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美神戦隊アンナセイヴァー  作者: 敷金
第6章 アンナスレイヴァー編
212/227

●第123話【関係】


 時間は遡る。




 相模姉妹が外出する数時間前。


「お出かけするの? 二人とも」


「うん♪ そーだよ!」


「皆で買い物に行こうと思いまして」


「ママも一緒にお出かけしよーよぉ、ねぇねぇ」


 腕を引っ張りながら懇願する恵に微笑みかけると、摩耶は静かな声で尋ねる。


「お友達も一緒なんでしょ? だったらママはおとなしくお留守番してるわ。

 どこまでお出かけするの?」


「え~」


「はい、渋谷にあるヒカリエという所です」


「ヒカリエ? あ~ごめんね、ママ知らないわ」


「うんとねぇ、元は東急文化会館ってとこがあった場所だよ~」


 恵は、そう言いながらスマホで検索した画面を見せる。

 摩耶は、スマホ自体に興味を示しつつも、表示された情報に見入った。


「へぇ、私が死んでからこんなのが建ったの!

 おっきいわねぇ~」


「お母様……」


「ああ、ごめんごめん! 変なこと言っちゃったわね。

 じゃあ、二人とも行ってらっしゃい!

 車には気を付けてね」


「「 は~い♪ 」」



 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第123話【関係】

 





 ガラガラと音を立て、割れ砕けたアスファルトから起き上がる。

 映像が半分ほどしかモニタに映らず、左側が暗転している。

 右側の画面には、



“Warning!

 Severe damage to the left side of the head.

 Unit control area functionality has decreased by 30%, affecting other parts.

 210 degree vision to the left cannot be secured.

 Output of left active-binder reduced by 25%.

 Left multi-tool severely damaged and cannot be used.”



という警告メッセージが、赤く点灯している。

 しかし、それに目を通している余裕はない。


 アンナローグは、外装が大きく破損し、内部機器が露出した左側頭部を右手で押さえながら、よろよろと立ち上がった。

 周囲には、落下時に巻き込んでしまったと思われる乗用車が一台横転しており、周囲には玉突き状態になっている車の列が見える。

 普段なら、即座に救助に向かうところだが――


(頭がふらふらする……

 いったい、何がどうなってるの?)


 高熱が出た時のように、身体の自由が利かず動きも鈍い。

 必死でアンナデリンジャーの位置を探ろうとするが、AIがそちらに機能を回してくれない。

 道路の真ん中で佇んでいるためか、周囲の車のクラクションや人々の怒声が、入り混じって耳に届く。


(こ、ここから離れなければ……)


 フォトンドライブを起動させ、かろうじて数メートル浮かび上がる事に成功する。

 だがその直後、どこからともなく伸びて来たリボンのようなものに、アンナローグは四肢を拘束された。

 次の瞬間、凄まじいスピードで引っ張り上げられる。


「う、うああああああああああ!!!」


 強烈なGが襲い掛かり、上空へ打ち上げられる。

 そこに、今度は真横から激しい衝撃が加わる。

 右、左、下、そして前、後ろ……

 何の抵抗も出来ないまま、幾度もの攻撃に翻弄されるしかなかった。

 全身の装甲が、悲鳴を上げる。


『どうしたの、愛美?!

 あんた、今まで沢山XENOを屠って来たんでしょ?!

 見せなさいよ、闘いで培った実力をさぁっ!!』


 斜め上から、今まで以上の打撃が加えられる。

 インパクトの瞬間、ジェット噴射音が聞こえた気がした。

 バキッ、という初めて聞くような鈍く重い音と共に、目の前が真っ赤に染まる。


(もえ……ぎ……さん……)

 

 右腕の感覚が、なくなった。


 アンナローグのボディは、斜め向きに高速回転しながら吹っ飛ばされ、近くのビルの中腹に衝突した。



「ちょっとぉ! 何よこれ!

 全然手応えないじゃないのよぉ!

 愛美ぃ、顔見知りだからって手抜きしてんじゃないの?」


 アンナローグが突っ込んだビルの中に、黄色いドレスの少女がフワリと入り込む。

 そこはどこかの会社の会議室だったようで、物音に気付いた社員と思しき者達が駆け付けていた。

 それを見たアンナデリンジャーは、ベロリと紫色の舌を伸ばし唇を舐めた。


「しょうがないなあ。

 愛美が起きて来るまで、オヤツの時間にしちゃおうかな♪」






 一方、同じく渋谷上空で戦闘中のアンナパラディンとブレイザーは。


「くっ! こ、こいつ……!」


「は、速い!!」


 赤いアンナユニット・アンナジャスティスソードは、予想を遥かに上回るスピードで二人を翻弄していた。

 右前腕のシールドに付いている刃を使い、一度の旋回で数回に渡って斬りつける。

 こちらが反応しようとすると、ジャスティスソードは一足早く離脱する。

 これの繰り返しで、二人がかりでも全く対応出来ない状態だ。


 まさに、理想的なヒットアンドアウェイ。


 業を煮やしたアンナパラディンは、ブレイザーと背中合わせになると両手を開いて詠唱した。


「――風よっ!!」


 途端に、彼女を中心に激しい竜巻が発生する。

 

「うおっ?! こ、怖っ!!」

「少し我慢してね、ブレイザー」



 どんどん上空へ向けて拡がって行く竜巻に、アンナジャスティスソードの軌道が重なる。

 さすがの高速移動も、強制的に遮られてしまったようだ。

 その隙を突くように、アンナブレイザーが飛び出した。


「捕まえたぜ! でりゃあっ!!」


 シャキン! と小気味よい音と共に、右手に装甲が移動する。

 ファイヤーナックルが猛烈な炎を噴き出し、真っすぐジャスティスソードのボディを狙う。


「もらったぁ!!」


 インパクトの瞬間、炎と爆風が噴き上がる。

 だがアンナジャスティスソードは、気味悪い程余裕のある笑みを浮かべていた。


「ファイヤーパァンチ!!」


 アンナブレイザーの必殺技が、まともにヒットした。



 ――だが。



『ふふふ♪』


「な、なに……?!」


 拳から放たれる巨大な火球が弾け飛ぶと、アンナブレイザーの視界に、予想外の光景が映った。

 彼女の右拳は、アンナジャスティスソードの腹部に命中してはいた。

 だが――装甲は破損どころか、傷一つ付いていない。

 それどころか、彼女は微動だにしていなかった。


『残念でしたね』


「う、嘘だろ……」


『私達の装甲は、あなた方のユニットの数倍の硬度と耐久性を誇ります』


「な……」


『そこに、私自身の防御力が加わっております。

 よって、あなたの攻撃では、私に髪の毛一筋程の傷も付けることは出来ません』


「ふ、ふざけんなぁ!!」


 怒りに任せ、その場で身体を反転させて回し蹴りを放つ。

 だがその攻撃は、あっさりと手で掴まれ、防がれた。


「?!」


『無謀ですね。

 それではいけませんよ』


 ミシ……ミシ……と、装甲が軋む音が響く。

 アンナブレイザーのモニタ内に、アラートメッセージが点灯し始めた。


「ぐ、ぐわあぁっ?!」


「ブレイザー!」


 アンナパラディンが飛び込んで来ると、アンナジャスティスソードは視線をそちらに向け――


『お返しいたしますわ』


「うわあっ?!」


「きゃあっ?!」


 なんと、そのまま片手でアンナブレイザーを振り回し、アンナパラディンめがけて投げつけた。

 まるで枯れた木の枝でも振るうかのように、軽々と。

 さすがのパラディンも、至近距離ではかわしようがない。


「ぐあっ!!」

「きゃぁっ!!」


 鋼鉄の塊が激突するような音が鳴り響き、二体のアンナユニットが吹っ飛ばされる。

 このままではビルに激突する! というぎりぎりの所で、アンナパラディンは髪をぶわっと大きく拡げた。

 

「プリズマティック・イージスっ!!」


 左手首の腕輪が輝き、七色に煌めくシールドが、背後に形成される。

 それが障壁となり、二体のアンナユニットを受け止めた。

 二人の身体にダメージが襲い掛かる。


「ぬぐぅっ!!」


「が、我慢して、ブレイザー!」

 

 一瞬二人の注意が逸れる。

 その合間に、アンナジャスティスソードは距離を詰めてきた。

 しかし、何故か攻撃はしてこない。

 まるでこちらが体勢を整えるのを待っているようだった。


『私達のアンナユニットは、あなた方のアンナユニットのデータを基に数倍上回る性能を付与されています。

 攻撃力、防御力、そして反応速度、分析力――

 その上、XENOVIAとしての身体能力の差が加わっています。

 これが何を意味するか、おわかりでしょうか?』


「私達に、勝ち目はないってこと?」


 アンナパラディンの呟きに、アンナジャスティスソードは満面の笑顔で応える。


『はい、その通りです』


「ふざけやがってぇ!」


 憤るアンナブレイザーに、彼女は冷ややかな視線を投げかける。

 と同時に、右腕に装備された盾が展開し、更にその先端のる刃も倍程の長さに伸びた。


『アンナパラディン、あなたも剣を使われますね?』


「だったら?」


『同じ剣を使う者同士、是非一度お手合わせをと思いまして』


「……わかったわ」


 アンナブレイザーの身体を避けると、パラディンは腰のリボンを抜き取り、それを変型させた。

 ジャキン! と鋭い音が鳴り響き、ホイールブレードが手の中に出現する。


『それでは、邪魔の入らないところで』


 アンナジャスティスソードは、左手で上を指し示す。

 

「いいわよ」


「ちょっと待て! あたしは無視かよ?!」


 一方的に話を進められ、食い下がるアンナブレイザーだったが、すぐに動きを止め、周囲をきょろきょろと見回し始める。

 少し遅れて、パラディンも異様な雰囲気に気付いた。



『あんたの相手は、あたしがしてやるよ』



 どこからともなく、聞き覚えのある声がする。

 と同時に凄まじい衝撃が襲い掛かり、アンナブレイザーの身体は彼方へ吹っ飛ばされた。


「ぐ……?!」


「ブレイザー!?」


『さぁアンナパラディン、参りましょう』


「拒否権は与えられないってことのようね」


 苦々しく吐き出す言葉にも、笑顔の頷きを返す。

 その余裕綽々な態度に、さすがのアンナパラディンも微かに舌打ちした。




「ぐ……このっ!!」


 全推進力を後方に向けて、必死で反動を制御する。

 軋むボディに嫌な予感を覚えつつも、アンナブレイザーは、突如出現した一人の影を注視した。


『随分と久しぶりね。

 あの時の借りを返させてもらうからね』


「誰かと思えば、てめぇかよ」


挿絵(By みてみん)


 目の前に立つ、紫色のアンナユニット。

 それはかつて、水道橋で闘った――アンナソニックだった。


『本当は、アンタ達なんかどちらか一人で片付けられるんだけどね。

 まあ、一人ずつボッコボコにすんのも一興かなってね』


「へっ、ほざきやがれ!

 また吠え面かかせてやんよ」


『出来ると思ってんの?

 あの時より数倍パワーアップしてるアンナソニックに?』


「……」




 渋谷上空で、また別な闘いが始まろうとしている。


 アンナジャスティスソード対アンナパラディン


 アンナソニック対アンナブレイザー


 二組はほぼ同時に、遥か上空まで飛翔していった。





 同じ頃、渋谷に向かって飛翔するもう一機のアンナユニットがあった。

 漆黒の機体、薄紫の髪、たなびく黒いマフラー。

 ステルスモードで飛行音すらも最小限に、尚且つ最速でヒカリエ方面に飛ぶ。


(間に合うか――!)


 地下迷宮ダンジョン経由のナオトからの連絡で、アンナチェイサーは相模姉妹と愛美のフォロー目的で移動していた。

 だが、もうすぐ渋谷に入るという所で、突如物凄い衝撃波に襲われた。


「ぬうっ?!」


 敵影は、見えない。

 しかし、滞空中にも関わらず急に衝撃波が飛んで来たのだ。

 上空約八千メートル、視界に映るのは青い空と眼下に拡がる雲の海のみ。

 だがその雲に一部が、突然不自然にたわみ、歪んだ。


(何か来る!!)


 咄嗟にイクイップメントコンソールを機動し、右手にブラックブレードを出現させる。


 しばらくすると、まるで行く手を遮るように一部の空間が歪み出した。


『お前は。

 あの時の小娘だね』


 通信が飛び込んで来る。

 驚いたアンナチェイサーは、無意識に左手を頭に添えた。


「誰だ!」


『誰でもいいじゃない。

 どうせここで破壊されるんだから、知る必要もないし』


「フッ!」


 右手のブレードを逆手に構え、高速で斬りかかる。

 だがあと少しで空間の歪みを叩き斬るというところで、またも衝撃波が襲い掛かる。

 数百メートルは弾き飛ばされ、アンナチェイサーは急いで敵の位置をサーチした。


「何処だ……何処にいる?!」


『ここだよ』


「?!」


 背後からの囁きと同時に、全身を貫くような衝撃が迸る。

 一瞬途絶えかけた意識がかろうじて認識したのは、青色のコスチュームを纏った女の姿。


 だが、その脇にある巨大な物体に、どうしても目が行ってしまう。


『アンナチェイサー。

 ステルス機能を搭載したアンナユニット……ね。

 だが、私には到底及ばない』


「貴様は!!」


『フン。

 この大空で、誰にも気付かれないまま砕け散りな』 


「……!!」


 

 ようやく、対峙する相手の姿がはっきりと浮かび上がる。


挿絵(By みてみん)


 青いドレス、身長を上回る巨大で武骨な武器。


挿絵(By みてみん)


 身も凍るような、冷たく鋭い眼差し。


挿絵(By みてみん)


 アンナチェイサーは目を細め、絞り出すような声で呟いた。


挿絵(By みてみん)


「青……もしや、アンナヘヴィズーム……」


『あら、なんで知っているのよ』


「言う必要はない!」


 即座に後方に飛び、離脱と同時にブラックミサイルを射出する。

 背後から飛び出す無数の黒いミサイルが、様々な方向から青いアンナユニットに襲い掛かる。


『フン!』


 だが、その手に持った巨大な武器を振るったその瞬間、彼女を中心に大気が猛烈に振動し始めた。

 それはまるで、地上で大地震に遭ったかのような。


「うわあっ?!」


 ブラックミサイルが、着弾前に全て空中で破壊されてしまう。

 巨大な爆風が拡がる中、それを突っ切って青いアンナユニットが迫る。


『私は執念深いんでね!』


 ガツン! と衝突音が鳴り響き、一瞬動きが止まる。

 僅かな隙を逃さず、そこに巨大な武器の先端が押し込まれる。

 アンナチェイサーは、咄嗟にその先端を両手で受け止めた。


「ううっ!」


『無謀ね』


「?!」


『このヘヴィパンチャーを手で掴むなんて』


 次の瞬間、アンナチェイサーは今まで聞いたこともないような鈍い振動音に身体を貫かれ、斜め上に吹き飛ばされてしまった。


「うあぁぁぁ―――っ!!」



『あの小娘……いったい何を知ってる?

 どちらにせよ、ここで潰しておく方が賢明か』


 吹っ飛ばされていくアンナチェイサーを一睨みすると、アンナヘヴィズームは背中から光の粒子を噴射して、高速で追跡を開始する。


 だがその直後、またしても無数の飛来物が接近してきた。

 

「また、無駄なことを!」


 ヘヴィズームは武器を振るい、振動波を生み出してミサイルの群れを薙ぎ払う。

 再び拡がる爆風で、視界が遮られる。

 だがそこに、更に別なものが飛来し、炎を貫通する。


『うぐっ?!』


 アンナヘヴィズームの身体に、突き刺さるような重い衝撃が走り抜けた。


『チッ、小賢しい真似を』


 彼女の左胸には、一本の漆黒の矢が突き立っている。

 それを苦々しい表情で引き抜き握り潰すと、アンナヘヴィズームはキッと空の彼方を睨みつける。


 その視線の彼方には、右胸を破損され火花を散らしているアンナチェイサーが、ボウガンを装備した左腕を掲げていた。


『上等よ。

 粉々にして、空に散骨してあげるわ』


 アンナヘヴィズームは、いやらしい笑みを浮かべた。





 ヒカリエ屋上に辿り着いた恵と司、そして後を追って来た滝は、まだ大勢の人々が居る中を駆け抜けていく。

 すると、階下から黒いボディの小型飛行機が音もなく浮上して来た。


「あ、ナイトウィング!」


「あれも、“SAVE.”の装備なのか?」


「うんそうだよ!

 じゃあ司さん、メグもう行くね!」


「ああ、わかった。

 気を付けて」


「待つんだ、メグちゃん」


 脇から、何故かジャケットを脱いだ滝が呼び止める。


「?」


「顔を見られたらまずいだろう。

 これを頭から被って」


「え、でも……」


「気にしないで。

 それよりも、さあ早く!」


「は、はい! ありがとう滝のおじさん!」


 ジャケットを受け取り頭から被ると、恵は深々と頭を下げ、ナイトウィングに向かって走り出す。


 大勢の客が彼女を目で追い、乗り込む様子を動画に撮ろうとしている。

 無事恵がナイトウィングに乗り込むと、機体はゆっくりと浮上し、急速発進した。


 ふぅ、と二人の吐息が漏れる。


「間に合うといいな」


「滝、お前……」


「どうかしたか、司?」


「いや」


 司の眉間の皺が、更に深まった。




 一方、ここは地下迷宮ダンジョン

 分断されたアンナセイヴァーがXENOのアンナユニットに襲撃されている状況は、スタッフ達に大きな衝撃を与えていた。

 また、その作戦にかつての仲間である元町夢乃が加わっているという事実tが、更なる動揺を煽る。


「敵のアンナユニットが、五体だと?!」


「あいつら、なんでマイ達の居場所がダイレクトにわかったのよ?!」


「完全に行動読まれてるじゃないっすか!

 どーすんです、勇次さん?!」


「慌てるな! 俺も今、一生懸命対策を考えている。

 ――ぱお! 鷹風ナオトとの連絡は?」


「相変わらず連絡がつきません!」


 ぱおと呼ばれた中国人オペレーターが、困り切った表情で報告する。

 舌打ちをすると、勇次は自分の席にどっかを座り込み、すっかり冷めたコーヒーを飲み干した。


 

 

 その頃、鷹風ナオトは。


「失礼。

 あなたが、相模摩耶さんですね?」


「あなたは?」


「初めまして、鷹風ナオトと申します。

 旦那様の下で働いている者です」


「ああ、じゃあもしかして――」


「大変申し訳ありませんが、ご同行願えませんでしょうか」


「え、今から?」


「ええ、一刻を争います。

 娘さん達の為にも」


「……何かあるのね、わかったわ」



 相模邸の応接間に姿を現した鷹風ナオトは、摩耶を誘い出していた。

 彼女をバイクに乗せ、向かった先は――




 再び、地下迷宮ダンジョン

 未だに状況判断に困惑している勇次達の許に、ナオトがいきなり姿を現した。


「ナオト!」


「鷹風! 何故ここ……に……?」


 ティノと勇次の動きが止まり、表情が凍り付く。

 その視線は、ナオトの背後に向けられていた。


 そこには、居る筈のない人物が一人佇んでいた。


「すっごいとこ来ちゃった!

 何コレ? 秘密基地? うっわぁ~!

 なんだかSFっぽくてカッコいいわね!!」


 物珍し気に辺りをキョロキョロ見回し感嘆の声を漏らしていたが、勇次達の視線に気付き、引きつった笑顔を向ける。


「は、はろ~♪

 え、えっと……もしかして、蛭田君?

 あんまり変わってないのねぇ、お久しぶりぃ~☆」


 相模姉妹にどことなく似た女性。

 勇次は、ハッとして目を見開いた。


「ま、摩耶……さん?!」

「ウソォ! マヤさん来ちゃったの?!」


「あら、ティノちゃん!

 立派になって凄い素敵になったわね♪」


 勇次とティノだけでなく、今川や他のオペレーター達も、一斉に視線を向ける。

 この地下迷宮ダンジョンは、パーソナルユニットという端末を所持した者しか入ることが出来ない秘密の基地。

 だがナオトは、そこに“地下迷宮ダンジョンが出来る前に亡くなった”人物……つまり部外者を連れて来たのだ。

 皆が驚愕するのも、無理はない。


「鷹風! 貴様、何を勝手なことを!!」


「勝手なことではない。

 全て必然だ」


「何が必然だ!

 いくら相模姉妹の親とはいえ、摩耶さんは部外者だぞ!」


「あああ~ごめん、ごめんなさいぃ!

 すぐ出て行くから、ケンカしないで二人とも!」




「いや、出て行く必要はないぞ」




 その時、突然何者かの声が響いた。

 勇次達の背後、先程まで誰も居なかった筈の場所から、妙に落ち着いた男の声が。


「だ、誰だ……っ?!」


 振り返る勇次の動きが、不自然に止まる。

 そしてティノや今川をはじめ、多くのスタッフの視線も集中する。


「彼女はここから帰してはいかん。

 むしろ、ここにいるのが正解じゃ」


 温かみのある、どこか懐かしさを感じる声。

 硬直する勇次の陰から、今川がひょこんと顔を覗かせる。


「あの~、アンタ誰? 何時の間に入り込んだの?」


「お? 知らない顔じゃな。

 新人か?」


「新人~?

 オレ、一応ここの一部門のリーダーなんすけどぉ?」


「お~そうか、それはすまなんだ。

 もしかして君が今川……えっと、よっしー君だったかな?」


「グギャアアアア!!

 オレの名前は あ き ち か ! 義元と書いて、あ き ち か !!

 あっきーだぁあぁぁぁあああ!!」


「ああそうか、いやぁどっちだったかなぁと迷っちゃってのぉ」


 男は……というより、小柄な老人は申し訳なさそうに頭を掻く。

 腕組みをして睨みつける今川の襟首を掴み、強引に後ろに引っ張り戻すと、勇次は青ざめた顔で一歩前へ踏み出した。


「何故だ……どうして、アンタまでここに居るんだ?」


「蛭田勇次。

 久しいのぉ、元気じゃったか?」


「ちょ! 久しいのぉ、じゃないデショー!!

 アンタまで、なんで?!」


 割り込んで来たティノまで、大声で怒鳴る。

 だがその目には、光るものが見えた。


「え? あれ? もしかしてそちらは……」


「やぁ、摩耶さん! 久しぶりじゃのぉ。

 相変わらず美人で胸もでっかいの♪」


「その嫌らしい物言い!

 やっぱりね、あなたは――」


 摩耶と勇次、そしてティノの声がハモったのは、その直後だった。



「「「 仙 川 博 士 !! 」」」 






 ――科学魔法。


 それは“SAVE.”が生み出した科学兵器で、各種化学反応や自然現象、また科学技術を駆使し、まるで本物の魔法を思わせるような特殊効果を発揮するもの。


 そのあまりにも多岐に及ぶ効果と、それを扱う為に求められる知識、記憶力、応用力は凄まじく、ごく限られた者にしか扱えない。

 “SAVE.”のメンバーの中でも舞衣と恵、未来にしか使用を許されておらず、しかもその中でも一番多くの種類を使いこなす舞衣は、突出した素質を持っているのだ。


 そんな科学魔法を最も多く使いこなすユニット・アンナウィザード。

 それは彼女の最大のステイタスであり、アンナユニットの中でも突出した性能であるといえる。

 相模舞衣という少女は、科学魔法を理解し効果的に使用出来るようになるため、血の滲むような努力を長年重ねて来たのだ。


 だが、それを。

 ほんの僅かな時間で、簡単に使いこなす存在が現れた。


 アンナイリュージョナー。

 元町夢乃。


 最愛の兄・北条凱の恋人にして婚約者、そして同僚にして同志。

 また、自分達に対しても愛情を注いでくれた、尊敬すべき“姉”。

 母・摩耶亡き後、凱と共に自分達を育ててくれた、家族同然の存在。


 それが今、敵となって目の前に立ち塞がっている。


 これまで様々な戦闘経験を積んで来た舞衣も、この状況は、あまりにも受け入れがたいものだった。



「お姉さま! お願い、もうやめてください!」


 科学魔法「マジカルショット」による威嚇射撃を何度も受け、服が破け怪我をしつつも、舞衣は一切抵抗せずにひたすらアンナイリュージョナーに呼びかけ続けていた。


「舞衣、言ったでしょ?

 私の目的は、あなた達の分断。

 ここであなたを仕留めれば、それは永久に叶うの」


「そ、そんな……」


「大丈夫よ。

 すぐにメグちゃんも逝かせてあげるから、寂しくないわ」


「……」


 非情。

 アンナイリュージョナーの金色に輝く瞳には、もはや一切の情は感じられない。

 まるで初めて出会った殺し屋であるかのように、見も凍るような眼差しが注がれる。

 舞衣には、それが身を切るよりも辛く、悲しかった。


「お、お姉さま……っ」


 幼い頃、夜が怖くて寝付けず、泣いているところに駆け付け、添い寝をしてくれたこと。


 好き嫌いが激しかった頃、一生懸命調理を工夫して食べさせてくれたこと。


 小学校に上がって、まだ友達が居なくて寂しかった頃、ずっと傍に居てくれたこと。


 そんな懐かしい想い出が、何故か今、去来する。

 舞衣の頬には、涙が溢れていた。


「ごめんね、舞衣」


「……」


「私があの時、吉祥寺の研究施設の情報を突き留めなければ。

 あの時、あなたのお父さんからの指示を断っていれば。

 こんな事にならなかったのにね」


 右手が、そっと上げられる。

 手首のリングに嵌められた宝珠が、怪しい輝きを見せる。

 科学魔法発動の兆しだ。


「でも、もう諦めて。

 大丈夫よ、凱は殺さないから安心してね」


「お兄……さま?」


「凱には、私と同じXENOVIAになってもらうわ。

 そして今度こそ、私達はずっと一緒に居るのよ♪」


「そんな……」


 アンナイリュージョナーの口許が緩む。

 再び発生する光球の輝きから目を背けるように、舞衣は固く目を閉じた。


 もう、これ以上――見たくなかった。



「悪いが、それはお断りだな」



 突如、爆発音が響く。

 アンナイリュージョナーの身体が、大きくふらついた。

 科学魔法の生み出した光球が、消滅する。


 恐る恐る開いた目には、こちらに向かって銃を構えている男のシルエットが映った。

 そしてその後ろに立つ、髪の長い少女の影も。



「――凱」


「お兄様!」


「生憎だが、俺はお前達とつるむつもりはない。

 永久にな」


「嘘……あれが、あれが夢乃お姉ちゃんなの?!」




 新宿副都心・東京都庁屋上ヘリポート。


 そんな限りなく現実味のない場所で、かつての家族が顔を合わせた。



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