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美神戦隊アンナセイヴァー  作者: 敷金
第6章 アンナスレイヴァー編
222/225

●第133話【終息】


 アンナウィザードが、曇った空から飛来する。

 そしてドルージュに乗った凱も、ようやく辿り着いた。


「ミスティック……」


 路上に跪いているアンナミスティックに、優しく声をかける。

 彼女の頬には、まだ涙が零れていた。


「ママ……いっちゃった」


「えっ?」


「お母様が?」


「メグが……滝のおじさんを……だから……ううっ」


 それ以上、言葉にならない。

 凱は、後ろに佇む司を睨みつけ、次に路上に転がるジャベリンタイプのマジカルロッドを見て、状況を大まかに把握した。


「司さん、あんたには話がある」


「だろうな。

 だがすまん、後日にしてもらえないか」


「なんだと?」


「本当にすまないが、俺もな――今はちょっと、まともに話せる心境じゃない」


「……」


 顔を上げて目を閉じる司に、凱はもうそれ以上何も言わなかった。


「ごめんね、ごめんねお姉ちゃん……ごめんね!」


「ううん、いいの……もう、いいのよ。

 さあ、帰りましょう」


 ミスティックの肩を抱くウィザードの目から、一筋の涙が零れ落ちた。


 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第133話【終息】

 






 同じ頃、地下迷宮ダンジョンでも大きな変化が現れていた。


「仙川博士!」


 勇次の目前で、仙川の姿が薄れて行く。

 光の粒に覆われ、徐々に足元から消えて行く。

 だが仙川は、既に悟っていたかのような穏やかな表情だ。


「案ずるな。

 ワシらを蘇らせていたXENOが、倒された証拠じゃ」


「そんなことはいい!

 あんたはまだ、重要なことを何一つ伝えてないじゃないか!

 それなのに消えるなんて、自分勝手にも程がある!」


「こればっかりはしょうがないことじゃろう」


「まったく、あんたという人は昔から……」


 顔を歪めて睨みつける勇次の肩に、仙川はポンと手を置く。

 感触は、もうない。


「生前に、ワシの意志を遺したものがある。

 それにアクセスしろ。

 お前が今知ることが出来る情報は、それでわかる筈じゃ」


「そんなものが?!

 それは何処に」


「残念じゃが、それを伝える時間はなさそうじゃ。

 ――だが勇次よ、これだけは聞け」


 もう半分以上消えかかっていながらも、改まって語り出す。

 勇次も、それ以上余計な言葉をかけるのを止めた。


「ハウントは、もう完成しておるな?」


「ああ」


「なら良い。

 そう遠くない将来、この地下迷宮ダンジョンに危機が訪れる」


「な……に?」


「その予兆は、恐らくお前にもわかるじゃろう。

 その時は、ハウントが切り札となる。

 良いか、それだけは忘れるな」


「う、うむ」


 光の粒が増していき、もう仙川の表情も窺えない程霞んでしまった。

 声も、ほぼ掠れている。

 だが、最後の一言だけは、何故か鮮明に勇次の耳に届いた。


「ここまで、よく頑張ったな――えらいぞ」


「は……か、せ……!!」


 仙川は、消えた。

 光の粒も消失し、まるでそこには初めから何もなかったかのように。


「最後の最後に、褒める奴があるかよ……」


 膝をつき、手をついて、勇次は顔を伏せた。






 ――それから三日後。


 死人還り事件は、ネクロマンサーの消滅により一斉に終結した。


 仲の良かった者達との再会も、忌まわしい存在との確執も、全てが突如として途絶えた。

 それを悲しむ者も居れば、怪異が納まったと安堵する者もいる。

 反応こそ様々だったが、死者の来訪によって混乱した世の中は、皆が思っていたよりも早く通常の生活を取り戻しつつあった。


 “SAVE.”もそれは同様で、愛美も霞も、そして未来もありさも、完全復帰が叶った。

 同時にそれぞれのアンナユニットも、オーバーホールが完了しいつでも実装可能な状況となる。

 その裏では、必死で働くティノと今川、そして彼女達が指揮する各スタッフの必死の努力があったことは言うまでもない。


 しかし、アンナセイヴァーが復帰したということは、同時にアンナスレイヴァーも活動可能となった可能性が高い事を意味する。

 誰も口にこそ出さなかったが、皆がそう思っているようだった。



 摩耶が突然いなくなった事で、相模姉妹と鉄蔵はしばらくの間とても意気消沈していた。

 特に、別れ間際の会話に参加すら出来なかった鉄蔵の落ち込み具合は相当なもので、彼を慰める為に凱が一晩酒に付き合ったこともあった。


 舞衣と恵も、しばらくの間は元気がなく大人しくしていたのだが――




 そして、更に数日後。



「ねえ~、お兄ちゃあん♪」


 その日も、恵は凱に甘えまくり、彼の膝の上にまたがる。

 股下数センチという極端な丈の、二ットのミニワンピース姿で。

 太ももをあらわにしたあまりにも大胆な恰好に、周囲の者達の視線が突き刺さる。


「め、メグ! ちょ、やめろってこんなとこで!」


「え~、だってぇ。

 お兄ちゃん、最近メグのこと甘えさせてくれないも~ん!」


「だからって! ひ、人がいるとこで、止めなさい!」


「なんでぇ? いいじゃなぁい」


「す、少しは人目を気にしなさいってことぉ!」


「大丈夫だよぉ、だってみんな、メグとお兄ちゃんが仲良しだって知ってるもん。

 ねー?」


 いきなり振られて、皆が不自然に視線を逸らす。


「ひい、頼むから勘弁してくれぇ!」


 助けを求める凱の悲痛な表情と、それを露骨に無視するメガネとハンバーガー野郎。

 

「ま~た見せつけてるよ、あの二人」


「放っておきましょう」


「だぁ~! お前ら、薄情なこと言ってないで助けてくれよぉ!」


「なぁんで? なんで助けが必要なのよぉ? プンプン☆」


「苦し……ぷはぁ! む、胸、押し付けるなあ!!」


「んふふ♪ だぁってぇ、お兄ちゃん大好きなんだも~ん♪

 ぎゅ~っ♪」


「むごごごご!」


 凱の懇願も空しく、妹の容赦ない猛攻が続く。


「あ~、まただよもう」


「またですねえ」


 今川と未来は、呆れた溜息を、わざと二人に聞こえるように放った。


 ここは、SVアークプレイスのミーティングルーム。

 恵は先程からずっと、凱に対してこの調子だ。

 やがて、舞衣とありさ、愛美が入って来る。

 抱き合う二人の様子を見るなり、三人は一斉に顔を赤らめた。


「んまぁっ! こんな朝早くからお盛んですわねぇ」


「ありさ、何よその変な話し方?」


「ひええ、お子様には見せられないシーンがこの後?!」


「愛美ちゃん、オーバーすぎ」


「め、メグちゃん! もう、こんなとこで何してるんですか!

 離れなさい!」


「や~ん、もっとぎゅ~ってしてるぅ!」


 ネクロマンサーが倒されたその日の晩から、恵の甘えっぷりは益々拍車がかかったようだ。

 文字通り、凱にべったりでひと時も離れようとしない。

 そしてその様子に、舞衣が怒り出すパターンも相変わらず。

 しかし、皆は知っていた。


(あんな事言ってるけど、舞衣ちゃんも、家では同じようなことしてるって話だぜ)


(マジっすか?! 舞衣って、あんな大人しそうな顔してて実は大胆なん?!)


(メグは開けっぴろげだけど、舞衣も本質はあんまり変わらないから)


(ひええ、や、やっぱし姉妹だからそういう所は同じですかねえ?)


 外野が勝手な話をする中、兄と二人の妹は、もう見慣れたいつものパターンを繰り返す。 

 しかし、誰もそれを止めようとまでは思わなかった。



 あの日、帰還したアンナミスティックの様子。

 そのあまりにも悲壮な雰囲気に、“SAVE.”のスタッフはかける言葉が見つからなかった。

 ネクロマンサーとのやりとりは、記録映像で既に皆に知られている。

 今まで経験したこともないような辛い判断を強いられた恵の気持ちを、誰も押し測り切れずにいた。



(舞衣と恵は、俺に甘えることで精神的なバランスを取っているんだ。

 小さい時からそうだった……あいつらは、辛いことや悲しいことがあると、いつもそうして気持ちを切り替えて来たんだ。

 だから、よそから見たら少し異常に思えるかもしれないけど、どうか見逃してやって欲しい)



 昔、凱から聞かされた話を思い出し、未来は少し目を細める。

 そして相模姉妹が活躍していたのと同じ頃、自分が体験していたことを反芻する。


 おのずと、視線がありさの方に向く。


「どした未来? シカゴピザ食べる?」


「なんでそんな激しいものを用意してるのよ?!」


「あんたも元気なさそうだからだよ」


「……そう、見える?」


 急に真顔になる未来に一瞬気圧されるが、ありさも真剣な表情で応じる。


「ああ、見えるさ。

 あんたのお父さんとお母さんも言ってたじゃん」


「……」


「だからさ、いっぱい食べて、肥――元気出そうよ」


「あんた今、肥えようって言いかけたでしょ?!」


「そそそ、そんな事言おうとしてないぞぉ?!」


「嘘おっしゃい!」


「それはいつもあんたがそう思っているからだよもん」


「よよよ、余計なお世話よ!

 それに、この前言ってたえらそうな能書きはどうなったのよ!」


「そんな昔の話は忘れたなぁ。

 ねえ愛美ぃ、昨日用意してもらったあのでっかいピザ、これから焼いてもいいかな?」


「はいどうぞ! あ、私がやりますね~」


「愛美まで共犯なの?!」


 こちらはこちらで、いつものやりとりが始まる。

 取り残された今川は、苦笑いを浮かべて溜息をついた。






 変化が起きたのは、“SAVE.”だけではなかった。


 新宿署・刑事課強行犯捜査係。

 いつものように、退屈そうに机に座っていた司の元に、一通の封筒が届けられる。

 受付係の女性が、わざわざ届けてくれたようだ。


「すまないね、こんなとこまで。

 郵便? 誰からだろう?」


「結構重たいですね。

 何が入ってるんでしょうか。

 じゃあ、私はこれで」


 受付係が、会釈をして立ち去る。

 差出人の名義を確認しようとして裏返したところで、司は思わず目を見開いた。


「これは!」


 慌てて席を立つと、課長席に飛んでいく。


「島浦課長! ちょっとよろしいですか?」


「どうしたんだ司?」


「これを」


 そう言いながら、封筒を突きつける。

 その差出人の名前を見た途端、島浦の顔色が変わった。


「――滝?!」


「ああ」


「司、ちょっと顔貸せ」


 島浦が、部屋の外に出るよう促す。

 封筒を持ったまま、二人はそそくさと部屋を出て行った。



 たまたま空いていた小会議室の一番奥を陣取ると、二人は顔を突き合わせて封筒を破る。

 中から出て来たのは、膨大なページ数のファイルと、一つのUSBメモリだった。

 

 恐る恐るファイルを開くと、一ページ目には、滝の直筆と思われる私信が記されていた。




 司へ


 今後のお前の捜査活動の参考になるかと思い


 私が知る限りの情報をここにまとめた


 この資料が お前達の役に立つことを祈る


 お前の親友として



 滝




「あいつ、何故これを俺に?」


「滝は、XENOだったんだよな?

 んで、あのコスプレ集団が倒したと」


「そうだ、たまたま見たからな、間違いない」


 司とアンナミスティックの関係は、島浦にも内緒だ。

 そのため彼は、偶然XENOとの戦闘の場に居合わせたという、少々無理のある説明を行っていた。


 島浦がページをめくると、そこには膨大な文章量の資料がぎっしりと詰まっていた。

 

 それは、XENO及びこれを使役するグループ「XENOVIA」についての詳細なレポートだった。

 メンバーの内訳、彼らの名前と能力、普段の活動状況、その目的などが事細かに記載されている。


 文章だけでなく、盗み撮りしたのではと思われる写真まで添付されており、メンバーの姿もはっきりと確認出来る。


「あいつ……何故こんなものを送り付けて来たんだ?」


「見た感じ、XENO犯罪を取り仕切っている連中についての潜入レポートってとこか」


「す、凄いぞこれは! とんでもないスクープだ!」


 しばらく内容に目を通していた島浦が、突然素っ頓狂な声を上げる。


「新聞記者みたいな事言い出したな」


「しかし何故、自分達が不利になるような情報をリークするんだろう?」


「そこは、あいつの正義感が物を言ったのかもしれんな」


 島浦は眉を潜めて思案するが、司はすんなり受け入れられる気がした。

 さらりと読んだだけでも、この資料が今の司にとって――否、警察全体にとって非常に重大な内容であることは容易に窺い知れる。

 これまで警察が知る事が出来なかったものが、ここに全て詰まっているのだ。


「だとすると、後はこの内容の真贋だが」


 島浦の懸念は、司にもないわけではなかった。

 これが彼らの何かしらの作戦である可能性はないわけではない。

 しかし、今のところ特に大きな活動は出来ておらず、またXENO達にも被害を及ぼしたわけでもない警察内の一部門に対し、そのような作戦を仕掛けて来る意味合いも薄い。


「それについては、少しずつ調査をしてみる。

 島浦、これはうちで預かっていいな?」


「もちろんだ。

 だが、この資料の存在を下手に外部に知られるのはまずい。

 当面の間は、XENO犯罪対策一課から門外不出ってことで管理出来るか?」


「ああ、当然だ。

 早速デジタル化して厳重に保管する」


「そうだな。

 わかってるとは思うが、くれぐれも外部に漏らすなよ?」


「そうだな、もし警察内にXENOが潜入していたら――」


「うん、既に潜入されていたんだもんな」


 宮藤女史の顔が不意に浮かび、司は軽く頭を振る。

 二人は真剣な表情で頷き合うと、周囲を窺い、まるで逃げるように会議室を後にした。


 だが司は、島浦が出て行った後、すぐに会議室に戻る。

 島浦には気付かれていないようだが、先程めくっていたページの中に、もう一つ自分宛ての私信があるのに気付いたのだ。


 はページを開き、改めて滝からのメッセージに目を通す。





 司へ


 すまないが ひとつだけ頼みがある


 この資料を 速やかにSAVEと共有して欲しい


 この資料のベースをまとめた人物の たっての願いだ


 どうか 叶えてやってくれないだろうか



 滝




 

(まとめた人物、だと?

 内通者がいたということか?)


 彼との会話を思い返すが、そのような人物を匂わせるような話は出ていない。

 ここに至り急に不安がよぎり始めるが、恐らくこの内容が“SAVE.”にとっても重要なものとなるだろう事は間違いない。

 司は早速タブレットで鷹風ナオトに呼びかけようとしたが、ふと目に入った資料のページが気になった。


「なんだこれは?

 ――闇バイト?」


 自分宛ての私信の次ページから始まっている「闇バイトの募集とXENOカプセル散布について」という見出しを見て、司の表情が強張った。


(こ、これは――)


 次の瞬間、司は大急ぎで会議室を飛び出して行った。








 時間は、少々巻き戻る。





 またか…と、未来は重いため息を落とし、手にした書籍を棚に戻す。

 これもまた、特に何の興味も引かない一般的な専門書に過ぎなかった。


 もう、今日はこれで何冊目のチェックになるだろうか。

 薄暗い室内で時計を確認すると、いつのまにか午後三時。

 昼食も忘れ、すでに六時間もこの部屋に閉じこもっていた事になる。

 未来は、軽く肩をゆさぶって身体をほぐすと、外の空気を吸うために玄関へと歩いた。



 ここは、向ヶ丘博士の旧宅。


 神奈川のとある海岸地帯にぽつんと存在する、周りにほとんど誰も住んでいない寂しい場所。

 遠くには新興住宅街が広がっているが、この場所にまで辿り着くには恐らくあと十数年は要するだろう。

 ちょっとした古い研究施設のような佇まいの邸宅を見上げ、未来は、幼い時ここで過ごしたわずかな記憶を手繰り寄せる。


 向ヶ丘未来は、7歳の時に両親を失っている。


 とはいえ、それより以前からしょっちゅう親族に預けられていた彼女にとって、それはあまり大きな衝撃ではなかった。

 まるで、遠縁の親戚が亡くなったかのような感覚しか受けなかった。


 だが様々な研究に全てを費やすほどの科学者だった両親は莫大な収入を得ており、未来を引き取っていた親族にも多大な資金援助が行われていた。

 それが途切れた瞬間、未来は突然やっかい者扱いされ、家を追い出された。



 あれから十一年。

 もし仙川や勇次達と出会っていなければ、自分が今頃どんな生活をしていたのか想像もできない。

 だが、あの時両親が死ぬ事なく、そして研究も一通り落ち着いたら、またここで共に暮らす事が出来たのだろうか?

 時折、そんな事をふと思い返す。


 玄関のドアが、少々乱暴に開く音がする。

 

「たっだいま~。

 ふ~い、重かったぜぇ」


「お疲れ様、ありさ。

 本当にここから歩いて行って来たの?」


「あ~そうだよ。

 最近休みっ放しだったから運動不足が気になってたし」


 といいながらその場で走る真似事をして見せる。

 一番近いスーパーまで徒歩で約三十分。

 どう考えても一時間もかからずに帰って来た彼女の健脚に内心驚きながらも、未来はあえて無表情を貫いた。


「んで、なんか見つかったか?」


「残念ながら何もないわ」


「そっかぁ、こりゃあ相当時間かかりそうだな。

 あたしも手伝うよ」


「ありさ疲れたでしょ、今はちょっと休んでいて」


「あ~、じゃあちょっくら十分ばかしだらけさせてもらうわ」


「たった十分でいいの?

 もっとゆっくりしてもいいのよ」


「それじゃあたしがここに来た意味が薄れるじゃん。

 交通費まで出してくれたんだし、やることはちゃんとやるよ」


 そういいながら、リビングにある大きなソファーに無遠慮に横になる。

 くつろぎ始めた途端、スマホを見始める彼女の姿に、未来は苦笑いを浮かべた。


(まあ、変なとこで真面目なのは買うけどね)



 未来とありさは、向ヶ丘邸――未来の生家にやって来ていた。


 長年ほぼ放置状態の膨大な書籍や資料を整理し、その中から「ある物」を見つけ出すために。

 「ある物」とは、両親が師事していた仙川博士との共同研究の記録、またはそれに繋がる証拠である。

 仙川は、我々に対してまだいくつもの謎を残している。

 勇次をはじめ、彼を知る者達の関心は全てそこに集約しているのだ。


 未来と仙川の付き合いはかなり古く、蜜月な関係だったらしい。

 そんな両親が、仙川の持つ情報にまつわる何かを置いている可能性は非常に高い。

 

(仙川博士に直接尋ねても、どうせはぐらかされるだけ。

 だったらここで何か情報のきっかけになるものを探して、それを突きつけてから追求すれば――)


 未来の帰省の真の目的は、そこにあった。



 今や邸宅のほとんどが倉庫のようなものだが、未来は、これまでも少しずつその中を整理し、情報を検索していたのだ。


 先月一人でここに来た時、母が使用していた端末と多数のCD、DVDメディアが発見された。

 ただでさえ物理的な整理で手一杯な上に、こんな膨大な情報メディアが出てきたのだからたまらない。 そのため、今回は同じようにアンナユニットを使えない状態のありさに同行を依頼したのだ。


「東側の本棚はすべて調べたけど、何もこれといって面白いものは出てこなかったわ」


 そう言いつつ、自分の身長の1.5倍はある本棚を見上げる。

 これを、小さな脚立を使ってすべて見て回るのはなかなかの苦労だ。


「この家ってさ、何度も来た事あっけど隠し部屋とかなさそうだよなぁ」


「そんなのがあったら驚きよ」


「でもさ、謎の地下室とかならあっても不思議じゃなくない?」


「ゲームのやりすぎよ」


「最近ね、よっしーの影響でホラゲーハマってんだけど。

 秘密の地下室とか、パスワード式の謎の扉とかやたら出て来るんだよね」


「そんなもの一度も見た記憶がないから、安心して」


「ま、あんたがそう言うなら間違いなくないか」


 そう言いながら、ありさがコロコロと微笑む。


 彼女は未来の幼馴染であり、二人がまだ物心つく前から家族ぐるみの付き合いがあった。

 その為、ありさ自身何度もこの家に入ったことがあり、結構細かい所まで良く知っている。

 それもあって、未来は彼女の手助けを求めたのだ。


「さ~てと、じゃあそろそろ始めますかね。

 あ、未来! あのパソコン使って調べるんだっけ?」


「そうよ、お願いするわ」


「あーい」


 リビングに隣接した、小さな部屋。

 テーブルに載っているノートパソコンを起動させる。

 これは未来が“SAVE.”から持ち込んだものだが、CD-ROMドライブ付きのため仕様が古く、起動に少々時間を要する。

 ありさは不思議そうな顔で、アクセスランプの点滅を見守った。


「未来ってさ、今までずっとこうして家の中調べてたん?」


「そうじゃないけど。

 今までは、目立つ所以外適当に放置していたわ」


「ふ~ん、でもよくこの家無事だったよね。

 随分空けてたんでしょ?」


「まあ、ね」


 ひとまず、生返事だけ返す。

 複雑な行程の結果、この家と土地は、現在正式に未来に権利が譲渡されている。

 一度はまったく面識のない親族の手に渡りそうになった事もあったが、すんでの所で凱が助けてくれたのだ。

 おかげで、今では何の心配もなくここを訪れる事ができる。


 ただし、無理の代償として誰にも管理を委任できないため、たまにこうして時間を見つけ、様子を伺いに来なければならないし、管理費も支払う必要がある。

 これまでは、少しずつ家の中を片付けながら、ちょっとした別荘感覚で週末を過ごす程度だったのだが、アンナセイヴァーとして本格的に活動するようになってからは、少し足が遠のいていた。


 いったい、何が出てくるのを望んでいるのか。

 未来は、ふと自分に問い正した。



「未来のおじさんとおばさんってさ、両方揃って家にいる事殆どなかったよね」


 ドライブにメディアを差し込みながら、ありさが尋ねてきた。


「そうよ。

 必ずどっちかがいないような生活だった。

 私、両親と揃って食卓を囲んだ記憶なんか殆どないもの」


「ありゃま。

 でも、そうだよなあ」


「でも、たった一つだけ覚えている事があってね。

 幼稚園に上がった頃かな、その時だけ、珍しく二人とも家に揃っていたの。

 あの時だけはとっても嬉しかったような気がする」


 確かあの時、両親の顔を画用紙にクレヨンで描いて、プレゼントした筈だ。

 今となってはどうでもいい記憶だったが、あの時だけは、ごく普通の家族みたいな雰囲気を味わったような気がする。

 それ以外、覚えている事が何もないというのが口惜しいが。


 向ヶ丘家の事情をある程度は知っているだけに、ありさもそれ以上特に何も言わない。

 本来であれば沈黙は気まずさを生むこともあるが、その辺は慣れた相手なだけに、特に苦にならない。

 ありさは、事前の未来の指示通り、生真面目にメディアの中身を片っ端から覗いているようだ。


「特にパスワードがかかってるようなものはないし、あるのもよくわからない論文みたいなもんばっか。

 わかったのは、このディスクを作成したのがあんたのお母さんだってことくらいかな。

 ど~する? 持ち帰って分析してもらう?」


「いえ、それはいいわ。

 タイムスタンプが二十年以上前だったら、多分関係ないと思う」


「よくわかったなあ。

 これ、みんな二十年以上前のだよ」


「やっぱりね」


「画面も見てないのに、なんでわかんだよ」


「さぁ」

 

「ホント、あんたの記憶力? 常軌を逸してるよね。

 ど~せ昔おばさんが使ってるのを覗き見したんだろ?」


「……」


 口には出さないが、実際はありさの言う通りだった。


 未来には、他人にはない特技がある。

 それは「瞬間映像記憶」。

 一度見たものを瞬間的に記憶し、後からそれを思い出して分析する事が可能というほど、その精度は高い。

 その気になれば、書籍一冊分くらいなら何処のページでも回想出来る程で、この能力はアンナパラディンの時にも活用されている。

 今回は子供の時の想い出を回想して、その時の記憶を遡ってみたのだ。




 ふと、時計を見つめる。

 先ほどの休憩から、あっという間に二時間ほど経過していた。


 ちょっと遅くなったが、夕食のための休憩に入る。


「よっと! ほいお待たせぇ!」


「……」


「なんで眼鏡がズレるんよ、そこで?」


「ありさが本当に料理作れたなんて」


「あのなあ。

 あたしこう見えても、身体作りとか真剣にやってたから!

 自分が食べる用の調理くらいはやるっての」


「なのにどうしてあのアパート」


「言うなそれ以上」


 ここに来る前、ありさが自分から夕食を準備してくれると話してはいたが、まさか本当に作ってくれるとは思っていなかった。


 軽くゆでた温野菜のサラダを皿に盛りつけ、ゆで玉子をすりつぶしたものに味付けをしたオリジナルのソースをつける。

 主食はパスタで、こちらはソースをかけずオリーブオイルと鷹の爪、少量のチキンコンソメで味付けした簡素なペペロンチーノ。

 思った以上に本格的でボリュームもあり、しかもかなり美味しそうである。

 未来は、本気で呆気に取られていた。

 

「結構、量が多くない?」


「心配すんなって。

 あんたがそういうだろうからって、舞衣とも相談してメニュー決めて来たんだ。

 カロリーのこともきっちり考えてる。

 そのソースなんて、舞衣の手作りだぞ」


「いつもなら私を太らせようとしてくる癖に」


「あんたが本気で体重減らしたいってんなら、いくらでも協力してやんよ。

 いいから食ってみろって。

 今回はネタなしで真面目に作ってあっから安心しろ」


「あ、ありがとう……なんか、びっくりしちゃった」


「おっと、パスタもちゃんと食っとけよ。

 炭水化物は頭脳労働のエネルギー源だからな」


「そ、そうね。

 ありがたくいただくわ」


 言われてみると確かに、高カロリーな物や消化の悪そうな材料は一切使われていないし、タンパク質なども充分考慮されているようだ。

 言葉以上に、ありさが色々と気遣ってくれている事がわかる。


「腹持ちもいい筈だから、夜遅くなっても大丈夫だぜ」


「ありがとう。

 じゃあ、早速食べましょう。

 これから、まだまだ調べなきゃならないんだし」


「んだな!」


 二人で揃って手を合わせ、「いただきます」を唱えると、ようやく料理に箸が伸びた。



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