。
それと共に、あれだけ激しく燃えていた炎は徐々に弱まり、そして消えた。
「倒せた、わね」
「お疲れ様、お姉ちゃん♪」
「はい、ミスティック、あなたも」
「あわわわ……ビルが……道路が……めっちゃくちゃ……ひええええ!」
雑居ビル――だった物の前に佇む三人は、闘いの跡地を、それぞれの想いを込めて見つめていた。
「アンナローグ、もう大丈夫ですか?」
「え?」
突然のアンナウィザードの呼びかけに、アンナローグは虚を突かれた。
「ローグ、じゃあ、少し力を貸してね♪」
「え、えええええええええええっ?!
まだ終わらないんですかぁ?!」
アンナローグの悲痛な叫びに、二人は満面の笑顔で頷いた。




