●第130話【衝撃】
ここは、地下迷宮。
仮眠室を急遽改造した専用個室で、摩耶は凱と対峙していた。
「凱くん、あなたからも話を聞かせて欲しいの」
まるで睨みつける様な視線を受け、凱は複雑な表情を浮かべて立ち尽くす。
その内容は、容易に想像がつくものだ。
「どうして、メグちゃんを止めてくれなかったの?」
「それは――」
「アンナセイヴァーに、舞衣ちゃんとメグちゃんが必要不可欠ってことは、あの人からも聞いたわ。
でも、あなたもそれでいいの?!
凱くんにとっても、あの子達は可愛い妹なんでしょう?
平気なの? 命に関わるようなことをさせて……それに今も」
「摩耶さん……俺だって……
いや、一番傍であの子達を育てた俺が一番、あの子達を闘いに行かせたくないさ」
「だったら!」
「でもな、摩耶さん。
これは、あの子達自身が決めたことでもあるんだ」
「あの子達……自身が?」
目を剥いて驚く摩耶に、凱はまるで親に詫びる子供のような雰囲気で伝える。
「あの子達は、とてもいい子だ。
もしかしたら、摩耶さんが想像するより遥かにな。
人に対する思いやり、弱い立場の人達への共感……どれも持ち合わせた、本当に優しい子達なんだ」
「それは何となくわかるわ」
「だが、あの子達には、摩耶さんには分からない一面もある」
「一面……?」
小首を傾げる摩耶に向かって、凱は目を細め、はっきりと大きく頷く。
「そうさ。
それは、正義感。
たとえ自分の大切なものを失ってでも他者を助けようとする、不屈の正義感なんだ」
美神戦隊アンナセイヴァー
第130話【衝撃】
時間は少々遡る。
朝になり目覚めると同時に、恵は自宅から飛び出して行った。
しかも、家族はおろか使用人の誰にも声をかけずに。
パートナーの舞衣すらも、その中に含まれていた。
相模家は大騒ぎになり、摩耶と凱にもその報は伝えられた。
しかし、恵の行方はすぐに判明する。
なんとナイトシェイドが、恵に駆り出されて新宿方面に向かっている事を報告して来たのだ。
彼女の意図することは、わからない。
すぐに恵を連れて戻るようにと説得する凱だったが、それは続けて入った恵自身の通信によって拒まれた。
『お願いお兄ちゃん、今日だけでいいから、メグを一人で行かせて!』
恵と舞衣を引き離すということは、アンナユニットを実装出来ない――すなわち、アンナウィザードとミスティックになれないということを意味する。
もしこの間にXENOが出現したら、被害を抑えることは難しい。
だが凱は、そんな状況を理解しつつも、何故か恵の願いを拒めなかった。
恵の衝動的な行動には、必ず“誰かのため”という理念があると分かっているからだ。
そして、それを分かっているからこそ、凱には彼女を止めることが出来なかった。
「聞いてくれ、摩耶さん」
凱は静かな口調で、昔の話を語り出す。
それは、恵がまだ小学一年生だった頃、同級生で大の仲良しだった村越こずえという少女についてだった。
凱も何度か会ったことがあったが、引っ込み思案で口数も少なく、とても大人しい娘だった。
恵はその子と良く話し接していたが、まだ幼いこともあってか、他人との距離の縮め方がわからず戸惑っているように感じられた。
時には、こずえが親友だという自覚すら旨く持てなかったこともあったようだ。
そして突然に聞かされた、こずえの訃報。
友達と死に別れた現実は、まだ幼い恵にはあまりにも重すぎる出来事だった。
何日も泣き続け、悲しみ続け、そして悔やみ続けていた。
だがある日、恵は突然変わった。
凱は当初、悲しむだけ悲しんだのですっきりしたのかと思っていた。
しかし、そうではなかった。
恵は、こずえという親友を失った悲しみをもう二度と味わわないよう、そして別な人も同じような気持ちにならないようにと、友達作りを始めたのだ。
それはまるで、失ってしまったこずえとの絆を取り戻さんとするように。
それまではあまり積極的ではなかった恵が、今の様に積極的になったのは、それからだ。
「あの子に、そんなことが……」
「あの子の心の中には、いつもこずえちゃんが居る。
親友として、心から受け入れられなかったあの子に報いるようにってな。
だからメグは、誰かを救うために必死になる。
恐らく今だって、誰かの為に突っ走ってるはずだ」
「だからって、だからって!
下手したら自分が死ぬかもしれないのよ!
それなのに……」
「だからこそ、俺達が居るんだ」
凱は、強く応える。
胸を張り、あえて誇らしげに。
「俺達“SAVE.”は、あの子達を闘いに送り出すだけが役割じゃない。
闘いの負担を少しでも減らすために、全力でバックアップする各方面のエキスパート集団なんだ。
見ていてくれ、摩耶さん。
俺達だって命がけで、あの子達と共に闘っているんだ」
そう言うと、凱は腕時計“シェイドII”を起動させる。
「俺達は、決してあの子達を死なせはしない。
だから、どうか見ていてくれ摩耶さん」
「凱くん……」
空間に投影したディスプレイを摩耶に見せながら、ナイトシェイドの現在位置を示す。
「シェイドシステムを通じ、メグの居場所と行動はすぐにトレス出来てる。
舞衣も、既にナイトクローラーで追っている。
俺も直に――」
そこまで言った時、突然何者かが部屋のドアをノックした。
その向こうに佇んでいたのは、鷹風ナオトだ。
「ナオト、どうした?」
少し驚く凱に、ナオトは何かを差し出した。
「これは?」
「使え。
ドルージュ……俺のバイクのキーだ」
「ナオト、いいのか?」
「大丈夫だ。
シェイドシステムと連携しているから、ナイトシェイドと同じような使い方が出来る。
急げ」
「わかった、恩に着る!
じゃあ摩耶さん、行って来るよ」
「凱くん!」
部屋を飛び出して行く凱を呼び止めようとするが、そんな摩耶をナオトが制する。
彼の後ろから、今度は仙川が姿を現した。
「仙川博士……」
「摩耶さん、あんたにとても残念なお知らせをせにゃあならん」
「どういうことですか?」
いきなり神妙な面持ちで話しかけられて戸惑う。
そんな彼女に、仙川は重苦しい口調で静かに告げた。
「もうまもなく、我々“死人”は還らなければならなくなる。
本来居なければならないところにの」
ナイトシェイドが到着し、ドアが開く。
中を覗き込んだ司は、思わずぎょっとして目を見開いた。
運転席はおろか、中には誰一人として乗っていない。
「自動運転なのか、この車?」
「うーんとね、ちょっと違うの。
司さん、いいから運転席に乗ってね」
「あ、ああ」
運転席に腰掛けた瞬間、目の前のフロントウインドウに何やらびっしりとデータ画面のようなものが表示される。
助手席に恵が座った途端、どこからともなく女性の声が聞こえて来た。
『特例処理、ゲスト登録を実施します。
登録情報より、司十蔵様と認定。
恵様、運行指示をお願いいたします』
「えっ、誰だ?」
驚く司に、恵はニコニコ微笑みながら告げる。
その手には、何故か大きな紙袋が抱えられている。
「この車だよ!
ナイトシェイドって言ってね、自分で考えて自分で動けるの。
メグのお友達なんだよ! すっごいでしょ!!」
「と、友達?」
『ありがとうございます、恵様。
大変光栄です』
律儀に礼を述べる声に、言葉を失う。
だが、ただ乗っただけでは動かないようなので、司は恵に詳しい移動先を伝える。
ナイトシェイドはそれを聞くと、画面上にマップを表示し、滝がいるだろう可能性のある場所を絞り込んだ。
『愚弟的なポイントの指定がないようですので、可能性の高い所をあたります』
「急いでくれ、約束の時間まで一時間しかない」
『司様、承知いたしました。
最短ルートを検索し、状況に応じてアフターバーナーを使用します』
「あ、アフターバーナー?!」
「うんとね、すっごいの!
ぎゅーんって行って、どーんって走るの!」
「長嶋茂雄か君は?」
二人のやりとりをよそに、ナイトシェイドは静かに走り出した。
若洲海浜公園。
新木場若洲線を経由し、約束の十五分前に到着したナイトシェイドは、周辺の状況を映像で示す。
「もし交機に捕まってたら、えらいことになっちまっただろうなあ」
アフターバーナー点火による猛スピード疾走の、想像を絶する衝撃がまだ身体から消え去らない。
動悸が納まり切っていない司は、出来るだけ冷静に、ナイトシェイドが示す映像に見入った。
「司さん、滝のおじさん居る?」
「もうちょっと待ってくれ。
って、君はどうして平気なんだ?
あんなとんでもないスピードで走ったのに」
「ん-? 全然大丈夫だよぉ」
「どうして?」
「だってメグ、いっつもお空をビューンって凄いスピードで飛んでるもん」
「ああ、そういやそうだったな」
大空を超高速で飛行するアンナセイヴァーの様子を思い浮かべ、妙に納得する。
しばらく後、司は一つの画像に滝らしき者の姿を確認した。
「すまないナイトシェイド。
この人物を拡大できないか?」
『了解です』
指差した部分が、ズームになる。
便利だなぁと思いながら画面に見入ると、その人物は確かに滝とよく似た特徴があることがわかった。
「よし、行って来る。
君は――」
声をかけるよりも早く、恵は車外に飛び出していた。
「素早いな」
少しだけ焦りを覚えながら、司も車外に出ようとする。
『司様。
道路状況の都合、お二人に何かあってもフォローに駆け付ける事が出来ません。
くれぐれも充分なご注意をお願いいたします』
ナイトシェイドの呼び止めに、思わず軽く口笛を吹く。
「我々の心配までしてくれるのか、凄いな」
『お二人の状況は、遠隔より監視させて戴きます。
何かあった場合は、お呼びかけください。
情報を共有し、救援要請を行います』
「わかった、ありがとう。
君の手を煩わせることのないようにする」
車に手なんかないだろうけどな、と思いながら呟く。
ナイトシェイドは、それ以上何も言わなかった。
「ここからは随分距離があるな。
走るしかないか」
もう姿が見えなくなった恵を負い、司は何か諦めたような表情で走り出した。
彼方に灯台のような白い建物が見える。
海辺に並走するように敷かれたサイクリングロードから少し外れた所で、その男は海を見つめていた。
辺りに人はおらず、右手に伸びるゲートブリッジが映える。
「滝!」
司の呼びかけに、その男・滝は静かに振り返った。
「来たか、司。
……うん? 君も来たのか」
司の脇に立つ恵の姿を見て、滝は露骨に驚きの表情を浮かべる。
だがそんな彼をよそに、恵はいつもの明るい笑顔で話しかけた。
「こんにちは♪ おじさん!
この前は、ちゃんと挨拶もしないで行っちゃってごめんなさい!」
満面の笑顔で頭を下げる恵に、滝は更に困惑した態度を示す。
そして司も「そりゃそうなるよなぁ」と、妙に納得した。
「もしかして、わざわざそれを言いに?」
「うん!
あ、あとね! これも」
そう言うと、恵は手に持っていた紙袋からジャケットを取り出して見せる。
あの日、顔を隠すためにと滝が渡したものだ。
「これ、どうもありがとう!
綺麗にお洗濯したから、返すね!」
元気な笑顔を湛え、紙袋を渡そうと近付こうとする。
だがそれを、司が止めた。
「えっ?」
「メグ、あいつに近付いてはいかん」
「ど、どうして?」
「司の言う通りだよ、メグちゃん」
そう言うと、滝は顔を隠すように右手を翳す。
途端に、彼の背後から濃い紫色のオーラが漂い始めた。
「え……な、何?」
「下がるんだ! あいつは……あいつの正体は!!」
滝の姿がオーラに包まれ、全体のシルエットが禍々しいものに変貌していく。
黒いローブで覆われた姿、尖った頭部、ずんぐりとした胴体。
背後から伸びる四本の脚のようなもの、骨を思わせる細く不気味に長い指。
仮面のような無表情の顔を向け、先程まで滝だった者――ネクロマンサーが現れた。
「た、滝……おじさん……そんな」
「あいつはXENOだったんだ。
あの日、君に接近したのも……」
「えっ?」
『その男の言う通り。
我が名はネクロマンサー。
お前達アンナユニットの搭乗者の抹殺を命ぜられた、XENOVIAの一人である』
先程までとは違うしわがれた声に、恵は愕然とした表情で凍り付く。
手にしていた紙袋が、ばさりと音を立てて落ちた。
彼女の前に立ち塞がり、司は銃を構える。
「メグ! 早くアンナセイヴァーになるんだ!」
「え……ええっ?!」
「早く! このままではやられるぞ!」
『無理だ。
その娘は、今は実装出来ない』
ネクロマンサーの言葉に、司は大きく目を見開く。
「どういうことだ、滝?!」
『その娘は、もう一人の姉と一緒に実装を試みない限り、アンナユニットをまとえない』
「本当なのか、メグ?!」
「う、うん、本当……」
「なんてことだ!
――ナイトシェイド!!」
司が、大きな声で呼びかける。
応えこそないものの、何処からか軽い電子音が鳴り響いた。
『相模恵を連れて来るとは想定外だったが、まあいい。
司、まずはお前の話とやらを聞くとしよう』
動揺する二人に、ネクロマンサーが指を差しながら申し出る。
「なんだと?」
『自ら犠牲になる為に、吾輩の許に出向いたわけではあるまい。
せっかくの機会なのだ、お前の話に耳を傾けてやろうという事だ』
「……わかった。
だがせめて、この子は逃がさせてくれ」
『それは出来ぬ』
「どうしてもか」
『そうだ』
そう言うと、ネクロマンサーは大きく両手を拡げる。
すると、司と恵を取り囲むように、大勢の人影が湧き出るように現れた。
それはまさに「影」であり、人相も服装もわからない、人の形をしただけのシルエットだ。
だがおおまかな特徴だけは分かり、大柄な男性も居れば細身の女性も、老人と思われる者も居れば小さな子供も居る。
それが、半径五メートル程の輪を作り、二人を閉じ込めていた。
「きゃあっ! お、オバケ?」
『この者達は、吾輩が呼び出した死者。
吾輩は、死したる者の魂を呼び覚まし、現世に自由に呼び出す能力を持っておる』
「え、じゃあ、今起きている死人還りも、あなたのせいなの?」
恵の問いかけに、ネクロマンサーは無言で頷きを返した。
「そう、それだ。
滝よ、お前の真意を聞きたい。
お前は何故、死んだ人々を蘇らせる?
お前達XENOは、いったい何を企んでいるんだ?」
銃を構えたまま尋ねる司に、ネクロマンサーは気味悪い程大きく首を捻り、呟く。
『よもや司よ。
吾輩に聞けば、簡単に教えると思ってここに来たというのか?』
「ああ、その通りさ。
滝、お前は素直で実直な男だからな。
そこに期待をかけてここに来た。
それと――」
『甘いな、司。
そもそも吾輩を、滝本人だと思っている時点で』
「何?!」
思わぬ言葉に、司が動揺する。
それを補足するように、横から恵が口を挟んだ。
「あのね、司さん!
XENOって……人間じゃないの」
「それは分かってるが」
「そうじゃないの!
人間の身体を食べちゃって、その人の姿や記憶を引き継ぐの!
だから、XENOは元の人とは全然違う存在なの!」
「……なんだと?」
『その娘のいう通りだ。
吾輩は確かに滝の姿と記憶を継承しておるが、滝本人ではない。
お前が滝と認識している姿は、吾輩の擬態に過ぎん』
「……」
司の持つ銃が、弱々しく下がって行く。
その顔には、明確な絶望の色が浮かんでいた。
同じ頃、若洲海浜公園に向かう一台のタウンエースの姿があった。
その中には、相模舞衣が一人乗っている。
『舞衣ちゃん、あと少しだ!
もうちょっと待っててね!』
「お願いします、ナイトクローラー!
どうか間に合いますように!」
『ナイトシェイドから、状況の映像は送られてきてるよ!
まだ無事みたいだけど……』
「ああ、メグちゃん!」
舞衣は、両手を組んで顔を伏せ、必死で祈る。
もし恵が襲われてしまったら――
その時、彼女の肩を何者かがポンと叩いた。
車内には、他に誰も居ない筈なのに。
「えっ?!」
「ごめんね、舞衣ちゃん!
驚いた?」
「お、お母様?!」
『えっ?! な、何?』
いつの間にか、車内には摩耶が乗り込んでいた。
驚く舞衣に軽くウィンクすると、摩耶は横の席に座り腕を組む。
「ふふふ♪ だってママはほら、幽霊だから」
「びっくりしました……でも、どうしてここに?」
「だって、自分の娘が危ないってなったら、親として放っておけるわけがないじゃない」
「で、でも、危険です!」
「幽霊だし、実体ないから大丈夫♪」
『ねぇ舞衣ちゃん! さっきから誰と話してるの?! 独り言?』
「舞衣ちゃん、この子に説明してあげて」
「は、はい!
あのですね、ナイトクローラー……」
摩耶の存在を認知出来ず困惑するナイトクローラーに、舞衣は状況を事細かに説明し始めた。
「蛭田リーダー、大変です!」
オペレーターの一人が、突然声を上げる。
反応して顔を上げる勇次に、映像が送り込まれる。
空間投影モニタには、東京湾と思われる海が映されていた。
その一部に、ゲートブリッジが見える。
その上空を、何か黒い点のようなものが移動しているのが見て取れた。
「東京湾令和島・東南東方面、上空約500メートルに未確認飛行物体発見しました!」
「ズームしてくれ」
「了解、対象をズームします」
拡大された映像を見て、勇次の顔が瞬時に強張る。
そこに映っていたものは――
「緊急事態だ! 各メンバーに連絡を!
XENO出現!
その外観より、対象を今後UC-24“ロック”と呼称する!!」




