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美神戦隊アンナセイヴァー  作者: 敷金
第6章 アンナスレイヴァー編
215/225

●第126話【記憶】

 ここは、港区芝浦三丁目。


 かすみ通りを北東に走ると見えて来る芝浦運河に、突如巨大な水柱が立った。

 何かが空中から落下し、着水した為だ。

 一瞬、豪雨を思わせる大量の水飛沫が周囲に散らばり、付近を行き来していた人々や車をびしゃびしゃに濡らしてしまう。

 ゲリラ豪雨でもありえないくらい大量の水を浴び、行き交う人々は困惑して周囲を見回した。


 そんな状況下、空から青色のコスチュームをまとった女性が、巨大な棍棒のようなものを携えながら降りて来る。

 集まって来る野次馬を一瞥すると、その女――アンナヘヴィズームは、チッと短く舌打ちした。


『見せ物じゃない、失せろ!』


 そう言うが早いか、手に持った巨大な棍棒“ヘヴィパンチャー”を軽々と振り回し、尖った先端をすぐ脇にある東京モノレールの支柱に突き立てた。

 側面のグリップをスライドさせた途端、ヘヴィパンチャーの先端部が僅かに沈む。



 そして次の瞬間、大地震が発生した。


 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第126話【記憶】

 





 ありえないほど強烈な振動が、一瞬で周囲を包み込む。

 モノレールの線路は粉々に消し飛び、河川の水は津波のように隆起し、道路、付近の建物がありえない剛力で揺さぶられる。

 橋は真っ二つに折れ、上を走っていた車が一台、河川に落下した。

 周囲は悲鳴に溢れ、瞬時にパニックが発生する。


「た、助けてくれぇ!!」


 運転手の悲鳴が響き渡る。

 だがその車体は、何者かによって真下から支えられ、際どいところで着水を逃れた。


「う……ぐ……っ!!」


 車を救ったのは、水上に現れたアンナチェイサーだった。

 胸部を大きく破損し、装甲がごっそり削り取られ、あちこちで火花が飛び散っている。

 全身至る所に細かな亀裂が迸っており、その上右脚の膝下が大破している状態だ。

 それでもチェイサーは、必死で車を持ち上げていた。


「ひ、ひええええ! お、落さないでぇ!!」


 運転手の情けない悲鳴と、同乗者と思われる者達の泣き声が聞こえる。

 その中に、幼い子供の声を確認したアンナチェイサーは、全身に力を込めて更に浮上した。


「う……ううっ!」


『おや、まだ粘るの。

 案外しぶといねえ』


 肩に担いだヘヴィパンチャーを再び向け、挑発する。

 両腕が塞がっている状態な上、いつもの機動力を発揮出来ないアンナチェイサーは、なす術がない。

 その表情に、焦りの色が浮かぶ。


「くそっ……」


『今すぐ粉々にしてやるから、そこを動くんじゃないよ。

 安心しな、その車に乗ってる家族ごと葬ってやるからね』


 アンナヘヴィズームの口許が、嫌らしく歪む。

 その態度に、チェイサーの目がカッと見開かれた。


「ボルテックチャージっ!!」


『な……?!』


 その瞬間、突然アンナチェイサーの姿が、車ごと消失した。


『くそっ、何処へ消えた?!』


 アンナチェイサーを見失ったヘヴィズームは、辺りをキョロキョロを見回し始める。

 ANNA-SYSTEMの視覚から完全に消滅する、アンナチェイサーの隠された特殊性能。

 その影響で、実際にはまだ水上僅か数メートルの位置にいるにも関わらず、ヘヴィズームは彼女の行方を完全に見失っていた。


「さぁ、気を付けて……」


「あ、ありがとうございます!」


 橋の反対側まで運び終えたアンナチェイサーは、一家を乗せた車が走り去るのを見届けると、どっかとその場に横たわってしまった。


 そこに、一台の漆黒のバイクが走り寄って来る。


 折れた橋へ全力疾走で突っ込んで来たバイクは空中に大きくジャンプし、下部から光を放ち浮遊した。

 運転していた黒いコートを纏った男が、懐から銀色の棍棒を取り出し、バイクを足場にアンナヘヴィズームに襲い掛かる。


『な、コイツは?!』


「ふっ!!」


 バイクの上に立ち、激しく棍棒を振り回すと、アンナヘヴィズームを怯ませる。

 その一瞬の間を突くように、バイクは自動運転で急速旋回し、彼女の背後に回った。

 

「チェイサー! 帰還しろ!

 ここは俺が引き受ける!!」


 ヘルメットのバイザーを上げ、目を覗かせた男が叫ぶ。

 ――鷹風ナオトだ。

 彼の言葉に、アンナヘヴィズームは大きく眉を動かし顔をしかめた。


『俺が引き受ける?

 何のユニットもない生身の癖に?

 正気なの?』


「生憎、正気だ」


『随分と嘗められたものね。

 お前、あの時の男だね?

 アンナユニットをまとった今の私に、お前の武器が通用すると思ってるの?』


 呆れ顔で見下すアンナヘヴィズームに、ナオトはヘルメットを取ると、真っ向から睨みつける。

 その鋭い眼光の放つ異様な迫力に、ヘヴィズームは一瞬気圧された。


「強い武器と装備があれば勝てる――お前達は、そう考えるか」


『違うとでも?』


「闘いの真髄というのは、武器や装備の更にその先にある。

 お前達のような、与えられた力しか使えない者では、到底辿り着けない領域だ」


『真髄! はっ、随分大きく出たわね、ただの人間の分際で』


 鼻で笑いながら、ヘヴィパンチャーの先端を向ける。

 だがナオトは、そんな彼女の挑発に動じることなく、逆にゆっくりと目を閉じた。


「その領域の一旦を――見せてやろう」


『何を戯言をっ!!』


 武器を大きく振り回し、アンナヘヴィズームはナオトに飛び掛かる。

 しかし、避けようとはしない。


 ヘヴィズームは、ヘヴィパンチャーを直接ナオトに突き刺そうと迫る。

 その瞬間、二人の間に銀色の閃光が迸った。


 動きが、止まる。


『――な?!』


 なんとヘヴィパンチャーは、ナオトの持つ銀色の棍棒に押さえつけられていた。

 ――否、鋭い先端に、棍棒の先端をぴったりと重ね合わせたのだ。


 ナオトは微動だにせず、それどころか眉一つ動かさない。

 圧倒的な力量差がある筈なのに、アンナヘヴィズームは突進力を全て封じられていた。


『ど、どういうことだ、これは?!』


「流月転刃」


『何?! ――うわあっ?!』


 その時、何故かアンナヘヴィズームの身体がくるりと一回転し、その直後、激しい衝撃を受けて真上へと吹っ飛ばされた。

 まるで魔法にでもかかったように、トン単位の超重量が吹き飛んでいく。

 何が起きたのか事態が把握出来ないまま、ヘヴィズームはまるで糸の切れた風船のように空へ消えて行く。

 その後を追って、ナオトがバイクで飛翔する。


『くそっ、おかしな術を!』


 ようやく体勢を立て直したアンナヘヴィズームは、センサーやレーダーを用いてナオトの位置を把握しようとする。

 だが彼は、既に真後ろに居た。


『な……?!』


「まだアンナユニットに慣れていないのが、バレバレだな」


『貴様……いったい何者だ?! 人間ではな――』

「お前とこれ以上話すつもりはない」


 言葉を遮ると、ナオトは銀の棍棒を構え直す。

 すると、棍棒の先端部がまるで花びらのように展開し、その中心部から激しい光が満ち溢れた。


 光の中から、巨大な刃が出現する。


『おのれっ!!』


 すかさず距離を開き、尚もヘヴィパンチャーでの攻撃を試みる。

 だがそんなアンナヘヴィズームの挙動などお見通しと言わんがばかりに、ナオトは武器を構える。

 銀色の棍棒は、幅が四十センチ弱はあるだろう巨大な刀身を備えた大剣へと変貌していた。

 刃の表面には、七色の虹のような光がまとわりついている。


『でやあぁ――っ!!』


「ふんっ!!」


 猛加速しながら、真正面から激突せんとばかりに突進する。

 

 だがヘヴィズームの攻撃が命中するというその瞬間、ナオトの軌道が突如変化した。


『なにっ?!』


 ヘヴィズームの視界から、ナオトの姿が突然消失した。

 実際は、ほんの一メートルほど真下に移動しただけ。

 しかし、接触寸前で「下がる」という人間離れした動きに、彼女は完全に惑わされた。


『しま……!!』


 ナオトの位置に気付いた時には、もう遅い。

 凄まじい閃光と衝撃が、天空に向かって放たれる。

 ヘヴィパンチャーは、ナオトの眩い光を放つ剣戟によって、真っ二つに分断された。 

 

 空中で、真っ赤な花火が炸裂する。

 

 かろうじてナオトの一撃をかわしたものの、武器を破壊されたヘヴィズームは、ボディ前面部に大きく加えられた傷を見て吃驚していた。


『馬鹿な……贋作共の数倍の強度を誇る筈なのに……』


 その一瞬の隙を突くように、大きな“何か”が、突如彼女に激しく激突した。


『ぬあっ?!』


 それは、ナオトではない。

 彼は数メートル下で、ヘヴィズームと“それ”の状況を見つめていた。


『な、なんだこれはぁ?!』


 巨大な物体に殴られたアンナヘヴィズームは、まるでガラスのように大きくひび割れた“空”の向こう側へ吹っ飛ばされ、姿を消してしまった。

 空にぽっかりと空いた大穴が、徐々に縮まり、やがて何事もなかったように鎮まる。


 そしてその近くに立つ――というより、浮かんでいる“人型の何か”を見上げ、周囲の人々は目を疑った。


 それは、ロボット。 

 全高が十二メートルはありそうな巨大な人型のロボットが、宙に浮いているのだ。

 青紫色のボディを輝かせ、肩から伸ばした大きなアームを抱えるように。

 ゴーグルに覆われた目が、ナオトに向けられる。


『大丈夫ですか、ナオトさん』


 ロボットは、落ち着いた男の声で話しかける。


「これは――」


『ご安心ください、敵ではありません。

 私は、ビジョンです』


「あのクレーン車か。

 そんな形態にもなれるとは……驚いた」


『ナオトさん、アンナチェイサーを回収して撤収いたしましょう』


「ああ」


 ビジョンと名乗ったロボットはゆっくりと近くの道路に着陸すると、アンナチェイサーを拾い上げ近くに待機していた黒いトレーラーへと収納する。


『システムチェインジ!』


 気合のこもった声と同時に、四肢を縮め頭部を収納し、変型を始める。

 あっという間にラフテレーンクレーンに変型したロボットは、トレーラーと共にまるで逃げるようにその場から走り去った。


「あれが、ジグラットハンマーというものか。

 ……無茶苦茶だな」


 ナオトは呆れ顔で微笑むと、ゆっくりと下降していった。




「まったく! 誰じゃい、勝手に変型ギミックを盛り込んだのは?!」


「は~い、オレで~す♪」


「アッキー……で良かったよな?

 お主かぁ!」


「ええ、だってクレーン車のまんまだったら、狭い東京じゃ動ける場所も限定されちゃうでしょ?」


「ううむ、確かにそうじゃが」


 黒いトレーラー「ハウント」の内部で、仙川と今川は会話していた。

 

「さて、随分酷くやられたもんじゃの。

 まずは、アンナチェイサーの実装を解除してやらんとな」


「ねぇねぇ、博士」


「うん、なんじゃ?」


「どうしてこのユニットの名前知ってるの?

 あんたが死んだ後じゃないの? 建造されたのって」


 今川の疑問に仙川は答えず、ただウィンクを返すだけだった。




 


 アンナデリンジャーが墜落した海上、銀色の光を放ちながらアンナローグは静かに空中で静止していた。

 だが、徐々に全身の光が薄まり始める。

 

「――はっ?! わ、私はいったい?」


 額の紋章が元に戻り、それと同時に全身の力が失われていく。


「わ、私は何故、海なんかに……?

 ――もえぎさんは……」


 猛烈な眩暈が襲い掛かり、ローグは頭を押さえてふらふらと揺れる。

 先程修復された部位の装甲が半透明になり、先程露出していた内部の機器がうっすらと見え始める。

 アンナローグは、とにかく今の自分は非常に危険な状態にあることを察した。


「い、いったん戻っ――きゃあっ?!」


 再度浮上しようとした瞬間、足首に何かが巻き付いて来た。

 それは海の中から伸びており、まるで自身のエンジェルライナーによく似たものだった。


 リボン状の物体は瞬時にまっすぐピンと伸び、凄まじい力で引っ張り出した。


「きゃあっ?!」


 推力も衰えたローグには、抗う術はない。


「あ――」


 鋼のように硬化したエンジェルライナーのようなものに引っ張られ、あっという間に海中へ引きずり込まれてしまった。

 大きな水柱が立ち、飛沫が周囲に振りかかる。

 その中を潜り抜けるように、黄色のドレスをまとった少女が海中から浮上した。


『くっ! ま、まさか愛美に、あんなとんでもない力があるなんて!

 アンナユニットって、いったい何なのよ!』


 アンナデリンジャーは、肩で息をしながら未だ震える身体を必死で抑えていた。

 冷たさから来るものではない――全身を駆け巡った、凄まじい恐怖感によるものだ。

 アンナローグが沈んだ後も、震えが止まらない。


『……っ!』


 一瞬、海に飛び込もうとしたが、激しく躊躇われる。

 背中から伸びている四本のリボンを収納すると、アンナデリンジャーはそのまま追撃することなく、何処へともなく飛び去って行った。





『そうよ。

 あなた達はもう、完全に私の術に捕らわれているの』

 


 どこからともなく、聞き馴染みのある声が響く。

 それはとても優しく、皮肉にも思える程に、懐かしく。


『私達の懐かしい想い出が沢山詰まっている、この中庭。

 そこで、あなた達は最期を向かえるのよ。

 どう? 素敵なことだと思わない?』


 数メートル向こうに、アンナイリュージョナーの姿が徐々に浮かび上がる。

 姉妹の胸に緊張感、そして悲しみが拡がっていく。


『ウィザード、ミスティック!

 そいつは夢乃じゃない! 夢乃の姿を奪った怪物なんだ!

 躊躇わずに攻撃しろ!』


 凱からの通信が届く。

 だがそれでも、二人の動きは鈍い。


「そ、そう言われたって……」


『動きにくいみたいね。

 じゃあ、私からきっかけを作ってあげる』 


 アンナイリュージョナーは、そう言うと右腕を前に翳す。

 手首に嵌められた装飾物の一部が展開し、尖った刃のような部分が前方を向く。

 大きな宝珠のような部分が、徐々に発光し始めた。 



“Execute science magic number M-011 "Fire-wal" from UNIT-LIBRARY.”


『ファイヤーウォール』


 アンナイリュージョナーの静かな詠唱と共に、中庭に猛烈な炎が噴き上がる。

 それは各所の植え込みや木々、舞衣達が大切に育てていた花をも一瞬で焼き尽くした。


「か、科学魔法!!

 やめてください、お姉さま!!」


「そうだよ! お願い夢乃お姉ちゃん!

 ここのこと、忘れちゃったの!?

 もう止めて!」


 炎の中、姉妹は必死で呼びかける。

 だが、アンナイリュージョナーは不敵に微笑むだけで科学魔法を止めようとしない。

 ウィザードはブラウスの胸元を開き、胸の谷間から青いカートリッジを取り出した。

 全身が、一瞬水色に変化する。



“Completeion of pilot's glottal certification.

I confirmed that it is not XENO.

Science Magic construction is ready.MAGIC-POD status is normal.

Execute science magic number M-025 "Tragic-Rain" from UNIT-LIBRARY.”


「トラジックレイン!」


 両腕を複雑な動きで回し、空を崇めるように手を挙げる。

 その途端、空に濁った灰色の雲が発生し、猛烈なスコールが降り出した。


「きゃあっ!」


 思わず頭を抱えてしゃがみこむミスティックをよそに、アンナウィザードは豪雨の中、周囲の様子を窺う。

 ファイヤーウォールは徐々に勢いを失い、弱まっては来たが。


「はっ! お、お姉さま?!」


 いつの間にか、アンナイリュージョナーの姿が消えている。

 そして、どこからともなく聞こえて来る詠唱――



“Execute science magic number M-012 "Explosion-bomb" from UNIT-LIBRARY.”


『エクスプロージョンボム』


「えっ?!」


 その声は、真上から聞こえて来た。

 見上げた時には、既に目の前まで火球が迫っている状態だった。

 避けられない。


 姉妹二人を巻き込み、巨大な爆発が起こる。

 それは相模邸の中庭のみならず、家屋の壁や窓までも粉々に破壊し、吹き飛ばしていく。

 ようやく消した炎も、再び周囲を焼き払い始めた。


 豪雨が、止む。


「う、うう……」


「な、なんて酷いことを……」


 外壁に身体をめり込ませたウィザードとミスティックだったが、幸いボディを破損させるほどのダメージには至らなかった。

 だがしかし、その一撃と無残な光景は、二人の心に大きな傷を与えた。


「お、お庭が……」


「そんな、せっかくみんなで……

 一生懸命作ったのに……」


 家族総出で、更にメイドや執事達の力も借りて長年作り上げて来た、想い出の中庭。

 それが今では、原型を留めず破壊され、くすぶる炎に焼かれている。


 協力者の一人の手によって。


『惑わされるな! それは幻覚だ!

 それに、ここは並行世界だぞ!

 実際の中庭が破壊されたわけじゃない!』


 再び凱からの通信が入る。

 だが、それでも二人は即座に対応が出来ない。

 それほどまでに、戦意を素質していた。


 通信内容が聞こえたのか、アンナイリュージョナーは疎ましそうな表情で、虚空を睨みつけた。




「――うっ?! な、なんだ?!」


 ナイトウィングのコクピット内の凱は、突然切り替わったキャノピー越しの光景に戸惑った。

 先程まで都心部の上空だった筈なのに、何故か見覚えのある田舎の風景が広がっている。


「ここは……俺の故郷の……」


 大きな山、眼下に広がる田畑、そしてまばらに散らばる建造物。

 昔よく眺めていた牧歌的な光景が、蘇った。


「くそっ! これもアイツの幻覚かよ!」


 ふと見ると、とても見覚えのある……否、それすらも越えて懐かしささえ感じる建物が見えて来る。

 それは、凱が幼い頃に住んでいた家だった。

 ごく普通の、特に新しいわけでもなく、かといって極端に古いわけでもない、二階建ての木造建築。


 そして、今はもう失われて久しい光景。


(……こんなものまで再現出来るのか)


 凱はいつしか、ナイトウィングを着陸させてコクピットから降り立つ。

 どう見ても幻覚とは思えない、現実としか思えない“想い出”が目の前にある。


(そうだ、俺はここでかつて、親父と暮らしていた。

 特に何もなく、変わったことも起こらない、平凡で退屈な毎日の繰り返しだった。

 だが……それが一番幸福だったんだなって、今では思う)


 玄関の前に佇み、目を細めてかつての実家の姿を目に焼き付ける。


 凱の胸中には、いつしか舞衣や恵の事など消えかけていた。






(ここは……何処?)



 海の中、深く沈みゆくアンナローグの視界には、真っ赤な警告灯とアラートメッセージが点滅している。

 だが、身体が一切動かない。

 まるで全ての関節が、見えない何かに押さえつけられているかのようだ。

 しかし、苦しくはなく痛みもない。


 まるで微睡まどろみの中にいるような気持ちで、ローグはどんどん深みに落ちて行く。




「アンナローグのビーコンを確認。

 並行世界デュプリケイトエリアの芝浦・高浜橋より東南東約二百メートルの位置です。

 現在も沈水中と思われます!」


 地下迷宮ダンジョンにて、オペレーターの声が響き渡った。

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