●第131話【意外】
「東京湾令和島・東南東方面、上空約五百メートルに未確認飛行物体を発見しました!」
「ズームしてくれ」
「了解、対象をズームします」
拡大された映像を見て、勇次の顔が瞬時に強張る。
そこに映っていたものは――
「緊急事態だ! 各メンバーに連絡を!
XENO出現!
その外観より、対象を今後UC-24“ロック”と呼称する!!」
突然、何の前触れもなく出現したXENO。
それは漆黒の鳥の姿をしているが、大きさが尋常ではない。
体長は約十メートル、翼長は推定約二十メートル以上。
形状はワタリガラスに酷似しているが、嘴の内側に牙のようなものが無数に確認出来る。
また眼は細かく大きさが不揃いな眼球が無数に集まって構成されており、アップにした映像は強い嫌悪感を煽る。
そのXENO「ロック」は低空を滑空し、百ノット程というセスナ機並の速度で飛んでいる。
また、特定のエリアを幾度も旋回しており、その様子は何か獲物を探しているようにも感じられた。
「これまでのXENOに比べると、随分と身体構成が不完全だな」
「こんなキモい顔のXENOなんて、相当初期の頃に出て来たモンくらいじゃないっすか?」
「ちょっとぉ、そんな呑気な話してる場合じゃないでしょ!
こんなバカデカイもんが、もし空路に侵入したらどうすんのよ!」
目撃情報があった令和島は、羽田空港のすぐ近くであり直線距離で五キロも離れていない。
それを思い出した勇次は、眉をひそめて何かのデータをモニタに映し出す。
「まずいな、羽田空港の一部の滑走路が、XENOの出現エリアに面している」
「ど、どういうことっすか?」
「専門的な事はわからんが、空港にC滑走路という所がある。
そこに着陸する際、旅客機は東京湾上で通常より低空からのアプローチを行うようだ」
勇次の発言に、今川とティノの表情が強張る。
「そ、その低空って」
「どのくらいの高度なの?」
二人の質問に、勇次は額の汗を拭いつつ答える。
「おおよそ三百五十メートル程」
美神戦隊アンナセイヴァー
第131話【意外】
ナイトクローラーに緊急通信が飛び込んで来たのは、舞衣が彼に摩耶の存在を説明し終えた直後だった。
『相模! 緊急事態だ!
お前の向かっているエリアの上空に、飛行型のXENOが出現した!』
「え、ええっ?!」
「な、なんで急に?!」
驚く舞衣と摩耶に、勇次はやや冷静さを欠いた口調で状況を説明する。
『しかも、過去にない程の大型だ。
分かっているだろうが、現在まともに動ける機体はアンナウィザードとミスティックだけだ。
相模舞衣、速やかに恵と合流して実装、対処して欲しい』
「わかりました。急ぎます」
素直に答える舞衣に、摩耶は驚きの表情を浮かべる。
「ちょっと、勇次君!
あなたまでこの子達を――」
『摩耶さん、XENOがもし航空機と衝突したら、一度に何百人もの命が失われる可能性がある。
しかも、このままだと巻き込まれるのは一機だけでは済まん。
これを回避する可能性を握るのは、今は相模姉妹しかおらんのだ!』
「で、でも……」
『ナイトクローラー、相模恵の許へ最速で向かえ!』
『了解! マッハ15のスピードでぶっちぎるぜえ!』
「お母様、私、行きます」
「ま、舞衣ちゃん……本当に、闘いに行くの?」
動揺を抑えられない摩耶に、舞衣は真剣な眼差しを向けながら呟く。
「私達はこういう時の為に、ずっと訓練を続けて来ました。
メグちゃんもそうです。
お願いです、どうか、私達のことを見ていてください。
皆さんの平和な生活を、私達は護りたいのです」
いつもの静かな口調ではなく、はっきりと大きな声で言い放つ。
摩耶は一つ溜息をつき、彼女の肩に手を載せた。
「舞衣ちゃん、一つだけ教えて。
その決意は、あなた自身で決めたことなの?」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「“SAVE.”の……勇次君や凱君、お父さんから教え込まれたものじゃないの?」
「それは――」
一瞬言い淀むような仕草を見せるが、舞衣はすぐに首を横に振った。
「違います!
これは私の、いえ、私達の意志で決めたことです!」
「舞衣ちゃん……」
舞衣は、いつもより強い口調で、自身の胸に手を当てながら唱える。
「お母様。
あなたから頂いたこの大切な身体を、危険に晒す事をどうかお許しください。
でも今この世界で、XENOから人々を護れるのは私達姉妹しか居ないんです」
「……」
「私達は、家族を失った方々の悲しみを良く知っています。
お母様がいなくて、数え切れないくらい悲しい想いをしました」
「ご、ごめんなさい、それは……」
申し訳なさそうに俯く摩耶に、舞衣はそっと抱き着いた。
「そんな想いを、他の人にさせたくないんです。
XENOのせいで、大切な家族を奪われた人の事を考えると……私は、いても立ってもいられなくて。
だから、お願いです!
どうか分かってください」
少し涙声で訴える実の娘の言葉を耳元で受け、摩耶は目を細めて静かに頷いた。
「わかったわ。
そこまで言うなら――行ってらっしゃい」
「お母様!」
「でも、絶対に無茶なことはしないで、必ず無事に帰ってくるのよ。
それだけは、約束して頂戴。
もちろん、メグちゃんもよ?」
「は、はい!」
『くうう、泣かせるなぁ~』
「ナイトクローラー、よろしくお願いします」
『あいよ! 合点だぁ!』
まるで二人の会話が聞こえたかのように、ナイトクローラーは勢いよくエンジンを唸らせた。
「終わったら、ちゃんと教えてね。
お仏壇からでいいから」
「え? なんですか?」
「ううん、なんでもないわ」
『吾輩は確かに滝の姿と記憶を継承しておるが、滝本人ではない。
お前が滝と認識している姿は、吾輩の擬態に過ぎん』
司の持つ銃が、弱々しく下がって行く。
その顔には、明確な絶望の色が浮かんでいた。
「つ、司さん……」
心配そうに見つめる恵の方を横目に見て、司は思い切るように顔を上げる。
「つまり本物の滝は、貴様が殺したということなのか」
『その通りである』
「だとしたら俺は今、親友の仇と対峙しているということになるわけだな」
『皮肉にも、そういう事となる』
司は拳銃を構え、ネクロマンサーに銃口を向ける。
その表情には、苦悶の色が浮かび上がっている。
「お前達XENOは、核を破壊すれば死ぬそうだな」
『良く知っているな、その通りである』
「その核はどこにある?」
聞いたところで回答など来る筈もない。
だがこうしている間にも、ナイトシェイドはこちらに向かって来ているだろう。
司の本当の目的は、時間稼ぎにあった。
だが、
『ここだ』
なんとネクロマンサーは、自身の胸の中央を指差した。
「なんだと?!」
『吾輩の核は、ここにある。
だが、お前の拳銃では弾は届かぬ』
「なるほど、だからこその余裕というわけか」
『しかし、その娘ならば話は別だ』
ネクロマンサーは、そう言いながら骨のような長い指で恵を指し示す。
「え? え? め、メグ?」
『お前がいつも闘いに用いている武器があろう。
それであれば、簡単に吾輩を仕留められるであろうな』
「何故、それを教える?」
『教えたところで、今のお前達には何も出来まい』
「フッ、確かにそうだな」
どこからか、車の走行音が響いてくる。
それを聞いて、恵が一瞬飛び跳ねて喜ぶ。
「あ、ナイトシェイドだ!」
「メグ、ナイトシェイドが来たらすぐに飛び乗れ。
ここから脱出しろ」
恵の前に立ちはだかるようにしながら、司が背中越しに語り掛ける。
「え、で、でも!」
「君はメンバーと合流して、出来るだけ早くアンナミスティックになるんだ。
こいつは俺がなんとかする」
恵を守ろうとする司の態度に、ネクロマンサーは何も言わず静かに立ち尽くす。
十数秒後、ネクロマンサーと司の間に割り込むように、ナイトシェイドが停車する。
そして僅かに遅れ、車体の色が青くなったナイトクローラーも。
舞衣が、その中から降り立った。
彼女達を取り囲んでいる霊の姿が、一瞬薄ぼける。
「メグちゃん、実装を!
――コードシフト!」
舞衣のサークレットが展開し、待機音が鳴り響く。
一瞬司の方を見るが、小さく頷く彼を見て決意を固める。
「うん、じゃあ行っくよぉ!
コードシフトぉ!!」
恵の左薬指のリングが展開する。
姉妹の呼吸が、一つになる。
「「クロス・チャージング!!」」
舞衣と恵の声が綺麗に重なり、伸ばした左腕が交差する。
途端に激しい突風が巻き起こり、目も眩むような閃光が辺りを照らした。
「うっ!」
咄嗟に顔を伏せた司が次の瞬間見たのは、青と緑の髪とコスチュームをまとった二人の少女の姿だった。
「これが……」
『ふむ、上出来であるな』
目にも止まらぬ速さで、今度は二人が司の前に立つ。
アンナミスティックの左前腕の装甲が展開し、印を作った左手が高く掲げられる。
「行っくよぉ!
パワージグr」
『待てミスティック!』
そこに、突然凱からの通信が飛び込んで来た。
詠唱が停止する。
「お、お兄ちゃん?! どうしたの?」
『別なXENOが、お前達の上空に出現してる!』
「え、えぇっ?!
じゃあ、パワージグラット使えないじゃない!」
ミスティックのパワージグラットは、彼女の視界で捉えた相手だけを並行世界へ転送する。
しかし、逆に言えば捉えられなければ移動させることが出来ない。
今の位置からでは、上空を飛翔するロックを補足することは不可能だ。
戸惑っていると、アンナウィザードが少し焦り気味に呟いた。
「お兄様、XENOは私が!
ミスティック、ここはお願いします!」
「えっ? えっ!?」
ミスティックの返事を待たず、ウィザードはネクロマンサーを一瞥すると、一瞬で空高く飛び上がって行った。
ものの数秒で姿が見えなくなる。
再び、三人だけがその場に残された。
『早急で賢明な判断だ。
それでこそ、人類の平和を守る戦士に相応しい』
「お前がそれを言うのか」
ネクロマンサーの呟きを聞き逃さなかった司は、睨みつけながら吐き捨てるように言い放つ。
その会話と断ち切るように、アンナミスティックが二人の間に割り行った。
「ねえ、聞いてもいい? おじさん」
『吾輩は――』
「うん、わかってる。
でもね、どうしても聞きたいの!
あの時の、あなたの想いは、本物なの?」
突然意味不明な言葉を投げかけられ、ネクロマンサーのみならず、司までも動きが止まる。
『それは、どういう事だ?』
「昨日ね、私、おじさんの為にお祈りしたよ?
おじさんの所に、奥さんとお子さんが来てくれるようにって」
『……』
「おじさんが亡くなった人を呼び出せるなら、奥さんやお子さんだって呼び出せるでしょ?
でも、どうして呼び出さないの?
それはやっぱり、おじさんが本物のおじさんじゃなくなってしまったからなの?」
『そ、それは……』
ネクロマンサーが、目に見えて狼狽える。
仮面のような顔に手を当て、僅かに身体をふらつかせている。
「なんだ、どうしたというんだ?」
「おじさんはXENOになったかもしれないけど、まだお子さんや奥さんに逢いたいんじゃないの?
だってそうじゃなきゃ、あの時あんなに――」
『それは――出来んのだ』
「え?」
攻撃を加えようともせず、さりとて逃走するでもなく、囁くように語り出す。
その仕草や態度からは、殺気のようなものは全く感じられない。
司も、銃を構えてはいるものの無意識にトリガーから指が離れた。
『私は…滝省吾ではない。
滝の記憶を引き継いだだけの、XENOに過ぎない……
だからどんなに強く望んでも、滝の“記憶”が望む者には干渉出来ない……』
「た、滝?!」
「そ、そんな……」
いつしかネクロマンサーは、両手で顔を覆い、まるで泣き崩れるように膝を折った。
『どんなに逢いたくても、望んでも!
私は愛する妻や息子に逢う事は、許されないのだ!!』
「……」
アンナミスティックの表情が、曇った。
一方、上空に向かって飛翔したアンナウィザードは、即座にシェイドIIIへアクセスし、XENO“ロック”の位置を補足した。
「羽田空港から南東約4.4キロ、上空約680メートル……反時計回りに東京湾上を旋回中。
およそ半径十キロの円周上を、反時計回りで飛行。
100ノットの平均速度なら――7分後には空港上空に再来します!」
『まずいぞウィザード!
今のその時間帯、羽田空港を行き来する航空機の数は、少なく見積もっても80便以上に達する!』
「は、ち……そんなに?!」
想像を絶する凱の報告に、アンナウィザードは一瞬眩暈を覚えた。
『それも、あくまで予定通りの運行状況の場合だ。
もし遅延や特殊な状況で上空旋回している便などがあれば、もっと増えるかもしれん!
このまま下手に闘えば、被害は甚大になる事必至だ。
なんとか、今からでもパワージグラットを使えないか?!』
凱の言い分は尤もな話だ。
しかし地上にXENOVIAと司警部がいる以上、ミスティックがその場を離れる事は決して出来ない。
結果的に、この状況をウィザードたった一人で打開しなくてはならないのだ。
そうこう言っているうちに、複数の航空機が飛来する。
ぼやぼやしている時間は、ない。
一瞬目を閉じると、アンナウィザードは何かを決心した。
「勇次さん、聞こえますか」
通信を、地下迷宮に繋ぐ。
即座に勇次が反応した。
『どうした、ウィザード?』
「ファイナルカートリッジの使用承認をお願いします」
『な、なんだと?! おい、それって確か――』
『待て、何を使うつもりだ?!』
驚く凱と強張った声で尋ねる勇次をよそに、ウィザードは酷く落ち着いた声で唱える。
「M-ZZZを、使用します」
『――それは本気で言っているのか?!』
更なる勇次の声に、アンナウィザードは小さく頷く。
遥か彼方、葛西臨海公園の上空辺りに巨大な鳥の影が映ったのは、その瞬間だった。
「ミスティック、奴を倒せ!」
微動だにしないまま、司が指示を出す。
「核の位置は、もう分かっている筈だ!
ならば一刻も早く、コイツを」
「待って!」
『?!』
予想外の反応に司だけでなくネクロマンサーも驚く。
そしてナイトクローラーから、摩耶も降り立った。
「メグちゃん……」
『どういうつもりだ?』
不思議そうに尋ねるネクロマンサーに、ミスティックはとてもせつなそうな表情を向ける。
「おじさんはXENOかもしれないけど、それでも元々は人間でしょ?
奥さんとお子さんを愛していて、今もとても逢いたがっていて……
そんな気持ちがあるのに、そんなに想っているのに!
このまま逢えないなんて、可哀想過ぎるよ!」
「何を……言っているんだ?」
ミスティックの意図が理解出来ず、司は首を傾げる。
しかし、
『……メグ、ちゃん……君は……』
ネクロマンサーの声色が、しわがれたものではなく、滝のそれに変わる。
心なしか、その仕草もどこか穏やかになった感じがする。
「私、出来ないよ!
おじさん、こんなに悲しんでるのに!
こんなに苦しそうなのに!
それなのに倒すなんて! 絶対に無理だよ!」
その場で膝をつく。
アンナミスティックの頬には涙が溢れている。
司も、そんな彼女の態度に驚き、銃を下ろしてしまった。
『優しいのだな、君は……本当に』
ネクロマンサーの……否、滝の脳裏に、あの時の光景がまた蘇る。
恵が手を握り、家族との再会を祈ってくれた時のこと。
そしてあの日、息子が我が手を握っておまじないをかけてくれた時のこと。
二つの光景が、重なる。
「た、滝……」
司は、目の前で起きた出来事が信じられず、驚愕した。
なんとネクロマンサーの目から、大量の涙が溢れ出したのだ。
「おじ、さん……?」
『そうだ、あの日、あの時――
私が仕事に行かなければ……律夫の手を離さなければ。
もしかしたら、あんなことにはならなかったかもしれないのに。
今も、二人と一緒に暮らせていたかもしれないのに……』
「滝、お前は……やはり」
思わず駆け寄ろうとする司に、ネクロマンサーは手を大きく拡げて威嚇する。
その途端、仮面のような顔が突如展開し、中から無数の牙に覆われた巨大な口が現れた。
目も鼻もなく、縦に割れた口腔の中に、乱雑に映えた巨大な牙。
それはとてつもない不気味さをおぞましさを感じさせるのに、充分過ぎる迫力があった。
「おじさん?!」
『メグちゃん、そして司。
私にとって二人に出会えたのが、せめてもの救いだったのかもしれん』
「何……だと?」
見た目のおぞましさに反し、穏やかな口調で呟くネクロマンサーの態度に、司とミスティックは思わず硬直する。
そんな二人に向かい、拡げた手をそっと自身の胸に翳すと、彼は静かに頷いた。
『さぁ、メグちゃん。
私のここを、君の武器で貫きたまえ』
「ええっ?!」
ミスティックの目が、大きく見開かれた。
『XENOを倒すのが、君の使命の筈だ。
どんなことがあっても――躊躇ってはならない!』




