●第129話【不信】
アンナセイヴァーの被害は、甚大だった。
アンナローグは再起動困難な程に大破し、オーバーホールを要する程深刻な状況だった。
アンナパラディン、ブレイザーはそれに次ぐ破損状況で、数日間は実働不可能な状況に陥っている。
恐らく、アンナチェイサーも同様だろうと想定され、現在活動が可能なのは、アンナウィザードとミスティックのみとなってしまった。
しかし搭乗者の姉妹は、他の者達とは異なり、大きな精神的ショックを受けていた。
「舞衣ちゃん……メグちゃん……」
自宅のベッドで揃って眠りに就く二人を見つめながら、摩耶はやるせなさそうな表情を浮かべる。
その横に立つ鉄蔵は、黙って彼女の肩をそっと抱いた。
「あなた、いったいいつまで続けるの?!
こんな事が続いたら、あの子達は!」
別室に移動するなり、摩耶は必死に訴えかける。
ようやく巡り逢えた自身の娘達が、命を賭けて危険な闘いに赴いている。
そんなありえない状況は、摩耶にとって、母にとってどうしても受け入れ難いものだろう。
それを理解しつつも、鉄蔵はじっと黙って摩耶の言葉に耳を傾け続けた。
「夢乃ちゃんだって、どうしてあの子達を傷つけるような真似を……!
私が死んだ後に、いったい何が起きたっていうの?!」
「摩耶、聞いて欲しい」
摩耶の両肩を掴み、鉄蔵が静かな口調で語り掛ける。
「確かに、君のいう通りだ。
私も凱も、そして“SAVE.”の皆も、大切な娘を戦地に送り込んでいる。
そんなこと、普通ではありえない話だ。
私自身、それは重々理解している」
「だったら……!」
「だがな、摩耶。
我々“SAVE.”の闘いは、普通ではない。
アンナセイヴァーには、どうしてもあの五人が必要なんだ」
「どうしてなの?! 他の人達じゃ駄目なの?!」
「駄目なんだ」
摩耶の叫びにも似た声を即座に否定し、鉄蔵は目を閉じる。
その表情には、何処か悔しそうな色が浮かぶ。
「君が生きていた頃にも話をしたと思う。
XENOという生物がやがて大勢の人々を殺し、この世界を混沌に陥れようとすると」
「仙川博士の予言でしょ? それは何度も聞いたわ」
「そうだな、仙川博士とその協力者達は、それに対抗するために長い時間を掛けて準備を進めて来た。
昭和の、高度成長期の頃から」
「それって――六十年くらい前じゃないの?!
どうして、そんな昔からXENOの事を知ることが出来たの?」
「それは私にもわからない。
だが昔、お義父さんから聞いたことがある」
「なにを?」
疑念の表情の摩耶に、言い聞かせるように応える。
「お義父さんと、その友人の仙川博士は、まだ子供だった頃にアンナセイヴァーに命を救われたことがある」
「子供の頃?
どういう……こと?」
言葉の意味が理解出来ず、摩耶は怪訝な表情を浮かべる。
鉄蔵は小さく頷くと、一度溜息を吐き、更に続ける。
「私にも、正直なところ理解が及ばない。
だがあの二人は、その時のことをハッキリと覚えていたという」
「待って、理解が追い付かない。
じゃあ六十年以上も前に、アンナセイヴァーがもう居たっていうの?!」
「そうとしか思えない。
そして彼らは、アンナセイヴァーの正体も知っていたんだ。
何処の誰であるかも」
「ま、まさか……」
摩耶の視線が、ドアの向こうに向けられる。
寝室のある方へ。
「そうだ。
その中に居たんだよ。
……お義父さんにとって孫にあたる、舞衣と恵が」
美神戦隊アンナセイヴァー
第129話【不信】
ここは、とある廃工場の一角。
LEDランタンの、どこかわざとらしい光に照らされ、八人の影が浮かび上がる。
眼鏡をクイッと引き上げながら、駒沢京子が呆れ顔で見つめる。
その視線の先にいるのは、アンナスレイヴァーの五人……否、既に実装を解除した女性達だ。
駒沢優香
赤坂梓
青山理沙
元町夢乃
そして、立川もえぎ
苦々しい表情を浮かべ無言で立ち尽くす五人を見つめ、京子の横に立つキリエはどこか嫌みな微笑みを浮かべていた。
「まあそう睨むな。
確かにあの連中を壊滅させるには至らなかったが、あそこまで追い詰めたのは評価に値する」
「自分が造ったからって……」
かなりの不満があるようで、京子の態度はキリエとは正反対だ。
長い沈黙に耐えかねたのか、青山理沙――ヘヴィズームが声を上げる。
「思ってたよりも扱い辛かったけどね、あんた達の造ったアンナユニット」
「なんですって?」
ヘヴィズームの発言に乗っかるように、今度は赤坂梓――ジャスティスソードが口を開く。
「決定打に足りず、という印象を受けましたね。
あと、やはりエネルギーが有限なので、いちいち残量を意識しながら闘わなければならないのが」
「確かにそうね。
せっかくの科学魔法も、あれのせいで今一つ使い切れてない印象だし」
今度は、元町夢乃――イリュージョナーが呟く。
彼女達の声に、京子は大きく眉をしかめ何かを言いかける。
だが、それより早く
「違うよ……それだけじゃないよ」
震える声で囁いたのは、立川もえぎ――デリンジャーだった。
「違う? 何が?」
「あたし、怖い……。
愛美? アンナローグ? どっちなのかわからないけど……得体の知れない力を感じた。
あいつら絶対、あたし達の知らない何かをまだ持ってる……」
他の四人と違って、デリンジャーはずっと怯えているような態度だ。
それを横目で睨むと、優香――ソニックはわざと聞こえるように大きく舌打ちをした。
「訓練を受けていない連中がいきなり実戦なんてなったら、まぁこんなものじゃない?
でもね姉さん。
ジャスティスソードやイリュージョナーが言うことは本当よ。
あれだけ増強したエナジーキャパシティでも、奴らとの戦闘では厳しいわ」
「優香がそういうなら、見直す必要性があるわね」
いきなり態度を軟化させた京子に、デリンジャーを除く四人の鋭い視線が突き刺さる。
だがそんな事を意にも介さず、彼女は更に続ける。
「それに関しては、対応策を検討しているわ。
期待して頂戴。
――それよりも」
続けて京子は、五人の背後に立つもう一つの影……先程から沈黙を貫いている者に向けられる。
人型から大きくかけ離れた、異形の影に。
「偉そうな事を言っておきながら、一番の大失態をやらかしたのはあなたね。
どう埋め合わせをするつもりなの? ネクロマンサー」
京子の声に反応するように、他の六人の視線が集中する。
ぼんやりと暗闇から姿を浮かび上がらせたネクロマンサーは、表情の読めない顔で見つめて来る。
「あなたが相模恵を殺せなかったせいで、アンナスレイヴァーは並行世界に引き込まれた。
そのせいで通信は途絶、補給も断たれて、あの贋作共に好き勝手されてしまったわ。
せっかくの分散作戦も台無しじゃない」
吐き捨てるような鋭い言葉を受け、ネクロマンサーは僅かに首を傾げる。
『案ずるな。これからだ』
「これから? 何をするつもりだ?」
キリエの質問に、ネクロマンサーは骨のように細い指を向けて答える。
『お前達の言うところの埋め合わせよ。
必ずや、望みに応えてしんぜよう』
右眉に指先を伸ばし、止める。
ネクロマンサーは、それだけ告げるとまるで逃げるように暗闇に溶け込んでいく。
「あ、待ちなさい!」
京子の制止の声も空しく、ネクロマンサーの気配は遠ざかって行く。
「何なのよ、アイツ?」
「さぁな。
だが、この五人が手綱を握ってくれているのだ。
期待しておこうではないか」
キリエの皮肉めいた視線が、五人に向けられる。
イリュージョナーだけは、それを受け止められず、俯いてしまった。
明かり一つない、広大な敷地の真ん中。
廃工場の建屋を遠目に、ネクロマンサーは自身の手をじっと見つめた。
『じゃあメグ、おじさんの所に奥さんとお子さんが来てくれるように、お祈りしてあげるね!
――滝のおじさんが、ご家族に逢えますように』
渋谷ヒカリエのカフェで、恵が囁いた祈りの言葉が脳裏に去来する。
自身の手を優しく包み、涙を浮かべて願うその光景は、彼の記憶の一部と重なっていく。
『パパぁ、りっちゃんおまじないしてあげるー♪
――パパが、お仕事頑張れますように』
満面の笑顔を浮かべながら、小さな手で自分の手を握りながら呟く。
そのあどけない表情と言葉、そして柔らかい温かさ。
そんな遠い昔の記憶が、ふと重なった。
『律夫……』
仮面のような顔に、一筋の涙が零れた。
渋谷で発生したアンナユニット同士の戦闘による破壊規模は想像を絶するレベルだった。
陥没して地下街にまで繋がる大穴が空いた道路、壁面が数十平方メートルに渡り削り落されたオフィスビル、通行止めになった歩道橋、使用不可能になった渋谷中央街、バスターミナル。
ヒカリエの一部の階の窓ガラスにも影響が及んでおり、その修復には多大な時間と費用がかかるだろうことが予想される。
また彼女達の戦闘の様子は、当然のように多くの人々の目に触れており、それはSNS上等でも広く拡散され物議を醸していた。
アンナセイヴァーもアンナスレイヴァーも、一般人の目線では区別がつかない。
その為、彼らが云う所の「謎のコスプレ集団」に対する風当たりは一気に強まり、批判的意見も散見され始めていた。
当然、それらの出来事や世間の反応は警察も意識していた。
“XENO犯罪対策一課”にも当然のように情報が届いており、特に高輪翼と青葉台つつじの若者ペアは妙にハイテンションで事に当たっていた。
「課長、コスプレ集団の素性に迫るべきではないでしょうか!
きっと仲間割れが起きているに違いありませんよ!」
「だとしても、それで一般人を巻き込むなんて理解が及ばないですね。
彼女達は、人を護りたいのかそうでないのか、どちらなんでしょう?」
今日も先程から、二人がしきりに話題を振って来る。
しかし司は、何故かそれに応じる気が起きなかった。
(青葉台の言う通り、確かにこれは一見仲間割れのように見える。
だが、あの色違いの連中は“SAVE.”の仲間ではない。
明らかに、アンナセイヴァーの技術が漏れてしまっている結果だ。
だとしても、誰のせいでどうやって技術の漏洩が起きたのかまでは、今の我々にはわかりようがない。
――いや、それどころか、それに俺が気付いている事すら知られるわけにはいかないのか)
司が“SAVE.”と繋がっていることは、警察はおろか“XENO犯罪対策一課”内でも知られていない。
仮にそれが知られた場合、警察側からの情報が提供出来なくなり、同時に向こうからの情報も流れて来なくなる。
司の目的は、“SAVE.”の持つ対XENO用装備のノウハウを得る事にある。
その為には、どうしても今の繋がりを切る事は出来ないのだ。
(現在“SAVE.”が独占しているXENO対策用の技術は、いずれ他所でも共有されなければならない。
仮に“SAVE.”がXENOの手に落ちた場合、人類はXENOへの対抗策を喪失する可能性も否定できん。
しかし、その為には――課題が多すぎだな)
無言でコーヒーを啜る司を、いつの間にか会話を止めた二人が睨みつけている。
「課長、話を聞いておられましたか?」
「え」
「上の空でしたよ課長。それで、今後どうするんでしょうか?」
呆れた表情で尋ねて来る高輪に、話が見えてこない司はキョトンとするしかない。
「ごめん、どんな話だったかな」
「あ~、やっぱりぃ!」
「えっとですね、この騒ぎの間にXENOが動き出している可能性もありますけど、それに対して今何か出来ることはないかっていう話です」
高輪の云う事には一理あり、司もそれが出来ればと願っていることではある。
だがしかし、現実的にXENOの動きを察する手段がない以上、どうしても後追いになってしまうのが実情だ。
その為、高輪・青葉台・金沢の最近の仕事の殆どは、SNS等による情報収集だけとなっている。
それは彼女達のやる気を繋ぎ止めるには不充分過ぎる内容で、先程から無言を貫いている金沢も含め、不満が溜っているだろうことは想像に難くない。
尤も、高輪には別な仕事も依頼してはいるのだが。
「そういえば、課長」
沈黙を守っていた金沢が、突然声を上げる。
内心少々びっくりしたが、司はあえて平静を装う。
「どうした?」
「先日お会いした、元同僚の方って、その後いかがですか?」
「同僚……ああ、滝のことか。
どうしてそんなことを?」
「いえ、ただの世間話みたいなものですけど」
急に話を振られて戸惑うも、金沢のその言葉にピンと来る。
司のスマホには、彼の電話番号が登録されている筈だ。
今なら、こちらからアクションをかけることが出来る。
「そうか、そうだな」
「課長?」
「課長? どうされました?」
「すまない、ちょっと用事を思い出したから出て来る」
「あ~っ、もう!」
「ちょっと、課長お!」
上着を掴んで、まるで逃げるように飛び出して行く司に二人の金切声がぶつけられる。
そんな様子を、金沢は感情のこもらない顔でじっと見つめていた。
署外に出ると、周囲を軽く窺ってスマホを取り出す。
滝の電話番号を呼び出して架電してみるが、予想通り出ようとしない。
二回ほどかけ直すが、結果は同様だった。
「やはり駄目か……」
ふぅ、と息を吐いて空を見上げていると、何処からともなくドタドタという騒がしい足音が聞こえて来た。
(なんだ、追っかけて来たのか)
やれやれと呆れた溜息を吐いて視線を向けようとするが、それよりも早く
「つーかーささん♪」
妙に明るく弾んだ声が、耳に届いた。
「えっ?!」
慌てて視線を向けると、そこに居たのは。
「えへへ♪ こんにちは~☆」
黒く長い髪を束ねたポニーテールと、大きな胸を包み込む白のタンクトップ、デニムのショートパンツ。
人懐っこい笑顔に、真っ白な大きなリボン。
そして、左手薬指に嵌められた指輪。
意外な人物の突然の来訪に、司は顔に出して戸惑った。
「君は、メグ……ちゃん?」
「メグ、でいいよ!
ねえねえ、この警察署が司さんの仕事場なの?」
「あ、ああ、まあな」
「そっかぁ! ホントに警察官なんだねー」
「疑ってたのか」
「えー、違うよぉ」
相模恵……アンナミスティックの搭乗者。
渋谷ヒカリエで初めて逢った、素顔のアンナセイヴァー。
そんな彼女がどうしてここに居るのか、司には理解が及ばなかった。
「どうしてこんなところに?」
「あのね、司さんに逢いに来たんだよ」
「え?」
「これから呼び出してもらおうかなーって思ってたの」
「いや、それは、困る」
「そうなの?」
小首を傾げる恵に、司は少々狼狽えながら辺りを見回す。
中年男性が、人通りの多い通りで女子高生と二人。
それも相手はやたら肉付きの良い、その上少々露出も多い姿。
関係を知らない人が見たら、余計な勘ぐりを入れられること間違いなしのシチュエーションだ。
その上、職場も近いとなると、さすがに気まずい。
「ここじゃあなんだし、ちょっと場所を変えようか」
「うん、いいよ~。
じゃあ、あっち行こう♪」
そう言うと、恵は司の手を取り、新宿アイランド方面へと引っ張って行った。
(な、なんだ?! この子、なんでこんなに積極的なんだ?!)
冷静沈着をモットーとする司も、恵のパワーには振り回されるしかない。
そんな二人の後ろ姿を、遠くからじっと見つめている視線があった。
「課長……誰、あの娘?」
手近なカフェに入ると、恵は司と向かい合うように席に着く。
ニコニコ笑顔で真正面から見つめて来られると、さすがの司も顔が赤くなる。
恵が持って来たトレイの上には、大量のチョココロネが載っていた。
「今日はね、ちゃんと自分でお金払うからね♪」
七つまで数えたところで止めると、司は少々圧倒されつつ応える。
「それくらい、別に構わないのに」
「お兄ちゃんからね、そういう所はちゃんとしなきゃ駄目だよって言われてるの」
「そ、そうか。
それで、どうして私がこの警察署に居るとわかったんだ?」
自分のコーヒーを引き寄せながら、早速話を切り出す。
大きな口でチョココロネにパクつく恵は、美味しそうにモグモグすると、キャラメルマキアートを一口飲んでから反応する。
「うん、ナオトさんに聞いて来たのー」
「鷹風ナオトから?」
「うんそうだよ、昨日の司さんのお話をしたらね、教えてくれたのよ」
(どういうつもりだ? あの男……)
「それで、用件は?」
「うん、あのねー……って、あー!」
「どうした?」
「このチョココロネ、とっても美味しいの!」
「え?」
「チョコがね、ほんのり溶けてて柔らか~くお口の中でとろけるのよ!
ねえ、司さんも食べてみてぇ♪」
そう言いながら、自分のトレイから新しいチョココロネを取って差し出す。
さすがの司も、思わず目を見開いた。
「い、いや、私はいいよ」
「そう? とっても美味しいのにな~」
「甘い物は苦手でね」
そういいながらチョココロネを戻すと、恵は改めて顔を近付ける。
女子高生とは思えないほど整っている大人びた顔に、司は柄にもなく胸がときめいた……気がした。
「そっかぁ、じゃあしょうがないね。
あ、メグ昨日ね、滝のおじさんに、ちゃんとご挨拶してなかったの」
「は?」
「司さん、もしまたおじさんに逢えるなら、その時メグも一緒に行きたいなぁって」
「正気で言ってるのか?」
思わず、真剣な表情で迫る。
その迫力に気圧され、恵は顔を強張らせた。
だがその直後、思い返す。
(そうか……この子は、滝の正体を知らなかった筈だ!)
「ど、どうしたの、司さん?」
「ああ、すまない。ちょっと勘違いをしてな」
「ふ~ん」
「しかし、どうしてそんなに滝のことを気にする?」
「だっておじさんのお話聞いたら、可哀想だったんだもん」
「可哀想って……あいつの家族の話か」
「うん、そう。
だって、奥さんとお子さんが亡くなられたって」
「ああ、そんな話をしてたっけな」
渋谷ヒカリエから飛び立つ前、三人での会話を思い返す。
恵は、滝が家族と再会出来るようにと、心の底から願っているようだった。
「あいつの家族は――ある事件に巻き込まれてね」
「えっ?!」
「ああ、だがXENO絡みではない。
それで、あいつ一人だけが生き残る形になったんだ」
「えぇ……そんな」
恵の目に、みるみる涙が溜って来る。
そんな彼女の顔を一瞥すると、司は一口コーヒーを含んだ。
「ご家族を……急に亡くしたの?」
「そうだ。
だからあいつは――」
“冷静な態度を装いつつ、憎しみを抱き続けた挙句、XENOとなった”
思わずそう続けてしまいそうになり、口を閉ざす。
気が付くと、恵はハンカチを握り締めてしきりに涙を拭いていた。
「酷い、そんなの酷いよ!
それなのに、滝のおじさんはご家族に逢えてないの?
せっかく、死人還りが起きてるのに!」
「メグ、あの死人還りは……」
そこまで言いかけた瞬間、司のスマホが鳴動した。
無言で恵に手を向けると、表示を確認する、
――滝からだ。
表情を引き締めると、司はスマホを握り締めて店の外に走った。
「滝か!」
『よぉ、司』
電話から聞こえる声は、馴染みのあるあの声だった。
ネクロマンサーの、しわがれた不気味な声ではない。
少しだけほっとするが、すぐに気を引き締め直す。
『まさかお前から連絡してくるとは思わなかった』
「滝、今何処に居る?」
『それを知ってどうする?』
「――もう一度、逢えないか」
『俺の正体を知ったのにか?』
「そうだ」
『――いいだろう、わかった』
意外な程あっさりと許諾される。
嫌みな程晴れ渡った空とそびえ立つビルを見上げながら、司は覚悟を決めるような気持ちで続けた。
「場所と時間は」
『一時間後、場所は若洲海浜公園。
東京ゲートブリッジに面する海岸沿いだ』
「若洲?! 夢の島か!」
『待っているぞ、司』
電話は、そこで切れる。
時計を確認すると、軽く舌打ちをする。
(今すぐ出ないと間に合わないじゃないか!)
慌てて先程のカフェに戻ろうとするが、何かを察したのか既に店を出た恵が駆け寄って来る。
その手には、チョココロネを入れたと思われる紙袋がある。
「司さぁん!」
「すまないメグ、急いで行かなければならなくなった」
「えっ、何処に?」
「滝のところだ。
今すぐ出ないと間に合わないんだ」
「そうなんだ!
わかった、じゃあ任せて」
「え?」
司の話を聞いた恵は、何故かエッヘンと胸を張る。
意味が分からず困惑していると、左手を口許に寄せて囁き始めた。
「ナイトシェイド! 急いでメグのとこに来てぇ!」
その言葉とほぼ同時に、何処かで車のタイヤが激しく鳴る音が聞こえた。




