第9話【不安】3/3
「そんな……
仙川博士は、いったい何者なんですか?!」
「あれは……怪物だ」
二人の脳裏に、今はもうここに――否、この世にいない男・仙川の姿が浮かんだ。
仙川鐸朗。
勇次達研究班のメインスタッフ達の師であり、“SAVE.”の創立者との関係も深い、科学者。
アンナユニットを稼動運用させるために最も重要なオペレーションシステム「ANNA-SYSTEM」を独自で開発し、古くからXENO討伐に向けて準備を進めて来た男である。
――XENO被害が発生する、何十年も前から。
以前より、仙川には「予知能力があるのではないか」という噂があった。
その要因は様々だが、もしXENO被害が発生し始めてからアンナユニットの開発を始めていたのでは、絶対に対応が間に合わなかった。
しかし、彼が何十年も前から「対XENO用兵器」を研究していたおかげで、今のこの状況がある。
それはもはや、神懸り的な未来予見に基づいたものであるとしか、言い様がない。
もはや、誰もがそんな話をしなくなって久しいが、“SAVE.”メンバー全員の胸中には、常に彼に対する疑問と畏怖の念があるのだ。
しばらくの沈黙の後、未来が神妙な面持ちで口を開いた。
「OSのアップデートは、ブラックボックスから直接、ウィザードやミスティックなどに実施することは出来ないのですか?」
「それは不可能のようだ。
知っての通り、ブラックボックスは、何故かアンナローグにしかリンクしない。
だからこそ、アンナローグからのコピーで実践するしか手段がない」
「……」
未来の表情が、より険しさを増す。
「蛭田博士、お願いがあるのですが」
「ああ」
「そのOSのコピーですが、実施はしばらく待ってください」
「何故、そう思う?」
「やはり、現状でのアップデートは危険と判断します。
まして、電送による実装テストもまだという状況ですから、何が起こるか予測も出来ません。
より実戦を経てからの適用を、改めて検討すべきかと」
「そうだな、同感だ」
淡々と語る未来の言葉に、感情はこもらない。
その後、必要最低限の返答と挨拶だけを残して、未来はすぐにその場を立ち去った。
十分ほどの間を置き、未来は着替えて戻って来た。
結んだ髪を解き、身体にぴっちりまとわりつくような銀色のボディスーツをまとい。
壁の電源ボックスを操作し、今まで暗かった空間の照明を灯す。
すると、彼女達のいる空間の下数メートルの位置に、五体の人型メカが姿を現した。
ここは、高さ数十メートルにも及ぶ巨大な空間。
荒い鋼鉄の壁に覆われた空間はまるで「人工の巨大洞窟」であり、その各所から、空間の中央に向かって無数の足場が伸びている。
その最底部付近から伸びている足場が、今、勇次と未来が立っている場所だ。
五体の人型メカ ―アンナユニット― は、その底部に設置されたメカニックドックに収められている。
「今日も練習か」
「ええ、このような事態になった以上、少しでも早く実戦に適応しなければなりませんから」
「そうだな」
「ANX-04Pの起動を、お願いします」
「ああ、わかった」
指示を受けた勇次の端末操作で、五体の人型メカの一体がせり上がる。
鈍い銀色のボディの各所にオレンジ色のラインが入った、アンナユニット。
梯子を降りた未来がその前に立つと、前面のハッチが大きく展開する。
その内部には、お世辞にも広いとは云えない操縦席があった。
コクピット前部のコントローラー周辺が自動的に倒れ、搭乗用スペースが出来る。
意を決しと、未来は無言で操縦席へよじ登った。
楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。
愛美と相模姉妹の買い物は順調に進み、おおかたの用事は終わった。
新しい服や下着類、タオル、洗面道具、バッグ、収納用の小型コンテナや、組み立て式の棚類。
途中で立ち寄った本屋では、気に入った本も複数冊購入した。
その殆どを配送にしたとはいえ、さすがに一度では揃え切れないと判断した三人は、いずれまた続きをすることにして、今回はここで切り上げることで話がまとまった。
「というわけでー! おやつ食べにいこ! 愛美ちゃん♪」
「ひ、ひえぇぇ……こ、ここまでで、一体いくら使ってしまったんでしょうかぁ~」
「大丈夫ですよ、ご心配には及びません」
「み、み、皆さん、もしかして、ものすごいお金持ちなんじゃないですかぁ~?」
「うーんと、割とそうかも?」
「ひっ、め、恵さん、本当ですか?!」
「うん、メグ達のパパ、社長さんだから」
「ぱ、パパって、お父様?」
「ええ、私達の父、相模鉄蔵は、相模重工業株式会社の代表取締役です」
「ひっ! やっぱりお嬢様じゃないですかぁ~!」
「そんな大層なものではありませんよ、愛美さん」
その後、三人は渋谷の街中を歩き、渋谷センター街を経由して文化村通りに入り、ランプリングストリートへと向かった。
渋谷東急からさほど遠くないこの辺りは、渋谷の街の中では少々静かなエリアといえる。
そんな場所に、最近良いお店が出来ることが多いとの事で、情報通らしい恵が愛美に説明する。
今回のお店は、とても美味しいパンケーキが食べられる所とのことで、相模姉妹も訪問は初めてだという。
パンケーキは、自分で作ることはあっても、他人が作ったものを食べた記憶がない愛美は、そういうお店があるという事だけで驚嘆し、強い興味を示した。
が、またも金銭感情と遠慮の気持ちが先立ち、それを表に出しづらかった。
「え~っとね、この辺だと思うんだけど……」
スマホのマップアプリを見ながら、恵がきょろきょろと周囲を見回す。
たまたまなのか、この辺は夕方近い時刻でもあまり人通りが多くない。
「もしかして、あそこじゃないでしょうか?」
「う~んと、ご休憩2,500円? 何コレ?」
「め、メグちゃん! そっちじゃなくて、こっちよ」
「あ! ごめーん!」
愛美と舞衣が示した先には、五階建ての古い雑居ビルがあった。
一階入り口の脇にある小さな階段の前に、黒板タイプの手書き看板が出ている。
その店名を見て、恵は満足そうに微笑んだ。
「あ、ここだよ! 愛美ちゃん、お姉ちゃん!」
「結構、遠かったですね!
ナイトシェイドに、位置情報を送っておきましょう」
「ほえ~、ここなんですねえ。
パンケーキのお店、どんなのか凄く興味あります!」
「じゃあ、さっそく入ろうよ♪」
そう言って恵が階段を昇ろうとしたその瞬間、愛美は、強い違和感を覚えた。
「あの、ちょっと待ってください」
「ほえ?」
「どうかされましたか、愛美さん?」
きょとんとする姉妹に、愛美は怪訝な表情を向ける。
「このお店、本日はお休みじゃないでしょうか」
「え? なんで?」
「お店の情報を見ると、本日は営業日で営業時間中になっていますよ」
「そうですか?
なんだか、この建物から、人の気配が全くしないもので――」
「え?」
愛美の言葉に、姉妹は顔を見合わせる。
もうすぐ夕方、窓を開け放たれた四階のフロアを見上げた愛美は、そこから全く光が漏れていないことに気付いた。
(なんだろう、ものすごく……嫌な予感がする。
ここに入っちゃいけないような、でも――)
「せっかく来たんだし、開いてるかどうかだけでも見に行ってくるね?」
そう言って階段を昇ろうとする恵みを、今度は舞衣が制する。
「待って、メグちゃん!」
「こ、今度はナニ?」
「今日、何日だっけ?」
「えっと、今日は4月の27日だよ」
「……」
無言で、舞衣が愛美に目線を向ける。
彼女が指差す先を見て、愛美は思わず小さい声を上げた。
「この看板、日付が、4月24日になってます……」
「ほえっ?!」
慌てて戻って来た恵と共に、愛美達は店のある四階を再度見上げた
「なんか、あったのかな?」
「片付け忘れにしては、ちょっと奇妙ですね」
小首を傾げる舞衣の横で、愛美は、益々膨れ上がる不安感と違和感に、押し潰されそうになっていた。




