●第11話【魔法】1/3
「メグ達も、愛美ちゃんみたいに――アンナローグみたいな姿に、なれるかな?」
美神戦隊アンナセイヴァー
第11話 【魔法】
辺りは、もう夜の帳が降り始めている。
ただでさえ薄暗かった店内は、ほぼ完全に暗闇に覆われていた。
糸のような繊維が重なって作られた「謎の柱」の隙間をなんとかくぐり、カウンターデッキの向こう側に抜けられた愛美は、たまたま手をついた壁に照明の電源を発見した。
ようやく、店内に明かりが灯る。
だがそれにより、店内の惨状はより際立った。
「う、わ……!」
先程までは気付かなかったが、「糸の柱」には、あちこちに不気味な黒いシミが付いていた。
そして床のいたるところにも。
中には、大量の液体をこぼしたような部分もある。
壁にもどす黒い何かが大量に付着しており、その周辺に、何かがばら蒔かれているようにも見える。
しばらくして、それは女性物のハンドバッグと、その中身と思われるものが散らばっているのだとわかった。
(ここで、いったい何が起こったの?!)
呆気に取られる愛美だったが、先の焦げた臭いを思い出し、我に返る。
幸い、カウンターの内側には、さほど柱の影響は及んでおらず、ある程度は自由に動けた。
「あ、これだ」
臭いの原因は、調理場にあるIHコンロだった。
上に置かれた小鍋が倒れ、中のものが大量にこぼれ、それが焦げて臭いを発していたようだ。
スイッチこそ入りっ放しだったものの、ある程度のところで加熱は停止したようだ。
臭いこそ強く残りはしたが、どうやら火事の心配はなさそうだ。
ふう、と安堵の息を漏らした愛美は、コンロのスイッチをオフにして――気付いた。
そのコンロの周辺に、異常に物が散らばっている。
まるで、今までここで調理をしていた人が突然暴れ出し、周囲のものを投げ散らかしたかのように見える。
加えて、フローリングの床に、何かを引きずったような跡まである。
愛美は、その跡を目で追いかけ――見てはいけないものを見てしまった。
カウンターの向こうに張り巡らされた柱。
その隙間の向こうから、何かがこちらを見つめていた。
大きな、黒く丸い目が二つ。
その横に、更に小さい目が一対。
計四つの横に並んだ目が、一斉にこちらを凝視している。
「ひ……!!」
愛美が悲鳴を上げるよりも早く、視界の彼方の「それ」は、隙間をこじ開けるようにしてこちらへと迫って来た。
(ば、バケモノ?! また?!)
愛美は、咄嗟にしゃがんで身を潜めるが、もう遅い。
存在を感知した「それ」は、軋むような音を立てながら、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
やがて目だけではなく、巨大な鉄の棒を思わせる“脚”が、愛美の視界に飛び込んだ。
ギ・ギ・ギ、という、耳障りな音が店内に響き渡り、それが店内のBGMを混じり合って、なんとも表現し難い不気味さを感じさせる。
カウンターの奥、これ以上進めないというところに追い詰められた愛美は、完全に退路を断たれた。
だが、その時。
不意に、胸元のネックレス――あの金色の装飾具に覆われた宝石が、光を放ち始めた。
見ると、宝石の中で青白い線が駆け巡り、何かの模様を描いている。
(あっ、これは――)
井村邸での、あの豚面の怪物と対峙した時の記憶が蘇る。
あの時も、この宝石が突然輝いて「変身」することが出来た。
もし、あの時の力が、今またここで使えたなら!
そう考えた愛美は、咄嗟に宝石を両手で握り締めた。
「お願いです! どうか、あの時の力を、また貸してください!」
必死の祈りを込め、ぐっと握り込む。
そして次の瞬間――
「え……きゃあっ?!」
愛美の身体は、凄まじい力で引っ張り上げられた。
身体のあらゆるところが、様々な所に激突し、痛みが走る。
身体が何かで拘束されているせいで、脱出が出来ない。
愛美は、己を引き寄せた者の正体を目の当たりにして、絶句した。
それは、蜘蛛。
しかも、ただの蜘蛛ではなく、とてつもなく大きい。
頭の大きさだけで愛美の上体くらいのサイズは優にあり、その全体は、彼女の数倍はあるだろうか。
そんな非現実な巨大蜘蛛が、呆れるほど大きく長い脚で身体を支えながら、店内を移動しているのだ。
その光景は、もはや恐怖以外の何物でもない。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」
自分の意志とは無関係に、悲鳴が漏れる。
しかし、その声は柱に吸収されてしまうのか、殆ど響かない。
巨大蜘蛛は、まるで愛美を品定めするかのように、四連の眼で見つめてくる。
その時、自分の身体が柱と同じ「糸状の繊維」で巻かれていることに、愛美はようやく気付いた。
(まさか、コレで、この店の人達を?!)
恐怖に苛まれながらも、愛美の中の冷静な部分が、状況を分析する。
やがて、蜘蛛が「口」を開いた。
愛美の眼前に、無数の乱雑に生えた“牙”が姿を現す。
本来、蜘蛛が持ち合わせていない筈の、鋭い牙が。
「ひぃ……!」
粘ついた唾液が、口腔から酷い異臭と共に放たれる。
相変わらず、愛美の身体に変化が訪れる様子はない。
死が、目前に迫った。
「た、助けてぇっ!!」
『――千葉愛美! “コード・シフト”と叫べ!』
突然、何処からともなく、男の声が響いた。
何が起きたか頭が理解するより先に、反射的に反応する。
「こ、こ、コードシフトっ!!」
謎の声に言われるまま、愛美は、渾身の力を込めて叫んだ。
激しい光が、愛美の身体から放たれる。
閃光に、巨大蜘蛛が怯んだ。
愛美を包んだ糸が手放されたのか、横倒しの状態で床に落下する。
またも、繊維がクッションとなり、思いの外痛みは感じなかった。
しかし、拘束が解けたわけではない。
巨大蜘蛛も、すぐに体勢を整えるだろう。
目も眩むような光は徐々に弱まり、代わって奇妙な電子音が鳴り始めた。
「こ、これは、あの宝石が?」
『聞こえるか、千葉愛美!』
再び、男の声が響く。
それは、胸の辺りから聞こえてくるようだ。
「そ、その声は確か、あの時の?!」
『これで、サークレットが準備段階に入った!
いいか、今から言う言葉を、もう一回叫ぶんだ。
そうすればお前は、あの時の――アンナローグになれる筈だ!!』
「わ、わかりました! あ、あの、なんて叫べば?」
愛美の質問に、男は一旦咳払いをして、答える。
『“チャージ・アップ”だ!』
「チャージ……わ、わかりましたっ!!」
軋むような音を立て、巨大蜘蛛が再びこちらに向き直る。
先の閃光に憤っているのか、先程に比べて動きが素早くなっている。
長い脚が、多方向から迫ってくる。
脚の末端の一部が包みに触れたその時、愛美は、思い切り大きな声で叫んだ。
「ちゃ、チャージ・アーップ!!」
“Voice key authentication.
Check the pilot's coordinates, transfer ANNA-UNIT, and start measurement for INNER-FRAME formation.
Receive UNIT internal equipment and perform three-dimensional configuration, and move on to OUTER-FRAME formation measurement.
After digitizing the pilot's decorations, it is stored as data.”
天を切り裂くような閃光、大気を振るわす轟音。
拘束していた繊維は、瞬時に弾け飛んだ。
身に付けた衣服は光の粒子となり、愛美は一瞬、一糸纏わぬ姿となる。
そこに、空間から転送された数々のメカニックが重なり、愛美を覆い隠していく。
一瞬、無骨な漆黒の機械が光の中に現れる。
だが次の瞬間、その姿は半透明になり、その中から愛美が――否、アンナローグが飛び出した。
まるで、蛹から蝶が飛び立つが如くに。
真っ直ぐに屹立する光の帯、天使の羽のような細やかな光の粒。
圧倒的な光量は少しずつ集束し、その中心に、全身グレー一色のアンナローグが佇んでいた。
再び怯み、店の奥まで素早く撤退した巨大蜘蛛をよそに、アンナローグは、ゆっくりと瞼を開く。
エメラルドグリーンに煌く瞳の奥で光が灯り、グレーの髪と衣服が、鮮やかなピンク色に染まっていく。
“Switch the system to fully release the original specifications.
Each part functions normally, and the support AI system is all green.
Reboot the system.
ANX-06R ANNA-ROGUE, READY.”
身体に漲る力、まるで空気になったかのような身の軽さ。
自分のあらゆる能力が、極限まで一気に高まったような高揚感。
先程までの絶望感や恐怖は瞬時に消え去り、愛美は、妙な安心感を覚えていた。
目の前に、とんでもないバケモノが居るというのに。
『あとは一人で行けるな、千葉愛美!』
「は、はい! ありがとうございます!」
『お前のマーカー……いや、目を通じて、我々もその状況を確認している。
以降、その蜘蛛のバケモノは、UN-02“ジャイアントスパイダー”と呼称する』
「じゃ、ジャイアン……」
『右腕の武器を忘れるな!』
それだけ言うと、男からの通信は切れた。
先日のことを思い出し、左上腕に右手を添えると、二の腕に巻きついていた腕輪がポロリと外れた。
と同時に、それは光を放ち、赤色の刀身を持つ短刀「アサルトダガー」に変化した。
右手の中でクルクルと回転させ、逆手持ちにすると、アンナローグはジャイアントスパイダーに向かって構えを取った。
だが、その時――
タスケテー
イヤダー
シニタクナイー
「えっ?!」
アンナローグの耳に、誰かの声が届いた。
それは、誰かの……人間の声だ。
「だ、誰?! 何処にいるのですか?」
声に反応し、アンナローグはつい注意を逸らしてしまう。
その隙を突き、ジャイアントスパイダーは、その巨体で突っ込んできた。
「え――きゃあっ?!」
鉄の塊が高速で激突するような、轟音が鳴り響く。
床から少し浮かび上がっていたアンナローグは、強烈な突進をまともに食らい、店の入り口方向へ吹っ飛ばされた。
メキメキという激しい炸裂音を立て、店頭部分が砕け散る。
アンナローグは、階段の踊り場まで突き飛ばされてしまった。
更に、店の中から無数の「糸」が飛来する。
「えっ?! ウソっ!」
視界が、あっという間に真っ白になる。
アンナローグは、またしても蜘蛛の糸に捕らえられてしまった。




