第11話【魔法】2/3
二人の頭上で、破裂音が聞こえた。
雑居ビルの向かって右端の方から、大量の粉塵が噴き出す。
少し遅れて、先程から開きっ放しになっている窓からも。
それを見た舞衣と恵は、真剣な面持ちで互いを見た。
姉妹は、それぞれの左手を眼前に翳す。
「「 コード・シフト! 」」
二人の声が綺麗に重なり、それと同時に、薬指に嵌められた指輪のクラウンが展開する。
カチリ、と音を立てて左右に開いた指輪の内部で、細かな機器が光を明滅させる。
再び、二人の声が重なる――
「「 クロス・チャージング!! 」」
“Voice key authentication.
Confirm the coordinates of the two pilots, transfer ANNA-UNIT, and start measurement for INNER-FRAME formation.
Receive UNIT internal equipment and perform three-dimensional configuration, and move on to OUTER-FRAME formation measurement.
After digitizing the decorations of the two pilots, they are stored as data.”
舞衣と恵は、叫びながら互いの左手首を重ね合わせた。
と同時に、周囲に激しい閃光が迸る。
大気を振るわせる轟音と光の粒子の渦の中、二人は身に付けたものを電子化され、全裸になった。
そこに、空間転送で実体化したメカが合わさり、重なり、二人を覆っていく。
二体の大きな、そして無骨なデザインの人型メカのシルエットが、光の渦の中に浮かび上がった。
だが、次の瞬間。
“Check for operational system updates.
Update version and change the OUTER-FRAME configuration.
Check the normal function of each part, and the support AI system is all green.
Reboot the system.
ANX-02W ANNA-WIZARD, ANX-03M ANNA-MYSTIC READY.”
無機質なボイスと共に、青色と緑色のメカが割れ砕け、その中から二人の少女の姿が現れた。
蛹から蝶が羽化するように、ゆっくりと屹立する。
灰色の髪と衣装、豊満なボディを艶かしく包み込む純白のブラウス、そして額に輝くグリーンの模様。
羽化を果たした二人は、背中合わせの状態で宙に浮かび、同時に開眼する。
エメラルドの瞳に光が灯り、グレーの髪と衣服が、鮮やかな色を帯びていく。
相模舞衣は、鮮烈なブルー。
相模恵は、爽快なグリーン。
実装完了。
光の渦が霧散した後、新たなアンナユニットが、誕生した。
「何?!」
「えっ?! ちょ?」
「これは……どういうこと?」
“地下迷宮”では、勇次と今川、未来が、ナイトシェイドからの映像を観て驚愕の声を上げた。
「今川さん! 勝手にアップデートをしたんですか?!」
強張った表情で、未来が問い詰める。
しかし、今川は全力で首を振った。
「ち、違う違う! 何もしてないって!
第一、さっきシミュレーションデータ一緒に観てたでしょ?
そんな暇なかったじゃん!!」
「じゃあ、これは一体どういうことだ?!
お前以外の誰が、こんなことをやれるというんだ?」
勇次の言葉に、今川と未来が、人差し指を突きつける。
「ちょ、ちょっと、待て!
そんなわけないだろう!!」
「じゃあ、これは、どういう現象?!」
「まさか、ブラックボックスが、私達の介入を無視して、勝手に――」
眼鏡のブリッジを指で押さえながら、未来が独り言のように呟く。
「そ、そ、そんな、まさか!
いや、でも……」
「だが、実際はこの通りだ。
こうなった以上、もう見守るしかない。
――もしかしたら、あの二機も、アンナローグのように?」
「……」
眉間に皺を寄せ、未来はモニタを睨みつける。
そして、地の底から呻くような声で、ゆっくり尋ねて来た。
「この格好――
もしかして、いずれ私も……?」
勇次と今川は、無言で頷く。
“地下迷宮”の巨大な空間に、哀れな少女の悲鳴が木霊した。
「この姿は――」
「やったね、お姉ちゃん!
これで、アンナローグと同じだよ!」
お互いの姿を見て、二人は深く頷き合った。
「行きましょう!」
舞衣――アンナウィザードの呼びかけに、恵――アンナミスティックが頷く。
二人はその場で軽くジャンプすると、十数センチほど浮いた状態で静止する。
続けて、足の周囲に光が満ち始め、やがて半透明の光輪を形作る。
二人はその光輪の上に立つと、雑居ビルの階段へと滑走した。
「すごーい! フォトンドライブ、ちゃんと作動してるね!」
「静かに、ミスティック」
「あ! う、うん」
滑るように、二人は階段を上っていく。
軽やかな噴射音が響き、あっと言う間にその身を三階まで押し上げる。
もうすぐ四階というところで、上から衝撃音が轟き、二人は移動を止める。
「な、何コレ?!」
「これが、XENO?!」
アンナウィザードとミスティックは、遂にXENO“ジャイアントスパイダー”と対峙した。
四階の店舗は、既に原型を留めていない。
無数の白い糸の束により、階段の踊り場までも侵食されている。
アンナローグの姿は、見えない。
二人の姿に気付いたジャイアントスパイダーは、ゆっくりと身体を向けて来た。
ぐわっと、口が開かれる。
その瞬間、前に立っていたアンナウィザードが、構えを取った。
“Completeion of pilot's glottal certification.
Confirmed that it is not XENO.
Science Magic construction is ready.
MAGIC-POD status is normal.
Execute science magic number M-001:Magical-shot from UNIT-LIBRARY.”
システムが自動詠唱を開始し、アンナウィザードは、まるで舞うように身体を回転させる。
優雅な動きで両手を宙に漂わせ、直径50センチほどの光球を生み出した。
「マジカルショット!」
ジャイアントスパイダーの口腔内から、太く白い糸が吐き出される。
だがそれよりも早く、アンナウィザードの側に浮かぶ光球から、無数の“光の矢”が射出された。
凄まじい速度と弾数で、ジャイアントスパイダーの頭部を攻撃する。
一発たりとも外すことはなく、耳をつんざくような射撃音の後、ジャイアントスパイダーは店内まで吹き飛ばされた。
「すごーい! 科学魔法カッコイイ!!」
「それより、早くアンナローグを!」
「はーい!」
アンナウィザードは、宙に浮いたまま店内の入り口に立ち、ジャイアントスパイダーの出方を監視する。
一方アンナミスティックは、小指を折り曲げた右手を周囲に漂わせていた。
「あ、居た!」
アンナミスティックは、上への階段を塞ぐように張り巡らされた糸の束に近付くと、その中でも特に大きな塊に注目した。
「待っててね、今助けるから!」
まるで蛾の繭のようになった“糸の塊”は、中で何かがぐねぐねと蠢いている。
アンナミスティックは、それを両手を掴むと、力任せに引き剥がそうとし始めた。
「う~~~ん!!」
メリ、メリ……と鈍い音が立ち始め、糸の束に隙間が出来る。
そこに指を差し込むと、更に力を込めた。
「う~~……たぁーっ!!」
ばりっ! という豪快な音と共に、“繭”の表面が裂ける。
その中から、驚きの表情で固まっているアンナローグの姿が現れた。
「あ……だ、誰?」
完全に怯え切っているアンナローグは、アサルトダガーを抱き締めながら固まっている。
そんな彼女を助け上げると、アンナミスティックは優しく抱き締めた。
「ごめんね、遅くなって!
怖かったよね?
でも、もう大丈夫だからね」
「え、あ、は、はい……でも、えっ?」
アンナローグは、ようやくアンナミスティックの姿に気付いた。
自分と良く似た形の、グリーンのメイド服を着て、髪の色も同じだ。
それが恵の“変身”した姿だと理解するのに、若干の時間がかかった。
「ミスティック、このままでは、ビルが崩壊しかねません。
“パワージグラット”を!」
「うん、わかった!」
アンナローグをゆっくり引き離すと、アンナミスティックは表情を引き締めた。
「パワー・ジグラット!」
印を象った左手を、店の入り口の方に向ける。
と同時に、雑居ビルを中心とした周辺全体が、薄青色のヴェールに包み込まれた。
建物や街灯の映像が一瞬僅かにぶれ、そしてすぐ元に戻る。
アンナミスティックの視界の端に、サポートAIからのメッセージが表示された。
“Power ziggurat, success.
Areas within a radius of 500 meters have been isolated in Phase-shifted dimensions.”
「ウィザード! OKだよ!
思いっきりやっちゃって!」
「ありがとう、ミスティック!」
店内で、何かが暴れ回るような破壊音が聞こえてくる。
体勢を立て直したジャイアントスパイダーが、こちらに敵意を剥き出しにして身構える。
だが対峙するアンナウィザードは、冷静な表情を崩しもしない。
青色の髪をかき上げると、右手でブラウスの胸元をはだけた。
こぼれるような胸の谷間から、小さな金属製のカプセルを取り出した。
それを右上腕に嵌められた腕輪の溝に、差し込む。
“FIRE-cartridge has been connected to the MAGIC-POD.”
その瞬間、アンナウィザードの青色の部分が、ほんの僅かな間だけ、赤色に染まった。
左手を伸ばし、四階の壁に向かって人差し指を向ける。
すると、彼女の左手首の周辺に魔法陣のようなものが発生し、広がっていく。
「え?! な、何を?!」
「脱出するよ! ローグ!」
「えっ?! ひえっ?!」
アンナミスティックは、またも軽々と、アンナローグの身体を片手で持ち上げた。
約2,000キロにも及ぶ、彼女を。




