●第121話【分断】
「もえぎさん……本当に、もえぎさん、なんですか?」
「こっちこっちー! おいでよぉ!」
「もえぎさん……もえぎさぁん!!」
なりふり構わず、愛美は涙を流しながら、もえぎの居る方へ駆け寄って行った。
ヒカリエの屋上展望施設、末端部の柵にもたれかかるようにして立っているのは、間違いなくもえぎだった。
井村邸で自分を支えてくれた先輩メイド・立川もえぎ。
彼女が傍に居てくれたおかげで、愛美は辛いメイド生活にも耐えることが出来た。
その恩は、計り知れないほど大きい。
しかし、あの日の火事で離れ離れになってしまい、井村邸自体が消滅してから、その身をずっと案じていた。
愛美は乱れた呼吸を整えると、目の前に佇む私服姿のもえぎを、改めて見つめる。
男物のブラウンのブルゾンを明るい黄緑色のシャツに合わせ、青いデニムの短パンとスニーカーを身に着けた、少々小柄なボーイッシュなスタイル。
夢などでは、ない。
彼女は現実として、間違いなくそこに居る。
「もえぎさぁ――ん!!」
愛美は、泣きながらもえぎに抱き着いた。
「ちょ、愛美ったらぁ! 泣くことないじゃない」
「も、もえぎさん……もえぎさぁ~ん……うあぁ……」
「よしよし、あんたって、相変わらず泣き虫よねぇ。
――久しぶり」
泣きじゃくる愛美を抱き締めながら、もえぎは優しい声をかけてくる。
伝わるぬくもり、感触、それは絶対間違いない。
本物のもえぎが、生きてここに居るという実感を、改めて感じ取る。
愛美は、涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、尊敬する先輩の顔を仰いだ。
「今まで何処に行ってたんですか?!
私、もえぎさんのこと……皆さんのことが心配で、一生懸命捜したんですよ?!」
「あはは、ごめんごめん。
ちょっと色々ややこしいことになっちゃってさ」
「あの、こういうこと聞くの、とても失礼だと思うんですけど」
「え、なに?」
「もえぎさん、今話題の……死人還りというものとは、関係ないですよね?」
涙も拭かず、真っ先に一番気になっている事を追求する。
愛美の顔をハンカチで拭きながら、もえぎは一瞬困った表情を浮かべるが、すぐに笑顔になる。
「ああ、今ニュースでやってる奴?
あたしはそんなんじゃないから」
「そうですか! 良かった♪」
「だから、もう泣かないでよ。
ホラ、周りの人達見てるしね」
「は、はい!」
止めどなく流れて来る喜びの涙を、ハンカチで拭う。
そんな健気な愛美の姿を、もえぎは金色に輝く瞳で見つめていた。
美神戦隊アンナセイヴァー
第121話【分断】
「夢乃……お姉さま?」
ヒカリエ二階、サービスカウンター付近で出会った女性を見つめ、舞衣は思わず目を剥いた。
「まさかこんな所で逢うなんてね。
久しぶり、元気してた?」
「お姉さま……お姉さまぁ!」
大きな目に一杯の涙を溜めて、舞衣は夢乃の胸に飛び込んだ。
「今まで何処にいらしてたんですか?! どうして帰って来てくださらなかったんですか?!
連絡をして下さっても良かったじゃないですか! もう、どれだけ心配したと思ってるんですか?!」
泣きじゃくりながら、次々に質問をぶつけて行く。
そんな舞衣の態度に少々困惑しつつも、夢乃は優しい微笑みを浮かべ、彼女の頭を撫でた。
「ちょっと待って、舞衣。
こんなところで話せることじゃないわ。
少し、どこかでお話しましょう。
――ところでメグちゃんは? 一緒じゃないの?」
「そ、それがその……」
「ん?」
舞衣は、先程までの状況を簡単に説明する。
恵と合流が叶わないと知ると、夢乃は一瞬酷く苦々しい表情を浮かべた。
「なかなか旨くいかないものね」
「電話も通じないんです。どうしたら……」
「いくらなんでも、迷子になるってことはないでしょ。
それじゃあ、どこかに入ってそこで待とうよ」
「ええ。でも、愛美さんが」
「愛美も来てるの?」
「え? あ、はい!」
舞衣は思い出した。
夢乃も、井村邸で愛美の先輩にあたるメイドだったのだ。
無論、彼女の場合それが本業ではなかった訳だが。
「愛美、もしかして携帯とか持ってないっぽい?」
「よくわかりましたね」
「あの娘、そういうの敬遠しそうだからな~」
「でも最近は、インターネットを始めて外部の人達とも交流なさってるそうですよ」
「えっマジで? あの娘も進歩したわね。
ちょっと前までインターネットの存在すら知らなかったのに」
「お姉さま、募るお話はどこかのお店に入ってからにしましょう♪」
「ええ、そうね」
手を取り、舞衣は今まで見せたことのないような明るい笑顔を浮かべる。
その様子に、夢乃は薄い微笑みを浮かべた。
一方、相模恵の方は十一階まで移動していた。
ここにあるカフェに、半ば連行されるような形で入店した恵は、先程までとは違いとても不機嫌そうだ。
しかし司は、そんな彼女の態度を露骨に無視して奥の方の席に座った。
「ご馳走するから、好きなものを注文していいよ」
「うう~……」
「どうした?」
「知らない人からご馳走してもらっちゃ駄目だって、お兄ちゃんに教えられたもん!」
「おや、私は知り合いじゃなかったのかい?」
「だって、初対面だって言ったもん!」
「今更なんだい」
「ずるい! 司さんずるいよ!
メグのこと騙して」
「別に騙した訳じゃない。
ただこの前の御礼を言っただけだよ」
「大人の人ってずるい~っ!」
すっかり機嫌を損ねてしまったようで、頬をパンパンに膨らませてムスッとする。
その態度がまるで幼児のようで、司は思わず微笑んでしまう。
「別に尋問しようとかそういうことじゃない。
君達“SAVE.”のことを、もう少し詳しく知りたいだけでね」
「でも、なんでメグなの?
なんでわかっちゃったの?」
「だって君、あの時自分で名乗ってたじゃないか」
「え?」
「アンナミスティックの姿なのに、自分のことを“メグ”って」
「……あ~!!」
思わず立ち上がり、素っ頓狂な声を上げる。
その様子に、店内の人々の目が一気に集中した。
「君、落ち着いて。座ってくれ」
「あうう~、いっつも気を付けてるつもりだったのにぃ~。
やっぱり、実装するたんびに言い換えるの、むずかしいよぉ!」
「なかなか苦労してるんだな。
ところで、君には双子のお姉さんがいるようだね?」
突然、司の目線が鋭くなる。
まるで射貫かれたように、恵は思わず身体を硬直させた。
「え? あ、う……」
「隠さなくてもいい。
ここでの話は、警察に伝えるつもりはないよ」
“当面はな”という言葉を心の中で付け足しながら、改めて恵の顔を真正面から見つめる。
彼が昔からやる、容疑者を尋問する時の前振り。
長年現場で実践して来たプロの眼差しに晒され、恵は――
「う、うぇ……」
「ん?」
「うえぇ……ひっく」
「は?」
「う……うええぇぇ~~ん!」
「ちょ」
「あ~~ん!!」
大声で泣き出した。
まるで親とはぐれた子供のように。
その途端、またも店内全員の視線が集中する。
今回は、さすがの司もスルーは出来ない。
「お客様、何かありましたでしょうか?」
女性店員が、思いっ切り訝し気な表情で尋ねて来る。
司は、全力で泣き続ける恵と店員の顔を交互に見つめ、必死で言葉を探した。
「い、いや、その……なんでもない、気にしないでくれ」
「ですが」
「ああ、ごく個人的な問題なんで、構わないで欲しい」
「……」
店員の目が、あからさまに冷たい。
そして、他の客の視線も。
「うえぇ~~~ん!」
「わかった、私が悪かった。
どうか泣き止んでくれないか」
困り果てた司が懸命になだめていると、徐々にではあるが恵は嗚咽を抑え始めた。
「とりあえず、何か飲もうか」
「メグのこと、イジめない?」
「そんな事はしない」
「ホント?」
「本当だ」
「グスッ……」
かろうじて泣き止みはしたが、まだ警戒を解かない。
まともに話をすることも難しい雰囲気に陥ってしまったが、そこに、何者かが横から声を掛けて来た。
「お困りのようだな」
「――滝?!」
現れたのは、先日再会したばかりの滝だった。
あまりの偶然に、さすがの司も驚きを禁じ得ない。
「やぁ司。先日はありがとう」
「なんでここに?」
「そりゃあ、私だって買い物に来ることはあるさ。
それよりお嬢さん、こんにちは」
「グス……こ、こんにちはぁ」
「急に失礼。
私はこの男の友人でね」
滝の和やかなムードと優し気な微笑みが、恵の態度を瞬時に緩和させたのを実感する。
司は、咄嗟に滝を捕まえると、そっと耳打ちをした。
『滝、今暇か?』
『ん? まあ』
『すまないが、少し同席してくれないかな』
『構わないが、いいのか?
お前の彼女? それとも、まさかパパ活』
『違う! 断じて違う!』
「ねぇ~、何コソコソ話してるのぉ?」
こちらに背を向けたままナイショ話をしている中年男性に、恵のツッコミが突き刺さる。
またも、店内の視線が降り注いだ。
(“SAVE.”のことを追求したかったんだが、これじゃあ無理だな。止むを得んか)
何かを諦め、司は、無難な辺りから事情聴取をしてみようと試みた。
無論、滝の存在を意識しながら。
「それでだな、相模めg……ええと、どう呼ぶべきかな」
「メグでいいよ! みんなそう呼んでるもん!」
「そうか、じゃあメグ。
私達も頼むから、何か飲もう」
「司、ありがとう。ゴチになるぞ」
「うぐ」
男達のやり取りに、恵はつい吹き出してしまった。
想定外の展開で、予定通りの話が出来なくなってしまったのは司にとって大きな誤算だった。
だがこの時の司の選択が、偶然にも大きな意味をもたらす結果になろうとは、この場にいる誰もが想像だにしていなかった。
ここは地下迷宮。
勇次達の会話は、まだ続く。
「そもそも、人間と変わらぬ身体で蘇ったというなら、彼らは何処からその肉体の“質量”を持って来たんだ?」
「『 あっ 』」
今川とナイトクローラーの驚きの声が重なる。
「今頃気付いたのか。愚か者め」
勇次は腕組みをすると、今川に向かって冷たい視線を投げつけた。
「ででで、でもぉ! XENOって変身したり巨大化したりするじゃないですか!
その時も、あいつらいきなりどっかから質量を引っ張り出して来ているってことでしょ?
だったら……って、あれ? それもおかしな話だな?! え? え?
待って、なんか混乱して来た」
頭を抱える今川をよそに、ナイトクローラーが自信なさげに呟く。
『んで、勇次さんはそれについてどう思っているんですか?』
「俺は――百歩譲って死者が蘇ったのが本当で、それがXENOの力によるものだとしても。
その死者を実態のある存在として我々に認識させる所までは、力が及ばないのではないかと推測している」
『理由はなんです?』
「これを見ろ」
勇次は、また空中で手を動かし、何かの映像を表示させる。
それはとあるSNSの画面で、死者復活に関連する書き込みを表示したものだ。
「うわぁ、亡くなった人が帰って来た嬉しいツイートでいっぱい」
『みんな嬉しそうですね、でもなんか、掲載されている写真が変じゃない?』
ナイトクローラーの指摘通り、SNSにアップされている画像は、皆どこかがおかしい。
近親者の復活を喜ぶ書き込みに、ただの風景画像が添付されていたり、書き込み主と思われる人物だけが不自然な空間を隣に空けた状態で自撮りをしていたり。
中には、帰って来た人物を撮影した、と言いながら部屋の中の写真を上げているものもいる。
どの写真にも、肝心の“帰って来てくれた人”自体が写っていないのだ。
「え?! どういうこと?!」
『ひゃあ! これまさか、死んだ人は写真に写らないってことっすかぁ?』
「お前はどうやって、どこからこの画像を見てるんだ」
呆れた様子で、勇次は口を開く。
「これが現実だ。
恐らくこの事件で蘇った死者は、映像に記録することが出来ない。
つまり、実体がないということだ。
それなのに、死者と逢っている者達は生きた人間と認識し、肉体の接触もしている。
中には、ちゃんと存在しているなどと分析している研究者までいる始末だ。
明らかに矛盾しているな」
「そ、それって……」
『なんだか、めっちゃヤバい予感してきたっすよぉ!』
怯える二人に、勇次は咳払いを一つして、まるで何かを宣言するかのように堂々と言い切った。
「俺は今回の事件に関して。
死者の姿を人間に感知させることが出来る、死者復活とはまた別な能力を持つXENOの存在を疑っている」
「それって、XENOが二体同時に行動してるってことっすか?!」
今川の呟きに、勇次は大きくはっきりと頷きを返した。
「今川、凱と連絡を取れ。
相模摩耶を名乗る存在とコンタクトを取り、こちらで調査を行うのだ」
そこまで言った瞬間、突如、オペレーターの一人が大きな声で呼びかけて来た。
「蛭田リーダー! ナイトシェイドからの通信です!」
「こちらに繋いでくれ」
「はい!」
何か焦っているような口調が気になったが、勇次はナイトシェイドから直接話を聞こうとした。
「ナイトシェイドか、どうした?」
『蛭田リーダー、緊急事態です』
「緊急事態? どういうことだ」
『現在、渋谷ヒカリエにて舞衣様と恵様が、それぞれ別の外部関係者と接触しています』
「外部関係者だと? それが誰か分かるか?」
『はい、恵様は司十蔵と。
そして舞衣様は――元町夢乃と接触しています』
その報告に、勇次と今川の身体に激しい悪寒が迸った。
「やっと落ち着いたみたいだね。だいじょぶ?」
「はい、申し訳ありませんでした」
「それにしても、まさかこんなとこで愛美に逢えるなんてねぇ」
「ええ、私もそう思いました。
もえぎさん、本当に今までどこで何をされてたのですか?」
「ん? まあ色々とね~」
ヒカリエの屋上、柵に手を載せながら語り合う二人は、久々の再会に笑顔を咲かせていた。
「ところでさ、愛美こそ今何やってるの?
どこで暮らしてるの?」
もえぎの質問に、愛美は笑顔で頷いて応える。
「はい、今は東京で、Sぶ……あっ」
思わず反射的に口を塞ぐ。
愛美の現在の住処は、非公開情報だ。
“SAVE.”関係者以外には明かしてはいけない決まりになっていることを、際どいところで思い出した。
「ど~したの?」
「あの、いえ、ちょっと、あ、あはは♪」
「もしかして、なんかまずい所にでも行ってんじゃないの?」
「いえ、そんなことは!」
「たとえばさ……“SAVE.”とか」
「――え?」
もえぎの言葉に、硬直する。
「もえぎさん、今なんて仰いました?」
「“SAVE.”に所属してんじゃないの? アンタ」
「どうして、その名前を……もえぎさんが?」
「ふふ、どうしてだと思う?」
不敵に微笑みながら、もえぎは愛美と向かい合う。
すっとブルゾンの袖をまくり手首を晒すと、そこに着けられたチェーンブレスレットを見せつける。
「もえぎ、さん?」
「こういうことだよ」
「え?」
「コードシフト!」
もえぎのブレスレットに付けられたストーンが展開し、不安を掻き立てる電子音が鳴り響く。
その音には、聞き覚えがある……
「もえぎさん? そ、それは……」
「まだわからない? じゃあ、次で絶対に分かるよ。
――チャージアップ!!」
「!?」
もえぎを中心に、突如激しい突風が巻き上がる。
愛美はその勢いに弾き飛ばされ、柵がガタガタと大きく軋む。
爆発音にも似たその音響に、屋上に居た人々が振り向く。
天を切り裂くような閃光、大気を振るわす轟音。
真っ直ぐに屹立する光の帯は天使の羽を思わせる細やかな光の粒を撒き散らし、やがて少しずつ集束し始める。
光の竜巻が消え去った後、そこには信じ難い姿となったもえぎが佇んでいた。
「もえ……ぎ、さん……そ、その姿は?!」
愛美の目に飛び込んで来たのは、目にも鮮やかな黄色いドレスをまとった、もえぎの姿だった。
だが、その姿は――
「アンナデリンジャー」
「は、はい?!」
「これの名前よ。あたしのアンナユニットのね」
見た目の華やかさには不似合いな、漆黒の鋼の右手で、自分の胸元を指しながら呟く。
愛美の目が、驚きと恐怖に見開かれる。
「アンナ……ユニット?! もえぎさんが?!」
「実装しなよ、早く」
「もえぎさん、いったい何を?!」
「早く実装しないと――死ぬことになるよっ!!」
もえぎが……否、アンナデリンジャーが呟いた途端、愛美の足元が突然爆発した。
「きゃあっ?!」
数メートルは吹っ飛ばされ、愛美の身体は転落防止の柵に……引っかからなかった。
僅かの差で、その身はビルの外に落下していく。
地上二百二十九メートル――
「あ――」
「逃がさないよっ!!」
アンナデリンジャーは、愛美の後を追ってダイブした。
背中から、光の粒子が激しく噴き出す。
ジェット機を思わせる噴射音が轟き、屋上に居る他の客達は悲鳴を上げ始めた。
(こ、このままだと、私は……っ!!)
凄まじい速度で落下していく二体の影。
自由落下に身を任せながら、愛美は両手を胸元に翳した。
「――コード・シフトっ!! チャ―ジアーップ!!」
“Switch the system to fully release the original specifications.
Each part functions normally, and the support AI system is all green.
Reboot the system.
ANX-06R ANNA-ROGUE, READY.”
愛美の身体が、光の竜巻に包まれる。
エメラルド色の瞳の奥で、幾重もの光が迸り、機械の起動音のようなものが唸りを上げる。
額に施されたグリーンの模様が点灯した途端、髪とメイド服の色が、グレーから鮮やかなピンク色に染まっていく。
アンナローグは空中で実装し、身体を一回転させて停止した。
ピンク色と黄色のアンナユニットが、渋谷の上空で対峙する。
「ふふ♪ やっと逢えた、アンナローグに」
「もえぎさん……どうして……」
二人の再会は、想定外の展開を迎えようとしていた。
同じ頃、東京湾・第二海堡の一角から、漆黒の飛行物体が離陸した。




