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美神戦隊アンナセイヴァー  作者: 敷金
第6章 アンナスレイヴァー編
221/226

●第132話【来去】


 地下迷宮ダンジョンは、混乱の境地にあった。


「羽田空港もロックの存在を確認し、現在、緊急措置として全ての便の離陸を中断しています!」


「羽田空港へ着陸予定の航空機は?」


「現在情報収集中です!」

「直前の国内線六便、国外線三便が上空待機、一部の便が別空港への着陸のため空路を変更している模様です!」


「しめた、ならば今この瞬間なら――聞こえるか、ウィザード!」


 勇次の鋭い声に、アンナウィザードの少し頼りなげな返事が届く。


『は、はい、聞こえます!』


「空港がロックの対策の為、一時的に入出港を規制したようだ!

 ――条件は整った。

 本当に行けるんだな、アレで?!」


『はい、実戦では初使用ですが……短時間で決着をつけるなら、もうこれしか!』


「わかった!

 ファイナルカートリッジ使用を承認する!」


「了解!

 アンナウィザード、ファイナルカートリッジ使用承認。

 M-ZZZ、解禁コード入力開始します」


 勇次の言葉を受け、アンナウィザード担当のオペレーターが端末を素早く操作する。

 彼女の端末の画面に専用のインターフェイスが表示される。




   ―― 使用承認 ――


  FINAL-CARTRIDGE SET.


      M-ZZZ:


 ABSOLUTE-ZERO STAND-BY.




 視界モニタに表示が浮かび上がった瞬間、アンナウィザードは突然胸元を掴み、まるでブラウスを引き千切るように開いた。

 大きな乳房が露出し谷間があらわになると、彼女はそこから黒いカートリッジを取り出し、右上腕の腕輪マジカルポッドに嵌め込む。

 アンナウィザードの全身が、一瞬黒に染まった。


“Completeion of pilot's glottal certification.

I confirmed that it is not XENO.

Science Magic construction is ready.MAGIC-POD status is normal.

Confirmed the usage authorization information from DUNGEON.

Execute science magic number M-ZZZ "ABSOLUTE-ZERO" from DUNGEON-LIBRARY.”



 両手を大きく拡げ、天を仰ぐように顔を一杯に上げる。

 真っ直ぐ伸ばした身体を覆うように、長く青い髪が拡がって行く。

 アンナウィザードの周囲にキラキラと輝く光の粒のようなものが、集まり始めた。


 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第132話【来去】

 





『XENOを倒すのが、君の使命の筈だ。

 どんなことがあっても――躊躇ってはならない!』


 両腕を大きく開き、弱点を隠すどころかさらけ出す。

 そんなネクロマンサーの予想外の行動に、アンナミスティックは激しく戸惑いを覚えた。


「で、でも!」


「滝。

 お前はいったい、どういうつもりなんだ?!」


 さすがの司も、冷静さを欠いて思わず叫ぶ。

 ネクロマンサーの……滝の考えが、読めない。

 何かの策略なのか、それとも本気で言っているのか。

 

「そんな……出来ないよ……無理だよぉ。

 だって、メグ……おじさんには……」


『滝という男は、もうこの世にはいない』


「あ……」


『忘れるな。

 ここに居るのは、滝の姿と記憶を奪い取った、君達にとって憎むべき存在。

 一時的な感情に惑わされてはならない!

 君が果たさなければならない使命を、もう一度思い出したまえ!』


「滝、お前はやっぱり――今も」


 二人の顔を交互に見て狼狽えるミスティックに、司は大きく頷きを返した。


「ミスティック、やるんだ」


「司さんまで?!」


「あいつは、覚悟を決めてここに来たんだ。

 全てに決着をつけるために。

 だからこそ、今まで我々に一切危害を加えなかった。

 いや、はじめからそんなつもりなどなかったんだ」


「それじゃあ! あのXENOは本当に滝のおじさんってことじゃないの?!

 だって、だって!」


「俺からも頼む、ミスティック。

 あいつを――どうか、止めてやってくれ」


「え……」


 振り返ったミスティックに、ネクロマンサーが静かに頷く。

 少し曇り始めた空では、一部が不可思議な色の光を放っている。

 その意味を理解したミスティックは、辛そうに目を閉じつつ、右脚に手を伸ばした。


 右太もものリングが外れ、転送兵器マジカルロッドに変型する。


「うぅ……お、おじさん」


 止めどなく流れる涙が、視界を滲ませる。

 牙だらけの顔から元に戻ったネクロマンサーの眼からも、同じように涙が溢れている。


『メグちゃん。

 君は本当に優しい娘だ。

 君のおかげで、私は思い出せたんだ。

 あの日のこと、大切な想い出の欠片を』


「……」


『どうか私に、偽りの存在に過ぎない私に。

 せめて、その想い出だけでも、抱かせてはくれまいか』


「……タイプV……ジャベリン……」


 右手に握られたマジカルロッドが伸び、先端が鋭利に変型する。

 それは二メートル程の長さの柄を持つ「槍」。

 激しくそれを振り回すと、ミスティックは矛先をネクロマンサーに向けた。

 先端が、僅かに震えている。


『すまない、メグちゃん。

 君とは、まだ人だった時に逢いたかった』


「うぅ……」


 ミスティックの目が閉じられる。

 もう、限界だった。

 手に握った槍が落ち、重い金属音が鳴り響く。


 妻と子供を失い、絶望の縁に立たされ、復讐を糧に生き続けた男。

 たとえその復讐の手段に選んだのがXENOになることだとしても、ミスティック……恵には、それをはっきりと否定することが出来なかった。


 それどころか、彼の気持ちが痛い程に良く伝わっていた。

 そんな悲しみの中に佇む者を、どうして倒せるというのだろうか。

 まだ十八歳の、一人の少女が背負うには、あまりにも重た過ぎる使命だった。



「メグちゃん!」


 突然、女性の声が響き渡る。

 それは、数メートル離れた場所から呼びかける母・摩耶の声だった。


「ま、ママ……? どうして?」


「誰かいるのか?」


 彼女の姿が見えない司が、状況を把握出来ず戸惑う。

 

 摩耶はその場から動かず、厳しい目でミスティックを見つめたまま、更に続ける。


「その人の気持ちを分かってあげられるなら、武器を取りなさい」


「ママまで、そんなことを?」


「あなた達アンナセイヴァーは、XENOを倒すだけじゃないでしょ?

 悲しみに暮れる人々を救うのも、使命の一つじゃないの?」


「あ……」


「その人も、同じよ。

 悲しみの中でずっともがき苦しんで来た人なのよ。

 もしあなたがトドメを刺さなければ、この人は――これからも永遠に、悲しみの中で苦しみ続けてしまうわ」


「!!」


 ミスティックの目が、カッと開かれた。


「あなたの手で、その人を救ってあげて。

 お願いよ――メグちゃん!」


「うぅ……ぅぁあああああああああっ!!」


 槍を拾い上げ、咆哮を上げる。

 涙を拭いもせず、アンナミスティックは再び槍を振りかざし、構えを取る。

 今にも泣き出しそうなのを必死で堪えながら、矛先を改めてネクロマンサーに向ける。


 彼は、ゆっくりと頷いた。



「たああああああああああああああああああああああ―――っ!!」



 ミスティックの足から、光の粒子が噴き上がる。

 猛加速で突進すると、構えた槍と共に、一筋の閃光と化す。


 一瞬の後、分厚い鉄板をブチ抜いたような激しい衝撃音が鳴り響いた。






 東京湾、令和島上空約四百メートル。

 キラキラと輝く光の粒に包まれたアンナウィザードは、目を閉じて空中で静止する。

 天を仰ぐように両腕を拡げたその姿はとても美しく、流れる青い髪はまるで精霊のような儚さと妖艶さを感じさせる。


 だが、そんな彼女の位置から更に北に五キロの位置に、一体の巨大な影が現れた。


 それは、旅客機――ボーイング社の787-9「ドリームライナー」。

 全長約六十三メートル、全幅約六十メートルにも及ぶ大型ジェット旅客機。

 三百人弱の乗員数を誇る機体が、突如東京湾上に出現したのだ。


「蛭田リーダー!

 東京湾上に突然所属不明の旅客機が!

 羽田空港北北東の方角より、アプローチに入ろうとしている模様です!」


「構わん、放っておけ」


「で、ですが!」


「既に術は始まっている。

 見ておけ、これがアンナウィザードの最強の科学魔法だ」


 モニタから目を放さぬまま、勇次が呟く。

 オペレーター達は口を紡ぐも、まだ不安が拭えない。


「遂に完成させたのじゃな、あの術を」


 背後からの仙川の言葉に頷きながら、勇次は額の冷や汗を拭う。 


「ああ、あんたが残した物凄く不充分な資料を参考にしてな」


「それはすまんて……余命いくばくもない時じゃったんだし」


「そう……だったな」


 そう呟くと、勇次はようやく振り返った。






 旅客機が羽田空港に向かって下降を始める。

 その途端、ロックが突如方向を変えた。

 円を描くように旋回していた動きを止め、真っ直ぐ旅客機目指して突っ込んで来る。


「やはり、あのXENOの狙いは旅客機か!」


「そのようじゃな。

 さて、アンナウィザードはどう切り抜ける?

 術を施工するには高度が低すぎるようじゃが」


「ぬかりはない」




 先程までとは比較にならない猛スピードで、ロックが接近する。

 明らかに、そのまま旅客機へ追突するつもりだ。

 推定時速400キロにも及ぶ高速飛行で、周囲の大気が激しく歪む。


 あっという間に距離を詰めて来るロックは更に加速し、旅客機まであと五百メートルという位置まで近付く。

 令和島上空で、巨大な鳥と旅客機が激しく衝突――と思われた所で、突然旅客機が消えた。

 まるで空気に溶け込んだかのように、全長六十メートル級の機体が消失したのだ。


 その途端、旅客機の居た空間に赤い光の円が描かれる。

 それは幾重にも重なり、複雑な形状の模様を描き、巨大な魔法陣のように変わる。

 ロックをも包み込む程に巨大なその魔法陣は、複雑な動きで回転を始める。


 ロックの動きが、不自然に止まった。

 まるで周囲の時間が止まってしまったかのように。


「来るぞ!」


「おお! これはまさしくあの――」


 驚く仙川と、フンと得意げに鼻を鳴らす勇次。

 彼らと多くのオペレーターに見守られながら、アンナウィザードの集中がピークに達する。


 魔法陣が目にも止まらぬ速さで回転を始め、なんと、捕えたロックの姿をその場からかき消してしまった。


「はっ!」


 鋭い掛け声と共に、今度はアンナウィザードが飛翔する。

 マッハ1、マッハ2……白い錐状の雲をその身に纏わせながら、今まで見せた事のないような超高速で加速する。


 一分もかからない時間でアンナウィザードが辿り着いたのは、成層圏――地上約四十キロの地点。

 そこには、幾重にも重なった赤い魔法陣で身体の動きを封じられた、ロックの姿があった。



 アンナウィザードの手が動いた途端、重なっていた赤い魔法陣の間隔が拡がる。

 五重のリングのように縦に並んだ魔法陣は、ロックを縦長の円柱に閉じ込めたような形となる。


 魔法陣の周囲に白い霧のようなものがまとわりつき始めた。


 アンナウィザードの顔が更なる真剣味を帯び、手首を前方に交差する。

 そして、叫んだ。





「絶対盟約!

 アブソリュート・ゼロ!!」





 次の瞬間――魔法陣が割れ砕けた。


 ロックは巨大な白い円柱に包まれ、真っ白に凍り付いた。

 宇宙と空の狭間に浮かぶ、純白の柱。

 それがゆっくりと下降を始めた時、何かが回転しながら上昇して来た。

 

 真っ赤に燃える、ウィザードロッド。

 ウィザードの転送兵器が、単独で飛行しながら、氷の円柱に激突する。

 その瞬間、まるで粉末を巻き散らかすように、円柱は呆気なく砕け散った。


 氷の粒が、煙のように散らばって行く。

 それもやがて少しずつ見えなくなり、あっという間に何も残らなくなった。


 そこにはただ、腕を交差させたまま硬直するウィザードの姿だけがあった。



「これが――絶対盟約の威力か!」


 仙川は、思わず息を呑む。

 そして勇次は、ふうと息を吐き、少しだけ安堵するように目を伏せた。






 マジカルロッドの矛先が、ネクロマンサーの胸を貫通している。

 手応えは、あった。

 身体の中で何かが砕けるような感触があり、ネクロマンサーの眼から赤い血のような涙が溢れる。


『良く……やった』


 ネクロマンサーは、本当に抵抗をしなかった。

 両手を拡げ、まるでミスティックを迎え入れるかのように、その一撃を自ら受けたのだ。


 言葉を失った司が、ミスティックの背後から覗き込む。

 ジャベリンの矛を引き抜くと、傷口がドス黒く変色し始めた。


「滝!!」


 ネクロマンサーの姿が崩壊し、その中から滝の姿が現れる。

 赤黒く染まった胸を押さえながら、滝は膝から崩れ落ちた。


「まだ、俺を滝と呼んでくれるのか……」


「当たり前だ! お前は、お前はいつだって滝だろうが!!」


 必死の表情で叫ぶ。

 いつもの冷静さなど、今の司にはない。

 そんな彼の顔を、滝は薄目でじっと見つめた。


「ありがとう司、メグちゃん。

 君達に最期を看取って貰えるだけで……私は」


「おじさん! おじさぁん!!」


「滝! お前、やっぱりお前は最初から!」


「もう、言うな。

 俺は……XENO、人類の敵だ……お前達人間の天敵なんだ」


 そう囁きながら、右眉を指先で掻く。

 司は、その手を強く握り締める。 

 そしてミスティックも、自身の手を添えた。


「滝……もっと早く、お前の苦しみに気付いてやれたら!」


「もう……言うな。

 俺は憎しみに狂っただけの……ただの復讐者に過ぎん」


「でも、でも!」


「もったいないな。

 XENOに過ぎないこの私が、こんな……」


 滝の身体はもう胴体の大半が黒く変色し、崩壊が始まっている。

 もうあと僅かで、滝の姿はこの世から完全に消滅してしまうだろう。

 だがそれを少しでも食い止めんとばかりに、司とミスティックは滝の肩を抱いた。


 もう、重さを殆ど感じなくなっている。


「メグちゃん……」


「は、はい……」


「本当に、ありがとう……。

 君に逢えて、本当に良かった。

 最後に、せめて……」


「おじさん、おじさぁん!!」


「滝ィ!!」


 もう、喉元まで黒くなっている。

 まるで黒く燃え尽きた紙のように、パラパラと砕けた破片が風に散って行く。


 その時、滝は突然大きく目を見開いた。


「――なんということだ」


「え?」


「明美と……律夫が……」


「なんだって?!」


 振り返り周囲を見回すが、先程現れた黒い影が遠くに佇む以外、そこには誰も居ない。

 しかし滝の目は、明らかに誰かの姿を捉えていた。


「こんな俺を……迎えてくれるというのか……ああ」


「!」


 ミスティックは咄嗟に、滝の黒く変色した手を取った。


「ありがとう、メグちゃん……

 君の祈りが、通じたようだよ……」


「おじさん……良かったね。

 奥さんとお子さんに、逢えたんだね」


 泣きながら微笑むミスティックの囁きに、滝は力なく、そして優しい笑顔で頷く。


「――あとは、たの……む」


「?!」


 顔にまで浸食してきた黒い変色が口許に達する瞬間。

 滝は、司に何かを囁いた。

 そして次の瞬間


「た、滝ぃ!!」


「おじさぁぁぁん!!」


 完全に黒くなった頭部が、砕け散る。

 滝は――消滅した。


「わあぁぁぁぁああああああああああ!!!!」


 ミスティックの慟哭が、海岸に木霊する。

 そして司も、言葉を失いその場に跪いた。





「――メグ、ちゃん?」


 その時突然、誰かが背後から声をかける。

 聞き覚えのない声、それは、まだとても幼い少女のように思える。


「メグちゃんでしょ?

 泣いてるの? 元気だしてぇ」


「え……?」


 少女の声にハッとして、ミスティックは顔を上げる。

 振り返ったその後ろには、小学校低学年くらいの女の子が佇んでいた。

 少し恥ずかしそうに、もじもじしながら顔を覗き込んで来る。


 その姿を見た途端、ミスティックの嗚咽が、止まった。


「こずえ、ちゃん?」


「うん♪ そうだよぉ。

 メグちゃん、すっごく綺麗になったね!」


「ほ、本当に、こずえちゃんなの?!

 こずえちゃん、こずえちゃん?!」


 またも、ミスティックの目に涙が溢れて来る。


 小学一年生の時に分かれ、二度と逢えなくなってしまった友達。

 一生悔いても悔い切れない想い出。

 長い間心の奥に詰まっていた感情が、堰を切ったように溢れ出した。


「こずえちゃん! こずえちゃあん!!

 逢いたかった、メグ、逢いたかったよぉぉぉぉ!!」


 実装も解かず、そのまま少女に抱き着く。

 少しだけ戸惑いの表情を浮かべるも、少女はすぐに笑顔に戻った。


「ごめんね……ごめんね……こずえちゃん……

 メグ、もっとこずえちゃんと遊んであげたかった……

 もっと、もっと仲良くしたかった……なのに、なのに……」


「そんなことないよぉ。

 メグちゃん、こずえといっぱい遊んでくれたじゃない」


「……え?」


 小さな手で頬を包み、笑顔を向けて来る。

 そんな少女の言葉に、思わず声が詰まった。


「メグちゃん、とってもこずえに構ってくれたし、一緒に遊ぼうって誘ってくれたし。

 ずっとおそばにいてくれたでしょ?

 もう忘れちゃった?」


「え? あ、あの……」


 記憶と異なる言葉。

 恵は、懸命に昔の記憶を遡る。

 自分は、こずえとはそんなに――いや、本当にそうだったか?


「おうちまで送ってくれて、お母さんが帰って来るまでずっと居てくれたでしょ?

 それでメグちゃん、お兄ちゃんにすっごく怒られたって」


「え――あ、ああっ!!」


 記憶が、繋がる。

 そう、自分は、もっともっとこずえと仲良く遊んでいた。

 いつも一緒で、一番大好きで、ずっと友達でいたくて。

 

 一番大事な友達が、亡くなった。

 そのショックが、恵の記憶の一部を消し去っていたのか。

 あの時の想い出が、まるで昨日のことの様に蘇り、ミスティックは


「ご、ごめんね……忘れて、たのかも……」


「もぉ、メグちゃんったらぁ♪」


 少女は、ミスティックに――恵に抱き着いた。


「メグちゃんは、こずえの一番大事なお友達♪」


「こずえ……ちゃん。

 まだ、まだそんな風に思ってくれるの……?」

 

「当たり前だよぉ!

 ずっと大好きだからね、メグちゃん!」


「あ、ありがとう…ありがとう、こずえちゃん!」


 そこまで言った途端、少女の周囲に光の粒のようなものが漂い始めた。

 

「あ、もう行かなくっちゃ」


「待って、待って! こずえちゃん、もう少し!」


「ごめんね、メグちゃん。

 でもね、こずえ天国からずっと見守ってるからね」


「こずえちゃん!」


「ばいばい、メグちゃん」


 周囲に佇む黒い影達も、光の粒に包まれ始める。

 そして――摩耶も。


「こずえちゃん……ママ……」


「そうか、滝が亡くなったから」


 摩耶が、涙を流しながら駆け寄って来る。

 

「メグちゃん!」


「ママ!」


 ひしと抱き合う二人、そしてそれを見守る親友。

 見えない筈の彼女達の姿が、司にも何となく見えるような気がした。


「メグちゃん、さようなら。

 私達、もう行くわね」


「ヤダ、行っちゃやだよぉ!

 せっかくママに、こずえちゃんに逢えたのにぃ!」


「メグちゃん、お願いがあるの」


「え?」


「最後は、笑顔で見送って欲しいな。

 メグちゃんの笑顔、私とっても好きだから」


「……う、うん……」


 影達の姿は、もう半分以上薄れている。

 摩耶もこずえも、もうあと僅かで消えてしまうだろう。


 涙を無理矢理拭い、ミスティックは、頑張って二人に笑顔を向けた。


「さようなら――ありがとう」



 笑顔で手を振りながら、姿が完全にかき消える。

 その瞬間、二人の目に光るものが見えた気がした。




 一陣の風が、公園を駆け抜けて行った。



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