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美神戦隊アンナセイヴァー  作者: 敷金
第6章 アンナスレイヴァー編
208/226

●第119話【感傷】

『――次のニュースです。

 都内を中心に、亡くなられた方が生き返るという信じられないことが起きています。

 それも、生前と全く変わらない状態でです。

 この不思議な現象について、各方面では原因と影響を巡り様々な意見が交わされており――』



 過去に例のない、前代未聞の事件が起きている。

 テレビのニュースをはじめ、様々なメディアでも“死人還り”のニュースや話題が流れて来る。

 幽霊や化け物ではなく、完全な肉体と過去の記憶を持った“死人”が、ある日突然に関係者の傍に現れる。

 しかも、特に関連が深い人物が蘇る傾向があり、これにより亡くなった家族や友人、親戚との再会を喜ぶ者達が大勢居た。


 死人とは普通に意志の疎通が可能であり、感情もあり、何より食事や睡眠など生者と全く同じ行動を取る。

 ある著名な医師が、蘇った死人の身体検査を試みたが、なんと生者と全く変わらない状態であるという結果が出たという。


 

「――これは現世と冥界の境界線が曖昧になり、その為生者と死者の違いがなくなりかけている証拠である。

 このままこの事態が続けば、この現世はやがて冥界と等しくなり、いずれ恐ろしい死の世界となってしまうだろう。

 だが、その原因は何なのか?

 この謎を解き明かす為、向ヶ丘未来はアマゾンの奥地へ飛んだ」


「いきなり何バカな事言い出すのよ、ありさ」


 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第119話【感傷】

 



 翌日。


「えっ? 舞衣さんとメグさんのお母様ですか?」


 愛美は驚いて、ロック解除ボタンを押し忘れたままポットの給湯ボタンを押した。


 ここは、SVアークプレイスのミーティングルーム。

 もはやすっかり“たまり場”と化しているこの部屋で、愛美は訪れた人のために軽食を調理していた。

 その様子を眺めながら、ティノは彼女に淹れてもらった紅茶を啜っている。


「そ~なのよ。

 だから今、あの子達の家は大混乱らしいわよ?」


「前に伺ったことがあるんですけど、確かお二人のお母様って」


「そう、あの子達を産んだ時に亡くなったんだって」


「それはお辛いですね。

 でも、そのお母様がお帰りになられたと?」


「うん、でもさあ。やっぱりこれって異常事態なわけでね。

 朝からユージやガイが大騒ぎしてた。

 さっきも、ガイが慌てて相模のおうちに走って行ったよ」


 ティノが、どこか他人事のように呟く。

 その話を聞きながら、愛美は小鍋に湯を取ると、それをコンロにかけた。


「亡くなられた大事な人がお帰りになられるって、とても素敵なことだと思うんですけど」


「気持ちはわかるヨ。

 でもさ、そんな事実際には起こり得ないわけでさぁ。

 当然、何か裏があるって疑っちゃうじゃない? 普通は」


「そうですね、わかります!

 もしかして、これもXENOのせいなのかもしれないのでしょうか?」


「ユージは、そう睨んでるみたいねー。あたし良くわかんないけど。

 でもさ、なんか違和感ない?」


「違和感、ですか?」


 お茶パックに、事前に削っておいた鰹節を入れたものを、小鍋の水に浸し、火を点ける。

 コトコトと小鍋が揺れ始めた頃合いを見て、愛美はそちらに視線を移しながら反応する。


「なんかさ、XENOのせいだとしても、なんかやってることがXENOっぽくない気がすんのよね」


「た、確かに」


「第一さ、死んだ人間を生き返らせることが、奴らにとってどんなメリットに繋がるんだろ?」


 ティノの言う通り、XENOはこれまで人を襲い殺す、つまりは命を奪う事を目的に暗躍していた。

 だが今回の事件は、それとは真逆だ。

 とはいえ、そのような現実ではありえない事件を起こせる可能性があるのも、またXENOである。

 愛美は、だんだん頭が混乱してきた。


「マナミはさ、誰か帰って来て欲しいって思う人はいる?」


 卵を割り、ボウルでかき混ぜている時、ティノが尋ねて来る。

 愛美はふと手を止め、目線を上げて思考してみた。


「そうですね……亡くなられた方、という意味では特にいないのですが」


 そう言いながらも、脳裏には千鶴の顔が浮かんでいる。

 しかし、生きている彼女に出会ったわけではないので、それは違うのかもと思い直す。


「生きていることを願っているという意味では、先輩方ですね」


「センパイ? マナミがメイドをしていた時の?」


「はい。

 梓さん、理沙さん、夢乃さん、そしてもえぎさんの四人です。

 短い間でしたが、とてもお世話になっていましたし」


「そ、そう……」


 夢乃の名前が出た時点で、ティノの表情が曇る。

 だが、フライパンに溶き卵を流し込んでいる愛美は、それに気付かない。

 かしゃかしゃと卵をかき混ぜる音が、キッチンに響く。



 愛美が“SAVE.”に加入する前に勤務していた“井村邸”。

 財界の影の大物・井村大玄の邸宅の一つであり、妻である井村依子を主とする大きな屋敷には、愛美以外に四人のメイドが存在した。


 少しおっとりしているが仕事は誰よりも完璧にこなす一番の先輩、赤坂梓あかさか あずさ

 人当たりは厳しいが、誰よりも依子と仕事を優先する、青山理沙あおやま りさ

 愛美を直接指導し、メイドの仕事とその重要性を優しく教授してくれた、元町夢乃もとまち ゆめの

 そして一つ上の先輩で、自分に一番近い立ち位置で支えてくれた、立川たちかわもえぎ。


 あの日、火事で焼失してしまった井村邸からは、誰も脱出していなかった。

 そして後日、井村依子の素性を知ってしまった……


 だが愛美は、それでも先輩達は無事に生きていると固く信じている。

 ふと、目頭が熱くなっていくのを感じ、慌てて目をこする。


「なんかゴメン! 嫌なこと思い出させちゃったんなら謝るよ!」


「いいえ、そんなことはないですよ。

 それより、もうすぐ出来ますからね、ご注文の“天津飯”」


「ワホッ♪ サンクス、マナミ!

 あたしこれ大好きなのよねぇ~♪」


「餡にケチャップ入れますか? それとも今日は関西風に?」


「あ~そうね、前回は関西風だったから、今日はこっち風にケチャップ入りで!」


「はい♪ かしこまりました!」


 ティノのリクエストを受け、愛美はフライパンに出汁とケチャップ、少量のみりんと醤油、砂糖を加え、水溶き片栗粉を流し入れた。


 ふわふわの卵を炊き立てご飯の上に載せ、そこに熱い餡を流し入れる。

 ティノの前にそれを給仕すると、彼女は目の色を変えて喜んだ。


「ありがとお~! 夕べから何も食べてなかったからさぁ!

 嬉しいよ! いっただきまぁ~す!」


「はい、どうぞ召し上がれ♪

 それにしても、ティノさんは今そんなに大変な作業をなさっているのですか?」


「うん、今川っちがさ、ANNA-SYSTEMに妙なものを発見したって言い出してさ。

 その影響でアンナユニット全機の見直しをしたんだわさ」


「妙なもの? ですか?」


「うん、あたしは全然わかんないんだけどさ。

 理系にはわかるらしいよ」


「そういうものなのですか……でもティノさん、どうかご無理をなさらないでお休みもとってくださいね?」


「ハハハ、ありがとうマナミ!

 いつも優しいねぇ」


 愉快そうに笑うと、ティノは改めて食事に向き直る。

 その様子を見つめながら、愛美はどこか不安そうな表情を浮かべた。





「にゃぁ~ん! やだやだやだぁ!

 ママのお隣がいいのぉ!」


「メグちゃん、本郷さん達を困らせちゃダメでしょ?」


「だぁってぇ! メグ、ママのお傍に居たいんだもん~。

 今までの分、いっぱい甘えるんだもん!」


 頬をぷぅっと膨らませて、恵は摩耶の腕にしがみつく。

 昼食の時間、相模家の食堂は“席の配置”で少々揉めていた。

 珍しくワガママを言いまくる恵に、伝説のメイド達は困惑気味だ。


 少し呆れたように微笑むと、摩耶は上座から移動し、舞衣と恵の席の間に入った。


「あっ、お母様!」


「やったぁ♪ ママ来てくれたぁ☆」


「もう、しょうがない子ねメグちゃんは♪

 じゃあ、こうすればいいわよね?」


「摩耶お嬢様、宜しいのですか?」


「ええ、構わないわよ」


 三人並んで食卓につく様子を見て、先程まで慌てていた槐や本郷、一文字達は、思わず目頭を拭う。

 それは、本来であればずっと以前にここにあった筈の光景だった。

 今や、摩耶と姉妹は親子というには年が近すぎる状況にある。

 だがそれでも、間違いなく三人は親子であった。


「ごめんね、二人とも。

 いきなり来ちゃって、皆を惑わせて」


「いいえ、そんなことはありません!

 本当にお帰りなさい、お母様!」


「もう、どこにも行っちゃ駄目だからね!

 ずっとこのおうちに居てね! ママ!」


 まるで子供のように、一生懸命話しかける恵の頭を撫でながら、摩耶は満面の笑顔を返す。


「あはは、ハイハイ。

 ところで、パパと……凱君は元気?」


「はい、二人ともとてもお元気ですよ」


 摩耶の質問に、舞衣が嬉しそうに即答する。

 まるで寄り添うように仲睦まじく並ぶ三人に、槐が少々申し訳なさそうに口を挟んだ。


「今、凱様がこちらに向かっておられるとの事ですので」


「そうなんだぁ。

 凱君、少しはいい男になってるかしらね?」


 そう呟いた途端、二人の娘は即座に反応する。


「お兄様は、とっても素敵ですよ!」

「そうだよ、お兄ちゃんは優しくてカッコ良くて、メグ達のこと一杯可愛がってくれるんだから!」


「え? あ、そうなの?」


 摩耶は、彼女達が小さな時から凱に育てられた事を知らない。

 その後、延々と凱の良さをプロモーションされた摩耶は、強張った笑顔で槐達に助けを求めた。


 無論、それは無言で拒絶されたが。





「ここか――って……マジかよ」


 皆の許に凱が駆け付けたのは、それから三十分程してからだった。

 

「摩耶……さん?」


「凱、くん?

 あなた、凱君よね?

 うわぁ、すっかり男らしくなっちゃって! 見違えたわね」


 席を立ち、どこか懐かしそうな表情で凱を見つめる。

 二人は、テーブルを挟んでしばし見つめ合った。

 そこに、席を立った恵が飛び込む。


「お兄ちゃん♪ ねーねー、凄いでしょ?

 本当にママが帰って来てくれたんだよ!」


「おう、そうか。

 良かった、本当に良かったな」


「お兄様♪ お帰りなさい」


「よぉ、舞衣。

 邪魔して悪いな。

 それにしても――本当に摩耶さんなのか。

 あの頃のまんまじゃないか」


「うふふ、そりゃあ花の二十代前半のまんまですからね~。

 それにしても凱君、今いくつになったんだっけ?

 私より年上になっちゃったんだよね?」


「もう三十六ですよ。

 しかし、なんだか夢を見てるみだいですよ」


「そうかもね。

 これは、もしかしたら皆が夢を見ているのかもしれないわね」


「え?」


「なんでもない!

 ところで凱君、この子達から聞いたんだけど、私の代わりにこの子達の面倒を見てくれてたんだって?

 ありがとう、本当にありがとうね」


 テーブルを回り込み、摩耶が近付きながら礼を述べる。

 凱は、何故か急に目頭が熱くなってきた。


 十六年前に死に分かれた相手が……家族同然だった相手が、今目の前に立っている。

 あの頃の様々な想いが、凱の胸の中で一気に駆け巡った。


 そんな彼の肩に、摩耶が手を置いた。


「それはそうとして、凱くん?」


「え? な、なんです?」


「この子達から聞いたんだけどぉ。

 なんだかぁ、あなたも随分子離れが出来てないみたいねぇ?」


「な? なな、なんのことですか?」


 ジト目で見つめて来る摩耶に、異様な殺気を覚える。

 横目で見ると、申し訳なさそうに俯いている舞衣と、笑ゴマしている恵の姿が見えた。


「とぼけるんじゃないわよぉ?

 みんな聞いちゃったんだからぁ」


 肩の手が、ギリギリと食い込んでいく。

 その痛みに、凱は嫌な予感と恐怖を同時に感じた。


「え? え? ちょ、待っ!

 おい、舞衣! メグ! 摩耶さんにいったい何を言ったんだぁ?!」


「あの、その、普段どんな生活をしているのかを、説明しまして」


「メグはね、お兄ちゃんのことがどれだけ大好きかって、ママに言ったのー♪」


「ぜ、全部?」


「うん、全部ー♪」


 無邪気に応える妹達の態度に、何かを悟る。

 ふと見下ろすと、摩耶の表情が悪鬼を思わせるそれに変わっていた。

 全身に、ガチの恐怖が迸る。


「へえぇ、高校生の女の子と、いつも一緒に寝てるのぉ?」


「いや! それは! ま、毎日じゃないです!!」


「お風呂にも入れてくれてるんだってぇ? い・ま・だ・に」


「い、いやいや! 摩耶さん、それは誤解だ!

 それはあの子らの方からだな、その!」


「ねぇ~え、凱くぅん♪」


 摩耶は、抱き着くような姿勢で耳元に唇を近付けると、静かに囁いた。

 その目は、殺意を帯びている。



「五所蹂躙固めと風林火山、どっちがいい?」



「ひぃぃ! た、助けてくれぇ!!」


「私から逃げようなんて、まだ十年早いわぁっ!」


「い、嫌だぁ! もうあの技は勘弁してくれぇ!!」


 ガシッ! と腕を掴まれたその瞬間、凱は全てを諦める。


 その直後、見たこともない技をかけられ、凱の身体は宙高く舞い上げられた。 

 薄れ行く意識の中、凱の耳に、姉妹の悲鳴が聞こえた……気がした。




 ここは、新宿署。

 コーヒーを片手に自分の席に戻って来た司の許に、島浦がサササと駆け寄って来た。


「司、どうだった滝の奴は?」


 好奇心丸出しといった表情で、尋ねて来る。

 やっぱりな、という表情で、司は椅子を回して向き直った。


「ああ、とても元気そうだった。

 髪はすっかり白くなってたがな」


「そうかぁ、その調子だと健常そうだな」


「そうだな、もうあの頃の思いつめたような雰囲気はなかったよ」


「そうかぁ、そうかぁ! そりゃあ良かった。

 うん、本当に良かった!」


 島浦も、当時滝のことを真剣に心配していた同僚の一人だ。

 その後もどんな話をしたのか、雰囲気はどうだったか等、司に質問攻めをする。

 いささか鬱陶しい気もしたが、彼なりの心配の裏返しなんだろうなと理解し、司は夕べのことを細かく説明してやることにした。




 夕べの居酒屋、二人の酒席。

 楽しい会話の内容を思い出す。


『やっぱり、お前と飲む酒は美味いな』


『あの頃は、何かあるとここに寄ってたもんな。

 島浦も一緒に』


『ああ、懐かしいな!

 島浦は元気にしているのか?』


『ああ、俺よりも元気だ。

 頭の方は、ちょっと寂しくなっちまったがな』


『ははは、そうかそうか。

 でも安心したよ、お前達が相変わらずみたいで。

 最近、物騒な事件が頻発していたじゃないか。

 ニュースを聞く度に、お前達のことを心配していたよ』


 滝が言っているのは、XENOによる連続殺人事件の事だろう。

 司は、今の自分の立場は語らずに、それとなく話を合わせてお茶を濁すことにした。


『でも最近は、“死人還り”なんてものが起きているって話だな』


『ああ、そうらしいな』


 司から新しい話題を振ると、何故か滝の声が弱まる。

 一瞬どうしたのかと心配するが、すぐにその意味を察し、口元に手を当てる。


『そうか、すまなかった。

 不謹慎だった、許してくれ』


『いや、いいんだよ。

 もう、昔のことだ。

 俺はもう、過去を振り切っている。

 何も気遣いはいらないよ』


 そう言いながら、滝は目を閉じて右眉を人差し指でこする。

 その仕草に、司は目を細めた。


『そうだな……そうは言うものの、やっぱり還って来て欲しいとは思ってるよ。

 明美と律夫にはね』


『滝……』


『知っているか?

 あの死人還りってのは、心の奥底で想っている人が現れるらしいぞ』


『そうなのか?』


『ネット上の噂話だがな。

 でも、だからって必ず現れるわけではないみたいだからな。

 世知辛いもんだ』


『そうだな……なぁ、滝』


『うん?』


『もし、奥さんと息子さんが戻って来たら、お前はどうする?』


『そうだな。

 あれから十一年、ずっとそうならないかなって夢見ながら生きて来たが。

 いざそれが叶うかもしれないって状況になると、意外に思いつかないもんだ』


『そうか』


『おいおい司、ジョッキが空じゃないか。

 飲もうぜ。

 すみませぇん、生二つお願いしますー』


『滝……』


 彼がわざと気丈に振舞っているのは、長年の付き合いからすぐにわかる。

 はにかんだ笑顔を向け、テーブルに並んだ料理を眺める滝を見て、司は言い表せない程の悲しみと同情の気持ちを覚えた。



 楽しい宴は、二時間程で幕を閉じる。

 二人は店の外に出ると、まだ寒さが残る夜空を共に見上げた。


 そびえ立つ摩天楼の影を見ながら、滝はボソリと呟く。


『今、俺が何をしているか。

 お前はとうとう聞かなかったな』


『無粋な詮索だろうと思ってな』


『そうか。

 お前のそういう気遣い、昔からありがたく思ってる』


 何かを言いたげではあるが、言い出そうとしない。

 そんな態度を感じつつ、司は駅の方向を促す。

 しかし滝は、駅とは反対方向の高層ビル街の方に爪先を向けた。


『近いうちに』


『ん?』


『近いうちに、面白い話を報告出来る』


『ほぉ、それは?』


『今は言えないな。秘密だ』


『なんだよ、じらすなって』


『まあ、待っててくれ。

 きっと興味が湧きそうな話を持って来るさ』


『滝、それは』


『司、逢えて本当に嬉しかった。

 今夜のことは忘れないよ』


 そう言いながら、滝は握手を求めて右手を差し出す。

 何かを言いかけるが、あえて止めて握手に応じる。

 大勢の人々が行き交う中、二人の周りだけ別な時間が流れる。


『じゃあな』


『ああ、気を付けて』


 それだけ言葉を交わすと、滝は背中越しに右手を挙げ、薄暗い路の彼方へと消えて行く。

 立ち尽くしたままその姿を見送った司は、目を細め、深く息を吐いた。


『あいつ……まだ、無理をしているのか』


 誰に言うでもなく、ボソリと呟いてみる。


 司は、上着の襟を少し立てると、踵を返して駅の方角へ向かった。





「意味が分からないわ、どういうことなの?」


 LEDランタンの光がぼんやりと照らし出す廃墟の一室、その中に佇む眼鏡の女性は、少々感情的な声を上げる。

 彼女・駒沢京子の周囲に立つ三つの影は、何も声を上げず静かに立ち尽くしている。


「死んだ人間を生き返らせる? けったいな能力ね。

 でも、それが私達の目的にどのように活かされるっていうの?」


 京子は、影の一人・マント姿の男に迫る。

 その男・キリエは、少々複雑な表情を浮かべ、何か言葉を選んでいるようだ。


「奴には、奴の考えがあってのことだろう。

 俺は、今は奴の行動に口出しはしていない」


「吉祥寺博士は、回答を求めているわ。

 死人還りと作戦の関連性を、納得の行くように説明せよとね」


「うむ……」


 珍しく、京子がキリエを詰めている。

 その様子を物珍し気に眺めているトランスとサイクロプスだったが、やがて何かに気付き、奥に広がる暗闇に目を向けた。


「誰ですか?」


「どうしたの、サイクロプス?」


「侵入者が――」


「なんだと?!」


 しばらくすると、暗闇の奥から得体の知れない物体が姿を現した。


 全身を黒いローブで覆い、尖った頭部、ずんぐりとした丸っこい胴体、その背後から生えている四本の脚のようなもの、腕のある位置からも一対の細い腕が伸びており、それは骨を連想させる。

 顔の位置には真っ白い円形の仮面が着けられており、そこには不気味な表情を感じさせる模様が刻まれている。


 その者の周囲には視認出来る程はっきりとした、紫色のオーラのようなものが漂っている。

 あまりにも不気味なその異形に、京子達は思わず凍り付いた。


「異形態で……?」


 驚く京子をよそに、キリエが一歩踏み出して声を張り上げる。


「お前か、ネクロマンサー」


『――左様』


「こ、こいつもXENOなの?!」


「……」


「人間態は、持ち合わせていないのですか?」


 いつも冷静なトランスとサイクロプスも、その者のあまりの気味悪さに表情が強張っている。

 “ネクロマンサー”と呼ばれた異形の者は、四人の中央まで滑るように移動すると、しわがれた声で呟き始めた。


『駒沢京子殿』


「な……」


『吉祥寺博士には、このようにお伝えくださいませ。

 現在は、第一段階。

 やがて、第二段階が始まります、と』


「第二段階?」


『左様。

 今人間共は、親しい者達の復活を喜び、異常な事件を事件とすら認識出来ずにいる模様』


「それが、どうなるというの?」


 顔を向けることなく、ネクロマンサーは虚空を見つめながら続ける。


『蘇える死者共は、何も親しい者達とは限らぬのだ。

 やがて人間共は、死人還りの本当の恐ろしさを知り、大きな混乱を招くことになろう』


「どういうことなの?

 混乱を招くと、どうなるというのよ?」



「それはね――私達の出番が来るってことよ」



 突然、何者かの声が割って入る。

 驚く間も与えず、一つの影が天井から降り立った。

 ネクロマンサーの肩に手を置くと、その影は不敵な微笑みを浮かべる。


「――優香!」


「しばらくね、姉さん。

 キリエ、このXENOの力、あたし達が利用させてもらうわよ」


 駒沢優香……駒沢京子の妹にして、アンナソニックを駆るXENOVIAの一人。

 親しげにネクロマンサーの頭部を撫で回しながら、視線を京子に向けて来る。


「安心してよ。

 こいつの力で、“SAVE.”の連中に一泡吹かせてやりたいから」


「そ、そうなの……そういうことなら、わかったわ」


 何かを企む優香を信じ、京子は頷きを返す。

 そしてキリエは、面白くなさそうな表情で小さく舌打ちをした。



 そしてネクロマンサーは、骨のような細い指で、右眉の辺りをコリコリと掻いた。

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