●第128話【夢想】
「もう、駄目だったらぁ――っ!!」
ミスティックのマジカルロッドが振り降ろされ、アンナイリュージョナーの右手首を打ち砕く。
『こ、この――』
咄嗟に左手でミスティックを打ち払おうとする。
だがその瞬間、彼女は突然身を伏せた。
ミスティックの身体で見えなかった向こう側から、激しく輝く何かが飛来する。
それがアンナウィザードの「矢」だと気付いた時には、もう遅かった。
矢が、アンナイリュージョナーに命中し、激しい爆発を起こしたのは、次の瞬間だった。
『ぐぅっ!!』
咄嗟に身体を大きく捻ったため、矢の直撃はかろうじて避けた。
しかし左肩に命中し――
アンナイリュージョナーは大きく吹き飛ばされ、ウィザード達の視界から消えた。
と同時に、相模邸の中庭の幻影も消え失せる。
「これは……!!」
「と、都庁の……屋上?!」
大きなヘリポートの真ん中で、呆然と佇む二人は、ようやく戻って来た現実の光景に戸惑う。
あれだけリアルだった中庭の光景は何処にも見当たらず、ただ強い風が吹き付ける大都会の空と街並みが広がるだけだ。
アンナイリュージョナーの姿は、ない。
美神戦隊アンナセイヴァー
第128話【夢想】
エンジェリックアローの攻撃を食らったアンナイリュージョナーは、左肩から先を丸ごと失い、首もかろうじて繋がっているだけという状態だ。
アンナユニットはもはや完全に機能を喪失しており、ただの重苦しい鎧と化している。
『う、うあああぁっ!!』
悲鳴を上げながら落下した先は、新宿中央公園の噴水広場のど真ん中。
巨大な爆発のような衝突音を響かせ、石畳を大きく陥没させる。
更に大きく破損した身体がs即座に復元を始めるも、受けたダメージが大きすぎ、さすがのイリュージョナーもすぐには立ち上がれなかった。
『ふ……戦闘に関しては……一日の長がある、か』
何の合図も掛け声もないのに、すぐ後方に迫っている光の矢を把握し、自身の身体でギリギリまで攻撃を隠したミスティックの判断力と、絶対に避けると信じて矢を放ったウィザードの決断力。
二人の見事な連携を思い返し、イリュージョナーは、何故かとても嬉しそうに微笑んだ。
『――ソニック、聞こえる?
ごめん、しくじっちゃった』
復元された左腕を左耳に当てて、通信を送る。
弱々しくゆっくりと閉じる瞼の向こうに、青と緑の光が飛び去って行くのが見えた。
(駄目じゃない、ちゃんと仕留めたかどうか確認しなきゃ……)
そう思いながら、イリュージョナーは意識を失った。
『――ちっ!
イリュージョナーがやられたって!!』
舌打ちをしながら、アンナソニックが苦々しく呟く。
それを聞いたアンナジャスティスソードは、振り上げた剣を止める。
『帰還しますか?』
目の前の大破したビルに視線を落しながら、囁く。
中腹の大きな陥没跡、その中心で苦しそうに蠢くアンナパラディンを見下ろしながら。
『デリンジャーもヘヴィズームも……
ったく、何やってんのよアイツらは』
『仕方ありません。まだ不慣れなのでしょうから』
『無傷なのはあたしとあんただけって』
「――誰が無傷だってぇ?」
二人の通信に、何者かが割り込む。
と同時に、遥か彼方で大きな火柱が立ち昇った。
その中から、一つの影が現れる。
ソニックは、それを見るなり憎々し気な表情を浮かべた。
『しぶとさだけはゴキブリ並だね』
『満身創痍なご様子ですが、まだやるとでも――』
ジャスティスソードがそこまで呟いた時、突然、アンナソニックの身体が光を放ち始めた。
『な、なんだこれは?!』
左前腕と右手に、直径十センチ程の大きさの光の円が生じている。
それが徐々に高熱を帯び始め、炎を噴き出し始めた。
『ソニック?!』
「へっ! まさかあれだけで済むなんて思っちゃいねぇよなぁ?」
『何?!』
驚愕するアンナソニックに背を向けると、アンナブレイザーは両腕をそれぞれ反対向きにゆっくり回転させ、胸の前で前腕をクロスさせる。
「ディレイト・ブラスタぁ――っ!!」
アンナブレイザーが両腕を開いたのと同時に、アンナソニックの両腕が突如爆発した。
それはアンナジャスティスソードをも巻き込む程で、周辺のビルの壁も、窓も、地上の車さえも紙細工のように粉々になって消し飛んでしまう。
悲鳴を上げる間もない。
『ぎゃあっ?!』
『きゃあっ!!』
爆風の直撃を受けた二人は、そのまま近くのビル街に叩きつけられた。
ソニックはビルの下方に、ジャスティスソードはアスファルトに。
爆心部だったアンナソニックの両腕は完全に焼失し、アンナジャスティスソードも数十メートルアスファルトを削り、装甲をズダズダにしてようやく停止した。
その様子を、アンナブレイザーが冷静に見つめている。
だが次の瞬間、超高速で遥か上空に飛び上がった。
『う、うう……い、いつの間に攻撃を……?』
アンナソニックのAIが、状況を分析する。
ブレイザーの最初のパンチ攻撃を受け止めた左腕と、逆に彼女に掴まれた右腕が爆心源だったことが判明する。
『アイツ……あの時に既に?!』
『ソニック!!』
アンナジャスティスソードの通信が、やや慌て気味に届く。
その瞬間、視界内が真っ赤に染まり大きなアラートが表示された。
『な、なんだ?!』
『上です!!』
空を見上げたアンナソニックの視界には、ありえないくらい巨大な炎の塊が落下して来た。
「スーパー・ファイヤーキィ―――ック!!」
かつて並行世界の西新宿を、たった一撃で崩壊させた大気圏外からのファイヤーキック。
それが、すぐ目前にまで迫っていた。
一瞬、何が起きたのか判断が出来ない。
だがその油断が、彼女達の回避行動を大幅に遅らせた。
一瞬の後、渋谷駅前に巨大な爆炎が巻き上がった。
「うわぁっ?! な、なんだぁ?!」
突如巨大な爆風に包まれた渋谷の様子に、ナイトウィングに乗った凱が驚く。
同時に、渋谷へ向かって飛翔していたウィザードとミスティックも。
「ぶ、ブレイザー!!
あ~! またやっちゃってぇ!!」
「あれはブレイザーの仕業なんですか?!」
「うん!
もお! 絶対に使っちゃダメってあんなに言ったのにぃ!」
ぷりぷり怒りながら、アンナミスティックが炎の中に飛び込んでいく。
その後を追って、ウィザードも慌てて突っ込んで行った。
「おい二人とも! 無茶はするな!!」
凱も、その想像を絶する光景に恐れおののきながら通信を送る。
そしてその様子を、離れた所から眺めている二つの影があった。
『こ、こんな無茶苦茶な事をしてくるのか……アンナセイヴァーは?!』
破損部を手で押さえながら滞空するアンナヘヴィズームが、顔を真っ青にしながら呟く。
そしてそこから数百メートル離れた上空でも、黄色いドレス姿の少女が、同じく言葉を失っていた。
『……』
二人の姿が、空気に溶け込むように消える。
そして新宿中央公園の広場に落下したイリュージョナーも。
パワージグラットのタイムリミットは、あと五分程しか残っていない。
爆風と炎が渋谷の街を破壊し尽くした後、その中心には、片膝をついて息を荒げるアンナブレイザーの姿があった。
アンナソニック達は、何処にも居ない。
そして離れたビルの残骸の前には、七色に輝くバリアの閃光が見えた。
『何やってんのよ、バカじゃないの……』
掠れた声の通信が届き、ブレイザーはにやりと微笑んだ。
「よぉ、良く寝られたか?」
『気付くのがあと一瞬遅かったら、私まで巻き込まれてたわよ』
「へへ……その辺は、なんつうか。大丈夫だろって信用してたからな」
『馬鹿みたいな事言わないでよ……
それより、早くここから撤収しないと。
ローグも捜索しなくちゃいけないし』
「そうだ、アイツ何処行っちまったんだ?」
『ぐずぐずしている暇はないわ……もうすぐタイムリミットだし』
「パラディン、動けるのかよ?」
『かろうじて、ね。
ちょっと脱出しにくいから、手を貸してくれるかしら?』
「やれやれ、了解!」
跡形もなく吹き飛んだ駅前に、彼方から青と緑の光、そして漆黒の小型飛行機が飛来して来たのを確認すると、アンナブレイザーは軋む身体に鞭打って立ち上がった。
『司よ、よく見るがいい。
恨みを晴らすために人を辞め、XENOを受け入れ、異形の姿となった者の有様を。
これこそがXENOであり“XENOVIA”なのだ』
滝――否、XENOVIAネクロマンサーは、そう言うと誰も居なくなったヒカリエの屋上で大きく両手を拡げる。
背中の節くれだった脚のようなものもワキワキと蠢き、不気味さが際立つ。
司には、目の前の異形が滝本人であると、どうしても信じられなかった。
変身する様子を直に見ても、尚。
「残念だ、滝。
お前とは、普通に――いや、まだ人である時に再会したかったものだな」
懐から拳銃を抜き、構える。
それを見て、ネクロマンサーは仮面のような顔を大きく歪めた。
『まだそのような頼りないものを持ち歩いているのか』
「生憎、俺達にはこれしかないのでね。
尤も、銃弾は並のものではないが」
『そうか、では撃ってみるがいい』
「なに?」
『撃つがいい。この吾輩をな』
挑発するようなネクロマンサーの言葉に、司は一瞬躊躇うが、すぐに引き金を引く。
バン、という意外に大きな破裂音が鳴り響いた。
銃弾は、ネクロマンサーの額の辺りに命中する。
しかし、彼はたじろくどころか微動だにしなかった。
(改造弾でも、こいつらクラスになると全く効果がないのか……)
『これでわかったであろう。
お前達警察には、我らに対抗する術が何もないということを』
「どうやらそのようだな」
『無駄な抵抗は止めるのだ。
お前達人間は、じきに我らXENOVIAの支配下に置かれる事となる。
なすがままとなり、流れに身を任せるのだ』
「……」
次に、どう出る?
身構える司に対して、ネクロマンサーは意外な行動に出た。
彼の姿が、半透明になっていく。
「滝!!」
『いずれまた相まみえよう。
その時までに、もう一度今の有様を確かめておくことだ』
それだけ言い残すと、ネクロマンサーはまるで霞のように消滅した。
司には何もせぬままに。
「滝……お前は……」
ただ一人屋上に佇みながら、司は彼の居た場所を無言で見つめ続けた。
海中に沈みながら、アンナローグは夢を見ていた。
それは、存在しない筈の“両親”の想い出。
妙にはっきりとした夢の映像に、愛美は激しく戸惑った。
(あなた達は、どなた……?
どうして、私に……?)
はっきりと顔はわからないが、男女が自分の顔を優しい表情で覗き込むのがわかる。
温かな腕に抱かれて、優しい風に吹かれながら閑静な街の中を歩く。
明るく居心地の良い部屋の中で、美味しい食事を家族と摂る。
いずれも、愛美の記憶には存在しない筈の、それでいて奇妙に懐かしい光景だった。
(私は……造られた人間。
普通の人の想い出や、記憶はない筈なのに……
これは、いったい誰の記憶なの?
私ではない……それとも、私の記憶なの?)
ぼんやりとした意識の中、何処までも落ちて行くような感覚に捉われながら、愛美は困惑する。
そして、それが何なのか、どうしても知りたいという欲求が膨らんでいくのも感じた。
東京湾。
アンナデリンジャーの攻撃を受けたアンナローグは、大破した状態で海中深く沈んでいた。
視界には、真っ赤な警告灯とアラートメッセージが点滅している。
しかしもう、愛美にはそれに対して反応する気力が失われていた。
『……!! ……!!』
微かに、誰かの声が聞こえる気がする。
それは、夢の中で出会った男女とは異なる、明らかに今の記憶と結びつくもの。
『……! ……っ!!』
また別な、少々荒っぽい声が響いてくる。
『……!』
『……チャン!!』
よく似た、しかし僅かに異なる二人の声が、更に耳に届く。
愛美の意識が、徐々に現実に引き戻されていく。
『アンナローグの機影を発見しました!
位置情報を送りますので、回収をお願いします!』
それは、アンナパラディンの声。
しばらくすると、身体が何者かにそっと支えられる感覚が訪れる。
『酷い……どうしてこんな破損を?!』
『待っててねローグ、今直してあげるから!』
『待ってミスティック。
もうすぐオーディックが来るから、修復はその中でね』
『おーでぃっく?』
『お、アレじゃねえの?
お~い、こっちこっちぃ!!』
何か強い光を放つ物体が接近してくる。
それはとても大きな潜水艇のようなものだ。
平たいボディの下から伸ばしたアームを器用に使い、アンナパラディンの腕からアンナローグを受け取ると、自身のボディ内に収納した。
『さぁ、私達も中へ。
このまま撤収するわ』
アンナパラディンの合図で、残る三人も頷いて潜水艇の中に搭乗する。
全員を収納すると、潜水艇“オーディック”はゆっくりを向きを反転させ、遥か彼方へと姿を消していった。
『アンナセイヴァーの回収完了。
オーディック帰還後、早急にメンテナンスとオーバーホールに移る。
凱、ナイトウィングに問題はないな?』
少し落ち着きを取り戻したのか、いつものような冷静な声で勇次が呼びかけて来る。
「ああ、こちらは問題ない。
しかし、少しは俺のことも心配してくれよな」
『お前はそう簡単にはくたばらんだろう』
「ったく……それより、全体の状況はどうだ?」
『渋谷駅周辺は大惨事だ。
路面や一部ビルの大規模破壊が発生していてパニック状態だな。
敵のアンナユニット共の消息は掴めていない。
彼女らはアンナチェイサーを含めて、かなりのダメージを負っている状況だ。
今夜の地下迷宮は騒がしくなるだろうな』
「わかった。
俺も急いで帰還する」
通信を切ると操縦桿を大きく傾け、凱は機体を海に向ける。
その表情は、暗い。
(夢乃……)
あの夢の中に出て来た彼女は、いったい何を伝えたかったのか。
協力者とは、いったい誰のことなのか。
それが頭にこびりつき、何度も凱を悩ませる。
だが、彼にはもっと重要な事柄があった。
(舞衣とメグは、大丈夫だろうか?
あの二人にとって、今回の闘いはあまりにも……)
愛しい妹達の心情を考え、凱は胸が締め付けられるような思いに駆られた。
その頃、地下迷宮の一角では。
帰還したビジョンを見上げながら、仙川と今川が顔をしかめていた。
「なんじゃ、たった一回きりの変型でもう駄目なのか?
どんだけ耐久性が低いんじゃこのデカブツは!」
『なんだか物凄く侮辱されたような気がします……』
「あ~ビジョン、気のせいだから気にしないで!
って仙川博士! やめてくださいよビジョンはこう見えても結構ナイーブなんすからぁ!」
「なら、せめて数回の変型にも耐えられるような頑丈な構造にしとくんじゃな。
一回だけでこんなに破損しちまうようじゃ、この先使い物にならんぞい?」
「そ、そりゃそうなんですけど……
うう~、やっぱ可変フレームの耐久度とか摩擦係数とか、もっとゆとり持って計算しなきゃ駄目かぁ」
「手伝ってやるぞい。
一緒にやればなんとかなるじゃろ」
「マジっすか?
それは助かります!」
「どうせ残り少ない時間じゃ。
せいぜい有効に使わなくちゃ、だしのう」
「え、何か言いました?」
「いんや、独り言じゃ……




